先斗町の名店「ますだ」から木屋町のセントラルステーション「アルペジオ」への旅

2015.06.17

京都のいいところのひとつは街が小さくて店の濃度が高いことだと思う。特に鴨川周辺は素敵な店が目白押しだ。鴨川の東側には祇園があり、西側には先斗町、木屋町、高瀬川が並び河原町へと続く。まだ陽が落ちきっていない時間、お酒と食事をする極上の時間いわゆる宵の口に先斗町を歩き、素敵な時間が積み重ねられてきた風情のある店でココロに湿り気を持たせてから、京都の様々な人達が交差してきた酒場へ出向き、時代の残り香を肴にウイスキーをやるのもいいだろう。京都は人と時間によってできあがってきた街だから。

※バー・アルペジオは閉店しました(2016年2月現在)

先輩達が通い続けたことを感じる居酒屋が先斗町にある

京都の五つの花街のひとつでもある先斗町は四条から三条手前までの細い路地のような石畳の通り。その東側と西側にお茶屋や寿司屋、割烹やバーといった様々な店がビッシリと並んでいる。四条から上がってその中ほどの西側に「ますだ」はある。
店の引き戸を開けると、酒が飲みたくなる設えというか空気がすぐに感じられる。
店に入るとカウンターにビッシリと並んだ大鉢に、にしん茄子や山ふぐ、いわしの山椒煮、青唐のじゃこ煮、きずしに鴨ロースなど十数種のおかずが並んでいる(500円~1,200円・税込)。どれも色や照りやかたちからうまさが伝わってくる。食べなくてもうまいことがわかるのだ。
けれども、この店に昔からずっと通っているが私の場合いただくものはかなり偏っている。絶品のきずし、鯛の子煮、おから、床ぶし、そしてぜいたく煮(この店では大名炊き)。
この店のおばんざいというかおかずや肴は、しっかりとした京料理に裏打ちされたもので、ほかの店のおばんざいとは少し違う。おいしい。

『竜馬がゆく』の描写と、この店の大名炊き。

数年前、整理をしていてポロッと『竜馬がゆく』の文庫本が出て来たので懐かしいなと読んでいたら、その第3巻で竜馬が寺田屋へおりょうを連れて行ったあと、勧進橋のたもとの茶屋で酒を一杯飲み、今でいう贅沢煮を食べているという描写があった。
それを見つけて宝物を見つけたようにうれしくなった。もちろん翌日、先斗町の「ますだ」へ寄せてもらってぜいたく煮で一杯飲ませていただいた。「ますだ」は司馬遼太郎さんのお気に入りの一軒だったので、竜馬がぜいたく煮をつまんで飲むのは司馬さんがここからイメージしたのだと思う。余談だがこの店には司馬さんが書かれた書や屏風がいくつかある。

樽酒は空けてしまう酒なのである。

ここで樽酒を飲むことについて書いたことがある。
“先斗町ますだのカウンターに陣取ると俺の頭は酒になる。カウンターの上段に並んでいるおばんざいの向こうに賀茂鶴の樽があり、その樽から有次製だと思われる年季の入った銅製のチロリに酒を注いで熱燗の場合、湯煎。それを湯通しして温めた伊万里焼の徳利に入れられて酒が出てくる。
 1杯目はついでもらえる。その前にさかずきを選ばせてくれるのだがこの店は高級という意味ではない「ええさかずき」がいくつもある。さかずきと書く時いつも盃なのか杯なのかお猪口なのか迷ってしまう。俺が酒を飲むのは盃や杯と書くようなさかずきではないしお猪口でもない。あまり学校で勉強してこなかったので漢字の読み方は漢字の偏やら雰囲気やらで適当に読んでいるので盃や杯をさかずきとは読まず「ハイ」と読む。あー、俺はなんの話をしているんだ。”
(『Dancyu』2014年1月号より)
ますだはひやも燗も賀茂鶴の樽酒のみ(2合2,000円・税込)。冷えた酒のことをこの店では「柳」と呼称されている。お二階さん「柳一合」という感じだ。まあ、いい店である。

宵の口の先斗町から木屋町のバー・アルペジオへ流れよう。

街のドラマが生まれる酒場なのか。

ますだに行く時間はもちろん宵の口、いや日の暮れなのでそこそこ飲んでも夏なら夜でもまだ少し明るさが残っている。ますだを出て先斗町を少し上がって公園を過ぎたところの路地を通って木屋町に出ると高瀬川。
その小さな川を渡って河原町に出るまでに、京都の街の人達が様々に交差する店、アルペジオがある。ビルの4階にあるがエレベーターを降りると夜の街の舞台を感じさせる酒場な空間がそこにある。御影石をベースにしたカウンターと磨き上げられたバックバーがありなんだか時間がゆっくりしている。

床に刻まれたハイヒールの傷で飲める。

少しくすんだカラーのパネルで構成された夜の渚のように引き込まれるデザインの壁が印象的だけれどその美しい壁よりも私はこの店の床の大判のウッドパネルについた無数の小さな傷が気になって仕方がない。
30年ほど前にオープンしたこの店はそれ以来いつも街の中心だった。80年代後半か。京都の街ではキャパが大きいこの店で様々なパーティーやらイベントやらが行われてきたし普段から様々な人達がここで交差してきた。
 それを証明しているのが床に刻まれたピンヒールの傷跡だ。向きも穴の大きさもその傷の古さもまちまちな床を見ていると、時代時代の女性達がハイヒールで刻印してきた情景が目に浮かぶのは俺だけか。この店の何十周年かのパーティーのポスターを頼まれれば俺ならこの床の傷をモチーフにする。それほど素敵なものだと思う。

駅のような酒場と呼ばれるアルペジオ。

街の酒場のおもしろさは、タイプや目的やノリの違う人間が広範囲に必然的に集まってくることだと思う。それが居酒屋とか夜中のラーメン屋でもいいのだけれど、ガシッとした造りのよりスタンダードで少しだけ洒落た酒場であればあるほど街の文化度は高い。
アルペジオができた頃は流行の先端の奴が集まるような店だったが、今ではまるで夜の京都のセントラルステーション。カップル合コン単身赴任、背広とアロハが入り乱れ、芸能人に酒場の女、口説くテーブルありシャンパン攻撃あり、待ち人多しカウンター、始発待ってるナニワの娘。様々な体質の奴がそれぞれの動機でやって来てそれぞれに店と関わっているからこそこの店が木屋町の王道たるゆえんだと思う。
料理のバリエーションも豊富にあり、ワインやカクテルも充実してるがお薦めはボトルキープ。スコッチで8,000円~、焼酎で3,000円~(各税込)。
来る者拒まずの、まるで駅のような酒場で物語の始まりにグラスを傾けるのもいいだろう。
▲アルペジオのチーフバーテンダーの川崎氏。街ではキャプテンと呼ばれている。
俺のコラムの中では木屋町の苦労人という名前で登場する。棋士の井上九段に似ている。
バッキー井上

バッキー井上

京都は錦小路の西魚屋町で生まれ、以降50数年間京都以外で一度も暮らしたことがない典型的な盆地人。錦市場の漬物店「錦・高倉屋」の店主。そのかたわら酒場ライターとして雑誌などに街や酒場について多く書いている。著書に『京都 店特撰 たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯ってる』(140B)、『行きがかりじょう、俺はポンになった』(百練文庫)、『人生、行きがかりじょう』(ミシマ社)など。Meets Regional、Dancyu、毎日新聞(大阪本社夕刊)にて連載を執筆。

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