日本で最古級のフランス料理=洋食の系譜が神戸「帝武陣」にある

2016.06.22 更新

慶応3(1868)年に開港された神戸。いち早く外国文化を取り入れた港町だけに、さまざまな文物にその歴史が残っている。とくに洋食は、明治3(1870)年創業の旧オリエンタルホテルの系譜を引き継ぐレストランが今なお健在だ。当初フランス料理を取り入れ、長い間かけて「神戸の洋食」となった独特のおいしさを味わいに神戸へ。

世界にとどろいていた、旧オリエンタルホテルの料理

横浜と同様、神戸開港によって現在の三宮から元町の浜手にかけて、外国人居留地がつくられた。
その居留地にあって、レストランが素晴らしいと世界に名を馳せたホテルがオリエンタルホテルだ。

明治20年代、英国のノーベル文学賞受賞作家で世界中を旅行していたラドヤード・キップリングがオリエンタルホテルに宿泊。このホテルの経営者であり料理人であるフランス人ルイ・ベギューに、料理はじめ日本人従業員のサービスからフランス流のコーヒーまでを絶賛した記録がある。

旧オリエンタルホテル直系の料理

現在の神戸オリエンタルホテルは、伝統と名前を引き継ぐものの、残念ながらそのフランス流レストランとは直接のつながりはない。代わりに神戸の街には、開港以来約140年になろうかという長い歴史を誇る、いにしえの旧オリエンタルホテルの料理の系譜を引くレストランがある。
兵庫県庁前にある「帝武陣(てむじん)」がその代表レストラン。
周囲には、関西では珍しいフランス・ルネサンス様式による兵庫県公館や旧小寺家厩舎、旧ハッサム住宅が保存されている相楽園(そうらくえん)など、明治時代の洋館の建築物が残っている。

明治維新後、最初の兵庫県知事に就任した伊藤博文もこのあたりに住んでいたという、もうひとつの明治の神戸の中心地に、「帝武陣」はあるのだ。
▲兵庫県公館は山口半六の設計により明治35(1902)年に完成。建物内部も公開されている
▲兵庫県公館と向かい合う日本基督教団神戸栄光教会。阪神・淡路大震災で倒壊したが、2004年に再建。大正11(1922)年に建てられた当時の外観を再現している
▲寺院のような相楽園の入口

絶品、「ダブルオニオン」のカレー

オーナーシェフの山田美津弘さんは昭和37(1962)年から、20年間オリエンタルホテルでコックを務めた。
上司は石阪勇シェフだった。石阪氏は2001年、旧オリエンタルホテル名誉総料理長として、地元神戸の食品会社が作った「100年前の旧オリエンタルホテルのレシピを再現したカレー」を監修。
地元では「100年カレー」として大きなニュースになった。
山田さんがオリエンタルホテルを独立して、レストラン「帝武陣」をオープンしたのが昭和58(1983)年。
ほかならぬこの店のカレーは、その石阪シェフの下で腕をふるっていた旧オリエンタルホテルのレシピをほぼ引き継いでいるので、前述の「100年カレー」そのものだと言ってよい。
すごく馴染みやすい味と辛さだが、どこにも似ていない独特の特製帝武陣カレー(1,700円・税込)。海老フライ、ビフカツ、コロッケ、フィレビーフ、ハンバーグ、ポークカツとカレーが6種類もある。

特徴は「ダブルオニオン」。
聞き慣れない名前だが、旧オリエンタルホテルのコック達がそう呼んだ独特のレシピだ。
ブイヨンに玉ネギのみじん切りのソテーと、オニオンスライスを揚げてパウダー状にしたものを同等に使う。
30食つくるのに、玉ネギ4kgと大変な量だ。

英国海軍のカレーがルーツだという説がある日本のカレーは、玉ネギの量はずっと少なく、また炒める程度で、肉やジャガイモと一緒に煮て、カレールーを入れて仕上げる。
それとはまったく違った旧オリエンタルホテル式の「ダブルオニオン」カレーは、明治時代まだ珍しく貴重だった西洋野菜の玉ネギがふんだんに使われている。

また「明治時代からインド人も多く住んでいた神戸のことですから、カレーのスパイスの使い方もその影響があったはず」と山田オーナーシェフは港町特有のハイブリッドさを推測する。

日本の玉ネギの歴史を見てみると、明治維新以来しばしば神戸に来ていた堺県(現大阪府)の農業技師・坂口平三郎が、居留地のアメリカ人から現物を入手し、苦労して採種・栽培に成功。すでに明治10年代には大阪府南部で栽培に成功し、神戸はおろか外国にまで輸出したとある。

その玉ネギが心おきなく使える上に、神戸ビーフや明石の鯛をはじめとする良好な食材を使って、旧オリエンタルホテルのコックたちは外国人や新生明治の政財界人向けにさまざまなレシピを完成させたのだろう。
その料理は「帝武陣」の月替わりディナーに受け継がれている。
取材時のディナー・コースは以下。

・本日のオードブル
・淡路産玉ねぎとあさりのスープ
・サラダ
・明石鯛と川津海老のムニエル仕立て
・牛フィレ肉のステーキ又はビーフシチュー
・ごはん又はパン又はちょこっと帝武陣カレー
・デザート
▲本日のオードブルはしっかり4種
▲オードブルに続いて、淡路産玉ねぎとあさりのスープ。地元素材ゆえ、こう表記されると和食のようだが、まぎれもなく仏料理系の味覚
▲サラダ。ポテトサラダなのだが、カレーと同じでずっと先輩から引き継がれたレシピ。「懐かしいオリエンタルホテルの味や。これでないとあかん」と絶賛するお年寄りの客多し

いよいよ明石鯛と川津海老のムニエル。完全にオープンキッチン型レストランなので、手に取るように素材感から調理法、火の通し具合まで分かる。生唾が出る。
▲山田オーナーシェフの下で25年間腕をふるってきた松村務シェフ。正しき旧オリエンタルホテルの料理の系譜を引き継ぐ料理人だ
▲鯛と海老の素材は明石海峡が地元にひかえるゆえ抜群だ。ソースはシンプルで古典的な仏料理のブールブラン(バターソース)だが、バターを扱う温度が絶妙。フレッシュな乳脂肪感がおいしくて、クリームを使っているのかと思ってしまう
▲さてお待ちかね。言わずもがなの神戸ビーフ。シンプルに辛子をちょこっとだけつけて頂こう

これにごはんか(ちょこっと)特製カレーかパン、そして果物のデザートがついて3,780円(税込)は信じられない。が、これが歴史というものだろう、地元仕様の神戸の旧い店は総じてリーズナブルだ。
どの皿にも飲み物はビール、白ワイン、赤ワインと何でも合うのが不思議。
▲蛇足かも知れないが、腹ごなしにご近所周辺の近代建築めぐりをしたあとの「お茶」もこのあたりならでは。「バターブレンドコーヒー」で有名な「御影ダンケ元町店」、極上のコーヒーと居心地の「けんもつ珈琲店」がすぐ近く

ちなみに「帝武陣」の山田美津弘オーナーシェフは、あの鹿鳴館の料理長を務め、「日本人で最初の仏料理人」と称される渡邉鎌吉(安政4〈1857〉年生まれ)を顕彰する日本最初の西洋料理人会「八重洲会」のメンバーだ。
「帝武陣」は地下鉄県庁前駅からすぐだが、元町駅から山手散策をしてから店に行く、というのも楽しいだろう。
江弘毅

江弘毅

編集者。京阪神エルマガジン社時代に雑誌『ミーツ・リージョナル』を立ち上げ、12年間編集長を務める。著書『街場の大阪論』(新潮文庫)、 『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『飲み食い世界一の大阪』(ミシマ社)など、主に大阪の街や食についての著書多数。最新刊は7月15日発売の『濃い味、うす味、街のあじ。』(140B)。編集出版集団 140B取締役編集責任者。

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