驚きの仕掛けで感性を刺激する、一棟丸貸しの老舗・木屋旅館

2016.07.30

愛媛県宇和島市にある「木屋旅館」は、一棟丸ごと貸し切りの旅館だ。明治44(1911)年に創業、平成7(1995)年に一度は閉められたが、平成24(2012)年、有志により立ち上げられたプロジェクトで再生、かつての趣を残しながらアートな異空間が付加された。外観からは想像出来ない遊びごころと、心地良い「ほったらかし感」が魅力の不思議な宿をご案内!

宇和島市の中心街にあり、明治44(1911)年の創業以来、多くの文人にも愛されてきた「木屋旅館」。建物の老朽化に伴い平成7(1995)年に惜しまれつつ廃業したが、平成24(2012)年、新しい滞在型の観光名所としてよみがえった。

地域活性化のためにも、宇和島市のシンボルともいえる「木屋旅館」を再生しようと「木屋旅館再生プロジェクト」が立ち上げられ、地元企業や市内外有志が出資し、合同会社を設立。建築家の永山祐子氏によってリノベーションし、プロジェクトメンバーが関わって「木屋旅館」は再オープンしたのだ。2014年には国登録有形文化財にも認定された。
外観に明治時代の旅籠の面影を残す木造2階建て。長い年月をかけて熟成された空間から「引き算」をして行くことで、新しい空間の可能性を見出すという建築コンセプトのもと、リノベーションされた館内。そこには歴史とアートが融合する不思議な空間が広がっている。その魅力をじっくり見ていくことにしよう。
▲歴史を感じるロビーは漆喰の壁と柱の茶のコントラストが美しい
100年以上の時を経て、飴色になった引き戸の玄関を入ると、石だたみの土間に上がり框(かまち)。いかにも旅館といった風情ある空間だ。右奥にはカフェスペースも見える。スタッフの案内で、さっそく1階の客室へ。
▲1階は3間続きの広々とした風通しのいい客室が1室

1階の客室は1つ。これだけでも十分な広さなのだが、驚いたことに「木屋旅館」は、一日一組(2名から最大10名まで)限定で、木造2階建ての一棟まるごとを貸し切るスタイルなのだ。
宿泊スペースとしては、1階に客室と広いバスルーム、2階に4部屋と書斎が1部屋。サニタリールームは各階にある。これらが使い放題とは、なんと贅沢なことだろう。

建物すべてをありったけ、思いのままに使って欲しいというコンセプトだそうで、チェックイン後、スタッフから宿の鍵を渡されたら完全フリー。館内の事務所にいるスタッフも、夜間は常駐しない。そこはもう自分たちだけの空間なのだ。(もちろん宿のスタッフの連絡先は教えてくれるので心配は無い。)

歴史を感じさせる外観からは想像できない
異空間に身をおく

2016年で築105年になる建物には、驚きの仕掛けが施されていた。見上げた2階の床の一部が透明アクリルなのである!天井板が取り払らわれ、2階を突き抜け、さらに上の屋根の梁まで見えてしまう。まさに「引き算」によってもたらされた新しい視点だ。こんな木造建築物は見たことがない。
▲天井の一部が強化アクリルの床になっている

頭上の部屋に人がいるということを自分の目で見るという初めての体験に、人は空間を区切って生活をしているが、感覚をとぎすませば、別の空間を感じとることができるのかもしれない、などとおかしな思考が湧いてきた。
2階には二間続きの客室が4部屋ある。この4部屋をすべて、自分たちだけで自由に使えるのだ。
恐る恐るアクリル床の上に立つと、落っこちやしないかと足がすくむ。

色彩空間アーティストになる!

床や天井だけでなく、周囲の壁にも仕掛けがいっぱいだ。2階の4部屋は、リモコンを操作すると、四方に真っ白なスクリーンが下りてくる。さらに壁面の操作パネルのボタンを押すと、天井に設置された色とりどりのLED照明がスクリーンを照らす。スクリーンの高さによって照らされるエリアが変わり、部屋全体を一層不可思議な空間に変えてくれる。
▲スクリーンは4面それぞれ好みの高さに調整できる

LED照明に照らされたスクリーンはまるで巨大な行燈のよう。中に入ると色によって熱く感じたり、涼しく感じたり、落ち着いたり、陽気になったり、驚きとともに楽しみも倍増。この感覚はぜひとも体験してほしい!
▲スクリーンを下げきって布団を敷けば、蚊帳の中で眠っている気分
▲七色に変化する部屋、スクリーンを透過した柔らかで幻想的な光が周囲を包む。欄間から光がもれ影絵のよう

スクリーンは真っ白なので、1面をプロジェクターのスクリーンとして活用することもできる。映画を見たり、思い出の写真を映してみたり、楽しみ方はアイデア次第。
光を使った仕掛けは、1階の浴室にもある。
浴室に入ると真っ暗な中に浮かぶ青い光が。浴槽が青く光っているのだ。青い光は女性の肌がより美しく見えるのだとか。暗くて目がなれるまでに少し時間が必要だが、この暗さは不思議と安心できる。
▲三人で入ってもゆったりできる浴室

明治の時に思いを馳せながら館内をめぐる

現代アートを駆使した仕掛けが施されてはいるが、100年を超える歴史を刻んできた老舗旅館の風格と風情は損なわれていない。
▲多くの宿泊客が手に触れ角がとれた手すり
▲2階の廊下からのぞむ中庭。奥に見える書斎コーナーで蔵書の閲覧もできる
▲スマートフォンやタブレットを手放してペンを持ちたくなるような書斎コーナー

この宿にはかつて、司馬遼太郎、吉村昭、五木寛之らの作家や、国語学者の金田一春彦、また政治家では犬養毅、後藤新平などが宿泊したそうだ。その面影は今も確かに残り、息づいている。この窓からの中庭を、彼らも同じように見ていたのだろうかと、思いを馳せるのも楽しい。
この書斎では、まるで自宅にいるかのようなリラックスした時間を過ごすことができる。随所に歴史を感じる「木屋旅館」は、時代時代で改築が施されながらも建築当時の状態が残されている。LED照明や透明アクリルといった素材を取り込みながら、新しさと古さが見事にマッチし明治と平成がつながっていく。
▲現代風に改築されて、清潔で使いやすい2階のサニタリースペース

「木屋旅館」では宿につきものの夕食は出てこないので、食事をどうするかが重要になってくる。持ち込みも自由だが、せっかくの旅、街に出て発見をしようというのも、この宿のコンセプトの一つ。宇和海の幸を求めて街に出るもよし、ケータリングをするもよし。スタッフにたずねれば好みに応じた店を紹介してくれる。
▲畳席と板間席があるカフェスペース

1階には居心地の良いカフェスペースがあり、宿泊客でなくても利用できる。
ここではドリンクメニューが楽しめ、おすすめはオリジナル蜜柑ジュース。温州ミカン100%の無農薬手作りで、濃厚な舌触りと熟成したみかんの独特の香りがたまらない。

オリジナルブレンドコーヒーには宇和島銘菓の「唐饅(とうまん)」がついてくる。表面はパリッと煎餅のような生地で、それでいて中は柔らかく饅頭のような不思議な食感の唐饅は、柚子餡の風味が広がりなんとも美味。オリジナル蜜柑ジュースや唐饅はお土産用に購入もできる。
▲オリジナル蜜柑ジュース600円、オリジナルブレンドコーヒー500円(いずれも税込)
▲カフェスペースは、ギャラリーとして使われることも

カフェスペースでは期間貸しのギャラリーとして作品展が開催されることもあり、10:00~15:00の一般開放の間は、観光客だけでなく、地元の方がふらっと立ち寄ることも多い。まるで田舎の実家か親戚の家にいるような感覚で、みんながのんびり世間話をしている。だれもが自然に話の輪に入ってしまえるような場所なのだ。
▲取材で訪れた時には粘土細工が展示されていた
▲カフェスペースに併設された土産商品の販売スペースには、ここだけのオリジナル商品も

宇和島のお土産商品が置かれた販売スペースでは、ここにしか置いていないオリジナル商品や作家クラフト品が購入できる。「木屋旅館オリジナルみかんジュース」や木屋旅館フェイスタオル、木屋靴ベラなどのほか、宇和島で明治時代から続く老舗「黒田旗のぼり店」とのコラボ商品“KURODA BROTHERS”の大漁旗や鯉のぼりバッグなどもある。
▲「きょうの猫村さん」で知られる「ほしよりこ」さんの、「木屋旅館」をテーマにした小説やグッズも。ほしよりこさんは「木屋旅館」でのアートイベントのメンバーとして参加した
▲お土産コーナーの奥は宇和島の観光スポットやイベント情報が集まった情報発信スペースになっている

「木屋旅館」は、国内はもちろん、国外からの旅行者も多い。理由の一端を担うのが、旅館マネージャーのグレブ バルトロメウスさん。語学に堪能で、英語、フランス語、ドイツ語、そして母国ポーランド語を話せる。もちろん日本語も。そのおかげで、国外のお客様も安心して宿泊できるのだ。

大学時代に愛媛県へ留学経験のあるグレブさんは、大学卒業後再来日し愛媛で働くうち「木屋旅館再生プロジェクト」に出会い賛同、ニューオープン時からマネージャーとして運営に携わっている。
▲マネージャーのグレブさんと奥さんの千佳江さん。手には2014年に登録された有形文化財の証書が

「木屋旅館をきっかけに、宇和島の良さをたくさん知ってください。宇和島に来たら、宿泊されない方でもまずは木屋旅館に来ていただいて、情報収集をすればよりアクティブに動けます。今後もパンフレットや観光案内の発信スペースとして充実させていくので、どんどん活用してください」とグレブさんは語る。
最近では結婚式やコンサート、ワインテイスティング会、各種セミナーなど、多彩なクリエイティブスペースとしての利用も増えてきているので、特にハイシーズンの宿泊予約は早めにしておきたい。宿泊客がいないときは、予約をすれば館内を見ることもできる。思い出に残る体験をしたいならば「木屋旅館」をおすすめする!
和田浩志

和田浩志

株式会社エス・ピー・シークリエイティブ事業部所属。道後温泉100周年ポスターや愛媛県生活文化県宣言ポスター等をデザイン、企画営業部門を経験後現在撮影や編集にも取り組んでいる。大のアウトドア好きで1週間渓流キャンプの経験もあり。

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