世界遺産「富岡製糸場」をレトロ建築好きなガイドさんと歩く

2016.08.04

近代西洋技術を導入し日本初の官営器械製糸工場として、明治5(1872)年に操業を開始した「富岡製糸場」。2014年に世界遺産に登録されたのは周知の事実ですが、今回は富岡製糸場のガイドさんにご案内いただきながら、施設内をじっくり歩いてきました。

「富岡製糸場」ってそもそもどんな場所?

江戸時代の末、開国直後の日本における一番の輸出品は生糸でした。しかし、需要が高まる一方で粗悪品が出回り、明治政府には外国商人などから改善の要望がありました。そこで、生糸の生産量と品質アップのために、国策として建てられることになった模範器械製糸工場が「富岡製糸場」です。

工場建設にあたっては、「西洋の器械製糸技術を導入すること」「外国人を指導者とすること」「全国から伝習工女を募集し、技術の習得を終えた工女は出身地で器械製糸の指導者となること」という条件が課されました。
▲入口正面に構える建物は「東置繭所」(画像提供:富岡市)

ではなぜ建設場所は群馬県の富岡になったのでしょうか?
当時、担当役人らは群馬県のほか、埼玉県や長野県も視察。結果、以下の理由から富岡が選ばれることになったそうです。

1.富岡付近は養蚕が盛んで、生糸の原料である良質な繭が確保できる
2.工場建設に必要な広い土地が用意できる
3.製糸に必要な水が既存の用水を使って確保できる
4.蒸気機関の燃料である石炭が近くの高崎・吉井で採れる
5.外国人指導の工場建設に対して地元の人たちの同意が得られた

こうして明治5(1872)年に竣工した富岡製糸場。経営母体は変わりつつも、明治・大正・昭和と操業を続けましたが、時代の流れとともに生糸の需要は減り、昭和62(1987)年に115年間の製糸工場としての歴史に幕を閉じました。
▲東置繭所のアーチの要石には「明治五年」の銘が刻まれている

その後富岡製糸場は、和洋技術を混交した工場建築の代表として、2005年には国の史跡に、2006年には創業当初期の建造物が重要文化財に指定されました。そのうち3棟は2014年に国宝に指定されました。

さらに、日本のみならず世界の絹産業の発展や絹の大衆化に大きく貢献したとして、2014年には世界遺産に登録。現在は富岡市が保存・管理を行い、施設の一部が一般公開されています。

レトロ建築好きなガイドさんに学ぶ、木骨レンガ造

▲敷地面積は東京ドーム(約4.7ヘクタール)より広い5.5ヘクタールある

敷地内には「東置繭所」「繰糸所(そうしじょ)」「西置繭所」の3棟が“コの字”をなすように配置されていて、指導者だったフランス人、ポール・ブリュナが家族と暮らしていた住居「首長館(ブリュナ館)」などがあります。なお、現在内部を一般公開している施設は「東置繭所」と「繰糸所」の2ヶ所。

そんな富岡製糸場の見学方法は、自分のペースで自由に見学したい場合、音声ガイド(税込200円)を利用する方法や、自身のスマートフォンで工場内の看板に掲示されたQRコードを読み込み、音声ガイドを聞きながら巡る方法があります。今回はいろいろと質問したかったので、詳しいガイドさんによるツアー(税込200円)を選択。というわけで、まずはガイドツアー集合場所へ。
▲ガイドツアーは所要時間約40分で、1日12~13回行われている

100人程いるというガイドさんの中から、この日は塚越朗(あきら)さんに担当していただきました。
▲高崎市出身でレトロな建物が昔から好きという塚越さん。小学生の頃から富岡製糸場によく遊びに来ていたそう

それではここからツアーの開始です。
最初に、主に繭を貯蔵していたという2階建ての「東置繭所」の周りをグルっと周りました。
▲長さおよそ104mにもおよぶ巨大な倉庫

「この建物は、西洋建築の影響を受けた“木骨レンガ造”というつくりに、日本の伝統建築を取り入れて建てられています。フランス人指導の下、日本の職人が工事したからなんですね。このレンガを見てください…」
▲壁一段にレンガの長手と小口を交互に積んだフランス積み

「レンガがオレンジ色なのも珍しくて、当時の技術で焼成温度が低かったからなんですが、それもまた味わい深いですよね」

繰糸器の実演、カイコ、シルク製品まで盛りだくさんの「東置繭所」

塚越さんの建物に対する愛情を感じながら「東置繭所」の中へと進みます。
※通常のガイドツアーには、「東置繭所」内の展示室および2階の案内は含まれません。
▲まずは1階のパネル展示を最初に見るとわかりやすい
▲通常は非公開である東置繭所の2階内部も、期間限定で公開中(平成29年秋までを予定)

1階奥では、カイコが公開飼育されていました。生まれてから約26日の間に4回脱皮を繰り返し、そこから糸を吐き始めるというカイコ。富岡市では現在も12戸の農家が養蚕を行っているといいます。
▲桑の葉を食べて育つカイコ。ここで採れた繭は施設内での糸繰りの実演などに活用されているそう

初めて生きたカイコを見ましたが、彼らがあの繊細な生糸を生み出すとは…。東置繭所には展示室・売店もあり、富岡市の養蚕農家が育てた繭を使って国内で生産された「TOMIOKA SILK」のシルク製品も多数ありました。
▲シルクオーガンジーストール(税別12,000円)

カイコがつくる繭から、どのようにしてこんなにも美しいシルクが生み出せるのか?その疑問に応えるかのように、ちょうどショップの近くで「フランス式繰糸器」を使った糸繰りの実演が行われていました。
▲月~金曜(祝日を除く)の10:00~11:30、14:00~15:30に行われている、フランス式繰糸器の実演
糸繰りとは、生糸を作る作業のことです。カイコが糸を吐いてできた繭を煮てほぐれやすくし、一本の糸を取り出します。その糸を何本か合わせて生糸を作ります。その際には、糸の太さを一定にするための技術が必要とされるそうです。

なお、土・日・祝日には器械製糸が導入される以前に主流だった「上州座繰り器」の実演と体験が実施されています。
▲土・日・祝日の9:30~12:00、13:00~15:00に実演を見ることができる「上州座繰り器」

ネクタイ1本作るのに約140粒、絹織物1反作るのに約2,600粒の繭が必要という製糸作業。ハンドルを手で回すことで糸取りをする座繰り器の実演を見ると、器械製糸によっていかに効率が上がったかが容易に想像ができることでしょう。

操業時の面影がそのまま残る「繰糸所」

そんな最先端のフランス式繰糸器が導入され、糸繰りの作業を行っていた場所が、東置繭所にL字型に隣接して建つ「繰糸所」です。
▲長さ約140mの巨大な工場
▲繰糸所では、当時の器械製糸技術の先進国であったフランスから繰糸器300 釜を輸入し使用していた

屋内には、昭和41年以降に設置された自動繰糸機が操業停止のまま残されています。これらの自動製糸機は、第二次世界大戦後の日本で開発が進んだものです。

「繰糸所の屋根を支える小屋組に西洋からの技術である『トラス構造』を使うことにより、建物の中央に柱のない大空間を作り出すことができたんです」
と、ここでも塚越さんから建物に関する詳しい説明がありました。
▲三角形を組み合わせた骨組の構造により、力を分散させ、梁に垂直に力がかからないため、柱と柱の間隔を大きくとることができるそう

「他にも、この建物の特徴はまだあります。繭を釜で煮ながら糸を取っていたので、その水蒸気を逃すための『越屋根』がついているのと、自然光をより多く取り入れられるように、窓の数が多いのも工夫ですね」

なるほど、一つひとつの構造にきちんと理由がある、これぞ官営の模範工場といわれる所以なのかもしれません。
▲この自動繰糸機は現在、日本で稼働中の2つの工場で使われているものとほとんど同じで、開発から50年近く経った今でも最新式の機械といえるそう
▲昭和62(1987)年3月で操業停止された際の作業伝言板。27中(=デニール)の生糸を繰るためには、8~10個の繭数が正常だと伝えている

この自動繰糸機が動く音を聞いてみたいな、そんなことを思いながら繰糸所を後にしました。

工女の生活に想いを馳せる

内部まで見学可能な東置繭所と繰糸所をじっくり見て周ったら、最後に工女の生活を垣間見ることのできる施設の解説をしてもらいました。

創業当初、富岡製糸場では、全国各地から集められた工女が働いていたそうですが、その労働環境は先進的なものだったようです。

「創業当初から診療体制が整っていて、官営時代には治療費・薬代を工場が負担するなど厚生面が充実していたといわれていますよ」(塚越さん)
▲昭和15(1940)年に建てられた3代目の診療所

また、フランス人指導者のポール・ブリュナが暮らしていたこちらの建物「首長館(ブリュナ館)」は、彼の政府との契約満了後には、工女たちに読み書きや和裁などを教える学校としても使われてきました。
▲高床で回廊風のベランダをもつ、風通しの良い造りの首長館(ブリュナ館)
▲住居ではなく学校としての面影が残り、工女たちが受けていたのは企業内教育の先駆けだったといわれる

さすがは国の威信をかけて建設した近代製糸工場とあって、明治時代の初期から福利厚生がここまで整っていたとは驚きです。一方で、工女たちの中には全国から指導者を目指して入場した志の高い女性もいたといいます。故郷を離れ、地域の代表として技術を習得する場所であったと考えると、然るべき施設の充実ぶりとも感じるのでした。

さて、ここでガイドさんによるツアーは終了です。
今回の大人の社会科見学は、レトロ建築が好きでガイドを始めたという塚越さんの解説とあって、富岡製糸場の歴史のみならず、きっと解説なしでは興味を持たなかったであろう建築に対する知見も深めることができました。
▲富岡製糸場の正門。ここをくぐった瞬間から時代がタイムスリップした感覚に陥ります

現在、2019年の完成に向けて「西置繭所」の保存修理工事を行っており、まだまだ進化し続けている富岡製糸場。現地へ足を運ぶ際には、ぜひガイドツアーへ参加してみてください。富岡製糸場への愛情たっぷりなガイドさんの軽快なトークに、満足のいく時間となると思いますよ!
長谷川浩史・梨紗(株式会社くらしさ)

長谷川浩史・梨紗(株式会社くらしさ)

広告出版社を退職後、世界一周、日本一周を経て「くらしさ」を設立。全国各地のモノ・コト・ヒトを伝え、つないでいく活動に尽力している。全国の仕事人に会いに行ける旅「Life Design Journey」も運営。 http://lifedesign-j.com/

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