もっとも洗練されていた外国船レストラン直伝の味「グリルミヤコ」

2016.08.16

神戸特有の「外国船のコックが陸に上がって」開いた洋食店。船舶が外国へ渡る主な交通手段だった時代、豪華客船のレストランの料理は最高クラスだった。その伝統と洗練の洋食を神戸元町「グリルミヤコ」へ食べに行く。

ドゥミグラスソースに結晶された伝統の味

昭和40(1965)年に「陸に上がって」この店を開いたのが先代シェフの宮前敬治(けいじ)さん。それまではアメリカ航路を中心に世界を回った「船のコック」だった。

長い間、船舶は外国への唯一の移動手段だった。
飛行機が登場したのは20世紀初頭。その後、第2次世界大戦で長い滑走路を持つ空港の必要性が高まり、世界の各地に空港が出来るまでは、外国航路の豪華客船が最前線の移動手段だった。

そしてその客船の厨房が活躍の場所であるコックたちが、料理人のなかでは最高ランクだった。
▲店内には船の絵が飾られる

外国航路の船舶で働くコックたちの社会には、代々ソースやフォン(出汁)をパスしていく伝統があった。

明治45(1912)年のタイタニック号の大惨事が起こると、船員たちの互酬的ネットワークは強くなった。コックにしても同様で、「あの船のソースはうまいらしい」と聞けば、鍋を持って分けてもらいに行ったり、船同士のソースのやり取りも頻繁にあったそうだ。

「グリルミヤコ」のドゥミグラスソースのもととなるソースは、もともとそんな船のレストランの厨房から持ってきたものを引き継いでいる。宮前さんは「陸に上がる」際、乗り込んでいた「富島丸」から、ドゥミグラスソースとカレーソースを持って上がった。

そのソースには、豪華さで有名な一等食堂があった「ぶらじる丸」に乗っていた先輩のソースほか、さまざまな外国航路のソースも引き継がれていたとのことだ。
逆にコック仲間が神戸港を出る際には、「グリルミヤコ」のソースを持ち出し、自分の船のソースに混ぜる。さすがミナト神戸。何とも開かれたユニークな食文化だ。
この店はもともと異人館が近い北野町界隈にあったが、フランスで修業経験のある2代目の昌尚(まさなお)さんがお姉さんとともに店を継いで拡大、浜手の地下鉄みなと元町駅近くに移転して現在に至っている。
▲東京駅を設計した辰野金吾による旧第一銀行神戸支店(明治41年竣工)の外壁を残した地下鉄みなと元町駅

濃厚な味なのにさらりとしている珠玉のソース。
一番手のかかる「4番ソース(下の写真)」と呼んでいるものは、シチューに使われていて、その味を存分に堪能することが出来る。
▲昌尚さんが「100年ソース」と称する伝統のソースは、老舗の鰻屋のタレのように追い足し追い足ししているソースなのだ

大きな寸胴鍋で追い足しされた1番ソース(フォンの状態)を濾し、ブラウンルーを加えてドゥミグラスソースをつくる。これが2番ソース(下の写真左)で、ハヤシライスに使うとうまい。

2番ソースをさらに濾す。これが3番ソース(同右)で粒子が細かくなめらかになる。ケチャップやタバスコ、コショウなどなどで味付けしたものがハンバーグやカツに使われる。
シチュー専用の4番ソースは、そこからさらに手を加える。そうなるまでにすでに1週間の時間が経っている。
シチューはビーフのみで、頬肉、タン、テールと3種類あるが、やはりテールが一番だ。
たこ糸で縛ったテールを炒めて焼き色をつけて、そのまま1番ソースの大きな寸胴鍋に放り込んで煮込むこと8時間。肉はそのまま寝かされ(旨みがまた肉に戻る)、明くる日に鍋から上げる。
▲「船舶由来」のドゥミグラスソース料理の典型、テールシチュー(2,500円)。シチュー類は周りにマッシュポテトがあしらわれているが、これは船が揺れてソースがこぼれないようにするためのスタイル

昌尚さんは「旧いフランス料理にあるソース・ドゥミグラスとは違う趣向のソース」と説明するが、準日本料理という見方も出来る洋食のなかでも、この店の外国航路由来のドゥミグラスソースは、洗練の極みだと思う。

当時の外国航路客船のコース料理気分を味わうなら、オードブル(1,200円)とポタージュ(550円)も一緒に注文したい。

オードブルは季節とその日によって替わる。この日は生ハムメロンとローストポークのサラダ仕立て。生ハムメロンはさっぱりと食欲を刺激するのが抜群。
ポタージュはジャガイモ、ニンジン、玉ネギ、白ネギ、セロリを「汗をかかせるように」じわっと蒸し炒めし、それをミキサーにかけ、炊いたお米のグルテンでとろみをつける。
メインは和牛ヘレカツレツドゥミグラスソース(3,600円)。文句のつけようがない見事な牛フィレ肉。細かいパン粉が3番のドゥミグラスソースを吸ってなじむので、いい肉のうまみがステーキにするよりもそのまま増幅されたような味わい。
▲絶妙な火の通り方。赤ワイン(グラス500円)がないともったいないごちそう

おいしさも物語も「ミナト神戸」ならではの洋食店。親子2代半世紀の年を経て独自の料理として完成の域にある。
▲鍋を利用したユーモアあふれるサイン(横から見たもの)

※値段はすべて税込
江弘毅

江弘毅

編集者。京阪神エルマガジン社時代に雑誌『ミーツ・リージョナル』を立ち上げ、12年間編集長を務める。著書『街場の大阪論』(新潮文庫)、 『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『飲み食い世界一の大阪』(ミシマ社)など、主に大阪の街や食についての著書多数。最新刊は7月15日発売の『濃い味、うす味、街のあじ。』(140B)。編集出版集団 140B取締役編集責任者。

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