日のあるうちに灘を体感、清酒「福寿」の酒蔵・神戸酒心館

2016.08.14 更新

灘は日本一の酒どころ。江戸時代に盛んになった日本酒づくりは、今も変わらず日本最大の生産量を誇っている。「白鶴」や「菊正宗」など大手有名メーカーが目立つ灘五郷(ごごう)にあって規模は小さめだが、近年殊に注目を集めているのが「神戸酒心館(しゅしんかん)」だろう。

神戸酒心館で造られる「福寿」は、今や世界各所で愛飲されているブランド。「福寿 純米吟醸」が2008年のノーベル賞晩餐会で供されたことから話題になった。

この名品を購入するためにこの蔵を訪れる人は、アミューズメント性に惹かれるという。昔の酒蔵をうまく使い、日本酒のみならず日本料理も堪能できる。ふらりと出かけても楽しめるこの蔵の有り難さを改めて知った。

灘で酒好きの注目をひと際集める「福寿」

一昨年あたりから日本酒ブームが起きている。ブームの牽引者は山口県・旭酒造の「獺祭(だっさい)」や秋田県・新政(あらまさ)酒造の「新政」のようだが、こと灘においては、ここ神戸酒心館の「福寿」かもしれない。
「福寿純米吟醸」は、日本人が受賞した2008年に初めてノーベル賞の晩餐会で出されたことで人気が高まり、一気に全国区、いや世界的に知られるようになった。
▲日本人がノーベル賞を受賞したら、それを祝って蔵で鏡開きが開かれるが、これはその際のこも樽で、晩餐会で供される酒が入っている

2016年5月に開催された世界的な大会・IWC(インターナショナルワインチャレンジ)のSAKE部門では、同蔵の「生酛(きもと)純米 壱」(純米酒部分)と「寒造り」(本醸造部門)が金賞に輝いている。
▲「壱」は昔風でしっかりした味。フレッシュさが好まれる現代の思考とは逆の味わいだが、それが海外の審査員にウケたのかもしれない

IWCはロンドンで行われているが、日本酒部分が設立されて10年目を迎えた記念に兵庫県が灘に誘致して2016年の大会(SAKE部門)が開催された。

昔でいう御影郷(みかげごう)に位置する「神戸酒心館」は、徳川吉宗が没した直後の宝暦元 (1751) 年から酒造りを始めている。酒質が荒れるのを嫌って生産量を追わず、できるだけ手造りで日本酒を造るのが信条だ。
▲その昔使っていた大桶。32石(1石=約180L)というから約5,800L入るそうだ。毎日1合(180ml)ずつ飲んでも87年以上(!)かかる分量である

そのため、いくら飛ぶように「福寿 純米吟醸」が売れるからといって、これ以上は生産しないと明言している。逆にそのことがブームを煽る結果になっているのだから面白い。
▲酒米の山田錦は兵庫県が有名で、この蔵も神戸産などの山田錦を使っている。蔵内にもその小さな田んぼがあり、時折り小学生などが田植え体験を行う

そんな人気ぶりだから、消費者はブルーボトル(純米吟醸酒)が蔵内のショップに並んでいれば、われ先にと買い求める。しかも値段が1,728円(720ml)と手頃、決して高嶺の花ではない。
▲ファン垂涎!ブルーボトルがズラリ、の図

今では、神戸の観光スポットになっているくらい「神戸酒心館」は趣がある。以前の建物は阪神淡路大震災で倒壊。再建する時に古い蔵を移築して左党はもとより、酒が苦手な人でも楽しめるように設計した。
▲蔵の長屋門には杉玉が吊るされている。ここを潜ると、風情ある蔵見学が待ち受けている

長屋門を潜ると、正面が「福寿蔵」。
▲福寿蔵では濃醇できれいなお酒を目指して「福寿」が造られている

右手には酒のみならず、酒のアテや食品が買える蔵元ショップ「東明(とうみょう)蔵」。その奥には、コンサートなどが開けるホール「豊明(ほうみょう)蔵」がある。
▲豊明蔵は木造りの雰囲気を醸したホール。落語会やジャズ、クラシックコンサートなどの催しが開かれる

一方、左手に見えるのが昔の酒蔵を飲食店に改装した蔵の料亭「さかばやし」だ。
▲阪神淡路大震災後、昔の酒蔵を移築し、蔵直営の日本料理店を造った。料理はもとより、福寿蔵で採ってきた日本酒が飲めるのも売りの一つだ。

酒蔵のお楽しみは、まず酒造り見学から

もし酒造りに興味があるなら「福寿蔵」の見学をしてみるといい。A~Cまでの3つの見学のコースがあるが、いずれも参加費は無料。
▲東明蔵の入口付近に配された灘五郷とこの蔵の説明。まずは昔の日本酒づくりと歴史を理解してから飲酒へと進みたい
▲近代化が進む前に使われていた道具。その昔はすべてが手作業で行われていた。かなり手間のいる仕事だと実感させられる

そのうちBコースは、ビデオ解説と蔵内の見学、利き酒、買い物と続く内容。所要時間は40~60分で、1名からでも参加可能。ただし、このコースに限っては2日前までに予約申し込みが必要である。
▲灘の酒は西宮で湧出された宮水(みやみず)を使って造る。そして今でもこの蔵では箱麹法(はここうじほう)という完全手作業で麹を造っている。手造りにこだわった酒は、タンク内で寝かされる
▲搾った酒が出て来る瞬間。この時はまだまだ酒が若く、粗さも見られる。これが火入れされて一般商品となる

見学時は手の空いたスタッフが説明を行ってくれるが、湊本雅和(みなともとまさかず)さんが担当していたらラッキー。湊本さんは以前、ワインを極めてソムリエに教える先生をしていたほどの人物。

「神戸酒心館」が酒ソムリエを置きたいと探していたら、「ワインはある程度勉強してしまったので、次は日本酒を極めたい」と名乗り出たという逸材なのだ。
▲酒ソムリエの湊本雅和さん。いろんな視点から酒づくりをわかりやすく解説してくれる

湊本さんは幅広い引き出しを持ち、講演依頼も多い。前述のIWCでも審査員を務めているほどなので推して知るべし。話も面白い。
ただし「東明蔵」の支配人でもあるので、必ず案内してくれるわけではない。当たったらまさに儲けものと思うべし。

限りなく酒場に近い「喫茶コーナー」

「福寿」をはじめ、いろんな食品に出会えるのが「東明蔵」。
▲珍しい酒のアテや調味料もあるので、左党のみならずグルメな奥様たちが沢山訪れている
▲「酒の飴」に「酒粕らすく」など日本酒の特性が出た商品がズラリ。中でも「酒粕アイス」は、ハイレベルで、この蔵の名物となっている

ここでぜひともオススメしたいのは「通い瓶」である。買った生酒を持参した瓶に詰めて持ち通る。遠い昔に酒蔵が行っていた売り方だ。
▲まず瓶を買って、そこに好みの酒を詰めてもらう。次からは瓶を持って来れば、日本酒のみの代金でOKだ

東明蔵でしか買えない「直採り生酒」は、圧搾後に加熱殺菌をせず、出荷直前まで福寿蔵で低温熟成したもの。アルコール度数が17度と少々高めだが、不思議とそれを感じずに飲めてしまう。
▲この酒は火入れを行っておらずフレッシュな状態。果物が使われていないのになぜかフルーティーな香りが。湊本さんに聞くと、それが生酒の特徴らしい

ところで「東明蔵」で面白いシーンを発見。それは「喫茶コーナー」と記されたカウンターで、日の高いうちから人びとが酒に興じる姿。その時間帯だと飲酒に罪の意識を覚えるはずが、ここでは堂々と一杯飲れる。
▲午前中から一杯飲る人が多い。一杯だけでもと飲んでいると、いつの間にかお尻に根が……

近所の人も「家での昼酒は家人に咎められるが、ここだと罪意識なく飲める」と言いながら昼酒を飲っている。喫茶コーナーで提供しているのは、蔵直採りの生酒で「純米生酒」(90ml・400円)など。
▲コーナー名はさておき、提供しているのは「福寿」のみ。お茶ならぬ“おちゃけ”である

酒しかないのに、名前は「喫茶コーナー」。不思議に思って湊本さんに聞くと、「誰も訂正せずにそのまま来ている」とのこと。この大らかさが何となくいい。

※価格はすべて税込

日本一の酒どころ・灘らしい日本料理店「さかばやし」

蔵の料亭と名乗る「さかばやし」。
酒蔵を改装したので1階は天井が高く、2階は逆に屋根裏っぽい。昔は1階部に大桶を置き、2階で櫂を使って作業をしていたのだろう。
酒蔵の名残が伝わる店内には4つの個室もあるので接待に使う人も少なくない。2階は団体向けのスペースで、40人ぐらいなら着席で収容可能。パーティーや宴会に使用する向きもある。

同社の常務・久保田博信さんは、地元の食材をできるだけ使うようにと、調理場に指示をしている。幾多ある料理店の中で色を出そうとすると、地元・兵庫県産にこだわるしかないのが結論のようだ。

俗に明石の魚介類を“前もの”と呼ぶが、「さかばやし」では明石浦漁港で揚がった魚を使うことが多い。由良漁協(淡路島)ともパイプがあるため、とびきり新鮮な魚が造りに出される。
▲由良漁協直送の魚や明石の“前もの(海峡付近や播磨灘一帯で獲られ、明石で水揚げされたもの)”を造りに。「福寿 純米吟醸」がよく合う

それで、漁港から直接魚を仕入れたりしながら鮮度の高いものを提供しようとしているのだ。また、兵庫県東部の丹波市に無農薬農法で名を馳せる婦木(ふき)克則さんがいると聞けば知己を得て、婦木農場の野菜を送ってもらったりもしている。
▲6月に「今月のうまいもん」として使われていた雪姫(ゆきひめ)ポーク。美味しい霜降り肉を目指して生産された豚肉で、兵庫県畜産技術センターが2001年に開発。今後、兵庫県の名物となる可能性も

魚が揃わなかったり、全メニューにその野菜を賄えなかったりするが、その手間も個性のうちと考えているようだ。

「さかばやし」の主力は、会席コース。夜は、「ミニ会席」(3,780円)、「灘会席」(5,400円)、「酒心館会席」(7,500円)の3種があるが、内容を考えればリーズナブル。
▲「酒心館会席」の一部。旬の素材の味が生きるように調理はいたってシンプル。蔵の料亭だけに日本酒に抜群に合うメニューだ

毎月、「今月のうまいもん」と題した特別な素材を会席の一品に入れたり、一品料理にしたりして少しでも名品を食べてもらうように工夫を凝らしているのだ。ちなみに7月は明石ダコがそれにあたる。

7月は「半夏生(はんげしょう)の風習復活」を謳って明石浦漁協直送の明石ダコを会席の一部や一品料理に用いている。中には日本酒に明石ダコを浸して出す「酔っぱらいダコ」なるメニューもある。
▲新鮮な明石ダコに煎り酒のジュレをかけたもの

酒蔵が営むだけに酒のアテになるような料理が多いのも特徴の一つだ。そばの香りと味をシンプルに味わってほしいと「せいろそば」(910円)が昼の名物になっている。

「関西ではさすがに、そばで一杯飲ることは根づいていませんが、せっかく蔵内の店なのだからここから発信できれば……」とは久保田常務。
▲昼にはこれに前菜・造り・鉢物・食事・甘味が付いた「そば膳」(1,950円)もあり、けっこうな人気だとか

以前からそばは「さかばやし」の名物で味もよかったのだが、「それでは進化しない」と坂井和宏さんが営業推進部部長に就任してから変えてしまった。

坂井さんはホテルプラザ、ヒルトンホテルで勤務していた元ホテルマン。名物として売るならありきたりのそば粉ではダメとそばの名産地・福井のものに変更した。

「コストが高くついて儲けが少なくなっても、こだわるとはそこまでしなくてはいけない」と話している。なかなかあっぱれな気構えである。

「さかばやし」では昼も夜も「きき酒セット和音(わおん)」(1,460円)を提供している。これは「福寿」の酒を色々試したい人向きの飲み比べセット。「大吟醸」「吟醸ローザ」「純米酒御影郷」「蔵直採り純米生酒」の4種を少しずつ飲む。他所と違ってオールタイムOK。同じ「福寿」でも造りでこうも味が変わるのかと感心することしきりだ。
▲4つの違った味わいが楽しめるきき酒セット。大吟醸から飲り、深い味わいのものへと移るのがいい

昼酒をたしなみながらそばで一杯とは、まさに贅沢な気がする。

酒どころと称される灘五郷でも飲食店を併設しているのはごくわずか。酒も料理も少量で上質をと考えているので、飲食店レベルもかなり高い。
▲風情のある中庭も歩きたい

今回は昼酒にスポットを当てて案内したが、やはりオススメは夜。きちんとした日本料理と「福寿」が堪能できると、遠方から足を運ぶ人も多い。
夜は酒蔵見学や買い物はできないが、アミューズメント性は夜のほうが上かも。
曽我和弘

曽我和弘

廣済堂出版、あまから手帖社(現クリエテ関西)、TBSブリタニカと雑誌畑を歩き、1999年に独立。(有)クリエイターズ・ファクトリーを設立した。食に関する執筆や講演が多く、食ブームの影の仕掛け人ともいわれている。編集の他に飲食店や食品プロデュースも行っている。

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