世界文化遺産に登録された富士山の、意外と知らない歴史や文化の源泉を探る

2016.07.10 更新

富士山は2013年に「富士山 –信仰の対象と芸術の源泉」として世界文化遺産に登録されました。日本の象徴として、見たり登ったりすることの多い富士山ですが、その歴史や文化については意外と知らない人も多いかもしれません。今回、富士山とともに歩んできた歴史ある街、山梨県富士吉田市の「ふじさんミュージアム」を訪れ、日本人はなぜ富士山に惹きつけられてきたのか、なぜ信仰や芸術の対象となったのかを学んできました。

▲「ふじさんミュージアム」があるのは、富士山のお膝元、山梨県富士吉田市

ふじさんミュージアムは、「富士山の魅力を余すことなく伝えられる博物館」をコンセプトに、見て、体験して、利用する施設として2015年4月にリニューアルオープンしました。富士山を知ることができる随一の博物館として、世界文化遺産の中核をなす富士吉田市の構成資産や、富士山とともに歩んできた街の歴史・民俗・産業を紹介しています。
▲日本伝統の「市松模様」をベースに、富士山の形をモチーフにしたミュージアムの外観

なぜ富士山が今まで日本人を惹き付けて来たのか、なぜ人は富士山に登るのか。今まで多くを知らなかった富士山の文化的側面を知ることで、自分の中に新しい富士山が発見できるかもしれません。

富士山は信仰の山だった!

▲ご案内いただいた学芸員の篠原武さん

ミュージアムでは展示解説の音声ガイド(日本語・英語)を利用できる他、より深く展示の内容を知れる解説員によるガイド(要予約)もおこなっています。そこで、今回はガイドをお願いしました。
▲展示の導入の「富士山との出会い」の映像。富士山信仰の世界に誘われる
▲今も富士吉田の上吉田地区に現存する「金鳥居」のレプリカ

ミュージアムの見学はまずこの金鳥居をくぐるところから始まります。富士山の一ノ鳥居ともいわれ、金鳥居から先の富士山の信仰世界と、手前の俗世間を隔てる結界としての役割があるそう。

ミュージアムの展示空間は、この金鳥居を起点として、そこから見る富士山と上吉田の街をイメージして構成されています。展示は10のテーマに分かれていて、ひとつひとつのテーマに沿って、歴史的資料やCGを使った再現映像などを見ることができます。
▲「まずはこれを見てください」と篠原さん

入り口に何やら神さまの像が。よく見てみると女性の神様のようです。
▲江戸時代後期に作られたもの。富士山の頂上に女神様が鎮座しています

「これは“木花咲耶姫(このはなさくやひめ)”像と言い、江戸時代に富士山の神として定着したんです。そして、現在も日本各地にある浅間神社の祭神として祀られているんですよ」と篠原さんが教えてくれました。

木花咲耶姫という名前には、サクラが咲くように美しい女性という意味があり、防火や安産などの現世の利益の神としても信仰されているそうです。

「この像は、信仰を目的に富士登山する団体である“富士講(ふじこう)”が奉納したもので、富士山信仰を広める宗教者である“御師(おし)”の家の神殿内に安置されていました。この富士講と御師の関係は、富士山信仰を知る上でかかせません」

篠原さんが言う、“富士講”と“御師”とはどういった人たちなのでしょうか? ミュージアムの展示を解説してもらいながら紐解きます。

富士山信仰の歴史をたどる

江戸時代、関東地方から多くの人々が甲州街道などを伝い、登山の出発点となる上吉田を目指して歩いてきました。今のようにどこでも気軽に行ける時代と違い、当時の庶民にとって旅の費用や道のりは簡単なものではありませんでした。
▲東京から富士山までの道中をあらわした絵巻。タッチパネルでそれぞれの場所の歴史を垣間見ることができる

そこで有志でお金を出し合い代表者が富士山を目指す“講”という仕組みができあがり、地域社会や村落共同体の代参講として富士山を信仰する“富士講”として広まったのだそう。そして、江戸時代末期には「江戸八百八町に八百八講」といわれるほど、富士講が各地で結成されていきました。
▲富士講の信仰を広く浸透させたといわれる「食行身禄(じきぎょうみろく)」の木像(写真奥)

富士講の多くは吉田口を起点に富士登山をおこなっていました。そして、富士講の信者と富士山の間に立ち、信者に代わってお祈りをあげ、自宅を宿坊として提供したのが “御師”たちです。御師の家は最盛期には上吉田に86軒を数えたとか。それぞれの富士講の講社(グループ)は、特定の御師の檀家となって、毎年同じ御師にお世話になったそうです。
▲各地域で富士講のマークもさまざま
▲富士講が御師の家に奉納した食器類
▲富士講の行衣。たくさんの朱印が押されている。洗うことはなく、最後は共に墓に葬るのが慣例

今まで知らなかった“富士講”と“御師”のことも、展示されている資料に加え説明を聞くと、「なるほど、納得!」と歴史背景とともに理解できます。

さらに、「御師町にぎわいシアター」というコーナーでは、御師や富士講の関係性や、江戸時代の御師の家や上吉田の町をCGで再現した映像を見ることができます。当時の日常をCG映像で見ることで、篠原さんに説明してもらったことの理解が深まりました。
▲富士信仰や地元の伝統行事に関する3本の映像を選択して見られる

富士山といえば猿??

ミュージアムの展示をいろいろ見ていて1つ気になったことが。ところどころに猿のモチーフが使われていたのです。猿と富士山って何か関係があるの?? その問いを篠原さんに聞いてみると、2016年の干支「申(さる)」と富士山は深い関わりがあるとのこと。
▲御師の家で使われていた茶釜。ふたの上に猿が鎮座している
▲1800(寛政12)年に刷られたという版画には合計62匹の猿
▲富士山に見立てた「富士塚」にも猿像が

「富士山は突然空が晴れ渡って姿を現したという伝説が残っていて、それが庚申(かのえさる)の年といわれているのです。江戸時代中期あたりから、庚申信仰の影響を受けて、猿が富士山の信仰でも神と仏の使いとされるようになりました。なので、猿と富士山は切っても切れない深い関係があるのです」

60年に1度の庚申の年は「御縁年(ごえんねん)」として特別視されていたそうです。
▲1860(万延元)年の庚申記念の絵札。猿を神聖な動物として描いている

ふじさんミュージアムでは他にも、富士山とともに歩んだ富士吉田市の歴史や産業を紹介する展示、富士山の大型立体模型にプロジェクションマッピングを施し富士山の四季を紹介する展示などがあり、富士山にまつわる土地や文化を人々の営みも含めて知ることができます。
▲「吉田の郷と富士の四季」と題し、富士山と富士吉田市の自然を紹介
▲1704(宝永元)年の銘が残されている富士山の形をした御山神輿(おやまみこし)

ふじさんミュージアムのとても貴重な資料をもとにした展示は、どれもわかりやすく、興味をひくものばかりでした。富士山や周辺のおすすめガイドブックもあるので、まずはここで富士山の知識を得て、旅のプランを考えるのもいいでしょう。
▲ミュージアムショップではオリジナルグッズや富士吉田の地場産品の販売も

ミュージアムの附属施設「御師旧外川家住宅」も見学

ミュージアムから車で10分程の場所にふじさんミュージアムの附属施設として、重要文化財/世界文化遺産の構成資産にもなっている「御師旧外川家住宅」があります。

富士講の宿坊として使われていたこの建物の主屋は、1768(明和5)年に建造され、現存する御師の家でここまで古い住宅はほとんど残っていないそう。富士講や御師のことを知って興味が沸いたら、見学するのがおすすめです。
▲外川家は「しほや(塩屋)」という屋号が1606(慶長11)年に確認されている御師の家筋

御師の家の特徴ともいえる奥行きのある細長い形状の屋敷で、主屋と廊下を介した裏座敷の2棟で構成されています。御師たちは普段は家として住みながら、富士登山の時期になると開放して檀家の富士講の人々を迎え入れていたといいます。
▲広い居間に大人数が雑魚寝をして過ごしたそう。家で神楽を舞うこともあったとか

裏座敷には御神前と呼ばれる祭壇があります。ここで御師が祈祷やお祓い、占いなどをおこない、“牛玉宝印”“富士山牛玉(ごおう)”といったお札を檀家に配っていました。
▲御神前。御師の祈祷によって功徳があらわれると信じられていたそう

御師の家にはどこに行ってもこのような祭壇と、ミュージアムでも見た食行身禄の像があるそうです。そして、そこかしこに各地の富士講の檀家が御師に納めたとされるものがありました。
▲東京・浅草地域の富士講“丸鉄講社”の講印がおされたお猪口
▲こちらのお膳には東京・浅草地域の富士講“山鋹”の印を発見

こうして発展を遂げた富士信仰ですが、時代とともにより身近に富士山まで行けるようになったことで、徐々に講として来る人が減っていき、御師の家も次第にその数を減らしていきました。現在は4軒だけ御師の家としての役割を担っている家があるといいます。

旧外川家住宅では、実際に当時の富士講や御師の人々の関係性や暮らしが見てとれただけでなく、歴史ある建造物を自由に見ることができたのはとても貴重な体験でした。
▲開け放たれた家の中は風が通り抜け、とても涼しかったです
時代は変われど、日本人だけでなく、今や海外の人の心も惹きつけてやまない富士山。富士吉田市で見る富士山は、ここでしか見ることのできない圧倒的な迫力があります。富士山にまつわる神社、史跡も多い街なので、富士山の歴史や信仰を知りながら、違った角度の富士山を楽しんでみてはいかがでしょうか?
土屋誠

土屋誠

山梨の人や暮らしを伝えるフリーマガジン『BEEK』編集長、アートディレクター。山梨を拠点に、編集やデザインで地域やモノゴトを伝える仕事をしています。本屋さんが好きなので、休みができたらもっぱら本屋に出没。2児の父としても奮闘中。(編集/株式会社くらしさ)

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