伊予の小京都・大洲の臥龍山荘は、粋を極めた数寄屋建築の傑作!
愛媛県大洲市を流れる肱川(ひじかわ)流域に佇む臥龍山荘(がりゅうさんそう)は、明治時代に大洲出身の貿易商・河内寅次郎(こうちとらじろう)が三千坪にも及ぶ敷地に別荘として建てた数奇屋建築の傑作です。随所に非常に手の込んだ造りや、遊び心が感じられる発想豊かな工夫が見られる名建築を堪能してきました。

自然に溶け込み、匠の技を尽くした臥龍山荘

この土地は江戸時代に大洲歴代藩主が遊賞の地として使用していました。その後、手を入れられることなく荒廃していましたが、明治30(1897)年頃、大洲出身の貿易商・河内寅次郎がこの地を購入。老後の余生をここで過ごそうと、大洲の棟梁・中野虎雄(とらお)とともに築造した別荘が臥龍山荘です。京都からも名工たちを呼び寄せ、構想10年、着工から3年8カ月で完成しました。
昭和に入り、子孫からの申し出により大洲市が維持管理を行うようになりました。一般公開が始まったのは昭和55(1980)年からですが、それまでに多くの著名人が訪れました。なかでも建築家・黒川紀章からは、桂離宮や修学院離宮に勝るとも劣らない傑作として評されました。
そして2011年にはフランスで発売された日本の観光地を紹介するガイドブックで一つ星を獲得し、海外からも注目されている建築物です。
それでは、さっそくその建築の数々を見てみましょう!
臥龍山荘には母屋の「臥龍院」、茶室の「不老庵」と「知止庵(ちしあん)」があります。



末広がりの美しい「末広積み」の石垣から、木の幹が突き出しているのが見えます。もともと生えていた「チシャの木」をそのままに、周りに石を積み上げたものだそうです。

その奥の石垣は、横長い石を肱川の流れに見立てた「流れ積み」で、丸い臼は月を、向かって左端上の辺りにある細長い手水鉢(ちょうずばち)は船を表しているそうです。石垣で風景を表現したこだわりに感銘をうけました。
母屋「臥龍院」は各部屋に名工の技が

臥龍山荘の母屋である「臥龍院」は、明治40(1907)年2月竣工の木造茅葺(かやぶき)寄棟造り。外観は素朴な農家のようにも見えますが、その内部は非常に手の込んだ造りになっています。2016年には国の重要文化財に指定されました。
その内部の様子を見てみましょう。

「清吹の間」は別名「夏の間」とも呼ばれます。北向きで風通しが良く、他の部屋よりも天井高があり、床には藤の敷物が敷かれ、夏に涼しさを感じさせる造りになっています。
部屋に入ると、まず見事な透かし彫りの欄間に目を奪われます。清流と筏(いかだ)流しの花筏で春を表現し、他にも水紋で夏を、菊水で秋を表す欄間と、冬を表す雪輪窓があります。四季それぞれを水にちなんだ細工で表し、見た目の涼しさも生み出しているのです。

障子に映しだされた花筏は、やわらかな光で輪郭がふわりとしていて、見ているとのどかな気持ちになります。大きな床板は大変貴重な楠の一枚板です。

続いて「壱是(いっし)の間」へ。

三畳の大床や高い天井の格調高い書院座敷「壱是の間」は、桂離宮の意匠を随所に取り込んでいます。例えば床の間にある風雅な書院窓は、松皮菱(まつかわびし)型書院窓、別名櫛形窓(くしがたまど)ともいわれ、桂離宮新御殿と同じ形だそうです。
実はこの部屋は畳をあげれば能舞台となるようにも設計されていて、床下には音響を良くするために備前焼の壺を12個埋め込んでいるそうです。
そして、三番目の部屋、「霞月(かげつ)の間」。
こちらは先ほどまでの二間と、少し雰囲気が違っています。「清吹の間」、「壱是の間」が明暗で分けるなら明なのに対して、こちらは暗、灰色の色彩なのです。
この「霞月の間」は、夕暮れ時の薄暗くなった頃合いを「侘び」として表現しています。

特筆すべきは、床の間です。富士山を描いた掛け軸の前に違い棚を設け、霞がたなびく様を表現しています。さらに丸窓の向こうは仏壇になっており、蝋燭を灯せば丸い月のように見えるのだそうです。部屋の名前の意味はここにありました。
当時は仏壇に明かりを灯し供養をしながら、同時に月の風景も描き出されていたというわけです。なんとも粋を感じられる工夫です。
もうひとつ注目すべきは、右上の壁の部分です。一部をあえて塗り残した下地窓(したじまど)が、侘びの表情をさらに強くしています。別名「破れ窓」「ぬりさし窓」とも呼ばれ、千利休が農家の剥げ落ちた壁の下地を見て侘びを感じ、茶室に採用したのが始まりとされています。


瓢箪は夕暮れに花を咲かせるそうです。この部屋の透かし彫りに瓢箪をあしらったのはそういう意味もあったのでしょう。


濡れ縁と「壱是の間」の間にある廊下は「鞘の間」といいます。
建築当時のままの濡れ縁は、銅製の飾り釘がアクセントになっています。飾り釘のうちの一つに、京都千家十職(せんけじっそく)の一人、金物師・中川浄益(なかがわじょうえき)の銘が刻印されているので探してみるのも一興です。

「鞘の間」からは見事な庭園を一望することができます。飛び石と苔の風情のコントラストや配置にも趣があり、時間が経つのを忘れて見入ってしまいます。ただ静かに座って時を過ごすのも良いかもしれません。
肱川随一の絶景を臨む「不老庵」
「不老庵」は臥龍淵を見下ろす崖の上に建てられており、全体を屋形船に見立てています。母屋よりも早く明治34(1901)年3月に竣工しました。



「不老庵」は、石垣の上からせり出すように造られた懸け造りという工法なので、臥龍淵を真上から見下ろすことができます。まさに絶景です。
明治時代にはこの下を帆掛け船が盛んに行き来していたそうです。

竹で編んだ天井が、他に例を見ない蒲鉾のような丸みを持たせた造りになっています。
臥龍淵の川面で反射した月明かりがほんのりと天井を照らし、川のせせらぎとともに月明りのゆらめきを堪能できるようになっているのだそうです。残念ながら夜に入場することはできませんが、想像するだけでもうっとりするほど幻想的な情景です。
奥の部分は畳と同じ高さの踏込床(ふみこみどこ)。その上の落とし掛け(床の間や書院の壁の下橋につける横木)には、あえて曲がった竹をそのまま使用し、天井の丸みと調和させています。細部まで行き届いた心遣いが感じられる造りです。

「不老庵」には、建築当時から現在まで生き続けている木をそのまま使用した柱があります。「捨て柱」と呼ばれ、見所のひとつです。慎の木は樹幹を切ることで上への成長が止まりますが、枝は横に成長していきます。さらにこの場所は日陰で雨もあたらないため、成長も遅くなるという計算のうえで、使われているそうです。

多彩な樹木や石造物も楽しい庭園を散策
面白いのは庭にアクセントを加える石造物の数々です。敷石や飛び石に様々な形や表情があります。思わず足を止めて見入ってしまいます。



庭では飛び石を包み込むように苔が生育していて、ひんやりとした空気が漂っているようです。庭園を歩くときには苔を踏まないように、様々な形を楽しみながら飛び石伝いで歩きましょう。

庭園から見る「臥龍院」もまた違った趣があり、まるで森の中にひっそりと佇む庵のような風情です。
秋になると庭園は紅葉に彩られ、建物全体が夏とはまた違ったしっとりとした装いの美しさに包まれます。

臥龍山荘
愛媛県大洲市411-2
[営業時間]9:00~17:00(札止め16:30)
[定休日]なし
[料金]大人500円・子供(中学生以下)200円・保護者同伴5歳以下無料(すべて税込)
0893-24-3759

和田浩志
株式会社エス・ピー・シークリエイティブ事業部所属。道後温泉100周年ポスターや愛媛県生活文化県宣言ポスター等をデザイン、企画営業部門を経験後現在撮影や編集にも取り組んでいる。大のアウトドア好きで1週間渓流キャンプの経験もあり。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。
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