岸和田だんじり祭の前後に行きたい、岸和田城下の「らしい」店

2016.09.07 更新

9月に行われる「岸和田だんじり祭」の祭礼当日、見物客でごった返し大規模な交通規制も行われる岸和田城下の市街地。地元民は祭に参加しているので商店はお休みの店が多く、代わりに岸和田港塔原線沿いには屋台がずらりと並ぶ。そんななかから祭礼期間中にも比較的訪れやすい、岸和田らしい飲食店と和菓子の店をご紹介する。

岸和田城主と寺田財閥ゆかりの地の料亭「五風荘」

岸和田城二の丸にある城主・岡部家の元・新御茶屋と薬草園跡。
その約8,000平方メートルの敷地に、明治時代に銀行や紡績工場を設立して財を成した寺田利吉(りきち)が大邸宅を建てた。
着工は昭和4(1929)年で、当時大阪じゅうの腕利きの大工が集められ、10年かかって完成にこぎ着けた。
現在は料亭「がんこ岸和田五風荘」であり、大阪府で数少ない一般開放された大規模近代和建築として親しまれている。
主屋や山亭、表門など歴史的建造物は、岸和田市の有形文化財に指定されている。
見事なのは何といっても庭園。
寺田氏は巨石のコレクターだったらしく、庭園から主屋に上がる飛び石と沓脱石(くつぬぎいし)の巨大なこと。
▲この巨大な手水鉢(ちょうずばち)、中秋の名月には満月が真ん中に映り込み、風流、幽玄な風情を演出するという

鯉の泳ぐ池を過ぎ、石橋を渡って茶室の山亭へ。免震構造の高床式の柱の上に茶室が建つ。
▲こちらは庭園の奥の森に囲まれた鎮守社。泉佐野の祭礼に出される山車(だし)の一種「やぐら」の構造だそう

1~2階の個室数は17室で、総席数250席。
大広間は最大100人の宴会が可能。
正倉院の「根付きの松をくわえた鶴」をモチーフとした欄間には、大きさに応じてそれぞれ3~5羽が配されている。
当主が読書や書き物などプライベートで使っていた部屋も趣たっぷりの個室になっている。
押し入れを開けると回転式の棚が。「ここに宴会で使われる多数の灰皿などが収納されていたんです」とは女将の金海妙美(かなうみたえみ)さん。
床の間の床框(とこがまち)は漆で塗られていて、部屋によって色が違う。なんとまあ贅沢極まりない。
見事な大理石を使った和洋折衷の部屋。室内クラシック音楽が似合いそうな空間。
1階から庭を望む風景もため息ものだが、2階からの風景もまた格別。
庭に面したカウンター席は、反対側一面に飾られた絵画が庇部分に映り込むように工夫されている。
▲手洗いの洗面所は見事な大理石を切ったもの

街なかの料理旅館を寄せ付けない広大な庭園に、当時の近代和建築の粋を追求した建物や設えのもと、贅沢な時間がゆっくり過ぎていくので、昼過ぎから夕刻、日没まで過ごしたくなる。
そんな「五風荘」での食事、各種懐石料理はもちろん、夏は鱧や鮎、冬はふぐといった季節料理、しゃぶしゃぶやすき焼き、弁当や天ぷら、寿司、それに刺身や居酒屋メニューと単品も豊富。
そんななかから人気の「やわらぎ弁当」(1,980円)をご紹介。
まず「造り」は、鮪と自社独自の方法で育てた愛媛県の「がんこ鯛」ほか。
「前菜箱」はアコウの西京焼き、鱧ざく、冬瓜のカニあんかけ、自慢のがんこおぼろ豆腐など。
続いて「韃靼(だったん)そば茶豚しゃぶ」。韃靼そば茶のルチンの作用で余計な脂肪分が落とされて軽快な肉料理。
天ぷら。ボリューム感申し分なし。
アナゴの蒸し寿司と焼きナスの赤だし。
これに最後はデザートのお豆腐のチーズケーキ。
岸和田城天守閣の内堀をはさんですぐ南にあるロケーションも完璧だ。
※価格はすべて税・サ別。祭礼の2日間は、限定メニューになる。

岸和田名物・小山梅花堂の「梅花むらさめ」

創業天保10(1839)年。
岸和田藩岡部家の御用菓子司「板屋藤兵衛(いたやとうべえ)」として地元で知られる岸和田本町・紀州街道沿いの「小山梅花堂(こやまばいかどう)」。
七代目の小山啓一さんが伝統の菓子作りを守っている。
名物は「梅花むらさめ」(1棹520円)。
小豆と砂糖、米粉を材料にして蒸し上げた棹(さお)菓子だ。
そぼろを固めたような独特の食感と、控えめで上品な甘さが持ち味。
江戸中期に北前船廻船業の大立て者・食野(めしの)家が、はるばる奥州から素材を運び、製法を泉州(現在の大阪府南西部)に持ってきた。
食野家の下、むらさめ作りを伝授された板屋藤兵衛が岸和田藩主に献上し、以来岸和田名物になった。
▲創業者・板屋藤兵衛の息子・安之助を「人柄よく、仕事熱心」との理由で表彰、褒美を授ける旨を記した当時の町奉行所の文書
▲紀州街道沿いにある「小山梅花堂」。店の裏がだんじり祭の宮入の出発地点の「こなから坂」の下になる

もうひとつ、このところ地元で人気なのが「生チョコ大福」(1個210円)。
生チョコを餡玉ほどの大きさにした大福で、片岡愛之助さんがテレビで紹介してブレイク。古い店の新しい味である。
▲紀州街道は慶長7(1602)年頃に、大阪と和歌山を結ぶ大阪湾岸部沿いの街道として成立。紀州徳川藩の参勤交代の際に通った。いまでも古い町家が残る
▲岸和田本町、紀州街道のシンボルでもある円成寺(えんじょうじ)。岸和田城下らしい風景
▲提灯商の町家と木工彫刻の工房。だんじり祭を支える地場産業が垣間見える
▲大正9(1920)年に建てられた旧四十三銀行岸和田支店
▲昭和8(1933)年に建設された旧和泉銀行本店。設計は綿業会館(重要文化財)などを手がけた渡辺節(せつ)

「小山梅花堂」のある本町から紀州街道を大阪方面へ歩いて、堺町、北町に行けば、今度は大正~昭和一ケタの近代建築が残る。その昔から泉州の中心地だった岸和田の風景だ。

※価格はすべて税込

泉州地元の下町的なツマミで人気の「五軒屋」

地元漁港に揚がる海の幸と、岸和田浜地区の伝統的で親しみやすい料理が好評の居酒屋「五軒屋(ごけんや)」。
岸和田の中心街にあって、城郭を思わせるユニークな外観が個性的。
カウンターに座ると、古いアルテック製のスピーカーや真空管式アンプが目に入る。
ご主人の瀧谷健太さんは、旧式のハイエンド・オーディオの収集家で、マランツやサンスイ、アルテックなど、何種類もの古いスピーカーをアレンジして、ウエストコーストのロックやジャズを流している。
生ビール(中500円)を注文すると、この日のお通し(300円)が出てきた。「泉州ごより豆」である。「ごより」は小えびや小魚を乾燥させて保存食にしたもので、豆と煮たりする。漁師の家の典型的な「浜の食」である。
泉州が本場の水ナスの浅漬け(450円)。フレッシュな味覚は暑い季節のツマミに最適。この店では白ゴマを振りかけたのをショウガ醤油で食べる。
「卵のから焼き」(350円)は岸和田の下町に昔からあるお好み焼き。卵以外何も入っていないから「から焼き」だ。といってもネギ、紅ショウガ、天かす、脂ミンチが入る。好みで醤油とソースの2種が選べる。
酒は獺祭(だっさい)をはじめとした冷酒、ウイスキーやカクテルなど、本格的なバーメニューも好評。ホワイトホース水割りは500円。
城下町に漁師町がある、岸和田らしい居酒屋。よって地元では、性別、年齢層を問わない人気ぶりだ。
※価格はすべて税別
紀州街道の旧い町並みなど、岸和田は歩いて楽しい町だ。
江弘毅

江弘毅

編集者。京阪神エルマガジン社時代に雑誌『ミーツ・リージョナル』を立ち上げ、12年間編集長を務める。著書『街場の大阪論』(新潮文庫)、 『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『飲み食い世界一の大阪』(ミシマ社)など、主に大阪の街や食についての著書多数。最新刊は7月15日発売の『濃い味、うす味、街のあじ。』(140B)。編集出版集団 140B取締役編集責任者。

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