江戸東京博物館で江戸の歴史と現代の東京を探検する

2016.09.19

江戸東京博物館は1993年に開館して以来、江戸時代から現代にいたる約400年の歴史を一度に見られる博物館として人気を集めている。2015年3月には大幅なリニューアルを果たし、常設展に新しい展示物が加わった。1階で開催される特別展(年5、6回開催)もおもしろいが、今回は5階と6階でいつでも見ることができる常設展に的をしぼって、その魅力に迫る。

▲日本橋を渡る人々のジオラマ

6階の常設展入口を入ると、まず「江戸ゾーン」がスタートする。最初に現れるのが江戸時代後期の姿に復元された日本橋だ。長さは当時の2分の1だが、幅は当時と同じというこの橋を渡って江戸の世界に入っていく。なんとも粋な趣向である。
▲6階の「江戸ゾーン」の始まりにある日本橋
▲5階と6階は吹き抜けになっており、日本橋からは5階のフロアが見下ろせる。写真奥は「東京ゾーン」の朝野(ちょうや)新聞社の復元建物

橋を渡ると1630年代(江戸前期)の日本橋界隈の町並みのジオラマが目に入る。1630年代というと徳川家康が江戸幕府を開いてからわずか30年ほどだが、すでにかなり賑やかな町だったことがわかる。精巧な人形模型たちがいきいきと町を歩いているのが楽しい。
▲日本橋界隈の町並み

江戸城に“城”はなかった!?

右に歩いていくと江戸城のジオラマが現れる。これは2015年のリニューアルで新設されたものだ。北側(現在の北の丸公園側)に天守閣がそびえ立ち、その南西に将軍家の住まいであり政務の場でもある御殿が立ち並ぶ。

御殿はきれいに色が塗られているのに対して、天守閣は簡素な白木のままなのが気になるが、これにはわけがある。なんと明暦3(1657)年以降、江戸城には天守閣がなかったのである。
▲江戸城のジオラマ

明暦3(1657)年に起きた「明暦の大火」は、江戸市中を焼き尽くし、一説には死者10万人とも言われるが、そのときに天守閣も焼失した。「天守閣の再建よりも町の復興にお金をかけるべき」「平和な時代になったのだから威圧的な建物は不要」という判断から、幕府はその後の200年の間、ついぞ天守閣を建てることはなかった。
というわけでジオラマの天守閣は、残されていた設計図(1700年代前半に再建計画はあり、そのときのもの)から復元した幻の天守閣なのである。

この江戸城のジオラマのまわりには、ディスプレイがついていて「大名の登城ルート」などを映像で見ることができておもしろい。
▲大名の登城ルートを解説する映像

肥桶をかつぐという稀有な体験

5階に下りると、江戸時代の棟割長屋(むねわりながや)が原寸大で建てられている。2015年のリニューアルで2部屋から5部屋に増設された。1部屋の広さは四畳半と土間のみ。ここに家族で住んでいた人たちも多かったというから、いま流行りのミニマリストもびっくりの「持たない暮らし」だ。井戸と便所とゴミ置き場は共同である。
▲棟割長屋を住居兼作業場としている指物(さしもの)の職人
▲棟割長屋の共同便所

江戸時代はリサイクル社会だったことはよく知られているが、便所の大便も近隣の農家が回収にきて肥料として畑に撒いていた。と思って見渡してみると、ありました、肥桶(こえおけ)が! 

リニューアルによって体験展示が増えているが、この肥桶も担ぐことができる。さっそく担いでみたが、26kgの重さに膝がふらつき、天秤棒が当たる肩が痛い。現代人がこれを運んだら、必ずひっくり返して大惨事が起こるだろう。
▲肥桶を担ぐ。いちど担いでみたかった
▲千両箱を持ち上げる。これも体験展示のひとつ。天保銭1,000枚で14kg

江戸の娯楽といえば歌舞伎であり、この5階にも歌舞伎関連の展示が充実している。日本橋から見えた芝居小屋・中村座の正面部分が原寸大で復元されているほか、芝居小屋の内部構造がわかるミニチュア模型、「東海道四谷怪談」の仕掛けを再現した模型などが目を楽しませてくれる。
▲芝居小屋・中村座(6階の日本橋から見たところ)
▲芝居小屋模型の内部。桝席には「いろは……」の記号がふってある
「東海道四谷怪談」の仕掛け。仏壇がひっくりかえって中から幽霊が出てきた。実際の舞台では大道具係と役者が息を合わせてやっていた。こうした仕掛けは江戸時代後期に流行したらしい。

歌舞伎のコーナーを過ぎて日本橋の下をくぐると、時代が進んで明治維新後の「東京ゾーン」となる。

まず目を引くのがガラス張りの床下に設置された「鹿鳴館」の模型である。明治政府の欧化政策の象徴である「鹿鳴館」では、外国人を招いた舞踏会が頻繁に開かれていたが、この模型も天井がスライドして、音楽とともに人形模型が優雅に踊り出す。
▲「鹿鳴館」の踊る人形模型たち
▲「鹿鳴館」より前に整備された銀座の煉瓦街。現在の銀座和光前の交差点

「東京ゾーン」はその後、大正時代の浅草の賑わいや関東大震災、昭和前期のモダンな暮らし、東京大空襲についての展示が続き、昭和39(1964)年の東京オリンピックに関する資料が陳列される。リニューアル前はここで終わっていたそうだが、リニューアル後は「現代の東京」というコーナーが追加された。ゴテゴテしたパーツがついていた子供用のスポーツ自転車などが展示され、「ああ、あったねぇ」などとつぶやくお父さんが熱心に資料をのぞき込み、思いのほか人気コーナーとなっている。2020年の東京オリンピックが終われば、また新たな「現代」が追加されるにちがいない。
▲関東大震災の写真パネル。江戸と東京は多くの災害をくぐり抜けてきた都市であることを思い出させてくれる
▲高度経済成長期に建てられた団地の典型「ひばりが丘団地」<昭和37(1962)年>の原寸大模型
▲少年用スポーツ自転車の名車、ブリヂストンの「ヤングウェイ モンテカルロ」

常設展の展示はこの「現代の東京」コーナーをもって終了である。

帰りはレストランやミュージアムショップへ

あまり知られていないが、7階には「和食処 桜茶寮(さくらさりょう)」というレストランがある。1階にあるお休み処「緑茶処 両国 茶ら良(さらら)」はいつも混んでいるので、7階まで上がることをおすすめしたい。

しっかりとした料理だけでなく、飲み物や甘味も充実している。大きな窓からは両国国技館の屋根や遠く新宿副都心の高層ビル群が眺められて、現代の東京に思いを馳せることができる。
▲「和食処 桜茶寮」の店内
▲深川めし(1,200円・税込)
▲和菓子と抹茶のセット(780円・税込)
1階にはミュージアムショップがあるので、帰りにぜひ立ち寄りたい。「江戸東京博物館」オリジナルパッケージの東京銘菓が販売されていて、おみやげに最適だ。
▲ミュージアムショップ
▲「江戸東京博物館」オリジナルパッケージの榮太樓「抹茶飴」(363円・税込)

江戸東京博物館の常設展は、けっこう数が多いので、ひとつひとつの展示をじっくり見ていくと、丸一日はかかるだろう。「江戸ゾーン」をゆっくり見すぎると、「東京ゾーン」を見る時間がない……なんてこともありうる。5階から6階に戻ることもできるので、ひととおり全部見てから、気になる展示に戻ってじっくり見るというのもおすすめだ。
ちなみに午前中よりは午後3時以降の遅い時間のほうが比較的すいていることが多いそうだ。
大塚真

大塚真

編集者・ライター。出版社兼編集プロダクションの株式会社デコに所属。最近編集した本は、服部文祥著『サバイバル登山入門』、松崎康弘著『ポジティブ・レフェリング』(ともにデコ)ほか。ライターとしては『TURNS』(第一プログレス)、『BE-PAL』(小学館)などで執筆。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。
PAGE TOP