東京湾の無人島「猿島」へ。海に浮かぶ要塞は自然と史跡の宝庫だった!

2016.09.25 更新

「猿島」は東京湾に浮かぶ唯一の自然島で、しかも無人島。無人島と言うと、未知の動植物や原始の砂浜や断崖、隠された秘宝などが思い浮かびますが、猿島は年間15万人もの人が訪れる人気のレジャーアイランド。一方で長い歴史の中で要塞として使用されてきた埋蔵文化財の宝庫なのです。さまざまな顔を持つ猿島を訪れました。

三笠桟橋からフェリーで10分。
自然と歴史遺産の宝庫、猿島へ!

京浜急行・横須賀中央駅から歩いて約15分。三笠公園に隣接する三笠桟橋から船で猿島に向かいます。
▲三笠公園の世界三大記念艦「三笠」は公園のシンボル。海にもたくさんの艦船が浮かんでいます。横須賀ならでは!
▲3月1日から11月30日までは毎日約1時間ごとに船が運航。甲板に出て景色を眺めるのもおすすめ
出航から10分ほどで猿島桟橋に到着。長い桟橋からはBBQができる砂浜、その向かいには売店や管理事務所が入った施設が見えます。アイランドリゾートの風情ですが、近代的な建物はここだけ。あとは史跡とジャングルです。
▲桟橋では猿のゲートがお出迎え

猿島に到着。
島めぐりスタート!

猿島というからには猿がいるんでしょ?と訪れた人の多くがまず聞くそう。「猿島には猿はいません」そう教えてくれたのは、今回猿島を案内してくれる猿島の管理責任者・細井さん。猿島では歴史や自然を解説しながら島内を案内してくれるガイドツアーが人気です。細井さんはガイドさんではありませんが、今回特別に案内してくれました。
▲今回島を案内してくださる細井さん。船の操縦もされるそう
▲ここが島散策のスタート地点。見どころとなるポイントごとにこの地図が設置されており、今どこにいるのかがわかるようになっています
▲勾配がきつい場所もあるので、仙人杖を貸し出しています(無料)

島を南から北にむかって。
「要塞の切通し」を歩く

猿島の名前の由来は後ほど伺うことにして早速散策開始。島の面積は約55,500平方メートル(横浜スタジアムグラウンド約4個分)。南北450m、東西200mの距離。周囲は約1.7km。「どこからが史跡でしょう?」歩き始めてすぐに細井さんに尋ねてみると「ここがもうそうですよ」とのこと。
この切通しはかつて軍隊が使用していたものだそうで、高さ5~6mの壁ができるよう山を切り開き、空から軍が発見されないよう道を作ったのだそう。
切通し沿いには実際に使われていた兵舎や弾薬庫などがそのまま残っています。ここはもう要塞の一部なのです。
▲左右の高さが違うのは、戦争で片側だけが崩れてしまったからだとか

要塞としての猿島の始まりは1847(弘化4)年。江戸幕府は外国の軍艦から日本沿岸を守るために、無人島猿島に石垣を築き大砲の台場を造りました。そう、あの黒船から日本を守るためのものだったのですね!

薄暗い弾薬庫の内部は?
懐中電灯片手に覗いてみる

「さあここに入ってみましょう」細井さんが立ち止まったのは、レンガ造りのアーチ状の入口の前。見た目はまるでお洒落なワイン蔵、でも実はここに大砲の弾薬が収められていたそうです。
この弾薬庫が使われていた頃の大砲の弾は電信柱くらいの太さがあり、それを真上にある台場まで滑車を使って持ち上げていたそうです。
▲フラッシュをたいて撮影していますが、中はほぼ真っ暗。漆喰の壁が白く浮かびあがります
▲この井戸のような穴から弾を上に持ち上げたそうです
これらの建造物が造られたのは、江戸幕府から新政府に移った明治初期。新政府はフランス製の大砲4門を配備して、本格的な要塞づくりに乗り出したのだそう。
▲一段にレンガの長手と小口を交互に積むのがフランス式のレンガ積み

幕末から明治初期にかけては、フランス式のレンガ造りやレンガ積み技術が使用されていましたが、明治20年代以降、イギリス式のレンガ積み(レンガを長手だけの段と小口だけの段で一段おきに積む方式)が圧倒的に数を増し、フランス式の建造物は徐々に減っていきました。フランス式で造られた猿島要塞は今では大変貴重なものだそうです。
▲兵舎に併設したトイレ。兵士の尿は弾薬を作る材料にもなったそうで、弾薬庫のそばにトイレが設置されています

“愛”と言う名のトンネル
名前の由来は?

道を進んでいくとトンネルにぶつかります。このトンネルは通称“愛のトンネル”。中に入ると、細井さんがその名の理由を教えてくれました。
「灯りがなく真っ暗で、誰かと手をつなぎたくなるから」だから”愛”。
確かになぜこんなに暗いのでしょう?
「これも要塞の特徴で、攻めてきた敵から出口付近が見えないよう、内部を傾斜させています。出口が見えないから暗いのです」(細井さん)
なるほど。
このトンネルの内部には2階建ての地下室が平行に建設されていて、司令部や兵舎など要塞の中心部につながっています。
▲要塞の中心部につながる入口。老朽化が進み入ることができないのだとか
▲フランス式レンガ建造物で現在残されているのは富岡製糸場など全国で数カ所のみ。猿島要塞はその中でも最大規模だそう

トンネルの先はジャングル
まるでアニメの世界

トンネルを抜けるとジャングル、そして二手に分かれるトンネルが現れました。
「この場所はまるでジブリ映画のようだとネットで話題なんです」と細井さん。
確かに上を見上げると、木々のツタが絡まりあうように丸く空を覆い幻想的な雰囲気です。高い空とレトロなトンネル、昔ゲームで見た妖精の森のよう。
この場所のレンガをよく見ると“名古屋”の文字が。これは名古屋の刑務所で造られたレンガだそう。明治時代はレンガがさかんに作られていた証だそうです。
二手に分かれるトンネルの左側ににすすむと、砲台跡が出現。大きな大砲を360度、回転させられるスペースで、島の北側に位置するこの付近には3台の砲台跡があります。こちらはまるで、UFOの着陸跡のよう。ここから飛来する飛行機を狙っていたそうです。命中するとは思えない…。
▲こちらは最近発掘された砲台跡。かなり大きな大砲が設置されていたようです

景観も見どころ満載!
ベイエリアから房総半島までが一望できる

砲台跡からその先を海の方へ進むと、広場(オイモノ鼻広場)に突き当たりました。ここからは横浜ベイエリアや千葉県の房総半島までが一望できます。

「かつて日蓮上人が、房総半島から船で出航した際、嵐で漂流していたところ、白いサルに導かれこの島にたどり着いたという伝説から、猿島と呼ばれるようになったそうです」。だから猿がいなくても猿島なんですね。
島の最北端に日蓮上人がたどり着いたという洞窟も残されていました。
最北端に到達したので、今度は別ルートから桟橋に戻ります。猿島の自然と景観を楽しみながら、ゆっくりと山道を歩きます。結構な勾配なので、仙人杖が必要ですね。
山の階段を昇っていくと、島のほぼ中央に位置する展望台広場に到着。この広場は、先ほど下から見上げた弾薬庫の真上に当たります。
▲白い建物はかつてショッカー(懐かしい!)の基地として撮映に使われていたそう
▲展望台広場から横須賀湾を一望。マンションのように見える建物群が横須賀基地
珍しい動植物がいるのも猿島の特徴です。訪れた8月はカラスアゲハがたくさん飛んでいました。少し大きな光るトカゲにも遭遇。変わった形のカタツムリもいるそう。どの季節に訪れても、きっと珍しい動植物に出会えることでしょう。
さらに山道を進み、島の南側に位置する広場から階段を下れば、もといた管理棟の裏手に到着!これで約2時間の島内散策は終了です。多少勾配はありましたが、お話を聞きながらぐるりと周るにはちょうど良い距離でした。「細井さん、ありがとうございました」。

今回は特別にスタッフの細井さんに案内してもらいましたが、より詳しいガイドツアーも実施中。猿島の歴史について、深く濃く、教えてもらえます。
猿島では、縄文式土器なども出土しており、無人島であるがゆえの手つかずの自然や史跡がまだまだ眠っていそうです。
▲管理棟内の多目的ルームは、猿島の歴史資料館にもなっています
▲管理棟のボートデッキから眺める砂浜では、BBQや海水浴を楽しむ人で賑わっています
東京湾にこんな自然島があることも驚きだし、貴重な史跡を触るほどの距離で眺められるのも驚き。まるで巨大なミュージアムです。驚きに満ちたこの島に、また近々訪れてみたいと思います。
▲また桟橋から船に乗ります。さよなら、猿島!
平間美樹

平間美樹

某広告代理店で情報誌・Webサイト等の広告企画・制作を経て独立。現在、企画制作会社CLINK(クリンク)を運営し、結婚・進学・就職・旅行など幅広い分野で企画・ライティング活動中。テニス・フラ・猫にハマる日々。 テニス観戦でグランドスラムを達成するのが目下の目標。

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