神々と自然の恵みあふれる道。世界遺産・熊野古道を歩く

2016.10.11

紀伊山地の霊場と参詣道(さんけいみち)として、世界遺産にも登録されている「熊野古道」。今回はパワースポットとしても人気の、歴史と自然の魅力あふれるこの道を、語り部さんといっしょに歩いてきました。

和歌山県を中心に、三重県、奈良県にまたがる紀伊山地は、標高1,000~2,000m級の山脈が集まる紀伊半島の山岳地帯。
ここは、神話の時代から神々が鎮まる特別な地域と考えられていました。

さらに仏教が日本に渡来し、広まるにつれ、深い森林に覆われた紀伊山地の山々は阿弥陀仏や観音菩薩の「浄土」に見立てられるようになり、僧侶たちの修行の場となっていきました。

その結果、 紀伊山地には、それぞれ起源や内容の異なる「熊野三山」「高野山」「吉野・大峯」の3つの霊場とそこに至る「参詣道」が生まれ、日本の宗教や文化の発展に大きな影響を及ぼしたのです。
▲どこか神秘的な雰囲気を醸し出す熊野の山々
こうした背景から、2004年に、「紀伊山地の霊場と参詣道」として、上記の3つの霊場といくつかの参詣道がユネスコの世界遺産に登録されました。

「熊野古道」はその中でも「熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)」へと通じる参詣道の総称。

平安時代から江戸時代にかけて、たくさんの参詣者が歩いたとされる熊野古道は、その豊かな自然景観のため、近年ではトレッキング・ウォーキング愛好者たちからも人気。初心者でも気軽に歩くことのできるコースから、歩き慣れた方用の長めのコース、峠越えのコースなど、さまざまなモデルコースが設定されています。

さらには、語り部さんの説明を聞きながら歩くことができるツアーなども豊富に準備されていて、世界中からたくさんの観光客が訪れるといいます。

バスに乗ってまずは出発地へ

▲熊野本宮語り部の会・加藤恵美代(えみよ)さん
というわけで、今回は、観光客に一番人気だという「発心門王子(ほっしんもんおうじ)~熊野本宮大社コース」(約7km)を歩いてみようと、田辺市熊野ツーリズムビューローが企画する「語り部専任5時間コース」を体験することに。

集合場所の「熊野本宮大社」前で筆者たちを迎えてくれたのは、本日の語り部、熊野本宮語り部の会・加藤恵美代さん。

「よろしくお願いします!ウォーキング初心者なんでお手柔らかに…」
ひさしく運動をしていない筆者は丁重にごあいさつ。
「このコースは、初心者の方も安心して歩いていただけるコースですから、大丈夫ですよ。さっそく行きましょうか」
笑顔の素敵な加藤さん。
▲写真後ろに見えるのは、「熊野本宮大社」前にある「熊野古道センター」。熊野古道に関する展示のほか、人びとの交流の場としても利用されている
まずは「本宮大社前」のバス停から出発地点の「発心門王子」までバスで向かいます。

バスに揺られること約20分。バスから降りると、目の前には「世界遺産 熊野参詣道中辺路(なかへち)」という文字が刻まれた石碑が立っていました。
▲今回のコースの出発地、「発心門王子」前には世界遺産の石碑が
早速、加藤さんは手作りの大きな地図を広げて解説をはじめました。
「今から歩くのは、この熊野古道の”中辺路”というルートです。平安時代『熊野詣(くまのもうで)』といって、京の都から、法皇や上皇がこの紀伊路(きいじ)を通って…」
筆者の様子を見ながらわかりやすく、とてもくわしい解説をしてくれます。
加藤さんたち「熊野本宮語り部の会」は、熊野古道の魅力を伝えるため、この地域のボランティアの方々が集まって作られた団体。この会の語り部さんたちはみな、熊野古道のエキスパート。月一回の定期勉強会や、厳しい実地練習などを経て、試験に合格した人だけが、実際に観光客を案内できる「語り部」になれるのだとか。
▲「発心門王子」前
熊野古道の概略をひととおり解説してくれた加藤さんは、続いて今回の出発地であるここ「発心門王子」について教えてくれました。
かつて参詣者は、熊野古道沿いに多数つくられていた王子社(おうじしゃ)を巡拝しながら長く険しい旅を続けたそう。王子社とは熊野の神様の御子神(みこがみ)が祀られているところであり、参詣者の休憩所でもあったところ。

「発心門王子」は、その数ある王子社の中でも格式が高いとされる「五躰王子(ごたいおうじ)」のひとつに数えられたところで、ここから先が「熊野本宮大社」の神域とされる、いわば「熊野三山」の入り口的なところなんだとか。

つまり、今回のウォーキングコースは、熊野詣の長い道のりの中で、ゴール目の前の最後のおいしいとこだけ歩いちゃおうということなんですね。

「さあ、それではいよいよ行きましょうか」
歩き出す加藤さんに続く筆者一同。

美しい山里の風景や自然を楽しみながらレッツ・ウォーキング!

「発心門王子」を出発した一同は、しばらく山里の集落沿いの道を進みます。決して広くはないですが、路面は舗装されていて、歩きやすい小道です。
「もちろん昔の参詣者は山道を進んだのですが、地域の人びとが暮らす集落沿いの道は、今ではこのように舗装されているところもあるんです」

険しい山道を想像していた筆者もまずはひと安心。トレッキングやウォーキングというよりも散歩というイメージ。のどかな景色を楽しみながら、のんびりと進みます。
熊野古道の話はもちろん、道沿いに咲く野草の話や、TVドラマの撮影地となった話など、筆者たちの反応を見ながら、さまざまな楽しいお話を聞かせてくれる加藤さん。

まわりを見渡せばたくさんの自然。木々に囲まれた静かな小道をおしゃべりしながら歩いているだけで、こんなにもすがすがしく楽しいものなのかと気付かされます。
「ほら、こんなところにお地蔵さんがいるんですよ。作られたときは、この木がこれほど大きくなるなんて想像していなかったんでしょうね」

やはりここは熊野古道。志なかばで参拝途中に息絶えた人びとを供養するために作られた地蔵など、道中にはたくさんのお地蔵さんが祀られています。
▲「水呑(みずのみ)王子」にある「腰痛のお地蔵さん」。腰の部分にお賽銭を挟むといいのだとか
さてさて、加藤さんとの楽しいおしゃべりに夢中になっている間に、あたりはいつしか古道らしい雰囲気に。
アップダウンはそれほど急ではありませんが、コースはいよいよ山道となってきました。
「道中には、間伐した木の幹を使って、ひと休みできるベンチなども設置されているんです。もう少しいくと、あの国民的男性アイドルグループのメンバーがお気に入りのひと休みスポットがありますよ」

加藤さんによると、なんでもそこは「森のベッド」なんて呼び名がついているんだとか。
名前を聞いただけで素敵です。ワクワクしながら思わず歩くスピードもテンポアップ。
「ここです。そこにぜひ横になってみてください」
加藤さんが指差したのは、コース脇のひらけたところ。背の高い木々の間に人の身長程度の長さに切り出された丸太が2本ずつ並んでいます。

それでは、ゴロン。
すると…
「万華鏡みたい」
まっすぐ天高く伸びる木々と空が織りなすこの幻想的な景色に、かのアイドルはひとこと、こうつぶやいたんだとか。この日はあいにくの曇り空でしたが、それでもこの景色は圧巻です。

木々に囲まれた素敵な景色を楽しんだらウォーキング再開です。
マイナスイオンを体いっぱいに浴びながら、熊野の自然を思う存分堪能していると、コースは一旦山道を抜け、再び集落沿いの道へ。

「さあ、まもなく『伏拝(ふしおがみ)王子』です。ここでお昼にしましょう」

自然に囲まれながら食すお弁当は格別!

お昼休憩をとったのは、「伏拝王子」の横にある「伏拝茶屋」。出発地点から、距離にすると4kmほど。のんびりゆっくりと歩いてきたからなのか体感ではもっと歩いた気がしますが、なにはともあれお楽しみの昼食タイムです。
▲「伏拝茶屋」
「伏拝茶屋」は古道沿いに建てられた山小屋風の無料休憩所。この日は、奥のテーブルでおばちゃんたちが何やら作業をしていました。
「ここでは、地元の婦人会の有志の人がお茶や梅干しを販売したり、しそジュースや温泉コーヒーを振る舞ったりしているんです」
と加藤さん。

「あらあら、シュッとしたイケメンさん。良かったら飲んでいって」
加藤さんに負けず劣らず、ノリのいいおばちゃん、もとい奥様方。
▲「伏拝茶屋」の温泉コーヒーとしそジュース(各税込200円)
というわけで、しそジュースをいただくことに。

忘れてはいけないのが、ここはあの梅干しで有名な紀州。梅干しづくりが盛んなこの地域では、梅干しづくりには欠かせない「赤しそ」の生産も盛んなんです。

奥様方が「ありあまるほどあるから…」と笑う、地元で育った「赤しそ」を贅沢に使ったその一杯は、程よい酸味で、すっきりと心地よい喉越し。
ウォーキングで疲れた体にスーッと染み渡ります。

「温泉コーヒーもオススメですよ」
と奥様。
「温泉コーヒーって?」
「熊野にある『湯の峰温泉』は、開湯1800年の歴史ある日本最古の温泉ともいわれている温泉でね。古くから熊野詣の参詣者が湯垢離場(ゆごりば)として、身を清めたとされているんです。『温泉コーヒー』はその温泉のお湯を使って淹れたコーヒーなんですよ」
すかさず解説してくれる加藤さん。
なるほど、それはありがたいコーヒーです。
さて、喉も潤ってひと息ついたところで、お弁当です。
実は、今回このウォーキングツアーの申し込みをした「田辺市熊野ツーリズムビューロー」のサイトから、ちゃっかりお弁当も注文。集合場所でお弁当をゲットしていたんです。

その名も…
▲民宿「大村屋」の熊野古道弁当(税込1,150円/お茶付きの場合は税込1,250円)
熊野古道弁当!

熊野古道弁当は、ここからほど近い川湯温泉にある民宿の「大村屋」が、語り部とのウォーキングやガイドツアー用にと販売しているお弁当。

竹カゴに入っているなんて、なんともおしゃれです。
じゃーん!

ご存知、熊野名物の「めはりずし」をはじめ、かわいらしい小ぶりなおにぎりが4種類。そして、山の幸の煮物など、季節のおかずがたっぷり。
どれも優しい味付けで、山歩きのお弁当にぴったりです。
熊野の山々に囲まれて、自然を楽しみながら食べるお弁当はこれまた格別。
お腹も、こころも大満足です。

雨ニモマケズ、風ニモマケズ!?自然の力を肌で感じる熊野古道

お弁当としそジュースで元気いっぱいの筆者一同は、ふたたびウォーキングを再開。まずは、「伏拝茶屋」のすぐ脇にある高台への階段を昇ります。

「ここは、『伏拝王子』。ここまではるばる中辺路を歩いてきた参詣者がはじめて、『熊野本宮大社』を遠望できた場所で、ここから本宮大社を伏し拝んだことからこう呼ばれているんです」
登った先、一気に開けた視界から見えたのはこの景色。
山にかかる白い雲がとても幻想的で、霊験あらたかな雰囲気がビシビシと伝わってきます。

「今日は、雲で見えないですけど、あの真ん中あたりがゴールの『熊野本宮大社』です。あとここから1時間くらいかな」

さあいよいよウォーキングもクライマックス。
「ここまで意外と楽勝だったな。この調子なら余裕でゴールできそう」
筆者の頭にそんな思いが浮かんだちょうどその時、空からパラパラと雨が降り出しました。

「山の天気は変わりやすい」なんて言葉もありますが、加藤さんによると、そもそもこのあたりはとても雨の多い地域で、さっきまで快晴だったのに、突然雨が降り出すことも日常茶飯事だそう。
訪れる際はくれぐれも雨具の用意を忘れずに。
「伏拝王子」を過ぎ、手入れの行き届いた茶畑などに目をやりながら、静かな伏拝の集落沿いを進むとコースは再び山の中へ。
雨はますます勢いを強め、はげしく降りだしてきました。
「僕、結構雨男なんですよ」と筆者がカミングアウト。
すると、「日ごろの行いが悪いからやで」と今までおとなしかった筆者の相棒カメラマンがここぞとばかりに筆者に文句をいい始めました。

「雨のときは、『禊ができてよかったですね~』っていうんですよ。ここで禊を済ませといたら絶対後からいいことあります」
と加藤さん。

どうですか、加藤さんのこの器の大きいこと。カメラマンとは大違いです。
再びコースは、なかなかの山道が続きますが、加藤さんに励まされながら雨に負けることもなく、歩みを進めていきます。
そして、加藤さんオススメの展望ポイントに到着した一同。
「ここまで来たらほら、『熊野本宮大社旧社地』の大鳥居が見えるでしょ?」
「あ、ほんとだ」
ここから眺めると、立ち込める雲と山の中にポツンと鳥居が浮かびあがっているよう。思わず拝んでしまいそうになります。

さあ、ゴールはもうすぐです。
熊野古道の山道はこの後もしばらく続きますが、歩き進むにつれて、土の道から、徐々に足元に石が目立つようになってきました。こころなしか道幅も広がってきています。
熊野古道といえば、石畳の道をまっさきにイメージする人も多いでしょう。
加藤さんによると、熊野古道の各所では、豪雨対策や傾斜対策として、古くから石畳の道が造られ整備されていたんだとか。石畳の道は敷設された後も何度か補修が行われており、現在も補修が続けられていますが、いつごろから造られるようになったのかなど、現在でもわかっていない点が多いんだそう。
そして、ついに「熊野本宮大社」に到着。
最後は、しっかりとお参りです。
「しっかり禊もしてきましたんで、どうか幸せにしてください」
びしょ濡れになりながら祈った筆者のささやかな願いは、果たして熊野の神々に届いたでしょうか?

何はともあれ、無事ミッション達成。激しい雨に打たれてもなお、すがすがしく気分は晴れやか。疲れているはずの体も心なしか充実感にあふれていました。

わざわざ大雨の日を狙って熊野古道を歩きたい人はいないでしょうが、大雨でも楽しめる熊野古道ウォーキング。
ぜひ語り部さんとともに歩いてみては。
James

James

イギリス人と日本人とのクォーター。大学では工学部、情報システムを専攻したかと思えば、ミュージシャンとしてギタリスト、MC、DJとして活動。TVやラジオなどでも活躍。その後(株)アドビジョンにて、デザインやコピーライティングなどマルチに活躍。バックグラウンドを活かした独自の視点が人気のライター。

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