三徳山三佛寺。日本一危険な国宝「投入堂」へ命がけの巡礼旅

2017.06.22

断崖絶壁に建つため、険しい山道を登って参拝しなくてはならない「投入堂(なげいれどう)」。もともとは修験道の修行の場で「日本一危険な国宝」とも言われています。はたして無事に帰って来ることはできるのか!?ハラハラ、ドキドキの参拝登山を体験してきました。

軽い観光気分では登れない修行の道

鳥取県東伯郡三朝(みささ)町の東部に位置する霊山、三徳山(みとくさん)は慶雲3(706)年の開山。修験道の開祖とされる役小角(えんのおづぬ)が開いたとされています。
修験道は神道と仏教が融合したもので、山を神仏そのものとして敬う山岳信仰のこと。修験者(山伏)が神聖な山で過酷な修行を積み、悟りを開いて神と仏の境地に近づくことを目指すものです。
▲鳥居の存在が神仏習合の歴史を物語る

山陰屈指の人気温泉地・三朝温泉から車で約10分、JR倉吉駅からはバスで30分ほどで到着。元治元(1864)年に再建された鳥居をくぐると、いよいよ三徳山の参道入口です。
ちなみに、三徳山と三朝温泉は2015年に文化庁が認定する「日本遺産」の第1号に認定され、クールジャパン戦略の一環として海外からの観光客を誘致促進するためのエリアになっています。
▲三徳山三佛寺(さんぶつじ)の参道入口

参道の階段を上がると納経所があり、入山料を納めてお札を受け取ります。さらに石段を上ると輪光院、正善院、皆成院などの宿坊があり、座禅や写仏、写経などの修行体験(要予約)もできます。
▲三佛寺の本堂。脇には狛犬や七福神の地蔵尊もある

投入堂の参拝の前には、まず本堂で無事に下山できるよう安全を祈願。ここから先が修行の場です。一段と気を引き締めて、歩を進めます。
▲投入堂参拝登山の受付所

入峰修行受付所では服装や靴をチェックされます。かかとの高い靴や革靴、サンダル、スリッパはNGで、底にスパイクや金具の付いた登山靴やピッケルも山道や木の根を傷めるため使用できません。
▲靴が理由で入山が許可されない場合はわら草履に

凹凸のある運動靴やトレッキングシューズがいいのですが、ベストなのは意外にも素足にわら草履とのこと。わら草履のメリットは岩場でも足の裏の形にそって湾曲することと、濡れた木の上などでもグリップ力が高いこと。とにかく、安全第一なので、私も早速スニーカーを脱いでわら草履に履き替えました。
▲わら草履は受付けで購入することができる(700円)

記帳を済ませると輪袈裟(わげさ)を手渡されます。繰り返しますが、ここは修行の場。輪袈裟は略式の法衣なので、登山中は首から掛けて修行の身だしなみを整えます。
▲輪袈裟には「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」の文字

修行の目的は「六根清浄」。六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意のことで、つまり五感と心。「ときに人間は間違いを犯すことがあり、悪い心を持つこともあります。見なければいけないものを見逃したり、悪い話を聞くこともあります。三徳山に入ることで、そのようなすべての罪穢れが清浄されます」と教えてくれたのは、執事次長の米田良順(りょうじゅん)さん。
▲三徳山三佛寺 執事次長の米田良順さん

「西洋と日本では山に対する考え方が違い、登山の意味も違います」と米田さん。西洋では山は恐怖の対象とされ、登ることで恐怖を克服するのに対し、日本の山は命をもらう場所。自然崇拝の対象なので、同じ登山とはいえ、山を敬う気持ちを持って登らなければなりません。

険しい山道には絶景の舞台も

▲行者道の入口となる宿入橋(しくいりばし)

最初に現れたのは緩やかなアーチの宿入橋。ここが結界とされる場所で、いよいよ参拝登山のスタートです。
▲木の根っこを上るカズラ坂

しばらく歩くと、さっそく現れました。最初の難関、カズラ坂です。木の根に手足をかけて、4~5mはあろうかという急斜面をよじ上りますが、もちろん命綱なんかありません。
▲岩に刻まれた修験者の足跡

道中の岩場は修験者が永年にわたって踏みしめたため、足跡のような形にえぐれていました。今はここに足をかけながら上ることができますが、昔の修験者は大変だったろうなという思いになります。
▲道中では珍しい石段も

自然石が積まれた石段は「開眼の二十段」と呼ばれ、その昔、盲目の修験者が願をかけながら麓から一つずつ運び、二十段目を据えたときに眼が見えるようになったとの言い伝えがあります。
▲崖の上に文殊堂(もんじゅどう)が姿を現した

国の重要文化財に指定される文殊堂の下まで辿り着きましたが、またしても目の前に難所が。ゴツゴツした岩をどうにか上り、柱脚の下から見上げてみると…
▲鎖坂を上って文殊堂へ

立ちふさがる巨岩に垂らされた1本の鎖が。これを上るなんて、まさにフィールドアスレチック。前傾姿勢になり過ぎず、立って上るのがコツです。
▲文殊堂からの眺めは、まさに絶景

文殊堂は室町時代後期の建立と推定され、回り縁をめぐらした舞台造りになっています。標高約500mの岩場にせり出したように建てられ、手摺りのない幅60cmほどの舞台は高い所が苦手な人は足がすくむほど。でも、ここから楽しめる大パノラマの絶景は一見の価値ありで、天気のいい日には日本海も一望できます。
▲地蔵堂の舞台は足下に原生林が広がる

文殊堂の少し先にある地蔵堂も同じような造りで、こちらも大パノラマの絶景が楽しめます。

謎に包まれた国宝・投入堂とご対面

▲馬の背・牛の背を越えると投入堂も近い

文殊堂と地蔵堂を過ぎると馬の背・牛の背が現れます。両側が切り立った岩場の尾根道で、足を滑らせやすいので最後の難関と言われています。
▲中に修行僧の写経が納められていた納経堂

納経堂は見逃してしまいそうな小さな祠(ほこら)ですが、国の重要文化財に指定される貴重な建造物です。従来は鎌倉時代の建築とされていましたが、近年になって用材の年輪年代測定の結果から、平安時代後期にさかのぼることが判明しています。
▲岩窟の中に建てられた観音堂

観音堂は県の保護文化財で、江戸時代前期に鳥取藩主池田光仲によって再建されました。ここまで来れば、投入堂は間近です。
▲観音堂の横は真っ暗な「胎内くぐり」

観音堂の右に回り込むと、暗くて細い通路になっています。ここは「胎内くぐり」とされている場所で、洞窟を女性の体にたとえて、新しい自分に生まれ変わることを意味しています。合掌してお堂と岩の間をくぐり抜けると…
▲この道を抜けると、いよいよ投入堂に

「←投入堂」と書かれた看板が見えました。険しい道のりでしたが、どうにか投入堂まで辿り着いたようです。
▲断崖絶壁の岩窟に建つ投入堂

登山道からは一度も見ることができなかった投入堂が、ようやく目の前に現れました。
長い柱で床を支える懸崖(けんがい)造りで、岩窟の中にすっぽりと収まっています。建築時期は平安後期とされていますが、どのように建てられたかは一切が謎。役小角が法力で建物ごと平地から投げ入れたという伝承が語り継がれています。
▲神社本殿形式では日本最古級の建造とされる

投入堂は中に入ることはできず、少し離れた場所から拝観しますが、存在感は圧倒的です。有名な写真家・土門拳氏は「日本第一の建築は?と問われたら、三佛寺投入堂をあげるに躊躇しないであろう」と語ったそうで、自然と調和した美しさを絶賛しています。
▲いっそうの注意を払って下山

念願の投入堂参拝が叶いましたが、まだ安心はできません。これから下山の苦労が待ち受けています。登山道では過去に何度も事故が起こっていますが、その多くが下山のときだそうです。
▲急がずあわてず、体力に合わせて無理をしないように

下山ルートは上って来た道とほとんど同じなので、つい気を緩めてしまいそうですが、登山時よりも体力を使います。足を踏み外したらケガでは済まない場所もあるので、決して急いだりせず慎重に!
▲使い終わったわら草履は記念に持ち帰り

入峰修行受付所まで戻ったら、輪袈裟を返却して下山時間を記帳。人によって差はあると思いますが、往復の所要時間は1時間30分~2時間ほどです。わら草履はかなり擦り切れていましたが、投入堂参拝の記念に持ち帰ることにしました。
▲名物のお茶で下山後の一服

本堂の前には三徳山名物の十薬茶(どくだみ茶)が用意されていて、無料で飲むことができます。乾いた喉にはありがたく、何杯もおかわりしました。横では三徳山名物のとち餅(8本入700円)がお土産として販売されていました。
国宝の投入堂をはじめ、文化財が次から次へと現れる三徳山。道は険しく、それなりに体力や勇気も必要ですが、途中の景色や下山したときの達成感は格別です。「六根清浄」の参拝登山で新しい自分に生まれ変わってみてはいかがですか?
ただし、1人での入山は禁止されているので、必ず2人以上でチャレンジしてくださいね。
廣段武

廣段武

企画から取材、撮影、製作、編集までこなすフリーランス集団「エディトリアルワークス」主宰。グルメレポートの翌日に大学病院の最先端治療を取材する振り幅の大きさと「NO!」と言わ(え?)ないフレキシブルな対応力に定評。広島を拠点に山陽・山陰・四国をフィールドとして東奔西走。クラシックカメラを語ると熱い。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

こちらもおすすめ

もっと見る
PAGE TOP