美しく、丁寧。湯布院の心が宿る「山椒郎」の料理をいただく

2015.06.17

九州を代表するリゾート観光地として名高い湯布院の町に、連日満席になるという人気の日本料理店があります。お昼時になると辺りが急に騒がしくなり、予約ができないランチに行列覚悟で人々が集まります。夜の時間帯も、温泉宿の料理のクオリティーが高いといわれる湯布院で、美味しいご馳走を求めて食通たちがこの店をめざします。カウンターの窓越しに田園風景や由布岳を望む最高の空間で、料理人の美しい手仕事に感動すると噂の店にお邪魔しました。

湯布院料理界の巨匠に、料理の哲学を学ぶ

JR湯布院駅を背にして大通りを進み、鳥居を右に曲がってしばらく行くと、田園風景が広がるのどかな場所にお目当ての店はあります。店の名は、「山椒郎(さんしょうろう)」。”湯布院料理界の巨匠”といわれる店の主の存在に、少し緊張しながら中に入ります。

新江憲一(しんえけんいち)さんは、地元の農家と湯布院の料理人をつなぎ、食を追求する「ゆふいん料理研究会」の代表です。17歳で料理の世界に入り、1996年、湯布院の温泉宿「草庵秋桜(そうあんこすもす)」の料理長に就任。2004年から4年ほど、イタリア・ミラノの日本料理店で腕を振るい、帰国後は、JR九州の列車「ななつ星in九州」の料理を監修するという多彩な経歴の持ち主でもあります。
イタリアから帰国し、湯布院で店を開いた理由をたずねると、「僕はね、中谷健太郎さんや藤林晃司さんのために料理がしたい、その魂の傍にいたいだけ。湯布院をどうしたいかの夢が100あるとしたら、その1つに料理がある。その夢を僕が叶えたい。だから、湯布院。こんなに素敵な町はないからね」と新江さん。中谷健太郎氏は、湯布院が誇る老舗旅館・亀の井別荘の経営者であり、町おこしの立役者。故・藤林晃司氏は、山荘無量塔の創業者で、今の湯布院ブランドを築いた人物です。

「その町が持つ感性や品格があるとしたら、湯布院のお客様は上質。良いお客様が来るから、町も良くなる。だからね、ここでは雑なことをしてはダメ。わかる人がいっぱい来るからね。旅の玄人を相手にするものだから、ちゃちなことをしてはいけないんだ」。

器や店の飾りひとつにもこだわる新江さんの店を設計したのは、豪華観光列車「ななつ星in九州」をデザインした水戸岡鋭治氏。店の外に掲げる木造りの看板は、中谷健太郎氏の書。店名の山椒の言葉は、故・藤林晃司氏からいただいたもの。湯布院を愛する人たちによる最高の演出です。
不意に、新江さんから質問を受けました。「最近、いつ日本料理を食べた?」――すぐに答えることができません。「日本人なのに、特別な日にしか日本料理を食べないようにしてしまったのは、僕ら料理人の責任。今の料理人は、過去をなぞる、めでることばかり。料理人の怠慢だね」と厳しいお言葉。

「僕は、日本料理に衝撃を与えたい。昔の時代にはできなかった料理を創りたい。だから、最新機器なんかも全力で使うべき。レントゲンで魚の骨の位置や、MRIで野菜の甘みがどこにあるかを調べる。料理は”エビデンス(根拠)”だからね」。という新江さんの目は、何だか楽しそうです。

新江さんの店には、農家さんから毎日、何かしらの食材が届きます。この店は、新江さんの研究室。農家さんから届く食材が研究対象です。目の前の野菜をどうしたらもっと美味しく食べられるだろうかと、日々実験が行われています。食材を泡状にするエスプーマや液体窒素、数分でスモークする調理器具など、研究室には最新の機器もそろえられています。
そんな新江さんの思いが詰まったお昼の人気メニューが、「合わせ箱」(2,160円・税込)です。木箱の蓋を開けると、豊後牛や大分特産の冠地鶏とともに、30種類以上の野菜が色鮮やかに散りばめられていました。トマト、サヤエンドウ、とうもろこし、みょうが、れんこん――湯布院育ちの新鮮な野菜を、茹でたり、焼いたり、蒸したり、生のままで、素材の美味しさを最大限にひき出せるように、切り方や調理法、温度管理に至るまで徹底的に管理されています。

醤油ベースのタレを掛けて、具材の下に隠れているご飯と一緒にいただきます。箸を進めるたびに、野菜のシャキシャキ感やみずみずしさ、甘みや旨み、酸味が絡み合い、自由自在な味の変化を楽しむことができます。
もうひとつ、お昼に人気のメニューが、「豊後牛ステーキランチ」(3,240円・税込)です。「サーロインの場合は、レアではなく強めに焼く。脂を出しながら、肉をいじめるようにね」。絶妙な加減で焼き上げたステーキは程よい脂と赤身から肉の旨みがジュワ~。湯布院の野菜もたっぷり添えられています。

「料理に必要なのは、テクニックじゃない。知性、感性、教養、そして、知識。その人に食べやすくする、料理で感動やドキドキを伝えるのが料理人の仕事。だからね、『門外不出』とか、『秘伝』とか大嫌い。知りたい人にはどんどん教えるし、若い料理人にはもっと貪欲に勉強して欲しいね」。そんな新江さんのもとには、勉強熱心な料理人たちが県外から足繁く通っているそうです。
「今ね、夏の新しいデザートを考えているところ。のど越しを考えてね。葛きりではないよ」。薄茶色のぷるるんとしたものの正体は、なんと、蓮根でした! 蓮根を粉末にして練っていくと独特の粘りがでて”れんこんもち”になるそうです。

季節や旬の食材により、デザートの内容も変わります。「僕の仕事は、素材をエスコートすること。どの場所に連れていけば、美味しくなるだろうかとね」。新江さんの手にかかれば、馴染みのある果物や野菜も、まったく新しい感覚で味わうことができます。

最後にオーダーしたい「デザートプレート」(540円・税込)では、3~4種類の異なる味でラストを締めくくります。
ランチは4種類からチョイス。夜は4,320円(税込)からコース料理を楽しめます。
「美味しいものなら胃袋に行くけど、新しいものを食べた衝撃は頭に行く。だから、美味しかったといわれても満足しない。『驚いた』、『感動した』、『楽しかった』、そういわれると嬉しいよね」と屈託のない笑顔の新江さん。

湯布院の町を愛し、その町を訪れる人を最高の料理でもてなす「山椒郎」の楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまいます。店を出る頃には、脳が刺激され、興奮冷めやらぬといった状態です。新江さんの深い料理愛にすっかり魅せられて、また来ようと心に誓いながら、湯布院の町をあとにしました。
隠岐ゆう子

隠岐ゆう子

大学でデザインを学んだ後、大手印刷会社に入社。制作ディレクターとして5年勤めた後、フランス・パリに語学留学へ。現在は、九州・山口を中心に編集・ライターとして活動している。無類の旅好きで、暇とお金さえあればヨーロッパを中心に旅する行動派。旅、温泉、スイーツのキーワードに目がない。

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