櫻正宗記念館「櫻宴」のポン酒鍋で灘の老舗の粋と歴史を味わう

2017.01.15 更新

常夜鍋や美酒鍋など酒を使った料理は日本酒好きにはおなじみであろう。私も、冬は簡単な鍋料理にキリリと冷えた純米酒か熱燗があればそれでいいと思っている神戸・灘の住民だが、最近、灘の酒蔵が供する「ポン酒鍋」なるメニューがあると耳にした。これは一度試してみなければなるまいと、師走のある日、出かけてみた。

阪神電車の魚崎駅を南へ出て、国道43号のガードをくぐるとすぐ「魚崎郷」の表示がある。それを目印に左折して行くと、突き当たりに木造の黒壁と松並木の道。そして、杉玉を吊るした瓦屋根の堂々たる門が現れる。灘五郷の中でも老舗中の老舗である酒蔵「櫻正宗」の記念館「櫻宴(さくらえん)」である。江戸時代から受け継がれてきた木造蔵は阪神・淡路大震災で倒壊し、今ではこの門だけが往時の面影をとどめている。

「宮水」を発見した「正宗」銘柄の元祖、櫻正宗

櫻正宗は寛永2(1625)年に同じ兵庫県内の伊丹で酒造りを始め、享保2(1717)年に正式に創業しているが、ただ古いというだけではない。
灘酒の命である「宮水」(西宮市内の地下からくみ上げられる六甲山系の井戸水)を発見したのは、6代目当主の山邑太左衛門(やまむらたざえもん)。また、全国にあまたある銘柄「○○正宗」の元祖とも言われる。さらに明治39(1906)年、日本醸造協会が初めて認定し、全国へ頒布した「協会一号酵母」は櫻正宗のものだった。つまり、日本の酒造業が基礎を築くのに多大なる貢献をしてきた名門蔵なのである。

──というようなウンチクはすべて、「櫻宴」の展示解説と支配人・下井田勝さんの話で知った。

「もともとは正宗を音読みした『せいしゅう』が『清酒』に通じるところから名付けられたそうです。縁起担ぎの語呂合わせですね。ところが、明治時代に商標を登録する時点で、すでに全国にいくつもの『何々正宗』があった。そこで、国花である桜一輪を配して『櫻正宗』としたと聞いています」と下井田さん。
▲江戸時代の酒蔵の部材を使い、木の風合いを活かした館内。古い看板や蔵に伝わる道具類・骨董品があちらこちらに飾ってある

樽、桶、櫂棒など伝統的な酒造りの道具。昔の酒瓶や酒樽や看板。「櫻正宗」の名や桜の花の絵をあしらった美しい骨董の酒器。館内のいたる所に飾られた展示品に、老舗蔵が積み重ねてきた歴史が息づいている。震災で倒壊した木造蔵の部材を活かして再建した建物には、和食ダイニングとカフェ、ショップもあり、ゆったりと時間を過ごせるようになっている。
▲展示スペース「蔵町通り」は観覧無料(10:00~22:00)。VTR上映や、その場で写真を撮ってオリジナルラベルを作れる有料サービスも
▲戦後まもない時期から保存され、阪神・淡路大震災も生き延びた一升瓶の数々。未開封で、色も変わっているが、貴重な歴史の証人

「魚崎の駅からすぐという交通の便のよさと、近辺で本格的に料理が食べられる酒蔵は数少ないこともあり、多くの観光客の方々にご利用いただいています。最近では海外からのツアーも多く、関空から直接バスで来られたりもします。まずここで昼食を取ってから酒蔵めぐりに出かけられるようです」と下井田さん。
▲菰樽(こもだる)を覆う菰被(こもかむり)に桜一輪の印を付けるために使われた焼印。酒瓶のラベル、看板や広告と、いたる所に桜の花があしらわれている

そう、ダイニングである、今回の目的は。「櫻宴」の名物料理となっている「ポン酒鍋~味くらべ」とはいかなるものか。さっそく味わってみた。

豊潤なだしから作られる2種類のスープで鍋を堪能

▲一つ一つ仕切られ、落ち着いた空間。宴会用スペースや座敷・個室もあり、全部で128席

ポン酒鍋はその名の通り、スープに日本酒をふんだんに使った鍋料理である。「味くらべ」とあるように、プレーン・豆乳・ピリ辛・粕汁・胡麻&ラー油の5種類から2つの味を選べる。しばし悩んだ末、ピリ辛と粕汁にした。中国の火鍋にあるような陰陽の二色鍋に映える色の対照を目で楽しみたいのと、何といっても酒蔵ゆえ、酒粕を賞味せねばと。
具材は、牛肉・豚肉・鶏肉・エビ・イカ・貝類に、白菜、白ネギ、椎茸など山盛りの野菜。つまりは豪華な寄せ鍋である。レタスやクレソン、空心菜といった変わり種もお好みで追加できる。料理に合わせる酒も各種揃っているが、ここでしか飲めない量り売りの原酒にした。真向かいにある蔵から出したばかりの純米吟醸。生酒のフレッシュな味わいに気分も高まる。
▲見た目も楽しいポン酒鍋(一人前2,667円。注文は二人前から)。具材は追加(有料)でき、基本の13種類以外の肉・魚介・野菜もお好みで

まずは粕汁からいただく。田舎風の粕汁のような濃厚さはなく、さらりとして、ほんのり酒の香りが肉や野菜に絡むのがいい。熱してアルコール分は飛んでいるから、これで酔いが加速する心配はなし。あっさりして実に食べやすい。どの具材にも合うが、とりわけ大貝やイカ、椎茸がうまかった。
ピリ辛は肉類全般と白ネギや白菜によく合う。こちらも見た目よりは辛さ控えめ。韓国のチゲ鍋を食べる時みたいに焼酎やチューハイが欲しくなるかと思ったが、日本酒だけでぐいぐいいける。気が付けば、三合目が空きそうになっていた。ベースになるだしの味がしっかりしていて、風味豊かだから、酒も食も進むのだ。
「ベースはいりこだしと鶏がらスープなんですが、だしを取る水の半分を日本酒にしています。日本酒を使うと風味がよく、肉が軟らかくなる効果もある。この基本のだしがプレーンで、そこに酒粕や唐辛子味噌を入れて味のバリエーションを出しています」と、ポン酒鍋を考案した料理長の高橋徹さん。

「櫻宴」がリニューアルした5年ほど前、「櫻正宗」の日本酒を活かした料理を作ろうと試行錯誤を重ねた。構想段階では他にも何種類かスープを作ったが、現在の5種類に落ち着いた。日本酒に合う鍋を追求した結果である。
▲量り売りの原酒は、本醸造(一合477円)、純米吟醸(同1,115円)、大吟醸(同1,575円)の3種類。しぼりたての新鮮さはここでしか味わえない
▲各席には、絵が描かれた鏡開きの樽の蓋や古い酒瓶のラベルなどが飾られ、蔵の歴史を感じさせる

鍋の締めに、雑炊かうどんか中華麺を選べるのも楽しいが、今回はスタンダードに雑炊をいただいた。ちなみに、一番人気のあるスープの組み合わせは、プレーンとピリ辛だそうだ。

「宴会の団体様だと、テーブルごとに違う味を選んで、少しずつ分けながら全種類食べられる方もおられます」と下井田さん。

わかる。これは何度か通ってコンプリートしたくなる。ポン酒鍋は一年中あるそうだから、近々来てみよう。
▲具材の味が染みたスープで締めの雑炊。次はうどんや中華麺も試してみたくなる

店を出る時、通路脇に「三杯屋」という暖簾をかけたカウンターのスペースがあるのに気づいた。下井田さんに訊くと、「ここではバーのように、ちょっとしたアテとお酒を楽しんでいただけます。櫻正宗のお酒が25種類揃っていて、すべて飲むごとに稀・朱稀(しゅまれ)・焼稀(やきまれ)など、うちの銘柄を冠した称号とオリジナル酒器を進呈します。ただし、あまり酔うとお酒の味がわからなくなるので、一日3杯までにさせていただいてます」とのこと。
▲「三杯屋」はカウンター9席だけの粋な居酒屋。「櫻正宗」の顧問杜氏(とうじ)が店に立って酒造りの話を聞かせてくれることもある

「三杯屋」の壁に「ポン酒おでん」の張り紙があった。ポン酒鍋と同じく、高橋さんが取っただしで煮込んでいるらしい。これは食べに来ないといけない。ダイニングの前に立ち寄って鍋への気分を高めるか、鍋を堪能した後にもう一杯、いや、もう三杯だけ寄り道するか。もちろん、ここだけを目当てに来るのもありだ。

私が住んでいるのは、灘五郷のうち「西郷(にしごう)」が最寄りになるが、これは通いたくなる店である。地元の人間も、遠方からの人も、阪神電車に乗って。
▲1階のショップ(10:00~19:00)には「櫻正宗」の酒各種や酒に合うアテが充実。この「焼稀」は純米、「朱稀」は本醸造。熱燗にするなら、どちらもお勧めとのこと

※価格はすべて税別(17:00~の飲食は要サービス料)です。
松本創

松本創

ライター/編集者。関西を中心に政治・行政、都市や文化、震災などをテーマに取材し、ルポやコラムなどを書いている。「ふつうの人」の話を聞くのが好き。著書に『誰が「橋下徹」をつくったか』(140B)、『日本人のひたむきな生き方』(講談社)など。神戸市灘区在住で、地元の水道筋商店街をこよなく愛する。

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