登録有形文化財の老舗旅館「向瀧」に泊まる、東山温泉の冬

2017.01.31

約1300年前、天平時代に発見されたという東山温泉は、福島県のJR会津若松駅から車で10分ほどの山あいにあります。江戸時代には会津藩の保養所として武士たちの体を癒していた9つの温泉の中でも上級武士指定の名湯、「きつね湯」を持つことから当時はその名で呼ばれていた老舗旅館「向瀧(むかいたき)」を訪れました。

周遊バスで10分、山あいの温泉街へ

東山温泉へはJR会津若松駅から、まちなか周遊バス「あかべぇ」か「ハイカラさん」で向かいます。今回は「あかべぇ」に乗車。
▲運賃は1回乗車につき大人210円(税込)、小人110円(税込)。9:15から16:15まで30分間隔で運行
▲車内には会津若松駅周辺の歩みをたどれる写真の展示も

東山温泉は約1300年前の奈良時代、僧侶・行基が発見したと言われています。以来、温泉の多い東北において奥羽三楽郷の一つに数えられる名湯として知られてきました。江戸時代には会津藩士の保養所が点在、新選組の土方歳三が湯治に訪れたとの言い伝えもあり、歴史ファンならぜひ訪れたい場所です。

戊辰戦争で白虎隊が自決した飯盛山の入口や会津藩家老・西郷頼母(たのも)の屋敷を中心とした博物館「会津武家屋敷」などを通り、バスは山を登っていきます。
訪れたのは12月半ば、東山温泉の停留所で降りると、雪がちらついていました。
バス停から徒歩数分以内のところには、レトロな街並みの中に湯泉(ゆせん)神社や竹久夢二・与謝野晶子の碑、射的場、足湯処(冬季休業)などがあり、川のせせらぎを聞きながら散歩すると、「温泉にやってきたなあ」と気分が盛り上がってきます。
▲画家で詩人の竹久夢二も東山温泉に長期滞在し、芸妓をモデルに絵を描いたとか
▲羽黒山の頂付近にある湯上(ゆがみ)神社の里宮で、東山温泉の守護神を祀る湯泉神社

冬こそ食べたい、会津の水ようかん

宿に向かう前に、東山温泉らしいお土産をと立ち寄ったのが、湯泉神社へ向かう湯泉坂の手前にあるようかん屋、「松本家」です。
▲「松本家」外観。工場も併設している

「松本家」の創業は文政2(1819)年。当時東山の奥地では炭焼きが行われており、山と町を行き来する人々の休憩所として、また生活用品を扱う便利屋として、なくてはならないお店でした。休憩に立ち寄る人たちに出していた水ようかんが次第に評判となり、湯治客のおみやげとして定着、現在ではようかん一筋の専門店です。

看板商品の水ようかんは純国産の小豆と信州産の極上寒天を使用。甘さ控えめでとても上品な味わいです。冬に水ようかん?と不思議に思ったのですが、会津では水ようかんといえば夏より冬。暖かい部屋でこたつにあたりながら冷たい水ようかんを食べるのが定番なのだそうです。
▲水ようかん2本入り453円(税込)、5本入り874円(税込)など(写真はイメージ)

「松本家」にはこのほか筒状の形が愛らしい「湯の花羊羹」、栗・くるみ・小倉の3つの味が楽しめる「松三郎」など、各種ようかんが揃っています。いずれも甘さ控えめで食べやすいので、甘いものが苦手な方にもおすすめです。

登録有形文化財「向瀧」で建築と庭の美しさを堪能

今回宿泊したのは、東山温泉街の中でもひときわ美しい建物と源泉かけ流しの温泉で知られる旅館「向瀧」です。赤瓦葺きと入母(いりも)屋根の木造建築が、周囲の風景に溶けこんでいます。
▲国登録有形文化財の宿「向瀧」

江戸時代、「天寧寺の湯」と呼ばれた東山温泉は、会津藩の武士が湯治に訪れる保養所でした。中でも「向瀧」の前身「きつね湯」は、上級藩士の保養所として官選の指定を受けていた格式ある温泉宿。明治維新後、廃藩置県に伴い会津藩から平田家が譲り受け、代々営業を続けています。

宿の向かいを流れ落ちる順階滝(二段滝と呼ばれていた)にちなんで「向瀧」と名づけられたのですが、今や滝の名前自体を「向瀧」と記す地図もあるのだとか。東山温泉の代名詞となっています。
▲代表取締役の平田裕一さんと、おかみの真智子さん

代表取締役の平田裕一さんは6代目。おかみの真智子さんとともに、「向瀧」の歴史を受け継ぎながら、宿のおもてなしを通して会津の伝統文化を伝えようと日々工夫を重ねています。
▲あたたかでレトロな雰囲気の玄関。木の香りが郷愁を誘う

まずは、平田さんに館内を案内していただきました。
約3,000坪の敷地に傾斜を生かした中庭を取り囲むようにして立つ建物は、一部書院造を含む、数寄屋造建築で、創業以来、増築を繰り返してきました。

昭和初期に行われた増築工事では、東京からも宮大工を呼び寄せました。会津の大工とともに技を競い合った結果、雪に耐える構造が特徴の越後建築に江戸の美しい細工が加わり、他に類を見ない建造物となったとのこと。
1996年には文化財登録制度第1号物件として、全国の旅館の中で初めて登録を受けました。
▲右の写真は増築工事当時のもの。宮大工と会津の大工が技を結集した
▲会津桐の柾目(まさめ)一枚板が格子をなす天井が見事な大広間
▲部屋までの通路も雰囲気満点
▲廊下から中庭が一望できる
▲中庭越しに建物を望む
▲丁寧に雪囲いされた木々に雪が積もる中庭は、息をのむ美しさ
▲積雪50cm以上の時期には、中庭が約100本のろうそくで照らされる(写真提供:向瀧)

「向瀧」の中庭では毎年12月下旬から2月末まで、この雪の美しさを生かした「雪見ろうそく」を開催しています。100本の竹筒の中にろうそくを立て、毎日16時半頃(2月は17時頃)、雪に少し青みがさしてくる時間から点灯します。最近では夏場に訪れたお客様が、この「雪見ろうそく」の話を聞いて再訪することも増えているのだそう。この日はまだ開催前でこの目で見ることはできませんでしたが、次はぜひこの幻想的な景色を見てみたいです。

歴史と趣のある建物は、これまで多くの著名人もひきつけてきました。
皇室の方々をはじめ、古くは与謝野晶子や野口英世、少し前だと小泉元総理が現役時代に訪れたという特別室「はなれの間」を見せていただきました。
▲映画「聖の青春」(2016年公開)では、松山ケンイチさん演じる聖の対局シーンがここで撮影された

全20畳、3部屋に分かれた「はなれの間」は、専用温泉浴室と廻り廊下つきの書院造の豪華なお部屋。大正4(1915)年、野口英世が母親シカとともに宿泊した折に残した「美酒佳肴」(びしゅかこう/お酒もおいしいし、お料理もよかった)の書が掲げられています。その後、この書に恥じないようにと「向瀧」の料理に合う純米酒を特別に開発、その名も「美酒佳肴」が誕生したのだそうです。

3種の源泉かけ流し温泉と中庭を囲む客室でくつろぐ

「向瀧」の自慢の一つが、源泉かけ流しの温泉です。
自家源泉は3本。自然湧出の「きつね湯」、広い洗い場のある「さるの湯」、貸し切り家族風呂の「鈴の湯」「瓢(ふくべ)の湯」「蔦の湯」です。湯船はいずれも石造り、名湯の雰囲気満点のレトロなお風呂です。
▲最も歴史のある「きつね湯」は湯温45度と熱め(写真は男性浴室)
▲「さるの湯」の男性浴室には、大理石のレリーフが
▲体や髪を洗うなら、まずはシャワー完備の「さるの湯」へ(写真は男性浴室)
▲貸し切り家族風呂は3種類。空いていれば予約なし・無料で入れる。温泉はいずれも宿泊者のみ利用可

すべての浴槽は源泉100%かけ流し、完全放流式です。15:00から翌朝9:30までいつでも湧きたての新鮮なお湯が楽しめるなんて、なんというぜいたく。
カルシウムとナトリウムを多く含む硫酸塩・塩化物泉のお湯は透明、さらっと軽い感触なので長時間入っていても疲れませんでした。夕食前、就寝前、そして朝と、3種の源泉全部をぜひ堪能していただきたいです。

さて、本日宿泊するお部屋は「すみれの間」。
昭和20(1945)年に造られた10畳一間のこの部屋は、回遊式の中庭の真ん前という最高のロケーションで、窓からは桜の木や池が一望できます。
▲こたつでほっと一息。無線LANも完備
▲美しい庭が目の前に。「雪見ろうそく」期間中は、ここからも眺めることができます
▲チェックイン時には板長の手作り水ようかんと抹茶のおもてなしが

寒い外から暖かい部屋に入るうれしさは格別です。こたつで冷たい水ようかんを味わいながら、「まずはどの風呂に入ろうかな」と思いをめぐらせるのも楽しいのですが、雪の季節に訪れたなら、入浴前にぜひともお試しいただきたいことが。

冬ならではの景色を楽しむ

それは、雪景色の時間差鑑賞です。光を反射する雪は、時間によって表情が変わるのです。とくに夕方16時から17時くらいの間、真っ白からピンク、そして青みがかった白へと刻々と変化していく色合いが本当に美しい。
▲16時半頃。写真だと伝わりにくいが、この頃ほんのり青みがかってくる
▲17時頃。宿に明かりがつくと、また別の趣が

夕食前のひと時、再び散歩に出かけました。
先ほど立ち寄った「松本家」の10mほど先にある射的場でひと遊び。
▲レトロな外観
▲7発500円(税込)。セルフサービス
▲こちらをゲット

伝統料理と創作料理で会津を感じる

さて雪見も街歩きも温泉も堪能したら、お待ちかね、夕食の時間です。入浴後のくつろいだ雰囲気のまま部屋で待っていると、仲居さんが運んできてくれます。

この日の献立は会津の伝統料理「鯉の甘煮」「こづゆ」「にしんの山椒漬け」を中心に、化学調味料や保存料などを一切使用しない安心な食材を使ったやさしい味のお料理、全14品。
▲食前酒、先付と前菜を含めた品々。薄味なのでぺろりと食べられる

天明の大飢饉(1782~1788年)の際、会津藩家老が「たんぱく源をとるために」と養殖を始めたという鯉は必須アミノ酸やコラーゲン、タウリンが豊富な栄養食。中でも「甘煮」は砂糖が貴重だった当時、位の高い人しか食べられない高価な品だったとか。
▲伝承の一品「鯉の甘煮」はボリュームたっぷり。甘いしょうゆ味はご飯がすすむ
▲「鯉のたたき」。「小骨が気にならないよう刻んでみたら、もっともおいしい食べ方だと気づいた」と平田さん
▲会津の伝統料理「にしんの山椒漬け」。噛むほどに味わい深く、日本酒によく合う
▲鍋物は「会津地鶏のあぶり汁」。小さな焼きおにぎりに地鶏の出汁がしみていておいしい
▲会津伝統の汁料理「こづゆ」。ホタテの貝柱の出汁に里芋、きくらげ、しらたきなどが浮かぶ、祝いの席には欠かせない一品

そして、これら「会津といえばこれ」の伝統料理に加えて出てくる、「向瀧」ならではの創作料理がまたすばらしい。
とくに会津の伝統野菜・立川ゴボウを素揚げし、味噌仕立てのおつゆにつけて食べる「ごんぼ湯」が絶品でした。平田さんによると、子供の頃風邪を引くと親が必ずつくってくれた、すりおろしゴボウと生姜の味噌汁にヒントを得て、考案したのだとか。
▲「ごんぼ湯」は香り立つゴボウと味噌だれのマリアージュが絶妙で、いつまでも食べていたい味
▲揚げ物「夕焼けの雪山ボッコ芋」は夕焼けの会津盆地と雪の磐梯山を表現した創作料理

そのほか、会津ならではの特別料理も各種用意されており、追加で注文することができます(要予約・別料金)。
▲「鯉こく」は味噌で煮込んであるのでくさみがなくさっぱりしていて、体があたたまる
▲「桜刺し」。会津ではスーパーで買えるほど馬肉がポピュラーだそう
▲「美酒佳肴シャーベット」にはオリジナル限定酒(美酒佳肴)の酒粕を使っている

人里離れた東山温泉はほんとうに静かです。おいしい料理と温泉に身も心も癒され、窓の外の雪景色を眺めていたら、いつの間にか眠っていました。

心づくしは翌朝まで続く

翌朝、目覚めの温泉の後、朝食をいただきます。
▲ご飯は契約農家直送のコシヒカリ。仲居さんがよそってくれます
▲朝食は、紅鱒のせいろ蒸し、温泉卵、なめこの味噌汁、そば茶ぷりんなど全11品

心身共に英気を養い、いよいよ出発のときです。名残惜しい気持ちでフロントに向かうと、うれしいサプライズが。昨晩食べ切れなかった「鯉の甘煮」を真空パックにし、袋に入れてくれていました。
▲名前入りの札もついている

タクシーに乗り、夢のような時間を思って振り返ると、仲居さんや番頭さんがいつまでも手を振ってくれています。
大切な人と静かにじっくり過ごしたい方は、ぜひ冬の季節に宿泊を。厳しい会津の冬をほんのりあたためる、おもてなしと心遣いにあふれたお宿です。
髙松夕佳

髙松夕佳

編集者、ライター。出版・編集プロダクションデコ所属。文芸、芸術、絵本、育児等に関する記事や書評の執筆、書籍編集、翻訳など多数。全国各地への取材では、土地ことばや風景印、スタンプを集めるのがひそかな楽しみ。

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