幕末の暮らしを体感するミュージアム。「会津武家屋敷」で会津人の心意気に触れる

2017.02.15 更新

福島県会津若松市といえば、幕末の戊辰戦争や白虎隊の悲劇で知られる歴史の町。2013年に放送されたNHK大河ドラマ「八重の桜」で描かれた会津人の心意気は一体どこから来るのか。その秘密を知りたくて、粉雪の舞う12月中旬、歴史的建造物が軒を連ねるテーマパーク、「歴史感動ミュージアム 会津武家屋敷」を訪れました。

福島県のJR会津若松駅から市内周遊バスに乗り、車内に流れる会津の歴史についてのアナウンスを聞きながら約15分。白虎隊の少年隊士たちが自刃した飯盛山を過ぎて少し行ったところに、「歴史感動ミュージアム 会津武家屋敷」はあります。
▲右の券売所で入場券を購入、冠木門(かぶきもん)をくぐればそこは幕末の世界

ここは江戸時代、最後の会津藩主・松平容保(かたもり)に仕えた家老・西郷頼母(たのも)の屋敷をはじめ、福島県重要文化財の旧中畑陣屋(なかはたじんや)や数寄屋風茶室などの歴史的建造物が一堂に会した、屋外博物館です。
会津の工芸品づくりや弓道など、子どもから大人まで短時間で楽しめる体験学習コーナーや郷土料理を味わえるレストラン、売店も併設されており、一日たっぷり楽しめます。

東北最後の代官屋敷、旧中畑陣屋と茶室

ミュージアムの敷地内には多くの重要文化財があります。かつて中畑村(現在の西白河郡矢吹町中畑)にあった江戸時代の代官所(陣屋)を移築復元した旧中畑陣屋もその一つ。
1837(天保8)年、旗本・松平軍次郎の代官所として中畑村に建てられたこの屋敷は、明治維新による陣屋の廃止後は住居として使われていました。1975(昭和50)年、開業予定だった「会津武家屋敷」が持ち主の岡崎家から譲り受け、詳細な検討の後、建設当時の原形に近い形でこの地に移築復元。同年、西郷頼母邸とともに「歴史感動ミュージアム 会津武家屋敷」としてオープンしました。

建物全体は寄棟造(よせむねづくり)で屋根は茅葺、玄関は唐破風(からはふ)です。内部は武家屋敷風ですが、茅葺屋根や勝手土間には地元住民の住居を思わせる手法も残っています。
東北地方に残る最後の代官所として、竣工翌年の1976(昭和51)年、福島県重要文化財の指定を受けました。
▲陣屋前景。前日に降った雪が茅葺屋根を覆う

隣には、こちらも茅葺屋根の茶室「嶺南庵麟閣(れいなんあんりんかく)」が。これは茶の湯の大家・千利休の子、少庵(しょうあん)ゆかりの茶室を復元したものです。
▲江戸時代、茶道は武士の嗜みとして重んじられていたそう

千利休はときの会津藩主・蒲生氏郷(がもううじさと)にとって茶道の恩師でした。利休の自害後、氏郷はその子・少庵を会津に招き、茶道振興を目的に滞在させていたのですが、そのときに鶴ヶ城本丸につくったのが茶室「麟閣」でした。この茶室は、その「麟閣」を復元したものとのこと。
▲この日は凍てつく寒さ。茶室の茅葺屋根にはつららが

江戸中期の和風建築の粋を集めた家老屋敷、西郷頼母邸

さて、お次はミュージアムの一番の見所、家老屋敷へ。こちらは会津藩最後の家老・西郷頼母の屋敷を復元したものです。敷地面積2,400坪、建築面積は280坪。広大な屋敷のすべてが貴重な歴史資料館となっています。

建物の中に入って間近で鑑賞できるのは、なんと冬季(12月中旬~4月上旬)のみ。ふだんは屋外からしか見られないので、建物内部や展示を詳しく見たい歴史好きの方には、断然冬の訪問がオススメです。ただし、家老屋敷内に暖房はありません。展示をじっくり見ているとしんしんと冷えてきますので、万全の防寒対策を!
▲上級武士だけが通行を許可されたという表玄関

門をくぐる前にあるのが、西郷四郎の像です。
長男を22歳の若さで亡くした西郷頼母の養子となった四郎は、富田常雄の小説「姿三四郎」のモデルになったといわれる人物。大技「山嵐」を編み出した柔道の達人です。
▲大技「山嵐」をかける姿三四郎こと西郷四郎の像

表門をくぐると、まず「式台玄関」と呼ばれる表玄関が目に入ります。こちらも表門と同様、上級武士だけが通され、家老と挨拶をした場所です。

会津藩の幕末の軌跡をたどる、第二資料館

まず見学したのが、第二資料館です。ここはかつて片長屋と呼ばれ、警備に当たらせるため家臣の居宅を置いていた建物。現在は幕末の会津に関する歴史的資料を展示しています。
▲白虎隊が学んだ藩校「日新館(にっしんかん)」や「ならぬことはならぬ」で知られる「什(じゅう)の掟」についても学べる

なかでも目を引くのが、戊辰戦争で西軍が屋敷に乱入したとき、西郷頼母の家族や親戚ら21人が辞世の句を残して自刃した場面を蝋人形で再現したコーナーです。
▲奥の屏風は葬儀における「逆さ事」にならい、逆さに立てられている

戦火が鶴ヶ城下に迫っていることを知った西郷家の妻や娘たちは、戦いの足手まといになるまいと死を選び、長男だけを入城させると、集団自決を果たしました。この部屋では土佐藩士・中島信行が死にきれずに苦しむ娘の願いを聞き、介錯をしようとする場面が再現されています。

蝋人形の表情はリアルでなんともドラマチック。さらに奥には逆さ屏風が立てられており、西郷家の悲劇が会津人の心意気を示すものとして大切にされていることが伝わってきます。冷たい冬の空気の中で見ていると、西郷頼母の妻、千重子の有名な辞世の句「なよ竹の 風にまかする 身ながらも たわまぬ節の ありとこそきけ」が胸に迫り、思わずぐっとくる瞬間が。

そのほか、会津出身で日本初の女子留学生のひとり、津田塾大学の開学を支援した大山捨松(すてまつ)の蝋人形も。会津の女性はとにかく力強いのです。
▲陸軍軍人の大山厳と結婚し「鹿鳴館の華」と呼ばれ活躍した大山捨松

当時の生活が垣間見られる台所、家族の部屋、使用人の部屋

次に、靴を脱いで家老屋敷の内部に入ります。まずは女中など使用人が使う一角へ。数十人の食事をまかなっていたという台所は天井のない吹き抜け構造になっています。
▲太い柱や梁は、重い雪に耐えるためだとか
▲台所道具も展示され、当時の生活の様子をうかがうことができる

使用人の部屋の右側には家族が主に使用する部屋の「客待の間」「表居間」「奥弐の間」などがつづきます。
▲家老・西郷頼母の寝室として使われた「奥一の間」。妻・千重子と三女・田鶴子(たづこ)、四女・常盤子(とわこ)の人形が
▲第二資料館で見た西郷家の自刃は、ここ「仏間」と隣の「次の間」、「奥弐の間」で行われたという

そしてそれらの居住スペースとこの後見学する「御成(おなり)御殿」の間に、西郷家の家臣が執務や警備に使った部屋、「使者の間」や「番所」、「役人所」などが並びます。
▲表玄関の近く、警備の家臣が詰めていた「番所」

御成御殿は格式高く

表玄関から入って最も奥に位置する棟が、「御成御殿」。藩主や重役以外は通されなかった格式高い一角です。「書院壱の間」「次の間」「茶室」「鎖の間」のほか、専用の厠(かわや)などがあります。

なかでも藩主の来訪(御成)時のみ使用され、上級武士など身分の高い人々を迎えた書院造の部屋、「書院壱の間」と「次の間」の一角には蝋人形が置かれ、藩主を迎える厳粛な空気を伝えています。
▲当時の状況がよく伝わる「御成御殿」。写真手前は「次の間」、奥は「書院壱の間」

「書院壱の間」の中央に座っているのは藩主・松平容保、手前の「次の間」から藩主に挨拶しているはかま姿の男性が西郷頼母、容保にお茶を差し出しているのが頼母の妻、千重子です。
藩主の座る「書院壱の間」の畳の縁が、「次の間」と異なっているのにお気づきでしょうか? これは高麗縁(こうらいべり)という高価な様式で、格式の高い部屋であることを示しているのだそうです。
▲屋敷をぐるりと囲む入側(いりがわ)と呼ばれる廊下からは、中庭を挟んで向かいの建物も一望できる

家老屋敷は全38部屋。身を切るような寒さの中、間取り図を見ながらじっくり回っていると、西郷頼母とその家族の暮らしや数奇な運命が身に迫ってきて、自然と襟を正される気がします。

会津のごちそうを伝統漆器で味わう

家老屋敷をたっぷり見学した後は、お腹を満たすべく、レストラン「九曜亭(くようてい)」へ。
会津の伝統郷土料理を味わえるオリジナル膳、「会津万福膳」をいただきます。料理は全部で7種。栗と山菜のわっぱめし、ニシンの山椒漬け、馬刺しの燻製とサラミ、棒鱈煮(ぼうだらに)、こづゆ、香の物、蕎麦がセットになっています。

営業企画部長の小滝隆保(こたきたかやす)さんがお膳の説明をしてくださいました。
▲目にも美しい「会津万福膳」は1日限定20食(1,680円・税込)

パッと目を引くのが、小さく底が浅めの赤い漆器「天塩皿(てしおざら)」です。これは、とくにお祝いの席に欠かせない郷土料理「こづゆ」(写真のお膳左下)を盛り付けるのに使われる、会津の人にとっては特別な会津漆器だそう。

「天塩皿はこづゆなどのお料理はもちろん、ほかにもいろんな使い方ができますよ。ジュエリーを入れてもすてきです」と小滝さん。

「会津万福膳」では一つひとつ手描きの絵が施された高価な天塩皿を使っているとのこと。会津のおもてなしの心が感じられるお膳になっています。

ニシンの山椒漬けや棒鱈煮もこの地方ではポピュラーな郷土料理。
「会津盆地は海に面していないので、海の幸といえば乾物だったんです。会津でよく食べられる桜肉(馬肉)は、刺身をベースに燻製とサラミに仕立てました」(小滝さん)。
▲手塩皿に盛り付けられた桜肉の燻製とサラミ

あっさりとして食べやすい桜肉や、かみしめるほどに味わい深いニシンの山椒漬けと棒鱈煮、炊きたてのわっぱめしや、これまた会津人に人気の冷たいおそばで身も心も万福(まんぷく)に。

絵付け体験で、自分だけの民芸品をつくろう

食後は「体験学習コーナー」にも立ち寄ってみました。好きな絵や文字をコップに描き、グラインダーで削る「ガラス絵彫り」(750円~・税込)や武士文化を体験できる「弓道体験」(4射200円・税込※冬季休止)など、盛りだくさんのプログラムは、家族みんなで楽しめそう。いずれも予約は不要。その場で申し込み、体験することができます。

今回は会津の民芸品「赤ベコ」と「起上り小法師(こぼし)」の絵付けを体験(各870円・税込)することに。
▲箱を開けると、赤く塗られたベコ(牛)が登場

和紙で作られる張り子の牛「赤ベコ」は、807(大同2)年頃、「圓蔵寺(えんぞうじ)」建立の際、難工事で困っていたところ、どこからともなく現れた赤い牛が驚異的な働きで人々を助け、無事完成したとの言い伝えに端を発しています。以来、幸せを呼ぶ牛として会津地方で親しまれてきました。

絵付け体験では、赤い絵の具が塗られた張り子の上に、白と黒の絵の具で顔や模様を描いていきます。絵の具は速乾性なので、一発勝負!見本の張り子やイラストを見ながら慎重に、しかし一気に筆を動かすのがポイントです。
▲赤い下地は光沢があり、表面がツルツルしていて塗りやすい

塗り始めると、これがなんとも楽しい。筆のすべりはなめらかだし、なんといっても赤ベコ自体がかわいくて、自分だけの一品がつくれる喜びがふつふつとわいてきます。気分が乗ってくると、「見本に忠実に」と慎重だった私も、「ちょっとアレンジしちゃおうかな……?」と大胆に。
▲数十秒で乾く

お尻の丸模様を、星にアレンジ。無事に自分だけのオリジナル赤ベコができました。塗り終わったら、ドライヤーで絵の具を軽く乾かせば完成です。

一方、「起上り小法師」は、真っ白に塗られた張り子の小法師に顔や髪の毛を描いていきます。
▲「赤ベコ」よりも模様は少ないけれど、塗る範囲は広い

何度倒しても起き上がることから「七転び八起き」の精神を表すとされ、健康で忍耐強く暮らしていけるようにとの願いが込められた「起上り小法師」。
会津地方では、家族や財産が増えるようにと、毎年1月10日に行われる正月の初市で家族の人数より1個多く購入し、神棚などに飾るのだそうです。
▲顔を描くときが一番緊張する

体験時間の目安はそれぞれ30分ほど。出来上がった「赤ベコ」と「起上り小法師」は思い出とともにお土産として持ち帰ることができます。

「会津武家屋敷」の敷地内にはこのほか、特別展を開催する「会津歴史資料館」や、古代から江戸時代までの会津の暮らしを展示する「くらしの歴史館」などがあります。こちらは暖房が入った施設なので、凍えた体を温めながら、会津への理解を深めることができますよ。

最後に敷地内にある鶴ヶ城を望むスポットにやってきました。
四角く開いた穴から見える鶴ヶ城を眺めつつ、せつなくも清々しい気持ちで武家屋敷を後にしたのでした。

なお、「会津武家屋敷」では、会津の歴史や武家屋敷について楽しく学びながら見学できる「探検クイズカード」(1枚300円・税込、所要時間40~60分)も3種類用意されています。全問正解すると記念品がもらえますので、ぜひチャレンジしてみてください。

芯を通す頑固さと深い人情にあふれた会津の人たちの心意気をいたるところに感じた展示物の数々。幕末ファンや歴史好きの方なら屋敷を見て回るだけで半日楽しめる、見所満載の施設です。会津の歴史と文化を味わいに、ぜひ訪れてみてください。
髙松夕佳

髙松夕佳

編集者、ライター。出版・編集プロダクションデコ所属。文芸、芸術、絵本、育児等に関する記事や書評の執筆、書籍編集、翻訳など多数。全国各地への取材では、土地ことばや風景印、スタンプを集めるのがひそかな楽しみ。

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