世界遺産・薬師寺はユニークな説法が若者に人気のお寺だった!

2017.03.11 更新

「古都奈良の文化財」の一つとして世界遺産に登録されている薬師寺。奈良時代には「南都七大寺」として、東大寺や法隆寺などと並んで朝廷の保護を受けていた大寺院です。本尊の薬師三尊像は病気平癒の仏さまで、体や心の健康を願う参拝客が全国から訪れます。昭和43(1968)年から復興が続けられている大伽藍(だいがらん)をはじめ、圧倒的な存在感を誇る薬師寺の魅力をご紹介します。

▲西塔と金堂

夫婦愛によって建立されたお寺

薬師寺は、「薬」の文字からもわかるように、病気平癒、健康祈願のお寺です。奈良時代中期にあたる白鳳時代に創建されました。

天武9(680)年、天武天皇が病に臥せった皇后の鵜野讃良(うののさらら、後の持統天皇)の平癒を祈願して発願。その後、皇后は回復しますが、今度は天武天皇が病に倒れ、寺の完成を見ることなく崩御されます。亡き夫の遺志を受け継いで、妻である持統天皇が寺を完成させました。薬師寺は夫婦の愛が築いたお寺なのです。

創建時は藤原京(現在の橿原市)にありましたが、養老2(718)年に現在の西ノ京に移転しました。
▲大池から望む薬師寺。※東塔(右)は2020年6月まで修理のため覆屋に覆われています

若い世代の心をつかむ、ユニークな説法が人気

薬師寺は、奈良の歴史ある大寺の中でも、これまでAKB48や堂本剛さんの奉納コンサートを行うなど、お寺に関心のなかった若い世代にも親しまれています。

最も評判なのは、修学旅行生に向けた説法。薬師寺は奈良の修学旅行の定番地で、訪れた多くの学生たちは大人になっても「薬師寺のお坊さんの話は覚えている」と話すほど。若者の心を掴む巧みな話術は、薬師寺の伝統なのです。
▲薬師寺のお坊さんによる、わかりやすくて楽しい説法

ルーツは、昭和42(1967)年から31年間にわたって管主を務めた高田好胤(こういん)師。副住職時代に修学旅行生相手にユニークな説法を始め、その話術の高さから「究極の語りのエンターテイナー」と呼ばれるほどでした。

高田好胤師は、白鳳様式の伽藍を復興させたことでも有名です。
まずは、享禄元(1528)年に兵火で焼失した後、仮堂のままだった金堂の復興に着手します。建築に10億円がかかると知った高田師は、浄財を集めるため、その話術をもって全国の市町村を回り説法を行い、お写経勧進に努めました。お写経により安らいだ心の中で生き方を見つめ直すと同時に、一巻1,000円(当時)の永代供養料を募りました。

10億円が必要ということは、100万巻のお写経納経が必要ということ。無謀な挑戦と揶揄されましたが、昭和51(1976)年に見事達成し、同年に金堂が復興されました。お写経は金堂2階の納経蔵に、薬師寺が続く限りお供えされます。
▲「龍宮造り」と呼ばれる立派な金堂

その後もお写経勧進は続けられ、焼失して以来400年以上建てられることがなかった西塔、中門、回廊の一部、大講堂が次々に復興。850万巻にも及ぶお写経結縁者の想いとともに、現代に白鳳伽藍がよみがえりつつあります。

見事な白鳳伽藍の境内へ

薬師寺は大きく「白鳳伽藍」と「玄奘三蔵院(げんじょうさんぞういん)伽藍」の2つの敷地に分かれています。近鉄西ノ京駅を降りて東へ30秒ほど歩くと「與楽門(よらくもん)」がありますが、薬師寺の正面玄関は、「南門」。ダイナミックな白鳳伽藍を満喫するなら、駅の西側へ降り、南へ5分ほど歩いて南門へ回りましょう。
▲南門

南門をくぐり、朱塗りが美しい中門を抜けると目の前に現れるのが金堂。
左右には西塔と東塔がそびえ、金堂の奥には大講堂、その奥には復興中の食堂(じきどう)があります。
この配置は薬師寺独自の様式で、「薬師寺式伽藍」と呼ばれています。
▲手前が金堂、その奥が大講堂

金堂には、本尊として国宝・薬師三尊像が安置されています。
もとは金色に輝く金銅仏でしたが、兵火によって金が失われ、現在のような漆黒に輝くブロンズ像に。美しくて惚れ惚れします。
▲薬師三尊像。「東洋美術の最高峰」や「白鳳期を代表する最高傑作」などと評されます

中央が薬師瑠璃光如来。病気平癒にご利益があり、体の不調から心の病まで、苦を抜いて楽を与える「抜苦与楽(ばっくよらく)」の仏さまです。
左右は、薬師瑠璃光如来をサポートする脇侍(わきじ)、日光菩薩(向かって右)と、月光菩薩。腰のひねりが妖艶で、プロポーション抜群!

薬師寺のお坊さん曰く「お薬師様はお医者さん、日光菩薩は日勤のナース、月光菩薩は夜勤のナース、と覚えていただくとよろしいです」。わかりやすい!(笑)

金堂を中央に対称的に建つ2つの塔は、向かって右が東塔、左が西塔です。
各層の大きい屋根の下に、風雨から建物を守る「裳階(もこし)」という小さい屋根が付いていることから六重塔のように見えますが、三重塔なんです。
▲奈良時代から建つ東塔

東塔は、寺内で唯一、創建当時から残る建物で国宝に指定されています。
2017年2月現在は修理中のため、覆屋に覆われています。
▲修理完了は、2020年6月頃の予定。覆屋が取られるのが待ち遠しい

西塔は、昭和56(1981)年に再建された際、木の縮みを考慮し、東塔よりも少し高く建てられています。なんと200年後に東塔と同じ高さになるように計算されているのだとか!
▲西塔。金堂と同じ色使いで、朱が鮮やか

金堂の北にある大講堂は、正面約41m、奥行約20m、高さ約17mで、伽藍最大の建物です。
▲大講堂

堂内に安置されているのは、重要文化財の弥勒三尊像(みろくさんぞんぞう)。弥勒仏は、薬師寺の宗派である法相宗(ほっそうしゅう)の唯識教義(ゆいしききょうぎ)を説いた仏さまです。
また、日本最古で国宝の仏足石(釈迦の足跡を刻んだ石)が安置されているのも必見です。

そして大講堂の北では、食堂の復興工事が行われています。
食堂は、僧侶が食事をする場所で、金堂や大講堂、塔と同様に古代寺院の主要建物。天禄4(973)年に火災で焼けて以来復興されませんでしたが、2017年5月に落慶予定です。食堂が完成すれば、高田好胤師の悲願だった「白鳳伽藍復興事業」が、50年の歳月をかけておおよそ完了することになります。完成が待ち遠しいです!
▲東院堂。朱塗りの白鳳伽藍とは趣きが異なります

東塔の東側には、鎌倉時代後期に再建された国宝の東院堂も。堂内には、白鳳時代の聖観世音(しょうかんぜおん)菩薩像(国宝)や、鎌倉時代の四天王像などが安置されています。

玄奘三蔵院伽藍で三蔵法師の旅を感じる

門を出て道路を横断し、もう1つのエリア「玄奘三蔵院(げんじょうさんぞういん)伽藍」へと向かいます。

玄奘三蔵は、『西遊記』の三蔵法師のモデルとなった、唐代の中国の僧。玄奘三蔵の弟子の基(き)が薬師寺の宗派「法相宗」の創始者で、玄奘三蔵は法相宗の鼻祖(始祖)として尊崇されています。

こちらのエリアには、玄奘三蔵座像が安置されている玄奘塔と、日本画家・平山郁夫氏の大作「大唐西域壁画」を納めた大唐西域壁画殿が建ちます。いずれも、年に4回同時に公開されますので、公開期間を事前にチェックしてから訪れてくださいね(公開期間は毎年1月1日~15日、3月1日~6月30日、8月13日~15日、9月16日~11月30日)。
▲平成3(1991)年に建立された玄奘塔

そして、最後に立ち寄ったのは、お写経道場。
世間一般の人々にお写経の間口を広げた高田好胤師の功績により、いまや「お写経といえば薬師寺」と言われるほど、お写経が盛んな寺に。

お写経の所要時間は1時間ほど。字は自分の内面を写すように、焦ったり姿勢が悪くなると字が乱れるため、丁寧に書くことを心掛けて字と向き合っていると、いつしか無心になって書き進めていました。納めたお写経は、永代にわたって供養していただけます。
初めてお写経をする人も、お写経に慣れ親しんだ人も、いつでも誰でもウェルカムなこの道場でぜひ体験してみてください。毎日開いていて、道具も完備されています。
▲椅子席もあるので正座に自信がない方も安心。般若心経1巻2,000円(拝観料込み)

奈良時代の風が吹くような迫力ある伽藍に圧倒され、東洋一美しい仏像に健康祈願をし、ユニークな説法に耳を傾け、心静かにお写経を行える。薬師寺は、たくさんのパワーと特別感を与えてくれる、心が元気になるお寺です。

※写真提供:薬師寺
白崎友美

白崎友美

奈良の編集制作会社EditZ(エディッツ)の編集者。大阪、京都で雑誌や通販カタログなどの制作を行い、現在は居住する奈良県に軸足を置き、奈良の観光関連のガイドブックやホームページなどを制作。自社媒体の季刊誌『ならめがね』にて、「ユルい・まったり・懐かしい」奈良の魅力を発信している。

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