石垣とお堀がすごい!日本三名城「大阪城」をガイドさんと巡る

2016.12.16 更新

大阪のど真ん中にある大阪城。天下統一を果たした豊臣秀吉が築いた城といわれています。「大阪に来たらまずココ!」と、海外からの観光客もいっぱい。ガイドさんに城のみどころをたっぷり教えていただきました!

大阪城は、大阪の街の中心にあります。最寄駅はJR大阪城公園駅かJR森ノ宮駅。地下鉄なら天満橋駅、谷町4丁目駅などです。敷地が広いため、ガイドさんに案内してもらうのがオススメです。

今回ガイドをお願いしたのは、大阪観光ボランティアガイド協会の一幡眞之(いちまんまさゆき)さん。当協会では、大阪城公園界隈を回る複数の散策コースを用意しています。いずれも所要時間は1~2時間。その中から今回は大手門や多聞櫓、豊国神社などを巡る「大手口コース」を案内してもらいました。

秀吉が築いたとされる大阪城、実は……

そもそも大阪城ってどのようなお城なのでしょう?
▲左がガイドの一幡眞之さん

「石山本願寺というお寺があった跡に、豊臣秀吉が築いたのが”大坂城”です」と一幡さん。なんと当初は「大坂城」と表記していたそう。1585年に天守閣が建てられ、15年かけて二の丸、三の丸など広大な面積を誇る大坂城ができあがりました。まさに秀吉の権力を示す壮大な城でした。

しかし!現在の城は秀吉が造ったものではないのだとか。実は、徳川幕府が造ったものだそうです。もともとの大坂城は、徳川家と豊臣家が激突した1615(慶長20)年の「大坂夏の陣」で焼失。徳川幕府は、豊臣の城を完全に埋めて盛り土をし、その上に西の要として新たな城を築きました。
▲2代将軍・徳川秀忠の時代に造られた石垣

1626(寛永3)年の徳川家光の時代には徳川幕府による天守ができますが、この天守は40年足らずで落雷により焼失。以来放置されたままでしたが、重要文化財「大坂夏の陣図屏風」に描かれた豊臣時代の天守の絵などを元に、市民から集まった寄付金約150万円(当時のお金)で1931(昭和6)年に復興しました。これが今ある「大阪城天守閣」なのです。

「大手門」のすぐそこに、迫力の石垣がお待ちかね!

「この城の見どころは、ズバリ『石垣』と『お堀』です」と一幡さん。天守閣は昭和に建てられたものですが、石垣とお堀は徳川時代のものがそのまま残されているからです。日本各地から運ばせた立派な石が使われている石垣は、驚くほどのスケールを誇っています。
▲城の玄関「大手門」

中でも最初に注目したいのは、城の正面入り口にあたる大手門付近の石垣。大手前芝生広場から大手門を見ると、その左右にある外堀の石垣が、右と左で石の積み方が違うのがわかります。門に向かって左側はランダムに、右側は整然と積まれたように見えるのです。
▲左の石垣。小さい石がランダムに積まれている。中央には、大手門を横から防御する「千貫櫓(せんがんやぐら)」
▲右側の石垣。大きさのそろった石が整然と積まれている

どうしてこのような違いがあるのでしょう。
「造られた時期が違うんですよ。どちらも徳川時代の石垣ですが、築城当初に造られたのが左側、そして築城から7~8年経った頃に造られたのが右側の石垣なんです」と一幡さん。

10年もの歳月をかけた建設の間に、石垣の施工技術がぐんと発達したから石の積み方に違いがあるとのこと。なるほど!石垣ひとつからそんなことが分かってしまうんですね。
続いて大手門です!ここでひとつの豆知識を教えてもらいました。
向かって右手の柱に、複雑な形をした「継ぎ手」があります。大正時代に、古くなった柱を修理した跡なのですが、こんな手のこんだ方法で継いでいるのは日本でもここだけ。誰も構造が分からず長年の間「謎」とされていましたが、1979(昭和54)年に新聞で呼びかけたところ、神戸市の大工さんだけがその構造を解き明かしたそうです。まるで「解いてみろ」とばかりに突きつけられた過去からの挑戦状。大正時代の修復技術はそれ程までに複雑だったのです。
▲一見なんでもない継ぎ手に、大正時代の職人の技が込められている

そしてもう1つ大手門周辺の見どころをご紹介。大手門をくぐって正面に、大阪城名物である巨石が2つあります。それぞれ「大手見付石」「大手二番石」と呼ばれ、城内で4番目と8番目に大きな石なんですって。
▲城内で4番目に大きな「大手見附石」。人と比べるとその大きさが良く分かる!

立身出世のご利益で人気急上昇!「豊国神社」

大手門を抜けてしばらく行くと、築城当初から水が入っていない「空堀」が現れます。大阪城は上町台地(うえまちだいち)という高台の北の端にあり、なかなか水が出なかったのだそう。水の風情は楽しめませんが、ここは桜並木が続く絶好の撮影スポット。春は薄桃色、秋は紅葉と空堀のコントラストが絶妙です!
そんな空堀を渡ればいよいよ天守閣ですが、その手前になにやら立派な神社を発見。豊臣秀吉ゆかりの「豊国神社(ほうこくじんじゃ)」です。実はここ、若い人に人気急上昇の神社なのだとか。立身出世のご利益があることから、仕事の成功、結婚の成功を祈願しにくる若者が後を絶たないのだそうです。
せっかくなので、ぜひ立ち寄ってみましょう。
▲空堀の外側にある豊国神社。太閤秀吉の銅像が目印
▲太閤さんのように、出世できますように!
▲神社の裏手にある「秀石庭」は昭和を代表する庭園作家、重森三玲の作で1972(昭和47)年に奉納されたもの。淡いグリーンの「緑泥岩」が使われているのが特徴
▲境内には「千成瓢箪」がデザインされた石造りの舞台も

いざ、しゃちほこと虎のいる「天守閣」へ!

本丸への入り口にあたる「桜門」をくぐると、城内で一番大きな石「蛸石(たこいし)」がお目見え。表面積は36畳もあるそうです。ワンルームマンションより広い!
▲城内で一番大きい「蛸石」

そして桜門を背に進むと、いよいよ大阪城天守閣です。思わず「お~!」と声をあげてしまうほど立派。最上階の屋根の上には金のしゃちほこ、黒壁には金箔で描かれた虎の彫刻。いかにも天下統一を成し遂げた秀吉の城!堂々とした風格があります。
▲下から見上げると、石垣の高さと天守閣のどっしりした姿に圧倒される

「徳川時代に作られた石垣の上に、当時最高水準の建築技術で豊臣時代の城が再現されました。これが今の大阪城天守閣の真の姿なんです」と一幡さん。天守閣の外見は昔の姿ですが、中味はコンクリート製。そのおかげで、太平洋戦争中でも焼けずに残りました。昭和の天守と江戸時代の石垣が時代を超えて共存しているなんてロマンがありますよね。

ガイドコースはここで終了。見どころがたっぷり詰まった大阪城。ガイドコースでは、それらを解説付きで回れるから充実感もたっぷり!インターネットからガイド申込みができますよ。10日前まで受け付けています。

天守閣の展望台へ!大阪のすべてが一望できる

▲天守閣の入り口にある「金名水井戸(きんめいすいいど)」の中には、井戸水の毒気を抜くため、秀吉が黄金を投げ入れたという伝説が。底の方で黄金がキラリと光っていたりして
天守閣の内部は、城の歴史を紹介するミュージアムになっています(税込600円)。まずはエレベーターと階段を使って8階の展望台へ!ここからは、大阪の街を一望できます。上階から順に、各階の展示を見るのが天守閣の楽しみ方です。
▲日本で初めて天守の屋根に金のしゃちほこを据えたのは、信長の安土城か、秀吉の「大坂城」だったといわれています

天守からは、よほど天気の悪い日を除き、奈良県の生駒山や信貴山、兵庫県の六甲山まで見渡せます。南側には日本一の高さを誇るビル「あべのハルカス」。その手前が、大坂夏の陣で真田幸村が戦った茶臼山です。
▲やや左の高いビルが「あべのハルカス」。当時の大阪城からも、戦いの様子が見えたのでしょうか

さらに注目したいのが、天守閣の東側に広がる「配水池」。豊臣時代の天守はこの辺りにありました。またこの「配水池」の周辺からは、豊臣時代の大坂城の石垣が見つかっており、現在一般公開に向けて整備が進んでいます。多くの歴史ロマンが埋まっていそうで、ワクワクしますね!
▲秀吉の大坂城があったとされる「配水池」

秀吉の一生と、豊臣大坂城を物語るミュージアム

7階に下りると、豊臣秀吉の生涯をジオラマで物語る「からくり太閤記」を楽しめます。
▲歴史ジオラマ「からくり太閤記」。立体映像の人物が動いて、秀吉の生涯や伝説を紹介

さらに5階には、「大坂夏の陣図屏風」を元にした人形展示「ミニチュア夏の陣」が。有名な「天王寺口の戦い」の様子です。この戦いで奮闘した真田幸村を探してみましょう。
▲屏風に描かれた一場面を立体で表現した「ミニチュア夏の陣」。夏の陣に参戦した兵が約307体!
▲「大坂夏の陣図屏風」に登場する武将については、同じ階のパネル展示で詳しく紹介
▲みなさんが食い入るように見入るのは、「大坂夏の陣図屏風」のパノラマビジョン

定期的に展示が変わる4階と3階を抜け、2階に下りると、戦国武将の兜のレプリカをかぶることができる「兜・陣羽織試着体験コーナー」(1回・税込500円)があります。一番人気は秀吉の兜ですが、NHK大河ドラマ『真田丸』の影響で、2016年は幸村の兜が逆転一位になったとか。どちらもカッコいい!
▲手前から4番目、鹿の角が付いた赤い兜が真田幸村。頭の前には六文銭が施されている
▲ひときわ大きくて目立つのが秀吉の兜
▲1階はミュージアムショップ。大阪城限定の「太閤饅頭」(6個入・税込1,080円、10個入・税込1,795円)を購入できます

隠れた見どころ「大阪城の裏手」

天守閣を出たら、ぜひ行ってみてほしいのが天守閣の北側にあたる裏手。人があまりいない静かな木陰に、ひっそりと石碑が立っています。ここは秀吉の側室である淀殿とその子・秀頼が自害したとされる場所。真田幸村の息子・大助もここで共に亡くなったと伝えられています。
▲天守閣の北側。苔むした中にひっそりたたずむ石碑

さらに階段を下ると、天守閣の北側にある「極楽橋」に出ます。ここからながめる天守閣もきれい。ゆったりしたお堀や連なる石垣の迫力を楽しみながら、大阪城を目に焼き付けましょう。
▲極楽橋から望む天守閣
▲極楽橋からは、内堀を遊覧する「大阪城御座船」の姿が。3~11月まで毎日運航(12~2月まで休止)。大人税込1,500円で乗船でき、電話予約が可能です

大阪市内を歩いていると、時折ビルの間からのぞく大阪城。しかし近くで見ると、広大な城内や勇壮な天守閣にあらためて驚かされます。巨大な石垣やお堀など見どころがつまった大阪城を、ぜひ探索してみましょう。
國松珠実

國松珠実

大阪エリアの女性ライターズオフィス「おふぃす・ともとも」所属。人と話すのが好きで店舗や企業取材を得意とする。また旅行好きが高じて世界遺産検定1級を持っている。 編集/株式会社くらしさ

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