夏は「冷やがけ」を食して「西馬音内盆踊り」を見るのが秋田流

2015.07.29

北東北の短い夏は祭りとともにあると言ってもいいぐらい、祭り一色。なかでも夢幻の世界へと誘ってくれるのが、日本三大盆踊りにも数えられる秋田県羽後町の「西馬音内(にしもない)盆踊り」。この祭りを堪能するのに欠かせないのが、西馬音内名物「冷やがけ」です。

「冷やがけ」って何?

舞台となる西馬音内は小さな城下町。街道の宿駅として、周辺地域を結ぶ中心地だった歴史のもとに発展してきました。この西馬音内で食べられている「西馬音内そば」は、大阪を起源とする砂場そばの流れをくむ、麺の白い更科と黒い薮の中間ともいえる色味のそば。さらに他の砂場そばと違うのは、つなぎに「ふのり」を使っていることです。

早速、西馬音内そばの元祖と言われる「弥助そばや」へ。西馬音内川にかかる「二万石橋(にまんごくばし)」のたもとに建つ老舗は、小さなたたずまいのなかにも貫禄があります。
暖簾をくぐれば、こぢんまりとした店内に、地元の常連さんや名物を食しにきた若い観光客の姿がちらほら。木札には「名代 手打そば」の文字。そして、「当店の『手打ちそば』は全メニューが“冷やがけ”そばです。弥助そば特有の味をご賞味下さい」との張り紙が。

「冷やがけ」とは冷たいかけそばのこと。この「弥助そばや」の流れをくむ「小太郎」「信太」といった町内のそば屋数軒もみな「冷やがけ」が中心です。西馬音内においては、雪深くなる冬でももちろん「冷やがけ」が定番で、西馬音内そばの代名詞でもあるのです。

とにもかくにも、元祖「冷やがけ」をいただくことに。
見た目にも冷え冷えなのが分かります。そばもつゆもツヤツヤ、キラキラしていて、その上にネギが無造作にこんもり。キリッと冷えた硬めの細切りそばが口のなかでうねります。そばの香りを生かそうと、においが邪魔しない昆布と鰹節を使ったつゆが、またいい。

「初代の金弥助(こん・やすけ)は大阪で修業して西馬音内に戻り、文政元年(1818年)に『弥助そばや』を創業しました。大阪の砂場そばで食べられていた冷たいかけそばは、汗だくの大工たちが屋台で引っ掛けていたそばだから、さっとかき込める気軽なもの。それにここで食べられていた田舎そばより色が白っぽいから、創業当時から東北のなかでも珍しがられたようですよ。都会的に感じられて人気だったのかもしれない。それが『冷やがけ』がここ秋田で定番になったいきさつだと思います。」

とは、6代目の金昇一郎さん。「初代は大阪で修業したあと北前船に乗って帰ってきただろうから、新潟などの船着き場で『ふのり』を使うことを覚えてきたのかも」と推測しています。
▲暖簾を守るために手打ちにこだわり、手を抜かない。1本筋の通った主人の気質もまた味わいになる。

日本三大盆踊りの一つ「西馬音内盆踊り」

そんな名物「冷やがけ」を誇る小さな町に、全国から観光客が訪れる時があります。その目的は、毎年8月16~18日に行われる、「西馬音内盆踊り」。
この盆踊りは国重要無形民俗文化財に指定されていて、野性的なお囃子に対して、流れるような美しい踊りが特徴。豊年祈願の踊りと亡者踊りとが結びついて継承されたといわれる、妖艶な踊りが人々を魅了します。
盆踊りの3日間は、遠くへ嫁いでいった女性たちも地元に戻り、各家々に伝わるあでやかな端縫い衣装や藍染めの浴衣に袖を通します。山並みに日が沈めば寄せ太鼓のお囃子が鳴り響き、本町通りのかがり火のもとで幕を開ける西馬音内盆踊り。「冷やがけ」を引っ掛けたら、かがり火のもとへそぞろ歩いてみませんか。
高橋ともみ

高橋ともみ

大学で日本美術史を学んだ後、博物館や美術館、新聞社、制作会社等に勤務。東北を中心にのんびり、気ままに活動中。 (編集/株式会社くらしさ)

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