神田葡萄園のマスカットサイダー。岩手県陸前高田のソウルドリンク!

2015.08.19 更新

旅先で見かけるご当地モノのなかでも、手軽に楽しみやすいのがサイダーだ。岩手県陸前高田市にも、昭和45年(1970年)の誕生以来、地元の人たちに親しまれてきた「マスカットサイダー」がある。ぶどうジュースの老舗「神田葡萄園」がつくる爽やかなサイダーは、あとからじんわり恋しくなる。

レトロな瓶に栓抜きをかけ、グラスに注いだ一杯を飲み干す。きりっと効いた炭酸を追いかけて、鼻にはすうっと清々しいマスカットの香り。奇をてらってはいないけれど、優しさあふれる味、それが神田葡萄園の「マスカットサイダー」だ。
その誕生は、昭和45年のこと。製造元の神田葡萄園は、これまで製法もラベルも変えず、発売当初の味を守り続けている。陸前高田の人にとっては、ソウルフードならぬソウルドリンク。幼いころの夏の記憶には、欠かせない飲み物だ。

「お盆に孫が来るからとか、親戚が集まるからとまとめて買われる方とか、今も昔も変わらずいらっしゃいますよ」と、同社を切り盛りする若き6代目の熊谷晃弘さんは話す。

神田葡萄園ってどんなとこ?

神田葡萄園は、今年で創業110年目を迎える老舗。大工として県外に働きに出ていた初代の熊谷福松さんは、田舎に戻ったら果樹園をつくりたいという夢があり、地元出身の出稼ぎ者といっしょに、ナシやリンゴ、次いでブドウの苗を持ち帰って植えたのだそう。
そのなかで、陸前高田の土壌に合ったリンゴは「米崎リンゴ」として広まり、今では陸前高田市の特産品になっている。一方、ブドウは雨風を嫌う植物のため、ヤマセ(梅雨明けに吹く冷たい風)の吹く沿岸地域で育てるのが厳しい。また、育ったとしても生食は日持ちが悪く採算が合わない。ブドウ栽培を始めても皆、途中でやめてしまったという。

「幸い、うちの会社は早い時期に加工品業に移行したので、なんとか生き残ったようです」。
▲創業時のボトル
明治38年(1905年)には、東北でいち早くぶどう酒製造許可を取り、ぶどう酒やぶどう液をつくりはじめた同社。海風をたっぷりあびて育ったブドウは、内陸とは違うすっきりした味になり評判も良かった。

ところが、当時、ぶどう酒は高級品。売上も伸びなかったことから製造免許は他社に譲り、「ぶどう液」づくりに力を注いできた。神田葡萄園の「ぶどう液」は、果汁20%の清涼飲料水。創業当時から作りつづけている地元の味だ。

葡萄園なのに、果汁を入れないサイダー?

しかし、徐々に安価なジュース類が出回り、経営が厳しくなった昭和45年、4代目が起死回生の思いで発案したのが、マスカット風味のサイダーだった。

当時は、日本国内で炭酸水に果汁を入れる技術がなかったので、ブドウ果汁は入っていない。とはいえ今は技術も進んだ。なぜ、果汁入りのマスカットサイダーをつくらないのだろうか?

「なんというか、うちが、そこを目指す必要はないと思っているんです」と熊谷さんは話す。大事にしているのは、「変えないこと」だと。

「陸前高田といえばマスカットサイダーって、皆が思ってくれるようになりました。もちろん、全国各地の人に飲んでもらうのはうれしいですが、もともとは地元の味。遠方にいる出身者が故郷を思い出してくれたり、お盆に帰省した時にテーブルにあったり。変わらず飾らず、ここにありたいと思います」。
▲6代目の熊谷晃弘さん(左)と社員さん
なるほど、思い出の味って変わらないことに意味があるんだなあ、としみじみ。

震災から4カ月で復活

4年前の東日本大震災では、神田葡萄園も大きな被害を受けた。工場再開に向け、熊谷さんはまず、夏の飲み物「マスカットサイダー」を復活しようと、ボランティアさんの力を借りて奮闘。

同年7月に、本格的な出荷が可能になった。その後、多くの復興支援イベントをはじめ、全国各地から注文をもらうようになったと感謝する。
現在販売するアイテムは、果汁100%のぶどうジュース、ぶどう液、サイダーなど。そして、他のワイナリーの協力でワインの販売も行う。
そして今、熊谷さんはワインの醸造を再び自社で手掛けようと動きだしている。

「実は、震災前から高台にワイン用のブドウを植えていました。今、原点回帰の思いを込めて、もう一度自社でワインづくりをしたかったんです」。

東京の飲食店に勤めていた熊谷さんは、ワインへの興味も深い。今、考えるのは、沿岸らしいすっきりと酸味あるブドウで、三陸の海の幸に合う海の町らしいワインをつくること。

「それから……」と熊谷さん。
「昔からブドウ畑にいろんな人がやってきて楽しめたらいいな、と思っていました。だから、毎年秋に、一般の方を集めてブドウの収穫体験をやっているんです。お昼ごはんとお土産付きで。地元の人も県外の人も、ブドウ畑と親しんでもらえたらと」。

新しいワインづくりやイベントに挑みながらも、昔ながらの味を守ってきた神田葡萄園。
きびしい夏の残暑も、マスカットサイダーでさわやかに乗り切りたい!
水野ひろ子

水野ひろ子

岩手県在住フリーライター。行政や企業等の編集物制作に関わる傍ら、有志とともに立ち上げた「まちの編集室」で、ミニコミ誌「てくり」やムック誌の発行をしている。(編集/株式会社くらしさ)

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。
PAGE TOP