落語好きなら訪れるべし。「大阪くらしの今昔館」で江戸時代へタイムスリップ

2017.04.04 更新

突然ですが、ここはどこでしょう?古い写真でしょうか?いえいえ、先日撮ってきたばかりです。ヒントは大阪。とは言え、タイトルからすでにバレているので、さっそく正解発表。答えは、大阪市北区天神橋筋にある「大阪くらしの今昔館」の中。住まいをテーマに、古き良き日本人の暮らしぶりを体感できるミュージアムとして、いま大変な人気なのだ。実物大で復元した江戸時代の大坂の町並みは見応え充分、二重の意味で時を忘れさせてくれる。さっそくご案内しましょう。

目的地は、歴史深い天満エリア

日本のグローバル化が進む一方で、インバウンドが増加している。そしてその現象が追い風になり、こちらのミュージアムは梅田や難波などの中心からちょっと外れているにもかかわらず、外国人観光客からの支持率が圧倒的に高い。大阪観光局の方によれば、世間を騒がせた“爆買い”はもう落ち着きを見せ、今の流行りは体験&体感型なのだそう。

近年は日本人もつられる形で、クールジャパンや伝統芸能をはじめとした日本文化、ワビサビを重んじる和の心を見直すことが盛んになった。つまり「大阪くらしの今昔館」は、まさに今こそ行くべきスポットなのであります。
▲煌々としたサイン。ミュージアムは3番出口からどうぞ

「大阪くらしの今昔館」へは、地下鉄谷町線・堺筋線の天神橋筋六丁目駅を利用するのが大変便利。なんと、ミュージアムが入るビルへは地下直結である。大きく電光掲示板も出ていてわかりやすい。雨にも濡れずに済む。
▲この中(左)に巨大な江戸時代の町が広がっているとは、見た目では分からない

もし時間に余裕があるなら、もう一つ雨に濡れない行き方を。JR大阪環状線の天満駅で降り、駅前の天神橋筋商店街を北上するのだ。

目的地である天神橋筋六丁目は、天神橋筋一丁目から続く長い長い商店街の終点にあたる。この天神橋筋商店街は「日本一長いアーケード商店街」なんて呼ばれているらしいのだが、何を置いてもこの一帯の中心におわすのは、「天神さん」こと菅原道真公を祀る「大阪天満宮」だ。

この天神さんの裏門にあるのが、2016年に開業10周年を迎えた「天満天神繁昌亭」。朝から晩まで、時には深夜(!)まで上方落語が聞ける常設のホールだ。もともとこのあたりは天神さんの境内で、江戸時代には落語を披露する小屋や茶店で賑わっていたという資料が残っている。
▲外から見ると静かそうでも、中は大賑わいだったりする「天満天神繁昌亭」

毎日午後1時から始まる「昼席」の演者は週替わりで、「ちょっと時間ができたから」と、サプライズで笑福亭鶴瓶さんがトリで登場したこともあるとか。一方、「夜席」は日替わりで毎回テーマありきの企画モノが中心。なんとヅカファンや鉄ちゃんの噺家が主催の変わり種落語会もあるからオドロキ。伝統芸能って、意外と柔軟に進化してるんですね。

ミュージアム見学後は、ぜひこの「天満天神繁昌亭」へ立ち寄ってみてください。江戸時代の暮らしを体感したあとに、江戸時代に生まれた古典落語を聞くというコースは、かなりしっくり来るはずだ。
▲夜は提灯が煌々と輝き、雰囲気たっぷりに

いざゆかん、江戸時代の大坂へ

寄り道してしまったが、目的地に無事にたどり着きました。 
まずはエレベーターで、ミュージアムの入口がある8階へ。スタッフの方が手慣れた様子で、「チケットの購入はこちらで」と案内してくれた。着物をベースにしたコスチュームがとても可愛い。ひとりひとり色も柄も違う!
▲親切に案内してくださるスタッフは女性ばかりで華やか

ところで、カウンターの上に出ている「SOLD OUT」は何のことですか?
「館内では着物を着て、町を歩くことができるんです。一日300人限定なんですが、本日はもう売り切れてしまいました…」
聞けば、館内で500円(税込)の着物チケットを別途購入すると、着物や草履をレンタルでき、30分間自由にフロアを散策できるのだとか。

ふと、いつだったかの朝に偶然見かけたエレベーター前の行列を思い出した。途中から数えるのをやめてしまったが、きっと100人はいただろう。
恐る恐る「もしかして、よく開館前にできている列は…」と聞けば微笑み返され、「はい、今日は先頭の方は朝8時から並ばれていたそうです」(ミュージアムは朝10時開館)。早くも入場前に、カウンターパンチをくらう筆者であった。

8階から入場した現代人は、長いエスカレーターを使っていったん10階まで上がる。
もうこの時点で、江戸時代への扉が開いているとは、夢にも思わないだろう。脳内にはバスガイドのごとき声色で「右手をごらんください」とアナウンス、さらに「見えてまいりますのが『堂島米市場』です」と続けた。そう、壁面には江戸時代に発行された大坂の地域誌『摂津名所図会(せっつめいしょずえ・18世紀末に刊行)』より、「堂島米市場」の図が広がっていた!
▲おお!宙に飛び出す町家の住人たち

堂島米市場とは、現在の堂島(大阪市北区)にあった米の一大換金拠点のこと。江戸時代、地方で収穫された米はまず大坂まで舟で運ばれ、諸藩が所有する蔵屋敷でいったん保管された。その米をめぐって仲買人たちが入札したり、落札した米を時の相場に応じて売買したりすることで、日本の経済は回っていた。

大坂が「天下の台所」と言われるまでになったのは、この堂島米市場の存在が大きい。それだけ米市場があった黄金時代は、江戸より大坂のほうがずっと大都市だったんです。
▲上から見下ろすとこんな感じ。皆さんもっと右を見て!

しかも、こちらの壁面からは、町の喧騒がスピーカーで聞こえてくる手の込みよう。さすが“住まい”に特化したミュージアム。町人らの暮らしに寄っていこうという気合が伝わる。

ちなみに、大坂市中で三大市場と呼ばれていたのが、堂島の米市、雑喉場(ざこば)の魚市、そして天満の青物市だった。その青物市を発祥とする市場が、商店街のすぐ東側にある現在の「天満市場」。つくづく、このミュージアムがあるエリアは、江戸時代の大坂にリンクする稀有な土地だと思う。

匠のワザに圧倒される地元大阪人

▲10階の展望エリア。建物の中に建物が?!と混乱されぬよう

たどり着いた10階は、冒頭でご紹介した大坂の町並みを見下ろせる展望エリア。ここで、落語ファンの度肝を抜くのが、故・三代目桂米朝によるお出迎え。もちろんお元気だった頃の声のみのご出演だが、落語を聞いているような柔らかい語り口調は耳に心地よい。人間国宝にアナウンスさせるとは、このミュージアム只者ではないですよ。
▲米朝さん「大阪市がえらいもんをこしらえてくれて…」。おっしゃるとおりです

米朝師匠の解説によれば、窓の下に広がる町並みは天保年間(1830年代)の大坂を再現したもの。まさに先述したように、町人のまちとして大坂に活気があった時代だ。

「右に見えますんは、落語にもよう出てきます裏長屋ですなあ」。ほぉー。裏長屋とは、現代でいえば路地に面した集合住宅である。長屋が出てくる落語といったら「書割盗人(かきわりぬすと)」に「延陽伯(えんようはく)」「貧乏花見」……ああ、もう数えきれません。町人が主役の上方落語なら、町人の一般的な住まいである長屋が噺の舞台になるのは、それはもう当然なのである。

さらに米朝師匠の解説に従い、裏長屋に付いている明かりを取り入れるための「天窓」や、白壁の町家の屋根にある煮炊き用「煙出し」に目を移していく。長屋と違い、町家は商売をしている店舗兼住居だから、ひとつひとつが大きい。町会所の屋根には、火の見櫓が見えます。

よく目をこらすと、鬼瓦には鬼の険しい顔が。実は鬼瓦にはいろいろなデザインがあり、必ずしも名前のとおりの鬼だったわけではない。こちらで再現されている町は架空の町でありながら、かつての船場の町並みを下敷きにつくられたもの。この鬼面の鬼瓦も、かつての大坂の町家にあったものなのだ。
ではフロアをひとつ下りて、町の中に入ってみよう。
▲どどん!地上だけど9階というキテレツさ

近くで見るとさらにリアルだ。「商家のにぎわい」を表現した町には、手前に「ゆ」の暖簾が見えている風呂屋をはじめ、呉服屋や人形屋、本屋や薬屋がひしめき合う。一番奥にあったのは「しもたや」。先ほどの展望フロアで聞いたアナウンスを思い出す。「しもたやいうんは、『商売をしもた』。つまり、もうなんにもやってへん店ちゅうことですわ」(米朝師匠)。なるほど!
米朝師匠はアナウンスだけでなく音声イヤホンガイド(100円・税込)もあり、さらに細かく展示室内の案内を聴けます。

風呂屋には靴を脱いで上がることができる。ロッカーのような脱衣箱は、現代の下町の銭湯と変わりません。中では「風呂屋シアター」なる映画を上映中。
▲1日に9回、1回20分間の上映

ここで、まずは江戸時代の人々の暮らしを楽しく勉強しよう。眺めるだけでなく、セットに触れたりできる点が、他所のミュージアムと一線を画している。

お隣の人形屋の軒先には、お多福や狐のお面に、けん玉やコマといった昔懐かしのおもちゃがずらり。そこで出会ったのは、町家衆と呼ばれるボランティアガイドのおひとり。外国人観光客がかなり増えたので、びっくりされているご様子。質問すれば見どころを的確に教えてくれるので、ぜひお声がけを。
▲「英語は勉強中なので、今のところジャパニーズのみです(笑)」
▲さっそく屋根に猫がいると教えてもらいました
▲軒先のおもちゃは自由に遊べる。町家衆が遊び方を教えてくれることも。懐かしのおもちゃを知らない子どもたちにとってはいい機会だ

さらにお隣は本屋。大坂町人の間では、食べ物や医者などあらゆるものをランキングした「番付」や、歌舞伎役者や美人を描いた色とりどりの「浮世絵」、旅行ブームが到来してもてはやされた各地の名所案内が人気を博していた。軒先の品書きは、それらのタイトルだろうか?
▲店先に鮮やかな「浮世絵」が見えます
▲4月から8月は、この町も「天神祭」にちなんだ飾り付けになり、夜は(映像の)花火があがる

場所によっては、座敷に上がることも可能。ここまで入り込めるミュージアムは、なかなかない!小物ひとつひとつも精巧につくられ、町人たちの息づかいが聞こえてくるようなリアルさは圧巻だ。
▲しっかり和んではります

しかも「それっぽい」のではなく、たとえば京都の「桂離宮」の修理を手掛けるレベルの職人が、きちんと江戸時代の伝統的な工法に従い、実際の資材を用いて建築したのだというから、限りなくホンモノに近いわけだ。生活感を出すため、経年劣化を表すエイジング加工もあちこちに施されているとのこと。ちょっとしたキズやひび割れを、あえて注目したい。それが職人のワザなのだ。

薬屋の奥には「箱階段」。階段下に物入れをつくり、スペースを有効活用している。
落語によく登場する裏長屋まわりの光景。一棟に4家族が住んでいる。
外側には共同の井戸と便所もあった。
▲今にも住人たちが飛び出してきそう

こちらの長屋は義太夫節の師匠が住んでいる、という設定。床板やへっつい(現代のガスコンロ)の汚れ具合に注目!
驚いたのは、町の1日を45分に置き換え、時間が来ると暗くなったり明るくなったり、雷の音が聞こえたり、物売りをする町人の声が聞こえたり…と、時間の経過を演出していること。

特に街灯がない江戸時代らしく、夜の演出は本当に真っ暗になる。前を歩いていた大学生風の女子は、足元がおぼつかないのか、彼氏らしき隣の男性にぴったりしがみついて歩いていた。なるほど穴場のデートスポットとしても最適…と思った次第です。

世界よ、これが「大坂」だ

ぶらぶら歩いて巡っていると、行列ができている町家が…。
▲うら若い女子ばかりですが、パンケーキ屋ではないよね?

断りを入れて中を覗かせてもらう。アッ、これが噂の!
▲ずらっと並ぶ美しい着物の奥には、シブい男性用もスタンバイ

正体は、着物体験ブースであった。
人気の秘密は、洋服の上から常駐のスタッフにささっと着付けてもらえること。自分の順番が来ると、まずサイズをスタッフが見極め、次に好きな色や柄を選ぶ。やっぱり女子には明るい色や花柄が人気のようだ。足袋もソックス仕様でするっと履くことができる。

この手軽さがまた、外国人観光客に大人気なんだとか。“郷に入れば郷に従え”なのか、着物で歩く江戸時代の町並みは格別のようだ。

ブースを出ると、「Excuse me!」という声がかかった。振り向くと、着物姿でるんるんの三人娘がスマートフォンを差し出し、「写真を撮ってくれませんか?」と言う。もちろん英語。OKと返し、「お店の前で」というので雰囲気たっぷりの薬屋さんの前でシャッターを押した。よくお似合いです。若者たちが、この場所を楽しんでいることが大阪の人間として素直にうれしい。
▲「YOUはどこから日本へ?」「韓国よ!」

間髪入れずに次の「Excuse me」。彼女からは「この犬と撮ってもらいたいんです!」と、はっきりしたリクエストをもらう。奥から柴犬の「てん」と「ろく」。どうして?

「海外ではこのミュージアムが本当に有名なんです。行った人たちが着物を着て、カッコいい写真をSNSにアップしてるから。この犬とのツーショットは、みんな撮りたがってるの!」

大阪人が知らない間に、世界ではそんなトレンドができていたことに驚愕。灯台下暗しとは、まさにこのことかも。
▲海外では、某白いお父さん犬より有名だったりして

たっぷり見学し、架空の町を後にした。現代人は知らない町並みのはずだがどこか懐かしく、思わぬ異文化コミュニケーションもあり、日常と非日常が入り交じる貴重な体験となった。

思わず魅入る、ノスタルジックな模型たち

残る8階は、近代の大阪が主役のフロア。ここがまた9階とは異なる方向で魅力満載なので、期待されたい。
▲フロア入口の裏側には…
▲見てよし、歩いてよしの「大阪市パノラマ地図」が!

どうでしょう、この迫力。開館当時は最先端だった技術で地図を読み取り、実際の「大阪市パノラマ地図」を36倍に拡大し、色ズレを調整したそうです。館長いわく、展示方法のヒントが、ディスコのお立ち台だったというのが面白い。薄暗いフロアでうまく存在感を放っている。

さらに面白いのは、地図の上を歩き回りながら、大阪城はどこだ、四天王寺はどこだと観光スポットを探せること。まるで気分は鳥だ。
▲「大阪天満宮」もばっちり見つけました

さらに、このフロアは床上の地図をぐるりと囲むように、さまざまなシーンのジオラマを見ることができる。その名も「モダン大阪パノラマ遊覧」。明治~昭和の人々の暮らしが、そのまま精巧な模型になっている。ちなみに、こちらはドラマ仕立ての音声ガイドが流れていて、声の出演は大阪出身の大女優・八千草薫さん!
▲入口にある立体的なのぞきからくりのビフォー・アフター。セリフと音楽が切り替わると、大阪の町がにぎやかに彩られていく
▲大正時代の「天神祭」を模型で再現。天神さんの氏地にあるミュージアムらしい展示
▲展示室には街ごとに再現された模型があり、上は明治末期の北船場の様子。手前は堺筋からやや西の道修町(どしょうまち)界隈。近代的な建物が増えました
▲音声ドラマのストーリーに合わせて模型が入れ替わり、昔の人々の生活をより細かく観察できる
▲昭和初期の心斎橋筋商店街。スイッチを押すと、町の人々や景観が真横に動き出す仕掛け

さて、近代の大阪をたどってきたこのフロア。全体的に暗く、いずれの展示物も窓からこっそり覗いているような、なんとも言えない妖しさがあるのだが、その最たるものがトリを飾るこれ。
▲時間が経過すると夜が訪れ、イルミネーションが妖しくきらめく

どこの外国の遊園地かと思うが、これも昔の大阪。実は明治45(1912)年に建設された初代「通天閣」(現在のは二代目)とそばにあった遊園地「ルナパーク」だ。タワーの下に広がっている新世界が、当初はパリとニューヨークを連想させる歓楽地として建設されたなど、大阪人でも知らない人が多いに違いない。初代通天閣が、エッフェル塔と凱旋門を合体させた形だったとは……よく見ると、遊園地と通天閣がロープウェーでつながっている。

人っ子ひとりいない(お客さんの模型はあるけれど)遊園地でくるくるとアトラクションだけが回っている摩訶不思議な光景に、すっかり魅入ってしまった。江戸時代の町並みと同じく、実際の工法を忠実に守ったという模型の精巧さが、小さい町ながら日常と非日常の境界を曖昧にさせているのだと思う。

限りなく現実(リアル)でありながら、見る者を現実逃避させてしまう「大阪くらしの今昔館」、恐るべし。

地元大阪人(筆者)も舌を巻いた大阪的ミュージアム、その良さを世界の方が熟知しているなんて、ちょっと悔しかったかもしれない。上方落語の舞台を彷彿とさせる大坂でのひとときは、伝統芸能ファンでなくともワクワクしてしまう。
そこは落語と縁が深い天満エリアだ。むろん落語好きならば、リアルの街あるきもお忘れなく。

大阪見物をお考えのみなさん、梅田スカイビルや大阪城より先に行くところがありますよ。
江口由夏

江口由夏

編集出版集団140Bにて、大阪・中之島のフリーマガジン『月刊島民』を執筆・編集。大阪生まれ大阪育ちながら、地元のディープな魅力に驚かされる毎日。天満天神繁昌亭で毎月25日に開催される「天神寄席」の広報を担当していることから、近年は落語にも興味津々。

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