1年に10日しか食べられない「寒晒しそば」。将軍家にも献上された幻のそばを求め八ヶ岳西麓へ

2017.06.30 更新

そばといえば信州。中でも「幻のそば」として知られるのが、八ヶ岳西麓に伝わる「献上寒晒し(かんざらし)そば」です。厳寒期に手間ひまをかけて作られ、夏に食べられる最高位のそばとして、江戸時代には徳川家に献上されました。現在、食べられるのは長野県茅野市の限られた店で、7月のわずか10日間ほど。そんな貴重なそばのルーツを辿りました。

仕事柄、取材でさまざまなそばを食べる機会も多い筆者。そばが好きなこともあって、オヤマボクチ(山ゴボウ)をつなぎに使った「富倉(とみくら)そば」や、丸めたそばを投じ籠に入れて具と汁で湯がく「とうじそば」など、長野県内のちょっと珍しい信州そばは大抵食べたことがあります。しかし、さすがに「これは未経験!」と言えるのが、八ヶ岳西麓に伝わり、絶品と名高い「寒晒しそば」です。

「寒晒しそば」って?

長野県は、気候や土壌がそばの栽培に適していることから、県内各地にそばの産地が点在しています。
中でも標高800m以上で夏でも涼しく、日照時間が長いことに加え、昼夜の温度差がある八ヶ岳西麓は、そばの栽培が盛ん。その北半分を占める茅野市は、そばの作付面積が県内トップクラスです。しかも、減農薬栽培や、養蜂家と連携したミツバチ受粉などを用いた、体と自然にやさしいそばが作られているのです。
▲長野県と山梨県にまたがる八ヶ岳。西麓はそばの収穫量が年々増えている地域です

また、茅野市は湿度が低く、冬は氷点下10度を下回る日もある寒さが厳しい地でもあります。この気候風土を生かし、古くから寒天や凍り豆腐などの保存食作りが行われてきました。
▲煮溶かした海藻を固めて角形に切り、冬の寒さと乾燥にさらしてできあがる寒天。茅野市では160年ほど前から作られており、生産量日本一を誇ります(経済産業省「工業統計」より/写真提供:茅野市観光協会)

こうした伝統技術を生かした食文化のひとつが「寒晒しそば」です。秋に収穫された上質なそばの実を、殻がついた状態のまま、気温と水温が最も低くなる大寒の時期に清流に1週間から10日ほど浸し、その後、寒風にさらしながら1カ月から1カ月半かけて乾燥させます。つまり、そばの実も保存食として“寒晒し”にしたのです。
▲大寒の時期に、そばの実が入った袋ごと清流に浸す「寒晒しそば」の作業

こうして寒晒ししたそば粉で打ったそばは、新そばに比べて舌触りがよく、もちもちとした食感だと言います。江戸時代は夏の土用に食べられる貴重なそばであったことから、「暑中寒晒し蕎麦」として将軍家に献上されました。
▲300年以上の歴史があり、おいしさは最上級品と言われる「寒晒しそば」。江戸時代としては高い技術を要し、かなりの高級品だったと考えられます

幻の味わいを求めて夏の茅野市へ

現在、「献上寒晒しそば」を食べられるのは毎年7月の土用の頃からで、「信州蓼科高原献上寒晒しそば祭」と銘打ち、茅野市内11店舗で提供されます。
▲全店舗一食1,500円(税込)で一斉に提供される「信州蓼科高原献上寒晒しそば祭」

2017年の開催期間は7月14日(金)~30日(日)。そこで、そんな「幻のそば」を求め、茅野市にある「勝山そば店」に足を運んでみました。
▲日帰り天然温泉「金鶏の湯」の前にあり、地元の人も足繁く通う「勝山そば店」
▲店長の宮坂新一さん。「寒晒しそば」の製法と文化を今に伝える茅野市のそば店による「八ヶ岳蕎麦切りの会」の会長でもある

「(寒晒しそばは)そば屋が食べても普通のそばとは食感や香りがまったく異なり、固定観念を覆す味わいです。特に2017年の出来栄えは良好で、十分に自信を持って提供できる味わいですよ」と宮坂さん。
では、早速いただきます!
▲数量限定で提供される「勝山そば店」の寒晒しそば(1,500円税込)
▲「勝山そば店」では、寒晒しそばの食感を楽しんでもらうため、まずはつゆでなく水でそばを味わいます

一口食べると、想像以上のもちもち感にびっくり!本当に、こんな食感のそばは食べたことがありません。さらに、雑味のないふんわりとした上品な甘みが感じられました。取材中、4年前から岩手県で寒晒しそばづくりに取り組んでいるという組合の方々も視察で食べにきていたのですが、「自分たちのそばと食感が全く違い、おいしさに驚いた」と話していました。同業者も唸るほどの味わいだったのです!

極寒の中で行われる寒晒しの作業

この「寒晒しそば」がどのようにできているか。「その背景を知ると、もっと味わい深くなります」と宮坂さん。そこで、厳冬期に行う「八ヶ岳蕎麦切りの会」の寒晒しの作業もご紹介しましょう。
▲2017年現在は6店舗が参加する「八ヶ岳蕎麦切りの会」。「寒晒しそば」の取り組みのほか、諏訪大社上社の「新そば献納祭」にも参列するなど、地域のそば文化継承に努めています

寒晒しの作業は、大寒の時期、八ヶ岳から流れ出る清流に1週間ほど玄そばを浸すところから始まります。浸っているのは、秋に収穫した180kgの玄そばです。
▲山間の急峻な土手の斜面を下り、清流の中で作業を行います

清流に浸している間は毎日気温と水温を確認しながら、玄そばの入った袋をひっくり返す作業(手返し)を行います。
▲「手返し」により、玄そばの水流の当たり具合を均一にします

水に浸す期間は1週間前後ですが、この際に大切なのは水温だそう。厳密にはどれだけの雪代(雪がとけて川に流れ込む水)があるかが重要だと言います。仕込み前の11月から12月にかけ、八ヶ岳の降雪が多ければ清流の水温は一定の低温が保てるものの、降雪が少ないと水温が高くなってしまいます。その頃合いも鑑みながら引き上げ時期を考えているそうです。
▲この日の水温は0.5度。玄そばは生きており、清流にさらすことで仮死状態になるそうです。これによって、品質を劣化させずに保存できるのだとか
▲水温が4度以上になると玄そばは発芽してしまうため、毎日注意深く水温や玄そばの様子を確かめる必要があります
▲約1週間後に引き上げ。引き上げた玄そばはひたすら人力で運びます

こうして清流から引き上げられた玄そばは各店で分け、それぞれの店舗ごとに寒風で1カ月から1カ月半かけて乾燥させます。
▲玄そばを薄く平らに広げて乾燥させます。これにより玄そばのアクが抜け、でんぷんの糖度が増して甘みが加わるのだそう

少しずつ水分を抜いて乾燥させた後は、夏まで土蔵で熟成させ、玄そばの中心層のみを取り出して製粉し、つなぎを使わない「十割そば」として提供されます。

一筋縄ではいかない!「寒晒しそば」ができるまで

こう書いてしまうと簡単そうですが、「ここに至るまでは試行錯誤の連続だった」と宮坂さんは話します。というのも、江戸時代の寛政元(1789)年から献上されてきた「寒晒しそば」は、明治以降は生産が途絶えていたからです。

それを復活させたのが、茅野市産そばのブランド化を目指していた農家の小林一茶(ひとし)さんとその有志です。小林さんは地元に残る古文書などを頼りに、その製造方法を数年かけて研究。そして、平成18(2006)年から茅野商工会議所が中心となり、地域と行政、大学が一丸となって「寒晒しそば」を復活させました。
▲寒晒しのための清流も、冬の水量を確かめ、水質検査もした上で選びました

現在は「八ヶ岳蕎麦切りの会」主導で製造を行っていますが、当初は失敗の連続でした。冷たい流水に浸され続ける過酷な環境に耐えられなかった玄そばは使い物にならなくなったり、乾燥させすぎて割れてしまったり。それを防ぐためには上質な玄そばを選別しなければいけないことや、乾燥時は昼夜を問わず常に確認し、目を離してはいけないことに気付いたと言います。
▲広げた玄そばは、このような棚などを使い各店で乾燥します。この工程は乾燥しすぎないように常に確認が必要なため、最も難しく、神経を使うそう

また、販売のためにはマーケティングが必要と考え、地元の諏訪東京理科大学の山腰光樹(やまこしみつき)教授に相談。「八ヶ岳蕎麦切りの会」のメンバーで大学に通って勉強もしました。そして、将軍家に献上した歴史的背景から「献上寒晒しそば」というブランドを確立しました。
▲茅野市以外にも「寒晒しそば」と同じ製法で作られるそばはありますが、献上した歴史を誇ることから「献上」と冠することができるのはここだけ

なお、以前は生産者から購入していた玄そばも、2016年からは自分たちで畑を借りて栽培を始めています。この年は全国的に農作物が不作の年でしたが、そうした中でも「八ヶ岳蕎麦切りの会」はなんとか寒晒しに向く上質な玄そばを厳選し、180kgを確保しました。
▲「八ヶ岳蕎麦切りの会」のそば畑。もともと水田だった休耕田を使っているため、長雨が続くと水がはけず根腐れするなど、さまざまな苦労の中で栽培しているそう

こうした努力の結晶である「献上寒晒しそば」。毎年7月の土用の頃だけの数量限定で、例年1週間から10日ほどで完売してしまうため、確実に食べたい方は予約必須です。
そのおいしさの真髄を知った上で、今まで体感したことのない極上の味わいをぜひ堪能してください。
島田浩美

島田浩美

編集者/ライター/書店員。長野県出身・在住。信州大学卒業後、2年間の海外放浪生活を送り、帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に「旅とアート」がテーマの書店「ch.books(チャンネルブックス)」をオープン。趣味は山登り、特技はマラソン。体力には自信あり。(編集/株式会社くらしさ)

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