天然氷の生まれる場所・松月氷室を訪ねて/小池隆介のかき氷あっちこっち食べ歩きvol.17

2017.05.10

かき氷を作る氷には主に3種類の氷がある。工場で作られた純氷に冷蔵庫などで氷を作る自家製の氷。そして自然の中で造られる天然氷の3種類だ。日本で一番多く使われているのは純氷であるが、近年天然氷の認知度が高まり注目されることが多くなってきた。今回は天然氷が生まれる現場と、その蔵元で食べられるかき氷についてご紹介しよう。

▲「松月氷室(しょうげつひむろ)」の「生温州みかんスペシャル」

「天然氷ってやっぱり違うんですか?」
何度も繰り返し尋ねられる言葉だが、毎回僕はこの質問に一言で答えることができない。「天然氷で作るかき氷だからふわふわで頭がキーンとしない」というのは間違った情報で、それはかき氷屋さんの技術の差である。たとえ天然氷であったとしても、ガリガリに削った氷を急いで食べると頭にキーンとくるアイスクリーム頭痛が起こるのだ。
▲出荷を待つ、美しい天然氷

それでは味が美味しいのか?
シロップのかかってない天然氷のかき氷と純氷のかき氷を二つ並べて食べ比べると確かに味が違う。天然のミネラルを含んだ天然氷と無味無臭の純氷との差は確かにある。しかしシロップをかけて食べた時にその違いはどうなるのか。この問いについては蔵元が言った言葉が一番説得力があると思う。

「味の濃いシロップがかかったら、自分らだってどっちがどっちかわかんないよ」

では、天然氷はいったい何が違うのか?この答えを知りたくて、日光・松月氷室の氷作りについて取材をさせていただくことにした。
▲水を張った「白沢氷池(ひいけ)」

夏の喧騒がまだおさまらぬ10月初旬に、松月氷室の氷造りが静かにスタートする。
夏の間休ませていた氷池の水を抜き・草刈りや水源の沢の整備、修復工事などの準備を済ませた後、天然の水を濾過する装置の洗浄が始まる。

松月氷室は日光の山に異なる水源を持つ2つの天然氷池を所有していて、2つの池の天然ろ過装置の石を洗うだけでも、一人で作業していると1週間以上かかるのだという。1つの池の濾過装置だけでもその重量は約3トンにも及び、気が遠くなるような重労働が続く。こうした地道な準備を重ね、12月の中頃からいよいよ氷を育てる作業が始まる。
▲3トンの石が敷き詰められたろ過装置に流れ込む天然水

天然氷を造るためには多くの自然条件が揃わなくてはならない。まずは美味しい水が豊富にある場所であること。理想的には夜から朝にかけての温度はマイナス5度前後に保たれていること。これより気温が高ければ氷が育っていかないし、逆に低すぎても氷にとって芳しくないという。

さらに雪が多い場所もよくない。雪には空気が多く含まれているので断熱効果があり、氷の上に雪が積もったまま放置しておくと、氷の成長に欠かせない冷気までも遮断してしまうことになる。他にも雪の重みで池の氷全体が沈み、水を吸い上げた雪が固まって取り除くことができなくなってしまうのだ。最悪の場合、何日もかけて成長した氷を割って捨てなくてはならなくなってしまう。そうなる前に天然氷職人たちは雪が降り始めると氷の上に立ち、一晩中雪かきをすることも躊躇しないという。
松月氷室の2つの氷池はどちらも片側が山になっており、高い木に囲まれて日中でも池の氷に陽が当たることがない。一日中日陰が保たれる風通しの良い場所で、天然氷は1日わずか1cmほどずつ厚みを増し、約2週間の長い時間をかけて14~15cmの厚さになる。こうしてゆっくり凍らせることで密度の詰まった硬い氷が出来上がるのだ。

氷が凍り始めてからは天候との折り合いをどうつけるかが一番大切だと蔵元は言う。いくら気候に恵まれた日光だと言っても、天然氷造りに適した真冬の天候が2週間連続することなどまずない。先の天気を読み、長年の経験と対応で悪天候を切り抜け、より品質の高い天然氷を大事に大事に育ててゆくのだ。
▲出来上がった氷を電動カッターで切り出す

こうして前年の秋から氷が出来上がる真冬までコツコツと積み重ねてきた氷造りの諸作業の総仕上げが「天然氷の切り出し」である。「米作りに例えるとそれは稲刈りのようなもの。これまでの苦労が一気に報われる収穫の喜びの瞬間だ」と蔵元は語る。

長い時間をかけて大切に育ててきた氷の出来栄えを見ながら、大事に切り出して一つ一つ丁寧に氷室や冷凍庫へ納めてゆく。切り出しに使われる電動カッターは40年以上前に先代が自作した機械を元に、松月氷室4代目の吉新(よしあら)氏が作ったオリジナルで、このカッターを使う以外はほとんど人力で作業が進められる。
氷を切り出す目印につけられた線(ケ付け)に沿って氷を切り、トビ口(切った氷を引っ張ったり押したりしながら水の上を運ぶ道具)や長い取っ手のついた氷ノコギリなど様々な専用の道具を使って、氷を水から揚げる場所まで運んでゆく。
切り出しに携わるのは、昔ながらの職人さんや松月氷室の将来を担う若い社員たち、そして氷室の氷を使うかき氷屋さんら、総勢13~15人ほど。2日から4日間それぞれ自分のやるべき仕事を、黙々とこなしている。
それぞれが氷と関わってきた年月は、手元を見れば一目瞭然。職人さんらが「手かぎ」という道具を使って氷を操る時の身のこなしの美しいことには惚れ惚れとする。何十年も氷を扱ってきた蔵元や職人さんの手にかかると、1枚50kg近くもあろうという氷の板をスイスイとドミノのコマのように操って美しく並べてしまうのである。
伝統的な保冷庫、「氷室」の中に収められた氷板は何層にも積み上げられ、上下左右に保冷用の氷をしっかりとあてがったら、最後に全体に日光地方の檜のおが屑をかけ、切り出しの一連の作業は終了。寒気により氷室の中でおが屑ごとカチカチに固まった氷は、春になってその凍結が緩み始めるまで取り出すこともできないのだそうだ。これが明治27(1894)年から変わらずに続けられている、松月氷室の天然造りなのだ。
切り出しに参加したかき氷屋の店主は、「かき氷を生業とするものとして、この行事に参加すると背筋が伸びる気がする」と語る。「自分が扱う氷が生まれて来るところを見てみたい。いろんなことを余すことなく知りたい。この長い歴史や文化をつなげていきたい」というのだ。

僕らが天然氷に求めるものは、自然から生まれる氷の有り難みや日本の文化や歴史なのではないだろうか。一生懸命、丁寧に人の手で作られたものを食べてみたい・味わってみたいという欲求。そして120年以上前から変わらぬ製法で作られている氷の歴史やロマンをかき氷を通していただくのだ。
▲「松月氷室」のかき氷「レインボー」400円(税別)

昔ながらの氷屋で天然氷をいただく「松月氷室」

「松月氷室」では昔ながらの店舗の店先で、一年を通してかき氷を提供している。天然氷蔵元のかき氷は、子供達が喜ぶ「ブルーハワイ」や「レインボー」などの蜜かけをなんと400円(税別)で提供。

「かき氷は子供のためのものでしょ」という蔵元の持論で、子供向けのかき氷はできるだけ安価で提供したいのだという。もちろん、最近の流行のかき氷についても敏感な蔵元は、大人やかき氷好きの人たちも十分満足できるようにと、自家製蜜や生果物を使ったシロップも提供。
▲「黒蜜きな粉」600円(税別)

「黒蜜きな粉」は自家製の黒蜜ベースにきな粉をふりかけたシンプルなかき氷。ふわっと削られたかき氷にじんわり染み込んだ蜜が味わい深く、口の中でとろけてなくなる口どけの良さがたまらない。氷の味をじっくり楽しむには、できるだけシンプルな蜜を頼むのが良いだろう。

一方、果物を使ったシロップは、果物の美味しさを氷が引き立ててくれる。生みかん100%の濃厚みかんシロップに、みかん果汁の入ったヨーグルトソースを添えた「生温州みかんスペシャル」など、ここでこんなに手の込んだものが食べられるとはと驚く人もきっと多いだろう。
▲「生温州みかんスペシャル」700円(税別)

松月氷室では夏の間、子供たちや観光客に氷の涼を楽しんでもらおうと天然氷の塊を店先に展示している。天然氷を育てた蔵元が、その産地のそばで提供するかき氷の美味しさをぜひ味わってみていただきたい。歴史を感じながら食べるかき氷、きっとここでしか体験できない氷の美味しさに出合えるに違いない。

道の駅で気軽に楽しむ天然氷「佐助」

日光市今市から車で約20分、道の駅「湧水の郷 しおや」でも「松月氷室」の天然氷のかき氷を通年提供している店がある。

夏はかき氷、冬にはかき氷に加えて自家製の壺焼き芋を提供する「佐助」は、2012年に土日限定でかき氷を提供し始め、翌年には道の駅の常設店舗で営業を開始。本業は建具職人という店主は、天然氷という食材に興味を持って「松月氷室」の門を叩いたという。
▲「焼き芋ミルク」700円(税込)

この店で夏季に人気なのは「かき氷シロップかけ放題」のサービスだ。天然氷をふわっと雪のように削った素氷を提供し、シロップは好きなようにかけてくださいというセルフサービスだが、これが小学生には大人気!何種類でも、好きなようにかけられる楽しさに、夢中になって挑戦する子どもも続出。天然氷でありながら400円(税込)というお値段にも注目。これは蔵元が言っていた「かき氷は子供のためのもの」という言葉に強く共感を持った店主の、できる限りのおもてなしなのだ。
▲「柿ミルク」700円(税込)

また、冬季に提供している焼き芋をシロップにした「焼き芋ミルク」は、濃厚なお芋の甘さにさっぱりしたミルクシロップのバランスで、「かぼちゃのかき氷」と並んで人気が高いという。甘ったるくなりすぎないようにとトッピングしたごま塩がなんとも可愛いアクセントになっている上、甘いかき氷に変化がついてとても楽しい。
地元の柿を使ったという「柿ミルク」には一口大の果肉がのせられていて、こういうちょっとした食感の違いがかき氷にちょうど良い変化を与えるのだ。
▲「生いちごミルク」700円(税込)

また、栃木のブランドいちご「とちおとめ」を大量に仕入れて作るという「生いちごミルク」は、「佐助」の一番人気のメニューで、とろりと真っ赤ないちごシロップは甘さの中に酸味もしっかり残っているので後味が爽やか。1杯食べた後にもう1つ同じものを頼みたくなるような美味しさだ。

道の駅という特殊なロケーションだからこそ、大人も子供も家族みんなが楽しめるようにメニュー展開を考えているという店主。優しく真面目な店主の人柄がそのままかき氷になったような、みんなに好かれる味が揃っている。
最後に、松月氷室蔵元・吉新昌夫(よしあらまさお)氏に問いかけてみた。「純氷と天然氷とはどう違うと思いますか?」

「純氷には純氷の歴史があり、なんとかして人の英知と力で氷ができないかと夢を実現させたロマンがある。天然氷も純氷も、どちらも大切につくられた美味しい氷だと思います。それを踏まえた上で、私は天然氷最大の魅力は、その氷自体が日光の『冬』であり『自然』そのものだと思っています」

日光の冬をいただくことのできる天然氷のかき氷。もし食べる機会があったら、天然氷の造られる過程を思い描きながら食べていただきたいと思う。
小池隆介

小池隆介

かき氷のフードイベント『かき氷コレクション』実行委員会代表。かき氷専門ガイド本『かきごおりすと』の編集・発行者。一般社団法人日本かき氷協会代表。日本中のかき氷を食べ歩いて取材し、日本古来の食文化で伝統食でもあるかき氷を広く伝える為に活動。かき氷にとどまらず、氷雪業(氷の卸しや販売、製造)全体にも精通している。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
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