飛騨高山のみたらし団子は甘くなく、“ス”入りの豆腐が愛される。古い町並を歩いて出会うディープな食文化

2015.10.01

飛騨牛の産地として有名な岐阜県高山市。3,000m級の山々に囲まれたそこでは、独特の食文化が発展し、あるいは食の原風景が今も守り継がれている。30分も歩けば出会える飛騨の食文化を探しに、さあ古い町並へ出かけよう。

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江戸時代から続く古い町屋が軒を連ねる、上三之町・上二之町・上一之町の通称「さんまち通り」。
一見、小京都と呼ばれる他の町並と同じに思えるかもしれないが、その発展の歴史的背景は少々異なる。
江戸時代の初期より、幕府直轄の「天領」と定められた高山には藩主が存在せず、人口における武士の比率も低かった。
このため必然的に、生活・文化の中心は町人。普通の人々が、普通の暮らしの中で育んできたコト・モノこそが高山の文化、そう言ってもいいだろう。

甘くないみたらし団子こそ、真のみたらし団子である

飛騨人が他国を訪れた際、まず衝撃を受けるのは「みたらし団子が甘い」ことだ。
古い町並の随所で、買い求めることのできるみたらし団子はすべて、醤油味。「おやつ」というよりむしろ、「おかず」である。
鎌倉時代、京都で誕生したと言われるみたらし団子は本来、醤油タレを付け焼きした保存食。時代を経て砂糖の流通量が増加するうち、現在の甘辛タレが主流となったが、飛騨の人々は都から伝わった原型を600年以上も守り続け、今に至っている。
甘いみたらし団子は邪道。そう言えるようになったら、あなたも立派な飛騨人だ。

家族を思う「かさま」の愛と工夫が生んだ郷土料理

郷土色豊かな料理が、現在も日常の食卓に並ぶ飛騨地方。そのレシピの多くは、家族そろって長い冬を「まめ(飛騨言葉で健康)」に過ごすため、心を砕く「かさま(主婦)」の工夫にルーツを持つ。
そんな郷土料理を手軽に頂くことができるのが「京や」。今回は初代店主の妻であり、現店主の母である西村京子さんに、代表的なメニューをご紹介いただいた。
ちなみに店の料理はすべて、京子さんがご自身の祖母から教わったレシピで作られている。
豆腐を煮た料理は全国に存在するが、一般に“ス”(気泡)が入るのは好まれない。しかし「こもとうふ(税込450円)」はご覧の通り、スが堂々と入っている。
できたばかりの木綿豆腐を簀の子で巻き、熱湯でゆで上げつくられる「こもとうふ」。スがあるからこそ「こもとうふ」には独特の弾力感があり、煮れば味がしっかり染み込む。
貴重なタンパク源である大豆。その代表的な加工食品である豆腐を、冬は温かく、そしておいしく家族に食べさせたい。そのため生食ではなく、煮物専用に進化したのが「こもとうふ」なのだ。
京子さんのレシピは、白出汁で煮るのが特徴。豆腐本来の白さはそのままに、食べれば濃厚な出汁の味が口いっぱいに広がる。この方がおいしいから、と「京や」でいただく「こもとうふ」はひんやり冷たい。冷めてもおいしい、これも主婦の知恵かもしれない。
すべてが雪に覆い尽くされる冬。新鮮な野菜が手に入らない飛騨では、ナス・キュウリ・ダイコン・ハクサイといったすべての夏秋野菜を、各家庭で漬物として保存するのが習わしだった。
家族がひと冬を越せるだけの量となれば相当なもので、「漬物小屋」と呼ばれる別棟いっぱいに甕(かめ)が並んでいたそうだ。
とはいえ毎日、漬物ばかり食べるのはつらい。おいしく、温かく、そして楽しく食べるため主婦が工夫を凝らし、生まれたのが「漬物ステーキ(税込550円)」である。
漬けて間もない若い漬物は、油で炒め漬物ステーキに。冬の後半、酸味が強くなった古漬は「にたくもじ」と呼ばれる煮物に。
近年、他の具材を加えた「漬物ステーキ」も増えているが、京子さんは頑なに漬物だけのシンプルなレシピを守っている。西村家の食卓と異なるのは唯一、卵の上に乗っていることくらいだ。
飛騨で小イモ(小さいジャガイモ)といえばこの料理であり、この料理は小イモでなければならない。それが、「ころいも(税込450円)」である。
たっぷりの油で皮付きの小イモを炒め火を通した後、醤油・砂糖の甘辛タレをたっぷり絡める。
味付けの前に油は捨てるため、油っこいということは全くない。言われなければ、油を使う料理だとは気付かないほどだ。しかしこの、一切水を使わず加熱・味付けを行うことが、「ころいも」独特の食感と、濃厚な味には欠かせない。
調理方法はシンプルなのだが、火の通し加減が実に難しいこの料理。外はパリッ、中はしっとり。飛騨では肉ジャガより、「ころいも」を上手に作れることが、いいヨメの条件だ。
▲古民家を移築した店内にて、二代目店主・直樹さんと京子さん。海外からの旅行者とも堂々と英語で会話する京子さんは、実に素敵なおかっつぁまだ

飛騨牛の王様と、飛騨の王様トマトを、
寿司の老舗で一度に味わう

飛騨高山が何県にあるか分からなくても、飛騨牛は知っている。そういう人は案外、多いかもしれない。
いまや全国ブランドとして成長したその飛騨牛を、サシも鮮やかな握り寿司でいただくことができるのが「みちや寿し 沖村家」。創業は明治38(1905)年、高山きっての老舗であり、現在は4代目の大将・沖村哲也氏が腕をふるう。
肉質等級A3級以上から飛騨牛を名乗ることは許されるが、みちや寿しが使うのは最上級のA5等級のみ。しかも、牛一頭から取れるのは3kg程度という希少部位、三角バラに限られる。
バラ肉の王とも呼ばれるこの部位は、サシが豊富なだけでなく、見た目にも美しい。寿司ネタに最もふさわしいと、飛騨牛の握り「飛騨トロ(税込4貫2,160円)」を考案した先代の頃から“A5等級飛騨牛の三角バラ”は変わらない。
一方で、時代の変化や人々の嗜好の変遷に伴い、「飛騨トロ」も進化を続けている。現在の大将の代となり進化したものの一つが、「焼」の要素だ。
表面を軽く焼いた後、じっくり低温で調理すること1時間。すると、美しくサシの入った肉を縁取るように、1ミリにも満たない焼き目が加わる。
さらに食べる直前、一瞬だけ焼コテを当てることで、野性的な肉の焼ける匂いを、上品な霜降り肉はうっすらまとう。
(焼コテ入れが行われるのは厨房の中。今回、撮影のため特別に見せていただいたが、通常はこの光景を見ることはできない。悪しからず)

こうして完成した「飛騨トロ」に、フランスはブルターニュ産「ゲランドの塩」をほんのひとつまみ、振りかける。途端に肉の甘みが増し、そのままでも十分おいしいのだが、もう少しだけ我慢。大将が独自にブレンドした醤油に、ニンニクを軽く浸け込んだ、専用のタレをつけていただくのが正道だ。
料理は舌だけで味わうものではない。姿形、そして匂いも料理の一部。
五感すべてで「おいしい」を味わってほしいと願う大将が考案した、「飛騨トロ」進化形だ。
この「飛騨トロ」にセットとして供されるのが、飛騨牛と双璧をなすブランド食材「飛騨トマト」を使ったお寿司である。

熱帯夜の寝苦しさは誰しも経験があると思うが、「暑くて寝られない」のは野菜も同じ。夜間も活動を続けるため、昼間の光合成で作られた炭水化物の大半を使い果たしてしまう。
一方、平地と異なり真夏も夜は涼しい飛騨地方。野菜も安心して眠ることができるため、炭水化物は夜の間に糖へと変化し蓄積される。だから飛騨のトマトは味が濃く、全国的な評価も高い。

そんな飛騨トマトの中でも大将が選ぶのは、高山市江名子(えなこ)町にある農場のトマト。しかも飛騨で広く栽培される品種とは異なる「麗夏(れいか)」、王様トマトとも呼ばれる品種である。
完熟を待って収穫されたこの「麗夏」に、ゲランドの塩とレモンをかけていただくトマトのお寿司。その味わいは、トマトの概念とも、寿司の概念とも異なる。

もともと酸味がしっかりとしたトマトに、レモンとシャリの酸味、そして海塩の塩分が重なるからだろうか。トマトが隠し持っていた自然の甘みが、強烈に引き出されている。例えるなら、全く新しい果物を食べたような印象だ。
しかもこれが、「飛騨トロ」にセットのサービス品、つまり無料だというのにも驚かされる。

飛騨でトマトが収穫されるのは、初夏から12月初旬まで。これ以外の期間も、大将が厳選した他産地のトマトを使ったお寿司をいただくことはできる。
けれど、できることなら飛騨トマトのシーズン中に訪れ、「飛騨トロ」と一緒に飛騨のブランド食材を、存分に堪能していただきたい。
▲18歳から寿司を握り続ける大将。10年間の銀座の名店での修業時代を経て、4代目となったのは20余年前のこと。耳に心地よい大将の飛騨言葉も、お寿司と同じくらい味わい深い
船坂文子

船坂文子

農家・ライター。本籍地は生まれた時から飛騨。情報誌出版社にて15年間、人材・旅行領域の広告・編集記事作成に従事。若い頃から「田舎に帰って百姓になる」が口癖で、退職後は農業大学校での研修を経て就農。一畝の畑を耕し野菜を販売する傍ら、ライターとしても活動。「人」を通して物事を伝えることを心がけている。

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