日本有数の聖地!戸隠神社の五社巡りと宿坊体験で神聖なパワーを浴びる

2017.08.22

神話の時代からの聖地として知られ、全国から参拝者が訪れている長野県の「戸隠神社」。大自然の中での「五社巡り」は高い人気を集めています。宿坊に泊まり、名物のそばを楽しみながら、心身の疲れを癒すのもおすすめ。戸隠神社の意外な歴史やオツな楽しみ方をご紹介します。

古道歩きも楽しい戸隠神社の五社巡り

遠い神話の時代、「天岩戸(あまのいわと)」が飛んできて誕生したと伝わる戸隠山を中心に開山された戸隠神社。「天岩戸開きの神事」に功績のあった神々が御祭神として祀られている奥社・中社・宝光社・火之御子社(ひのみこしゃ)と、地主の農耕の神の九頭龍が祀られている九頭龍社の五社からなり、創建2000年余に及ぶ歴史を刻んでいます。
▲戸隠山が間近に迫る長野市戸隠。市内中心部から車で40分ほどの距離ながら、大自然が広がり、神聖な地ならではの厳粛な空気が漂う

そんな歴史ある戸隠神社を巡るのであれば、「ぜひ、古くから伝わる『戸隠古道』を歩いてほしい」と話すのは「戸隠登山ガイド組合」の事務局・秦孝之(はたたかゆき)さん。「戸隠古道」とは、林の中を縫うように戸隠神社各社をたどり、奥社まで続く道。ルートはいくつもあり、五社をすべて巡る「五社巡りコース」も整備されています。
▲戸隠登山ガイド組合の秦孝之さん。戸隠地区唯一のプロガイド集団で、12名の案内人が、山岳ガイドから戸隠古道ウォーク、神社巡り、野鳥観察など、さまざまなニーズに対応している(戸隠神社五社巡りはガイド1名・税込16,200円 ※予約制)
▲戸隠の観光案内所や主要な観光地・店舗では戸隠マップが入手可能

巡る順番としては「宝光社からスタートし、火之御子社、中社を経て、戸隠山を御神体とし、歴史としても古い奥社をゴールとするのがおすすめ」と秦さん(宝光社から奥社までは約6km)。この順番で巡れば、かつてふもとから奥社を目指した参拝者たちと同じルートをたどることができ、鳥居も正面からくぐることができます。
▲戸隠古道には109mおきに「丁石(ちょうせき)」とよばれる高さ40cmほどの石が建てられているので、数えながら進むのも楽しい

参拝の心得と「拓本集印」のススメ

では、五社巡りを始める前に、秦さんから参拝の注意点を。まず、戸隠古道は山道を歩くトレッキングであるため、トレッキングシューズを履くのがベター。天候によってはぬかるみもあるので、水が染み込まない防水機能のあるものを選びましょう。また、水筒や雨具(レインウェア)などの用意も必要で、高低差があるので、必要な方はウォーキング用のストック(杖)の準備もあるとよいとのこと。
▲各社の境内にある手水舍。柄杓を使って、手や口を洗い清める(手水の作法は、各手水舍に示されているのでご安心を)

神社に着いたら各社にある手水舍で手と口を水で洗って全身のけがれを落とし、社殿前では帽子やコートは脱いで(メガネは着けていてもOK)、二礼二拍一礼で参拝しましょう。
▲二礼二拍一礼のおじぎは深く。秦さん曰く、あらかじめ願い事を考えてくるとよいとのこと

なお、戸隠古道沿いの名所旧跡に設置された石柱には、それぞれの場所の歴史にまつわる図案が彫られており、鉛筆で図案をこする「拓本集印」をしながら古道を歩くのも楽しいそうです。
▲戸隠神社五社はもちろん、史跡や景勝地の目印として建てられている石柱。全30カ所あり、点在する石柱探しも楽しい
▲中社鳥居前にある戸隠観光情報センターでは「戸隠古道拓本集印帳」(鉛筆とセットで税込500円)を販売。中に詳しい地図や各地の歴史が綴られており、読み物としても楽しめる
▲図案に戸隠古道拓本集印帳を乗せ、上から鉛筆でこすると絵柄が浮かび上がる

宝光社から五社巡りスタート!

では、いざ、五社巡りへ。すると、早速の試練!宝光社前には270余段の石段が…。心が折れそうになりながらも、気合を入れてひたすら上ると、達成感とともに、かつては神社ではなく寺だった「神仏習合(しんぶつしゅうごう※)」時代の面影を残す荘厳な寺院建築の社殿が見えてきます。

※神仏習合とは…日本古来の神と仏教を結びつけた信仰のこと。寺院に神が祀られたり、神社に神宮寺が建てられたりした。明治維新により、神と仏、神社と寺院を明確に区別させる「神仏分離」が行われた。
▲汗だく必至の宝光社への急な石段。自信がない方は、遠回りながらも緩やかな坂道の「女坂」もある
▲美しい彫刻が施された宝光社。荘厳さから多くの信者の尊信を集めている

こちらの御祭神は「天表春命(あめのうわはるのみこと)」。開拓学問・技芸裁縫の神、安産の神、女性や子どもの守り神として御神徳があると言われています。

社殿西側には社務所があり、参拝した証として御朱印をいただいたり、お守りを購入することもできます。
▲五社各社の御朱印は宝光社・中社・奥社の三社でいただける(300円・御朱印帳がない場合は400円)
▲社務所ではさまざまなお守りも販売。写真は心願成就(左:800円)と運気向上・金運招福守(右:1,000円)のお守り

では、参拝を済ませたら、社殿の北側から続く「神道(かんみち)」を約800m歩いて火之御子社へ。
▲看板が目印の神道。ここにも拓本用の石柱を発見
▲火之御子社への中間あたりには「伏拝所(ふしおがみどころ)」とよばれる大きな杉が。かつてはこの場所から奥社を望むことができ、伏して拝む場所だったとか

宝光社から約10分で火之御子社に到着。天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸に隠れた時、その前で踊りを舞ったとされる「天鈿女命(あめのうずめのみこと)」を主祭神とし、舞楽芸能の神、縁結びの神、火防の神として尊崇されています。
▲五社の中で唯一、神仏習合の時代も神社だった火之御子社。御朱印や芸能にまつわる火之御子社のお守りは、宝光社か中社の社務所でいただける
▲境内には樹齢500年を超える「結びの杉(二本杉・夫婦杉)」が

火之神子社を参拝後は中社へ。林間の神道と、舗装路の表参道のどちらからもゆるやかな上り坂を進んで600mほどでたどり着けます。表参道には戸隠の伝統工芸品・根曲がり竹を使った竹細工店や、名物・戸隠そばの店がずらり。
▲中社や宝光社周辺の宿坊群を中心とした街並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている
▲大きな鳥居をくぐって中社へ
▲境内には、樹齢700年を超える御神木や、古来の御神木とされた樹齢800年を超える三本杉が(写真は三本杉のひとつで「い」の杉。ほかに「ろ」と「は」の杉もある)

中社の御祭神は「天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)」。天岩戸を開くきっかけを作った神で、学業成就や商売繁盛、開運、厄除、家内安全に御神徳があると言われています。
▲駐車場が近いため、車でのアクセスも便利な中社

実は仏教の一大聖地だった戸隠神社

ここで、戸隠神社の歴史をご紹介。紀元前210年からの伝統を刻む霊験あらたかな戸隠神社は、平安時代になると学問行者によって修験道の霊場として開かれました。開山当初は「戸隠山顕光寺」と称し、比叡山、高野山と並ぶ山岳修験者の聖地として「戸隠三千坊」と呼ばれるほど数多くの坊(僧侶の住居)が立ち並び、繁栄しました。
▲坊が集められ、杉並木が植樹された戸隠奥社の参道

江戸時代には徳川家から手厚い保護を受け、山中を門前町として整備。一般市民も集団での寺社参拝が許されるようになり、中社や宝光社の周辺には参拝者が宿泊するための「宿坊」も整えられました。
明治時代になると、神仏分離令によって寺から神社になりましたが、今でも往時の隆盛を残す遺跡や遺構がそこかしこに残っています。
▲御本社である奥社は、開運、心願成就、五穀豊熟、スポーツ必勝などの御神徳が広宣され、全国から多くの参拝者が登拝する

神秘的な樹齢400年の杉並木は最高のヒーリングスポット

それでは、中社から再び古道に戻り、「奥社道」と書かれた道標をたよりに、奥社と、隣接する九頭龍社へと向かいます。中社から奥社参道入り口までは約2km。一部舗装された道中は、さほど高低差もなく歩きやすい道です。
▲奥社参道は一般車両の進入は不可。ほかの三社は近くまでは車でのアクセスも可能だが、奥社と九頭龍社は徒歩のみでの参拝となる
▲奥社入り口の鳥居。馬を下りて歩くようにと「下馬碑(げばひ)」が立つ

この鳥居から社殿までは片道約2km。中間地点(約1km)の「随神門(ずいしんもん)」までは平坦な道が続きます。
▲自然林の大木が続く参道を進み、随神門へ
▲茅葺き屋根の随神門。かつて仁王像が祀られていた

随神門から先は約500mにわたる樹齢400年以上の杉並木が。両脇には平安期から明治時代まで続いた本院十二坊(僧房)の名残の石積みなどが残っており、壮大なスケールと神秘的な空気を感じます。
▲江戸時代に植えられた約200本のクマスギの並木。長野県の天然記念物に指定されている
▲しめ縄がかかった巨木もある
▲杉並木が終わると、次第に石段状の上り坂に

奥社到着はこの上ない達成感!伝統あるおみくじで吉凶も占う

500mほど坂を登ると、いよいよ奥社に到着です。まず手水舎が見え、その奥に奥社の社務所、さらにその奥に、九頭龍社と奥社の社殿が現れます。
▲地主神である「九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)」を御祭神とする九頭龍社

奥社から一段低い場所に位置する九頭龍社は五社の中で最古とされ、もともと地元の農耕の神が祀られていました。心願成就の御神徳が高く、特別な信仰を集め、古来、水の神や雨乞いの神、虫歯の神、縁結びの神として尊信されています。
▲こちらが奥社。戸隠神社御本社として全国各地から数多くの参拝者が訪れ、休日には行列になることも多い

九頭龍社の先にあるのが奥社。御祭神は、天照大神が天の岩屋に隠れた時、無双の神力で天岩戸を開いた「天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)」。その神様を戸隠山の麓に祀ったことが戸隠神社の始まりとされています。
▲奥社社殿の奥には戸隠山が迫る絶景

さて、奥社社務所でおみくじを引いてみることにしました(300円)。というのも、秦さんによると、戸隠神社は徳川家康の時代にはすでにおみくじが引かれていて、「やり方も面白い」とのこと。そこで、宝光社や中社の社務所では引かずに、最後のお楽しみとしてとっておいたのです!

神主さんに年齢(数え年)と性別を告げると、なんと、社務所奥で祝詞を読み上げてくれ、その後、おみくじが手渡される仕組み。さすが伝統の地だけあって、他の神社のおみくじの方法とは一風異なる趣があり、なんともご利益ありそうでした。
▲ちなみに、これは「大人用」のおみくじで、子ども用もあるのだとか

1日がかりで古道を辿った五社巡り。秦さんのおかげで戸隠神社の歴史や参拝の作法も学べ、心地よい疲れ以上に達成感と神聖な気持ちに包まれました。

せっかくなので、宿坊に泊まろう!

大自然の中に、歴史ある建物や史跡が溶け込んでいる戸隠。今回歩いた「五社巡りコース」以外にも、さまざまなルートが縦横に開かれています。
そこで「せっかくなので戸隠に泊まって、他のルートも自分なりに歩いて楽しんでほしい」と秦さん。今回は、中社社殿の最も近くに位置する「宿坊極意」に宿泊することにしました。
▲神仏習合の権現造(神社建築)を残す「宿坊極意」。軒先が深い「せがい造」の屋根が特徴的で、国の登録有形文化財と長野市の景観重要建造物に指定されている
▲宿坊ならではの落ち着いた室内。全8部屋あり、文化財の指定を受けた建物の造りと独特の雰囲気を楽しめる。最近は若い女性の一人旅も多いとか

迎えてくれたのは、聚長(しゅうちょう)の極意憲雄(ごくいのりお)さん。「聚長」とは代々戸隠神社に奉仕し、参拝者の祈祷や宿泊の取次ぎの役割を果たす神職のこと。御師(おし・おんし)や神主と同じ意味合いで、戸隠神社独特の呼び方です。全国の宿坊の多くの主人が住職なのに対し、戸隠は寺から神社になった歴史から、神職の資格をもつ聚長が主人。これは全国的に見ても大変珍しいことだそう。
▲神事の際の格衣(かくい)と烏帽子を付けた極意憲雄さん

各宿坊は、かつては仏様をお祀りしていましたが、現在は神殿を構えており、朝のお勤め(御祈祷)に参加できるところもあります。宿坊極意でも毎朝、朝食前に15分ほどの朝のお勤めを行っており、宿泊者の参加が可能。自由参加ながら、凜とした朝の空気の中で自分を見つめ直すことができるのでおすすめです。
▲太鼓を鳴らし、祝詞を上げる朝のお勤め
▲座って礼をする場合は、手を膝の上に置くのではなく畳に付き、親指と人差し指で三角を作った中に額を入れるように腰を90度に曲げるのが正しい方法なのだそう
▲終了後は戸隠神社の歴史や参拝の作法、古来の作法などを聞くことができる

そして、戸隠の宿坊の何よりの特徴は、いかにも戸隠らしくそば打ち名人の主人が多いこと。もともと戸隠そばは、戸隠神社の参拝者のハレの日の食事として宿坊で提供されていた歴史があり、各宿坊で打ったそばが食べられるのです。
▲宿坊極意ではそば処「徳善院蕎麦 極意」も併設しており、宿泊者以外もそば料理を楽しむことができる。写真は要予約の「華の膳」(税込2,160円)
▲宿坊極意のフロント機能も備えた徳善院蕎麦極意。宿泊者も朝食はこちらでいただく
おいしいそばに舌鼓を打ち、自然の中で気持ちをリフレッシュ。宿坊に泊まれば、ゆっくり過ごすだけで心が癒され、自分自身を見つめ直すこともできます。宿泊して、早朝や夕方の五社参拝をするのもおすすめ。そんな、くつろぎと神聖なパワーを感じる戸隠の旅に出かけませんか。
島田浩美

島田浩美

編集者/ライター/書店員。長野県出身・在住。信州大学卒業後、2年間の海外放浪生活を送り、帰国後、地元出版社の勤務を経て、同僚デザイナーとともに長野市に「旅とアート」がテーマの書店「ch.books(チャンネルブックス)」をオープン。趣味は山登り、特技はマラソン。体力には自信あり。(編集/株式会社くらしさ)

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

こちらもおすすめ

もっと見る
PAGE TOP