信長も見た360度の絶景に感動!「国宝・犬山城」をガイドと巡ったら、想像以上に面白かった!

2017.11.12

全国に5つある国宝のお城のひとつ「犬山城」は、日本最古と言われる天守の美しさや佇まいから観光地として大人気です。今回は犬山城の徒歩圏内にある国宝の茶室「如庵(じょあん)」とともにガイドさんに案内してもらいました。

木曽川沿いの山の上に立つ、戦国時代から残る名城!

日本に現存する12の天守のひとつでもある「犬山城」は、天文6(1537)年に織田信長の叔父にあたる織田信康が築いたと言われています。その後、信長の時代には川向かいの美濃を攻めるための最前線だったそうです。
▲犬山遊園駅から徒歩すぐの犬山橋から見える犬山城。別名「白帝城」は、川沿いに立つ城の佇まいを、江戸時代の儒者・荻生徂徠(おぎゅうそらい)が李白の詩にちなみ名付けたそう
また信長が倒れた後は「小牧・長久手の戦い」の際に秀吉が入城するなど、築城からの約80年間は多くの戦国武将が入れ替わり城主を務めたそうです。
▲航空写真だと山の上にあるのがよく分かります[写真提供:(一社)犬山市観光協会]

ちなみに地元の人や城好きの間では有名な話ですが、犬山城は平成16(2004)年まで日本で唯一の個人(成瀬家)所有のお城でした。つい最近まで本物の城主がいたなんて驚きです!

名古屋鉄道犬山線で、名古屋から約30分の犬山遊園駅下車、徒歩約15分。犬山城の登城口に到着です。
歴史に疎い筆者は、国宝・犬山城をしっかり楽しむべくボランティアガイドさんに案内をお願いしました(要事前予約、ガイド1名につき交通費1,000円・税込)。この日は、ガイドを始めて15年以上というベテランの森島静子さん。犬山城下の中本町で生まれ育った犬山っ子です。
天守へと続く石畳の大手道を歩きながら、森島さんのガイドが始まります。
「今いるこの場所も昔はお城の一部でした。左側は空堀の跡です。今はありませんがこの大手道の周囲には門や櫓があり、守りを固めていたんです。ほら、最初のみどころはここです!」
▲筆者的には何の変哲もない石垣にしか見えませんが……

「犬山城のこの辺りの石垣は、戦国時代に主流だった“野面(のづら)積み”という自然石を加工せずにそのまま積む方法です。石と石の隙間が多いので雨水を石垣内に溜めることなく外に流せるので丈夫なんです」と森島さん。
「ほら、こっちの角の積み方は“算木(さんぎ)積み”です。地震で一部が崩れた熊本城でもこの積み方の石垣の堅固さがニュースになりましたね」
ただの石垣にも歴史あり!です。
▲紅葉の季節の大手道[写真提供:(一社)犬山市観光協会]
大手道を登り切ると天守への入口、鉄門(くろがねもん)に到着です。ここで入場チケットを購入します。通常は大人550円(税込)ですが、この日は「日本庭園 有楽苑(うらくえん)」にあるもう一つの国宝「如庵」も見学できるセット券1,300円(税込)で入場しました。

「私が子供の頃はこの門もなくて、自由に行き来して遊んでましたね」という森島さんの言葉に古き良き昭和を感じます。

季節ごとに美しい犬山城天守。その内部と眺望は……

さて門をくぐると、天守が目の前!森島さんによるとここは、ほぼ全ての観光客が撮影する人気スポットということで、早速筆者も撮りました。
▲紅葉に映える犬山城[写真提供:(一社)犬山市観光協会]
▲桜の季節の犬山城も美しい![写真提供:(一社)犬山市観光協会]

ここで簡単に犬山城の歴史を森島さんに教えてもらいました。

「犬山城は元和3(1617)年に尾張徳川家の付家老・成瀬正成が城主となり成瀬家が代々受け継いできました。明治維新で廃城の危機に陥りましたが、幸いにも国の管轄となり、天守以外の門はお寺などに買い取られました。
そして明治24(1891)年の濃尾大地震で天守が半壊。その後、明治28(1895)年に修理を条件として再び成瀬家に譲与されました。犬山城が廃城を免れたのはとても幸運だったと私は思います」

貴重な天守への期待がますます高まります!
天守のすぐ隣には犬山城のご神木「大杉様」があります。築城以前からあり、天守より大きかったと言われる巨木です。伊勢湾台風やお城の解体修理などの影響もあって、昭和40(1965)年に枯れてしまった後、祀られるようになったそうです。
そしてまたまた石垣です。
「この石は、この辺りで採れるチャートという硬い堆積岩。石垣にチャートを使っているのは珍しいんですよ」と森島さん。
いよいよ天守に入ります。天守は、地上4階、地下2階(石垣内部)、高さ19mの建物です。入口で靴を脱ぎ、地下2階部分にあたる場所から最上階を目指します。

それにしても狭い入口と急な階段!実用性を重んじたであろう戦国時代を感じさせます。女性はミニスカートでの入城を避けた方が安全です。
▲筆者と比べると梁の太さが際立ちます!

まずは地下1階部分です。
「この太い梁と石垣が400年以上天守を支えてきたんです。当時は鉋(かんな)がなく、釿(ちょうな)と呼ばれる大工道具で削っていたので、木材の処理が無骨なんです。上の階に行くと仕上げの違いが分かりますよ」と森島さんの案内に、先に向かうのが楽しみになります。
▲この日は平日で空いてましたが、観光シーズンの土日は階段を登る際も列になるそうです
1階は「納戸の間」です。中央が4室に区画されていて、その周囲を「武者走り」と呼ばれる廊下が取り囲んでいます。筆者の立っているところが武者走りです。
▲武者走りには甲冑や手紙、屏風などの戦国時代を感じさせる展示物があります
ところで、2017年7月にあった「犬山城の天守閣の鯱(しゃちほこ)に雷が落ちて半壊!」というニュースはご存知でしょうか。
当時、尾張の民である筆者は“城は大丈夫か!?”と心配したものでしたが、ここにその当事者である鯱が展示されていました。尾びれが欠けて痛々しい姿です。ただ雷による破損はこの鯱の尾びれのみのようで、まさに身を挺して城を守ったと言えます。
▲1階の北西部分にある「石落としの間」。その名の通り、ここから敵に石を落としたそうです
武者走りに囲まれた真ん中にあるのが、城主が客人などと接見したという「上段の間」です。その上段の間の背後、写真右手奥にある木戸の向こう側に城主を守る護衛の武士が隠れていた部屋「武者かくしの間」があります。意外に小さい木戸だったので大柄の武士にはキツかったでしょうね。
▲武者走りをぐるっとひと回りした後、2階部分に向かいます
2階は「武具の間」。中央の部屋に武具を置く棚がありました。といっても実際に武具があるわけではなく、この日は犬山城の古い写真が展示してありました。

筆者的には、この1、2階のある意味で愛想のない合理的な造りに、剣道場などの武道場をイメージさせられました。想像力が豊かな人なら、部屋の周囲の棚に置かれた甲冑や槍や弓矢を取り武者走りを駆けていく武士の姿を想像できるのでは?
▲3階への階段の途中から武具の間を見たところ。広くて天井が高いのが伝わるでしょうか
さて3階は「破風の間」と呼ばれ、創建当初は2階の屋根裏だったそうで、天井が低く何もない空間です。
と、ここで森島さん。
「梁を見てください。地下のものと比べると仕上げがキレイだと思いませんか?ここは鉋で削ったんですね」
確かにキレイです!無骨な印象はなく洗練された美しさを感じます。

ちなみに写真の左側に写っている窓のような部分、天井側がアーチ状の唐破風になっているのも特徴で、城を正面から見た時のアーチ状になっている3階の屋根の裏側にあたります。
いよいよ最上階「高欄の間」です。ここは戦国時代の見張り台&司令塔だったそうですが、印象的なのは何と言っても赤い絨毯!全国に数あるお城の中でもこんな絨毯が敷いてあるのは犬山城だけとか……。
▲壁の上部には初代・成瀬正成から続く歴代城主の絵がかけられています
▲9代目からは写真です。ちなみに最後の城主となった12代城主・成瀬正俊氏の写真(一番左)は篠山紀信さんが撮ったものだそうです
そしてお待ちかねの眺望を楽しみます!手すりは建てられた当時と同じ高さで案外低いので要注意です。信長を始めとした多くの武将たちがこの景色を眺めていたかと思うと感慨深い……。
▲まずは南側の景色。近くには犬山城下町。遠くに小牧城や名古屋のテレビ塔、名古屋駅の高層ビル群が見えます
▲アップにしてみると名古屋駅の高層ビル群の手前に小牧山と小牧山城があるのが分かります
▲続けて西側。木曽川にかかるライン大橋とその向こうに伊木山(いぎやま)が見えます。戦国時代には伊木山に山城があったそうです。目の前に敵がいたら夜もおちおち寝られないと思うのは筆者だけでしょうか……
▲そして北側。北西方向に岐阜城が見えるそうです。視力の悪い筆者には見えませんでした……。この日は穏やかな木曽川がキレイでした
▲東側には、写真では分かりづらいですが、日本モンキーパークの観覧車や犬山橋が見えます。これは筆者にも見えました!天気が良ければ遠くの御嶽山も見えるようです
▲景色を眺めていて、屋根の上に桃の形をした瓦を発見!森島さんに聞いたところ、長寿と魔除けの文様として使われているそうです

以前に訪れた名古屋城と比べると小ぢんまりとしている犬山城ですが、歴史や見どころは勝るとも劣らず!森島さんの話も書き切れないほどあって面白かったです。

犬山城から見えた城下町に足を延ばします!

国宝・犬山城を満喫した後は、森島さんに連れられ、まずはお城の敷地内にある「三光稲荷(さんこういなり)神社」に立ち寄りました。
ここは犬山城主・成瀬家歴代の守護神でもあった歴史ある神社。ここの銭洗い池でお金を洗うと何倍にもなって返ってくるということで、少し前のテレビドラマ「半沢直樹」が流行った頃は倍返し神社と呼ばれて行列ができていたようです。

最近ではハート型のピンクの絵馬(500円)が大人気。この日も筆者の目の前でたくさんの女子やカップルが絵馬をかけていました。
▲めっちゃインスタ映えしそうな絵馬です!筆者は既婚者なので遠慮しました
▲ハートの絵馬の代わりに、銭洗い稲荷神社で500円玉を洗って祈願!倍になっても1,000円ですが……

城下町でブラっと食べ歩き。犬山名物串キングを堪能!

犬山城の階段の上り下りでお腹が空いた筆者は森島さんにお願いして城下町で食べ歩きです。まずやってきたのは犬山城から徒歩5分ほどの「山田五平餅店」(11:00~17:00営業、月曜定休・祝日は営業)。
犬山市では毎年「犬山串キング決定戦」を行っており、その初代串キングに選ばれたのがここの「だんご型五平餅」(1本100円・税込)です。
▲くるみとピーナッツの香りがよく、ゴマと甘いタレが絶妙。もう1本食べたくなる小ぶりのサイズ感もいい!筆者は1本では物足りず2本食べました!
続いて「山田五平餅店」の目の前にある「香味茶寮 壽俵屋(じゅひょうや) 犬山井上邸」(10:00~17:00営業、無休)。ここは守口漬で有名な壽俵屋が営む食事処です。筆者が食べ歩きに選んだのは第7回&12回串キングに選ばれた「醤油おこげ串」(160円・税込)です。
醤油おこげ串は、焼きおにぎりと守口漬と奈良漬による串だんごスタイル。運がいいと上の写真のようにハート形の焼きおにぎりのことも!冷めても美味しいのでお土産にもよく、オススメです。
ちなみに「醤油おこげ串with明太マヨネーズ」(270円・税込)もあったので次回チャレンジします!
どうせなら他の串キングも食べたい!ということで、城下町の中ほどに2016年にオープンした「犬山 森のマルシェ」という複合施設に来ました。ここでは入口にある「うし若丸」(10:00~17:30営業、水曜定休)の「飛騨牛串焼」(500円・税込)を注文。第6回串キングです!
▲名前通り、飛騨牛を使った串焼き。塩と胡椒のシンプルな味つけで肉好きにはたまらないはず!筆者はついビールを追加オーダーしました……
そしてこの日の最後に食べた串は、ガイドの森島さんも小さい頃から知っていると言う、明治創業の老舗でんがく専門店「松野屋」(11:00~19:00営業、木曜定休・祝日は営業)のでんがくです。
犬山城下町では明治時代からでんがくがおもてなし料理だったそうで、でんがくは犬山の名物グルメです。場所は犬山城からは徒歩15分ほど。
8本620円(税込)のでんがくのみのメニューでもよかったのですが、一番人気と聞いた「でんがく定食」を注文!菜めしと吸い物がつき1,150円(税込)。香ばしい味噌の香りが食欲をそそる豆腐でんがくは、懐かしくて安心する味でした。

もうひとつの国宝・茶室「如庵」で食後の散策

お腹も膨れたところで、散策がてら犬山城から徒歩5分ほどの名鉄犬山ホテルの敷地内にある「日本庭園 有楽苑」に向かいます。
有楽苑は、信長の実弟・織田有楽斎が京都の建仁寺に建てた茶室「如庵」や有楽斎の隠居所だった「旧正伝院書院」を移築した庭園です。

如庵は現存する国宝の茶室3名席のひとつ、旧正伝院書院は重要文化財に指定されています。
▲鳥や虫の声、木々が風に揺れる音など、自然の音に包まれる癒しの空間。手入れされた庭園はどこを切り取っても絵になります
▲有楽斎が大阪・天満に構えた茶室を古図をもとに復元した「元庵」。抹茶(600円・税込)も楽しめます

ゆったりとした時間を感じられる日本庭園を楽しみながら、有楽苑についてのガイドを聞きます。
「もともと京都にあった如庵は、明治41(1908)年に三井家のものになり、東京の三井本邸まで車で運ばれました。その後に神奈川県中郡大磯の別荘に移築。昭和45(1970)年に名古屋鉄道の所有となり、昭和47(1972)年にここに移築されました。
この有楽苑には有楽斎ゆかりの建物以外にも歴史ある建造物が数多く移築されています」
さて、お目当ての如庵です。普段は内部非公開のためこの日も外観しか見られませんでしたが、空いていた窓から中を覗くことができました。
「腰壁の部分に古い暦が貼ってあるんですよ。竹を使った窓や明り取りの天窓も見えますか?」と森島さん。
言われないと気が付きませんでしたが、至るところに工夫のある造りです。毎月1回一般公開されているので、機会があればぜひまた来てみたいなと思いました。
▲如庵の庭には、加藤清正の朝鮮土産と言われる天然石があります。「釜山海」の銘が彫られています
今回初めて訪れてみて、犬山城と如庵は歴史があるだけありエピソードが満載でした。それに森島さんに連れられて行ったものの書き切れなかった、ユネスコ無形文化遺産に登録された犬山祭を体感できる「どんでん館」や「旧磯部家住宅」、昔のまま残る町割りなども見どころです。
▲かまぼこ状に丸みを帯びた屋根が特長の「旧磯部家住宅」
さらに歴史体験だけでなく、以前に取材した「昭和横丁」や串グルメも充実しており、食べ歩きの満足度も抜群です!そう考えると犬山は、派手さはないですが何度も行きたくなるスルメのような観光地だと思います。

犬山の近隣都市に住む筆者もリピートしたくなるほどなので、旅行者の方なら一度はぜひ訪れてもらいたいです!
▲壽俵屋 犬山井上邸前にある醤油おこげ串の巨大オブジェ(左)とギネスサイズ(長さ)の守口大根のレプリカ(右)
澤井敏夫

澤井敏夫

愛知県・清須市在住のライター。情報誌の編集制作、音楽事務所でのマネジメント業務を経て独立。読書と落語鑑賞とヨガが趣味。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。
PAGE TOP