800年以上の歴史を持つ越前「墨流し」体験で、世界でたった一つの模様を生み出す!

2017.10.06

福井県の越前和紙は全国の数ある和紙の産地のなかでも、1500年以上の歴史を持ちます。「墨流し」は、水面に墨や染料で描いた繊細な模様を和紙に写し取る技法で、国内外問わず多くの人を魅了しています。今回は越前和紙の産地で、県内唯一である墨流しの伝統工芸士の方に手ほどきを受けられると聞き、行ってきました。

▲独特の模様は変幻自在!

同じものは二つとつくれない幻想的な波紋

やってきたのは福井県越前市。北陸自動車道・武生(たけふ)ICから車で10分ほど東に向かうと、昔から数多くの製紙所が立ち並ぶ越前和紙の産地に到着します。
越前和紙を使った墨流しは、なんと平安時代から続いている伝統技法の一つ。当時は「宮廷遊び」として川の水面に落とした墨の模様の変化を楽しんでいたそうです。雅ですなぁ。

今回は1000年以上続く技に挑戦するべく、さまざまな体験プランを主催する「ロハス越前」の「墨流し体験プラン」(1名1,000円 ※2名から受付)に申し込んでみました。
お邪魔したのは、県内における墨流しの第一人者として福井県指定無形文化財に認定されている伝統工芸士、福田忠雄さんの工房です。
▲福田さんの自宅隣りが墨流しの工房になっています

「おじゃましま~す」
と恐る恐る中に入ると、出迎えてくださったこの方が福田さん。なんと2017年現在で御年91歳だそうです。
▲「90超えたら自分の歳なんて数えてないわい」と陽気な福田さん。今日はよろしくお願いします!

墨流しは、水面に染料を同心円状に何重にも浮かべ、息を吹きかけたり扇子であおいだりすることで模様が崩れ、複雑で繊細な縞模様をつくります。江戸時代になると、できた模様に和紙をかぶせて模様を写しとるようになり、今では着物で使われる絹などにも写しとられるようになりました。

まずは墨流しの下準備から。5cmほどの浅い水槽に水を張っていきます。細かな塵を取り、波が立たないよう細長い板を使って水面をならしていきます。
▲墨流しには近くを流れる岡本川から汲み上げた水を使用。澄んだ川の水は染料との相性が良いのだとか

墨流しに使われる染料は墨のほか、紅、橙、緑、藍、紫など。代々福田家に伝わるもので、その配合は公開されていません。
「まずはやってみよかの~」と絵筆を取る福田さん。早速、その技を見せていただくことにしました。
使用する筆は、染料をつけるものと、染料を広げるために松脂(まつやに)をひたすものの2種類。墨、紅、藍等の染料をそれぞれ含ませた染料用の筆と、油(松脂)を浸した筆を両手に持ちます。

はじめに染料のついた筆先を水槽中央部分の水面につけて染料を浮かべます。
▲コツは筆をつけすぎないこと

その中心に素早く松脂の筆をつけると、染料が円形にふわっと広がります。
▲お!一瞬にして円が広がりました!

この手順をいろんな染料を使って交互に繰り返すことで、同心円状の模様が水面に出来上がります。松脂の筆を長く水面につけると円の線は細くなり、すぐに引き上げると円の線は太くなります。線の太さを微妙に変えながら、何重もの波紋を描いていきます。
▲福田さんの美しい技に、思わず見とれてしまいます

墨流しは時間との勝負。15分ほどで染料が沈んでしまうため、手早く模様をつくらなければなりません。福田さんの場合は右手に松脂の筆、左手にはなんと3色の染料がついた筆を駆使し、くるくる筆を回すように色を変えながら次々と波紋を描いていきます。
▲筆を使い分けても決して中心の点はブレることがありません
▲100層ほどの波紋をつくると、美しい模様が浮かび上がりました

模様が水槽いっぱいに広がったところで筆を置く福田さん。今度はおもむろに水槽に息を吹きかけて模様を崩し、複雑な縞模様に仕上げていきます。
▲水槽の中心から隅々に行き渡らせるよう息を吹きかけるのがコツ

さらに取り出したのは扇子。福田さんが長年使い込んだ扇子は、適度に風を送れるようになっていて、独特の風合いがある模様に変えていくそうです。
▲この扇子が一番使いやすいとのこと

こちらが福田さんの模様。美しいです。太い線と細い線がグラデーションを作っていて、木の年輪のような味わいがあります
▲水面にできた模様とは思えないほどの鮮やかさ

さぁ、ここからは私の番です。

「墨流しは手先の仕事やで、一人一人出来上がりは違うんやわ。器用か不器用も見たらいっぺんでわかるでの。いい腕を見せてもらわにゃ」と笑う福田さん。

うう、プレッシャーだと思うのは私だけでしょうか……。

恐る恐る染料のついた筆と松脂のついた筆をちょん、ちょんと交互にのせていきます。
▲お、序盤はいい感じ

と思った矢先、筆を水槽につけすぎて藍の染料が沈んでしまいました。あぁ……どうなる私!?
▲中心に藍の染料が沈んでしまいました。動揺が止まりません
▲慌てふためく私の様子を不安げに見つめる福田さん

なんとか挽回しようと再び模様をつけていくと、次第にリズミカルに描けるようになってきました。
▲それでもまだもやもやと歪んだ円でしたが……
▲次第にきれいな層になってきました!

「中心に墨を入れると全体が引き締まるでの」
と、ここまでじっと見守ってくださっていた福田さんが最後に少し手を加えてくださり、模様つけは終了。
息を吹きかけ模様に動きをつけていきます。
▲均等に息を吹きかけようとするのですが、これが案外難しい

模様が決まったところで、専用の「鳥の子(とりのこ)紙」を水面にかぶせて模様を写し取ります。この作業は福田さんにお任せです!鳥の子紙とは、雁皮(がんぴ)という植物の樹皮を使って漉いた紙のこと。このあたりは室町時代から越前和紙のなかでも鳥の子紙の名産地として知られており、その引き締まった紙質と耐久性の高さから「紙の王」とも呼ばれています。

福田さんはこの鳥の子紙もご自分で漉いています。墨流しで重要なのは、実はこの紙。生み出した模様をきれいに写しとるためにさまざまな工夫を施しており、門外不出。福田家では代々一子相伝でその技術を伝えているそうです。
▲「自分の漉いた紙じゃないとうまく染料が乗らないんや」と福田さん

そうっと水面に紙を乗せて引き上げると、水面の模様がそのまま和紙に写りました。
▲すごい!こんなにもくっきりと写るんですね!

【ここまでの工程をまとめた動画がこちらです!】

写し取った紙は隣の部屋へ。大きな鉄板のようなものに貼りつけて乾かしてもらいます。
▲熱を加えて水分を飛ばします。福田さんの奥様に丁寧にシワを伸ばしていただきました

墨流しの技術は海外からも引っ張りだこ!

代々、紙漉きを続けてきた福田家。福田さんは現在13代目で中学校を卒業した15歳のときに家業に入り、紙を漉き始めました。平成12(2000)年に福田さんが福井県の無形文化財に指定されたことをきっかけに、墨流しは大きな注目を集めるようになり、国内はもちろん、海外でもその技を披露する機会が増えたといいます。
▲「国内はもう2回りほどしたのう。海外に行く時も、この道具を全部抱えて回ったんやで」と福田さん

工房にいるときも来客が絶えないそう。墨流しの技を体験できるのは世界でもここだけ!ということで、福田さんの工房には、国内はもちろん、海外からも毎日のように多くの方が訪れるそうです。
▲福田さんの工房に所狭しと飾られている賞状や写真。なかには現在の天皇皇后両陛下が来訪された時の写真も
▲海外の旅行客も福田さんの技を見て感銘を受けるのだそう

と言っている間に、私のつくった墨流しの和紙が出来上がりました!
我ながらいい出来ばえです!
▲「ええのができたの~」と福田さんにも褒めていただきました。やった!
できた和紙は持ち帰って飾るもよし、和紙を使って何かをつくるのもよし。ちなみに、墨流し体験の後、希望者はロハス越前に移動してこんな美しい紙バッグをつくることもできます(別途、指導料・材料費500円必要)。
▲持ち手部分は墨流しの和紙をこよりにしたものを使っています
▲工房には、福田さんがつくったこんな素敵な墨流しの名刺入れも(各864円)

自分だけの模様の和紙が完成し、大満足!私はこれでブックカバーを作りたいと思います。
福田さん、素敵な体験をありがとうございました!

和紙の産地をぶらりまち歩き

福田さんの工房をあとにして、ここからは付近を散策してみましょう。
越前和紙の産地である越前市大滝町・岩本町・定友(さだとも)町・不老(おいず)町・新在家(しんざいけ)町は五箇(ごか)地区と呼ばれており、今も昔ながらのたたずまいを見ることができます。
▲古くから和紙づくりに欠かせないきれいな水が流れている岡本川

50以上もの和紙業者が軒を並べており、手漉きで和紙をつくる職人たちも健在です。
▲このときは特別に人間国宝・岩野市兵衛さんの自宅工房にて、紙漉きを見学させていただきました。一般の人はなかなか立ち入ることができない大変貴重な機会でした

越前和紙の原料は植物の皮である楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮など。職人によってその技法は異なり、それぞれに特徴のある和紙を生み出しています。
▲市兵衛さんの和紙は楮のみを使った大変手間のかかったもの。一枚一枚丁寧に漉き上げる様子は圧巻です

五箇地区の街並みの道をさらに進んでいくと、樹齢の大きな杉が立ち並ぶ大きな神社が見えてきます。
厳格な雰囲気の漂うこの神社は、「岡太(おかもと)神社・大瀧神社」。約1500年前にこの地に紙漉きの技を伝えたとされる美しいお姫様、川上御前が「紙祖神(しそじん)」として祀られています。
▲まるで龍が口を開けたかのような姿は迫力満点
▲拝殿の細かな細工は永平寺の宮大工によって彫られたもの

毎年5月3~5日と10月11~13日に行われる神社の祭礼では、普段は神社裏手の権現山(ごんげんさん)の頂上に祀られている川上御前をふもとにお迎えする神事が行われ、大変盛り上がるそうです。和紙職人たちが住む五箇地区を、御神体を乗せた神輿が回る様子は必見とのこと。2018年はなんと1300年を迎える節目ということで、さらなる盛り上がりが期待されています。(2018年の大祭は5月2日~5月5日に開催予定)
見どころがたくさんある越前和紙の産地。歴史や職人たちにふれながら、伝統技法を体験すると、旅が一層楽しくなるはずですよ。

※記事内の料金・価格はすべて税込です
石原藍

石原藍

ローカルライター。 大阪、東京、名古屋と都市部での暮らしを経て、現在は縁もゆかりもない「福井」での生活を満喫中。「興味のあることは何でもやり、面白そうな人にはどこにでも会いに行く」をモットーに、自然にやさしく、心地よい生き方、働き方を模索しています。趣味はキャンプと切り絵と古民家観察。

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