京都の隠れ里、大原・三千院。苔むす庭に日常を忘れる

2017.10.31 更新

古寺名刹が多く、世界中からたくさんの人々が癒しを求めて訪れる京都。そんな京のまちに住む”都人(みやこびと)“たちが、平安の昔から心安らぐ地として愛してきたのが大原の地です。なかでも「三千院」は、山里の澄んだ空気のなかで、心静かに美しい庭を眺めることができます。

国宝や庭など、見どころが多い門跡寺院

JR京都駅から車で北東へ向かうことおよそ30分。「三千院」があることで知られる大原は、通り過ぎてきた市街の喧騒が嘘だったかのように静かな山々に囲まれています。古くから貴族や修行者の隠棲の地として知られ、たくさんの歌にも詠まれてきた山里です。
▲石段を上がり、御殿門をくぐって参拝受付へ

大原は「声明(しょうみょう)」と呼ばれる仏教音楽の発祥の地。そのなかで三千院は大原の里を望む高台にあり、代々皇子・皇族が住職を勤めてきた天台宗の門跡寺院です。創建は8世紀、最澄が比叡山延暦寺を造営する際に建てた庵が起こりとされています。

本尊は、最澄作と伝わる「薬師瑠璃光如来」。その秘仏が鎮座する宸殿(しんでん)は声明をいまに伝える道場です。
▲境内には四季折々に美しい庭園が広がる。写真は「有清園(ゆうせいえん)」の奥に見える宸殿

御殿門から一歩足を踏み入れると、境内は山の傾斜を巧みに取り入れた段状になっていて、杉木立や苔の緑のなかに、お堂が点在しています。

境内は御殿門を入ってすぐの客殿から「聚碧園(しゅうへきえん)」、「宸殿」、「有清園」、「往生極楽院」、そして山手の「金色不動堂」、「観音堂」へと進み、「円融蔵」を通って再び客殿へ戻る順路となっています。とくに聚碧園・有清園は四季折々に見ごたえのある名庭として知られており、春に山吹、初夏の紫陽花、秋の紅葉から冬の雪景色まで、いつ訪れても心奪われるような美しい風情を見ることができます。
▲往生極楽院の奥の庭にひっそり佇む「わらべ地蔵」(杉村孝氏作)は思わずカメラを向けたくなる
▲苔むす庭のそこかしこにお地蔵様の静かなお顔が。お気に入りを見つけてみて

ひと筆ごとに、心鎮まる穏やかな時間

三千院で心静かなひとときを過ごすなら、写経がおすすめです。般若心経一巻の写経で、所要時間はおよそ1時間。奉納料は志納で1,000円~が目安です。最近は若い方も増えていて、なかには小学生のお子さん、お孫さんと体験する家族連れも多いのだとか。
▲写経の手順などは、わかりやすい解説付き

写経する場合は拝観受付で申し込み、客殿のなかにある写経所で行います。休日ともなるとたくさんの方が体験されるそうですが、私がうかがったのは平日だったためか、ずらりと並んだ机には人もまばらでとても静かでした。とくに空気の澄んだ朝一番がおすすめだそうです。

写経とは自分自身の修行というのはもちろん、印刷技術のなかった時代には仏教の教えを伝え残していくための大切な手段でもありました。ですから、写経はとても功徳のある行いとして位置づけられているのだそうです。写経体験でも、書き写したお経は持ち帰らず、ご本尊の前にお供えします。
▲奉納料と引き換えに授与された写経用紙と奉納経朱印授与引換券。筆はお借りします

筆できちんと文字を書くなんて「小学校のお習字以来かも……」と、若干不安に思っていましたが、筆のほかに筆ペンも用意されていてひと安心。なかには“my筆”を持参される方もいるそうです。
写経用紙は薄い和紙で、手本の台紙の上においてなぞって書いていきます。手本を横に置いて見ながら書き写してもかまいません。字の美しさに自信がない私は、有無も言わせずなぞるほうを選びました…。

慣れない筆と、難しい経典の文字の並びに、最初は字のくずれや書き損じなどに気をとられていましたが、ひと筆、またひと筆と書き進めていくと、そのリズムに引き込まれるように集中している自分がいました。
▲一心に集中しているのに、どこか心が穏やかになり、リラックスしていく不思議な感覚です

お経のあとに、「家内安全」や「世界平和」など、祈願したいことと、日付、名前を書き入れて完成。

書き終えた用紙は、机の正面に据えられた三方にお供えし、再び合掌。のちほどお寺の方の手でご本尊に奉納されます。
また、自分で書いたものを奉納して手元に残らないのはさみしいかも……という人は、手本の台紙は持ち帰ることができるので、半紙などを使って再度挑戦してみるのもいいかもしれません。

写経のあとの穏やかな気分で境内を参拝

写経を終え、穏やかな心身を取り戻したところで、境内をゆっくり参拝してみました。境内をぐるりとめぐる所要時間はおよそ30~40分。ちなみに、国宝や収蔵庫をじっくり見学したい人は1時間以上たっぷり時間をとってみたほうがいいですよ。
▲客殿から望む池泉鑑賞式庭園・聚碧園

写経所を出て、客殿のなかを順路に沿って進むと、縁先の向こうに見えてくるのが聚碧園。江戸時代の茶人・金森宗和(かなもりそうわ)が修築したと伝えられる名庭です。ここでは縁先や座敷に腰を下ろしてゆっくり庭の景色を楽しんでいる人がたくさんいました。
▲お茶も楽しめます。薄茶とお菓子のセットで500円
▲庭を眺めながらの一服はまた格別

客殿はご本尊のある宸殿に続いていて、お参りしたあと順路は宸殿を降りて池泉回遊式の有清園へ進みます。
▲宸殿から有清園を抜けると、向こうに見えてくるのが往生極楽院

往生極楽院のなかに座しておられるは、国宝の「阿弥陀三尊像」。仏様はお堂に比べてとても大きいため、納めるために天井を船底型に折り上げてあるのだとか。仏様のお顔はお堂の前から見上げるようにして拝見します。
また、極楽院という名の通り、天井には極楽浄土に舞う天女や諸菩薩の姿が極彩色で描かれていています。収蔵庫「円融蔵」に復元模写されたものがあり、そちらで詳しく観ることができます。
▲往生極楽院の脇に流れる「細波の滝」

往生極楽院のそばに立っていると、どこからともなく水の流れる音が。木立の奥から苔むす山肌を伝い、細く糸を引いたように流れるのは「細波の滝」。この絶えることのない流れが、有清園のみずみずしい美しさを作りだしています。
▲木立のなかに建つ往生極楽院を正面から

天を突くように立ち並ぶ木々と、その根元に広がる緑の絨毯。木の根や岩の隆起にそって広がる苔は、ときに波にうねる海原のようにも思えて、いつまでも見つめていたくなります。
▲苔の庭の表情を刻一刻と変えていく木漏れ日

往生極楽院から石段を登ったところにあるのが「金色不動堂」。
ここから伸びる500mの遊歩道には、初夏になると約3,000本の紫陽花が咲き誇ります。
▲紫陽花苑に囲まれるように建つ金色不動堂
▲6月中旬から7月中旬が紫陽花の見ごろ(写真提供:三千院)
不動堂の上にある観音堂には、身の丈3mの観音様が納められています。また、観音堂のそばにあるのは「慈眼の庭」。観音様が降り立つとされる浄土の地「補陀落山(ふだらくさん)」を再現した庭園です。
▲観音堂の横にある「慈眼の庭」

山を降りてきたところにあるのが、順路の最後となる「円融蔵」。収蔵品が展示されているほか、お守りなどの授与品やお土産が並んでいます。
▲順路の最後に位置する円融蔵

写経の際に授与された「奉納経朱印授与引換券」をここで提示すると御朱印がいただけます。いま、お寺巡りを楽しむ人の間でブームとなっている「御朱印集め」ですが、そもそもは写経を奉納した証として授けていただけるものなんだそうです。つまり今回は本来の手順を踏んで授与していただくということ。
▲目の前で書いていただける御朱印(写真提供:三千院)

一枚ものの紙に書いていただくこともできますが、せっかくなのでこの機会に御朱印帖を購入してみました。三千院をご縁のはじまりとして、御朱印を集めてみようと思います!
▲御朱印帖は1,000円~(写真提供:三千院)

とくに秋は庭の紅葉の美しさがまた格別とのこと。
▲色づく聚碧園を客殿から眺める(写真提供:三千院)
▲宸殿から見渡す紅葉の有清園と往生極楽院(写真提供:三千院)

街を離れ、日常を離れて訪れた大原の地。山里の風情と趣ある名庭、そして写経のひとときが、日々の暮らしのなかで忙しなくざわついていた心と体を鎮めてくれたように感じます。静かな海のように広がる苔のみずみずしさが私のなかにも染みわたり、潤いを取り戻したかのような一日になりました。
持ち帰った手本で再度、写経に挑戦してみましたが、あれほど無心になれたのも大原・三千院のあの静謐な空間があってこそと実感しました。再び訪れて、またあの時間を過ごしてみたいと思います。
若林扶美子

若林扶美子

フリーのライター&プランナー。京都をはじめ関西を中心に、雑誌、書籍、PR誌の企画・執筆を手掛け、伝統文化や地域情報などを発信している。6匹の猫とともに滋賀在住。

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