日本のミケランジェロ・石川雲蝶が残した傑作をガイド付きバスツアーで堪能!

2018.08.10 更新

イタリア盛期ルネサンス時代に、彫刻「ダヴィデ像」、絵画「最後の審判」をはじめ、建築や詩など様々な分野で創作活動を行ったミケランジェロ。このルネサンスの巨匠になぞらえ“日本のミケランジェロ”と讃えられた人物がいます。その名は「石川雲蝶(うんちょう)」。江戸末期から明治にかけ、新潟の地で多彩な彫刻を残しました。そんな石川雲蝶の作品をたっぷりと堪能できるバスツアーがあると聞き、参加してきました。

彫工・石川雲蝶の作品をめぐるバスツアーへ

石川雲蝶は、江戸時代の末に新潟で活躍した木彫りの名匠。各地の寺院などに、「神業」を思わせる色鮮やかで躍動感溢れる木製彫刻を数々残しました。また、その才覚は木彫りにとどまらず、石彫刻や絵画、さらに寺院の設計にも及び、現在も県内には1,000点以上の作品が現存していると言われています。この多才さがミケランジェロと呼ばれる所以です。
そんな雲蝶について、作品やその楽しみ方だけでなく人物像の魅力までたっぷりと知ることができるのが、新潟県六日町観光協会が企画・実施する「名工・石川雲蝶の作品をたっぷり堪能するバスツアー」です!

2012年にスタートしたこのツアーの専属ガイドを務めるのは中島すい子さん。書籍『私の恋した雲蝶さま-いま蘇る越後のミケランジェロ』の著者であり、ツアーをはじめ数々の雲蝶企画に関わる新潟を代表する雲蝶通です。
▲「現地に来なければ感じられない雲蝶の魅力を伝えます」と、中島すい子さん

ツアーは昼食付きで大人7,000円、小学生以下5,000円※ともに税込。雲蝶の作品が残るお寺など魚沼市の4スポットを中島さんのガイドとともに巡る、約7時間の行程です。
集合場所は上越新幹線の停車駅であるJR越後湯沢駅東口と、JR六日町駅東口。石川雲蝶ののぼり旗が目印です。
▲JR越後湯沢駅東口は9:30出発
▲JR六日町駅東口は10:00出発

ツアーの舞台となるのは、「魚沼産コシヒカリ」の産地として知られるエリア。バスの車窓からは田園風景と、それを囲う越後の山々を眺めることができます。移動中にガイドの中島さんから米作りのお話や地域の風習、昔話も聞くことができます。
▲6月上旬、田植え時期の魚沼地域

全てのお客さんがバスに乗り込むと、中島さんから早速雲蝶に関するレクチャーがはじまります。
石川雲蝶は1814(文化11)年に江戸で生まれ、江戸彫りの一流派・石川流の本流門人として、20代の頃から名を馳せていたようです。

「雲蝶が越後に移り住んだのは30代前半の頃です。三条の金物商・内山又蔵が江戸で雲蝶の作品に惚れ込み熱烈オファー。“良い酒とノミを終生与える”という口説き文句で越後入りを決めたと伝えられています」(中島さん)。
こうして越後にやって来た雲蝶は現在の三条市を拠点に、新潟県各地で創作活動をはじめました。

雲蝶の人物像は、資料の多くが火災で焼失したことにより多くの謎に包まれています。伝えられるのは、残された作品と各地に残る逸話だけ。雲蝶は博打好き、酒飲み、気分屋など、破天荒な人物だったのでは?と言われているようです。

【作品鑑賞①永林寺】13年の歳月をかけて作られた、本堂を埋め尽くす作品群

ツアー最初の鑑賞スポットは雲蝶の代表作のある「永林寺」。新潟県三条市にいた雲蝶が、魚沼の地に来るきっかけとなったお寺です。
▲永林寺の境内。写真奥に見える本堂に住み込み雲蝶は制作に没頭した

当時住職だった弁成(べんじょう)和尚が雲蝶と出会いその腕に惚れ、そこで雲蝶に大きな賭けを持ちかけました。その内容は「雲蝶が勝ったら金銭を支払い、弁成和尚が勝ったら永林寺の本堂一杯に力作を手間暇惜しまず制作する」というもの。この賭けに弁成和尚が勝ち、1855(安政2)年に雲蝶はこの永林寺にやってきたという逸話があるそうです。
寺に宿泊しながら本堂の建て替えを行った雲蝶。本堂の設計まで手がけ、欄間(らんま)をはじめさまざまな彫刻や絵画を制作しました。その期間なんと13年!本堂に残された作品は108点にものぼります。
▲永林寺にある代表作と言えば欄間に施された「天女」の透かし彫り
その顔はふっくらと豊かでどこか色気が。指先の動きまで彫り込んだ繊細さ、岩絵具を贅沢に使った色彩の鮮やかさに目を奪われます。
「欄間に彫られた天女の顔を見てください。“目細(めぼそ)、鼻高(はなたか)、桜色(さくらいろ)”なんです。実はこれ、雲蝶の好みの女性のタイプなんですよ。この時雲蝶は既婚だったのですが、単身赴任先のここ魚沼の地で好きになった女性をモデルに彫ったと言われています」(中島さん)。雲蝶の人間性を感じるエピソードですね。
ガイドの中島さんによると、雲蝶の作品の特徴は次の3つにまとめられるそう。
●深く彫られている
●細かいところまで精巧に彫られている
●表情まで豊かに彫り分けられている
▲欄間「孔雀」。鳥の羽が膨れ上がっている様まで、複雑な彫りによってリアルに表現されている

確かにどの作品も、その奥行の深さと、表情まで細やかに彫られている様に驚かされます。これを1枚の板から削り出すなんて信じられません!
▲欄間「雲水龍」。高波をスレスレで飛ぶ龍の躍動感がすごい!

なぜ、こんなにも繊細な彫りが可能だったかというと、雲蝶には意外な身体的特徴があったこと。それは、身体は大きかったが「手が小さく、女性ほどの大きさ」だったようです。
さらに「良い酒とノミを終生与える」と約束して雲蝶を越後に連れてきた三条の金物商・内山又蔵から、特殊な道具をたくさん作ってもらっていたことも大きな要因でした。
▲欄間「小夜之中山蛇身鳥(さよのなかやまじゃしんちょう)物語」

そして、雲蝶が「ミケランジェロ」と呼ばれる所以が、木彫りに留まらない才能です。永林寺には雲蝶の絵画や、石彫、書院障子も残されています。
▲天井絵「小夜之中山蛇身鳥物語」。2枚の欄間とあわせてストーリー仕立ての作品となっている
▲欄絵「鶏」。羽の1本1本までが写実的に描写されている
▲翡翠の原石に彫られた石彫「寝牛」。隣の石彫の蛙と合わせ「牛に触ってから蛙を触ると“参拝者がモーかってカエル”」のだとか
▲書院障子「月に群雲」。雲蝶が残した作品の中でも建具は珍しいそう

そしてなんと言っても、この永林寺本堂そのものを設計したのだからその多彩ぶりはルネサンスの巨匠に例えられるのも納得です。
ちなみに雲蝶は「自己PRを欠かさない人なんですよ」と中島さん。実は作品のどこかに必ず名前を彫っているんです。永林寺の作品の中に隠された、雲蝶が残した「東匠」「雲蝶」「石川正照」という署名探しも楽しみました。
▲本堂内で売られる「雲蝶豆」300円。雲蝶は一升徳利に豆を入れ、ポリポリとつまみながら作品づくりに没頭していたのだとか

※寺院内の撮影は一切禁止です。当記事は特別に許可を得て撮影しています。

道の駅ゆのたに 深雪の里でランチタイム

▲昼食会場は「道の駅ゆのたに 深雪の里」

最初の見学場所である永林寺を見終えたら、少し早めの昼食です。
▲地元魚沼産の食材を多数使用したランチ。山菜など山の恵みがたっぷりいただけます!

お昼はツアー参加者みんなでテーブルを囲っていただきます。近くに座った方とのおしゃべりも楽しいですね。お米はもちろん魚沼産コシヒカリ!ごはんはおかわり自由でした。

休憩中にはお土産も買える時間もありますよ。
▲道の駅だからお土産コーナーも充実
▲道の駅には直売コーナーもあります。雪深い魚沼では6月でも山菜が並んでいました

【作品鑑賞②西福寺】圧巻!三間四方の天井に掘られた大彫刻

昼食を終えて次に訪れたのは「西福寺(さいふくじ)」。雲蝶終生の大作と名高い、開山堂の吊り天井に透かし彫りで施された「道元禅師猛虎調伏(どうげんぜんじもうこちょうぶく)の図」が有名です。最初に見学した永林寺とこの西福寺が魚沼の雲蝶作品2大スポットと呼ばれています。
▲西福寺最初の山門である「赤門」と石地蔵

この西福寺で見落としがちなのが「赤門」にある石地蔵。「雲蝶の作品の中で石彫は珍しいんですが、気づかず素通りしている人がたくさんいるんです。もったいない!」と中島さん。
▲2つ目の山門である「白門」の扉にも雲蝶の彫刻が。「お寺は昔から子ども達の遊び場なので、かなりすり減っていますね」と中島さん
▲山門をくぐると左手に開山堂、正面に本堂が見えてきます

天井一面に彫刻が施された茅葺き二重層の開山堂は、雪や雨風から建物を守る大きな「鞘堂(さやどう)」によって守られています。ここ魚沼は数mの雪が積もる地域。かつては茅葺きの屋根に上っての雪下ろしが欠かせず、建物の傷みも激しかったそう。鞘堂ができたおかげで、貴重な建築物の劣化を遅らせることができています。
開山堂の正面にも、雲蝶の見事な彫刻が施されています。西福寺も室内の撮影は禁止のため、雲蝶の作品をカメラに納められる貴重なスポットです。
▲烏(からす)天狗をモチーフとした木彫り。雨風にさらされ劣化も進んでいるそう
▲烏天狗の目には、当時貴重だった「ギヤマン」(ガラス玉)が使われている

ご覧ください、まるで柱がうごめいているかのような複雑で繊細な彫り!!烏天狗がかぶっている烏帽子(えぼし)の紐まで一本の木から彫り分けたそう。また、生き物が好きだったという雲蝶はこの彫刻の中に、カニやカタツムリなどを隠し彫りしています。
▲「ほら、あそこに生き物が」と、見どころを細かく教えてくれます
▲庭には2011年に生誕200年の記念事業として建立された雲蝶の銅像が。ご子孫が監修し、開山堂内にある木彫の「鬼退治の仁王尊」を製作中の姿が再現されている

さて、拝観受付から館内へと入って行きます。ここからは撮影禁止エリア。
受付から本堂の中に続く廊下。何気なく通り過ぎてしまうこの廊下にも実は雲蝶が施した細工があります。
▲廊下に施された埋め木。ひょうたん、唐辛子、右下は酒坏?それとも貝?

埋め木とは、経年変化で生じた木のすき間や割れ目を、木片で埋める木造建築の修復方法。
「埋め木というのは普通は目立たぬように埋めるものですが、雲蝶の埋め木は矢や木の葉、筆など遊び心が満載なんです」(中島さん)。

また、本堂では雲蝶が手がけた彫刻以外の作品が多数残されています。
▲襖に描かれた「孔雀遊戯の図」。岩絵具を贅沢に使った華やかな作品
▲その裏面は水墨画のような襖絵。三国志の有名な「三顧之礼」を描いたもの

襖絵にはそれぞれストーリーがあり、中島さんが作品の解釈の仕方や、そこから読み解ける雲蝶の人柄などまで話してくれます。
「三顧之礼に出てくる諸葛亮が、でっぷりお腹で肘をついて昼寝している。天才軍師を少しコミカルに描くのが雲蝶らしさかもしれません」(中島さん)。
▲建具も手がけた雲蝶。書院障子の組子細工は「三保の松原」

さぁ、続いては本堂から奥に進み、お待ちかねの「開山堂」へ!
部屋に踏み込むと、目をカッと見開いた鬼退治仁王像が両脇を固める階段の上に、天井から欄間、壁面の全てに彫りが施された空間が現れます!
この開山堂の彫刻は、「仏の教えが、雪深く貧しい農村地域の人々の心を救う」と願う当時の住職・大龍(だいりゅう)和尚によって依頼され、雲蝶が6年の歳月をかけて作り上げました。視界に収まらないほどの作品群と圧倒的な迫力に、ツアー客一同は言葉を失いため息を漏らすばかり。筆者もただ小さく「すごい、すごい…」とつぶやき続けていました。
▲天井に施されたのは「道元禅師猛虎調伏の図」。右上の道元禅師が左下の虎を追い払ったというエピソード

この天井絵にもいろんな生き物が隠れています。亀、雀、コイ、猿などなど…みなさん見つけられますか?ぜひ現地で探してみて下さい。
▲虎と戦う龍は道元禅師の杖が変化したもの。当時は高級品だった岩絵具を思う存分に使った色鮮やかな作品となっている

見ごたえある作品は、天井だけではありません!もう、部屋の四方八方が作品なのです。正面のお仏壇の上にはとても立体的な彫りが。
▲開山堂は、その寺を開いた初代住職をおまつりする御堂。西福寺ではこの開山堂に、御開山芳室祖春(ほうしつそしゅん)大和尚と曹洞宗の開祖である道元禅師が中央にまつられています
▲道元禅師と白山大権現が経本を写経する様子。立体的な彫りと、その奥行の深さに驚き
▲四方八方を彫刻や絵画、漆喰細工が埋め尽くす

「それぞれの彫刻をよく見ると、寄進した檀家の名が刻まれています。このお堂は多くの人々から支援されて建てられたことがわかりますね。そして、ここに名前を残せば家名を将来に渡って残すことができたんです」(中島さん)。

西福寺開山堂の雲蝶作品群は、1973(昭和48)年に新潟県有形文化財に指定されました。こうして保存されるまでは、このお堂は地域の子どもたちの学習塾と遊び場になっていたんだとか。こんな贅沢な空間で宿題をしていたなんて羨ましい!

豪華でありながらも、神聖で落ち着いた空気が流れるお堂の中で、いつまでも佇んでいたくなりました。
▲拝観受付にはグッズ販売コーナーも。お守りや石川雲蝶に関する書籍や写真集などを販売
▲駐車場には名物の辛味納豆、塩こうじ味の大力納豆、とち餅などが並ぶ「開運堂」というお土産屋さんも

※寺院内の撮影は一切禁止です。当記事は特別に許可を得て撮影しています。

【作品鑑賞③穴地十二大明神】小さな集落に残された雲蝶の足跡

ツアー3つ目の雲蝶スポットは、集落の中にある、無人の小さな神社「穴地十二(あなちじゅうに)大明神」。ガイドの中島さん曰く「自然状態なので最も劣化が進んでいる作品の一つ」とのことですが、複雑で繊細な彫刻を見ることができます。
「雲蝶はここでの作業中、昼間は地元の人たちとお酒を飲んだりおしゃべりをしたりしながら、簡単な彫り物だけをしていたそう。そして、人目がなくなった夜に複雑な彫りを一気に仕上げていました」(中島さん)。
これは「自分の技を盗まれないため」だったのだとか。天才彫師のプライドを感じるエピソードです。
また、建物の中に入って雲蝶作の欄間を見ることができます。
この欄間、雲蝶らしい繊細な彫りではあるのですが、横一直線に板が割れているような跡がありますよね?
実はこれ、裏側に回るとなんと、二枚の板をつないで掘り上げたものだということがわかります。欄間用の大きな無垢の一枚板は比較的高価なもので、お金のない地域などでは手に入れることができなかったそう。そんな時には、手に入る素材を組み合わせて彫ったのです。
今は経年劣化で正面からもツギハギの板であることがわかりますが、掘りたての頃は一枚板にしか見えなかったそう。

実は板を組み合わせて彫るケースは結構あったのだとか。「一枚物の板は今も昔も貴重でしたから。いかに見る者を騙せるかが彫師の腕の見せどころだったんです」と、中島さん。技も隠し、素材の不利も見せない、雲蝶のプロフェッショナルな姿勢に驚かされました。

【作品鑑賞④龍谷寺】比べてわかる、雲蝶の彫りの繊細さ

ツアー最後のスポットは「龍谷寺(りゅうこくじ)」。本堂の欄間は全部で10枚が並んでおり、そのうち4枚が雲蝶の作品で、獏(ばく)や麒麟(きりん)といった獣が彫られています。
▲広い本堂には雲蝶以外の作品も
▲獏の欄間。雲蝶の頭の中には空想上の生き物が躍動する姿がありありと浮かんでいたのでしょうか
▲雲蝶が好んだと言われる「唐獅子と牡丹」

本堂の廊下に並ぶ4枚以外の欄間は別の方が彫ったもの。見比べてみると雲蝶作品の繊細さが際立っていました。筆者のような素人にも、雲蝶作品が見分けられるのでは?と思うくらいの差でした。

また本堂奥の室中欄間にも雲蝶の作品があります。
▲徳誠(とくじょう)和尚の行履(あんり)と夾山善会(かっさんぜんえ)。徳誠和尚が問答の中で、夾山善会を舟から水に叩き落とし櫂(かい)で沈める様子
▲和尚が振りかぶっている「櫂」も板から掘り出したもの

表に掘られているのは複雑で立体感があり、いかにも雲蝶らしい迫力ある作品です。
その一方で裏側は…
▲葡萄と朝顔

おどろくほどシンプルな彫りです。「こういった表と裏、明と暗を対比させた作品をつくるのも雲蝶の特徴です」(中島さん)。
ただ、この裏側も一見シンプルで簡単そうに見えるのですが、葡萄の葉など浮き上がって見える箇所は周りを全て削って掘り出したもの。中島さん曰く、「複雑な彫りと同じくらいかそれ以上に高度な技術が必要な作品」だそうですよ。
▲慈雲閣観音堂

雲蝶作品を見終わった後は、インドグプタ王朝様式を取り入れた「慈雲閣観音堂」や、120余体の仏像が奉安された「妙光堂」など珍しい建物もあるので、ぜひチェックしてみてください。
▲妙光堂

※寺院内の撮影は一切禁止です。当記事は特別に許可を得て撮影しています。
その名の通り石川雲蝶の魅力をたっっっぷりと堪能できたバスツアー。雲蝶の作品を初めて間近に見て、その迫力に圧倒されることはもちろんですが、ガイドの中島さんからお話いただく雲蝶の人柄や、作品の見所、地域性などを知ることで、雲蝶の魅力が何割増しにもなりました。

筆者もこの一日で、160年以上の時を越えて雲蝶に触れ、たちまち彼のファンになってしまったようです。皆様もぜひ、雪深い越後の山の中でその才能を存分に発揮した雲蝶の残した作品に、会いに来てみてはいかがでしょうか?
唐澤頼充

唐澤頼充

編集・ライター。新潟をもっと楽しくするWEBマガジン「にいがたレポ」編集長。農学部卒業後、マーケティング会社に勤務後、独立。現在はNPO職員として勤務する傍ら各種媒体で執筆活動を行っている。「情報流通量の多さが地域の豊かさ」をモットーに、地域に眠る資源をコンテンツ化し、発信する活動を行う。

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