人間国宝・濱田庄司の蒐集品を公開する「益子参考館」で感性を磨こう

2015.11.11 更新

濱田庄司は、大正13(1924)年に栃木県益子町に移住し数多くの陶芸作品を生み出しました。濱田氏は、第1回の人間国宝にも認定された日本を代表する陶芸家です。益子参考館は、「陶芸家が作品をつくるうえで参考になればうれしい」という思いから、濱田氏が長い年月をかけて集めた陶磁器、漆器、木工、家具、染織などを公開しています。

益子参考館の開館は昭和52(1977)年。濱田氏の作品を展示した濱田庄司館や、濱田氏が蒐集した作品を展示する4棟の展示棟、濱田氏が実際に使用していた工房があります。展示棟のひとつ(4号館)は、濱田氏の別邸を公開・活用したものです。

陶芸家・濱田庄司の蒐集品が公開されていると聞くと、陶芸作品が展示されていると思うひとも多いはず。でもここには、ペルー、アメリカ、イラン、ドイツ、パナマなどの織物や、染織品、骨董品など、濱田氏がジャンルにとらわれることなく世界中から集めたものが並んでいます。

益子の中心部から少しはずれた小高い土地に佇む「益子参考館」。美術館でも資料館でもない、趣のある大きなお屋敷を訪ねるような感覚で中へ――。
▲展示室1号館。「農家の健康的な暮しを大事にしたい」という思いから、県内の農家の家をそのままのかたちで移築し、展示室にしている
▲展示室2号館。2号館と3号館は栃木県産の大谷石でつくられた石蔵

展示室は決して大きくありませんが、濱田氏が集めたものが惜しみなく並べられ、見応え満点!展示品だけでなく、室内の壁や天井、椅子なども歴史を感じさせるものばかり。ひとつひとつの作品とじっくり向き合うように観賞していきます。

世界中から集められた、愛くるしい工芸品たち

「濱田庄司は、益子のおかげで自分があると感謝の気持ちを忘れませんでした。だから、作品づくりに大きなヒントを与えてくれた品や自邸を公開し、陶芸家やここを訪れる人たちの制作の参考になれば……という思いからこの参考館をつくりました」と、館長の濱田友緒(ともお)さん。

蒐集品は、どれも手仕事によって生まれた品。大量生産ではなく、ひとつひとつが、つくり手の思いとともに生み出された味わい深いものばかりです。

数百年も昔のものがほとんどですが、まったく古さを感じないことに驚きました。廃れることのない色合いや形、デザインは、現代において、わたしたちがなにかをつくるときにまさに“参考”になるような出会いの連続でした。
▲ペルーの「双頭羊型壷」
▲アメリカインディアンの「みみづく」。濱田氏は、民族の村を訪ねることもあった
▲パナマの織物
▲パナマのブラウスも、色鮮やかで美しい
▲ドイツの「ひげ徳利」。よく見るとひげの男性の顔が!
▲一見不思議な表情だが、よく見ると愛くるしい……
▲木彫りの動物たち。世界各国から集められた品々を見ていると、なんだかその土地を旅している気分に

濱田庄司の暮らしぶりが浮かんでくる

敷地内には野花やキノコが生えていて、緑豊かな散歩道のよう。特に順路は決まっていないので、のんびりめぐることができます。秋の紅葉も見事だそうです。
益子の中心部から離れているからか、とても静かでゆったりとした時間が流れています。展示棟を行ったり来たりしながら満喫していると、ここに暮らしているような感覚になりました。
▲4号館は濱田氏の別邸を展示棟として公開・活用している。生活の場としていた母屋は、益子町内にある「陶芸メッセ・益子」に移築されている
▲立派な茅葺屋根を残している
▲4号館の館内。貴重な骨董品がたくさんあり、まるで美術館のよう(通常は入れませんが、「花会」や「茶会」などのイベント時に公開していることがあります)
▲緑豊かな散歩道
▲秋の紅葉時にもまた来たい!

「濱田庄司館」には、濱田庄司の代表作である大皿や、長年親交があった陶芸家のバーナード・リーチや河井寛次郎の作品が展示されています。
大皿に描かれた力強い文様は、濱田氏のエネルギーがまっすぐに伝わってくるようで、目が釘付けになりました。
▲濱田庄司。現在館長をつとめる孫の友緒さんによると、濱田氏はやさしくて繊細。そして、とってもパワフルなひとだったそう
▲濱田庄司の代表作となる大皿。この文様を数十秒で描いた
▲バーナード・リーチ氏作の大皿。リーチはイギリスの陶芸家で、日本の陶芸家に大きな影響を与えた

40年の時を経て復活した登り窯

工房で、濱田氏が使用していたロクロを見つめていると、生前の彼の姿が浮かんでくるようでした。

「毎日本当に忙しい祖父でしたが、疲れた様子がまったくありませんでした。とにかく田舎の職人が大好きで尊敬していた。健康的な人たちと仕事をすることで、自分もいい仕事ができるのだと言っていましたね。忙しい合間にもよく遊んでくれて、絵付け競争をすると、いつもわたしが勝っていましたよ(笑)」と、友緒さん。
▲工房。手前が濱田氏が使用していたロクロ
▲濱田氏は手でまわすロクロを使っていた
▲工房横には薪がたくさん積んであった

工房の裏には、登り窯があります。40年前から火を入れることはありませんでしたが、2011年の東日本大震災により大きな被害を受けてしまったそう。
すると、もう一度登り窯で陶器を焼こうと「窯復活プロジェクト」が発足し、60数名の職人と、中学生、高校生などを合わせた約100名が集い、見事修復。5日間にわたって火入れが行われたそうです。
現在も、この登り窯が、益子のひとたちや、多くの職人に愛される場所だということが伝わってくるエピソードですね。
▲登り窯。「窯復活プロジェクト」では、実際に作品も焼かれた
▲「火が入った窯は、圧倒されるほどの迫力でした」と友緒さん
▲館長の濱田友緒さん。3歳のときには陶芸家になることを宣言していたそう。現在、陶芸家としても活躍している

友緒さんが館長に就任してからは、音楽会や講演会などのイベントも開催するようになりました。

「イベントをきっかけに、より気軽にここへ訪れていただけたらうれしいです。たとえば、〈着物の会〉では、濱田庄司の妻の着物を直に見ることができたり、〈花会〉では、ふだんは上がることができない自邸の部屋に入ることができますよ。ぜひホームページやfacebookでイベントをチェックしてみてください」

「益子参考館」には、濱田氏が益子の土地や職人に注いだ愛情や、作品と真剣に向き合ったエネルギーが、現在も消えることなく満ちていました。

益子を訪れたらぜひ「益子参考館」へ。きっと、自分の感性を刺激する一期一会の出会いがあるでしょう。
▲あちこちに置いてあったこの焼物。なんと、沖縄で使われていた骨壷
▲穏やかな空気に満ちた場所だった

写真 阪本勇
齋藤春菜

齋藤春菜

編集者、ライター。女性の美容・健康・ライフスタイルに関する書籍、雑誌を多数編集・執筆。文芸、料理、アート本の編集も行う。全国各地へと取材に訪れたさいには地元のおいしいお店を必ずチェックする。編集を担当した本に『お灸のすすめ』『瞑想のすすめ』(ともに池田書店)、『足もとのおしゃれとケア』『わたしらしさのメイク』(ともに技術評論社)、『はじめてのレコード』(DUBOOKS)、『顔望診をはじめよう』、『月の名前』、『健康半分』などがある。

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