梅はもちろん、桜も紅葉も絶景!水戸・偕楽園は開かれた花の公園

2019.01.16 更新

金沢の「兼六園」、岡山の「後楽園」と並んで日本三名園に数えられる水戸の「偕楽園」。2~3月には約100品種、3,000本の梅の花が咲き誇る観梅の名所として有名です。でも、それだけじゃないんです!偕楽園は「花の公園」と呼ばれるほど、四季折々の花々を楽しめるスポット。その知られざる魅力をたっぷりご紹介します!

偕楽園は民とともに楽しむ公園

JR常磐線・水戸駅からバスで約20分のところにある偕楽園は、天保13(1842)年に水戸藩第9代藩主・徳川斉昭(なりあき)が造園しました。遡ることその9年前、藩内を巡った斉昭が、この台地・七面山(しちめんさん)を藩内随一の景勝地として気に入り、自ら構想を練ったといわれています。

見所の多い園内をポイントを押さえて巡るために、今回、市民観光ボランティアの菊池正章(まさあき)さんにガイドをお願いしました。ガイドは無料、水戸観光コンベンション協会のホームページから事前に申し込んでくださいね。
▲偕楽園の隅々までを知り尽くす歴史アドバイザー・菊池正章さん

「偕楽園を見ていただく前に、まずは水戸藩がどういう藩かわかりますか?」と、菊池さん。

うーん、徳川御三家、ですよね?

「そう。家康は晩年に生まれた3人の息子に、特別に藩を与えました。将軍家に世継ぎが生まれなかった場合、この御三家から世継ぎを出すためです」

水戸藩といえば黄門様で知られる徳川光圀(みつくに)ですが、光圀は2代目で、偕楽園を造った斉昭は、光圀の死後100年が経った寛政12(1800)年に生まれた9代目です。そして斉昭の7番目の子どもが、なんと徳川幕府最後の将軍・慶喜(よしのぶ)!
▲斉昭の諡号(しごう)「烈公(れっこう)」にちなんで名づけられた「烈公梅(れっこうばい)」(写真提供:偕楽園)

頭のよかった斉昭は、天保12(1841)年には日本一の広さを誇る藩校・弘道館を、翌年に偕楽園を造ります。
「藩校は文武修行の場ですが、偕楽園は心身保養のための公園なんです。人は張るばかりではだめ、緩むことも必要、と斉昭は考えていたんですね」(菊池さん)

この「一張一弛(いっちょういっし)」(弓の弦を張ったり、緩めたりすること)の精神は、偕楽園の隅々まで反映されています。
「兼六園と後楽園はお殿様や上級武士のための庭園ですが、偕楽園は民と偕(とも)に楽しむ公園。一般の領民も入れたんです。画期的ですよね」と菊池さん。
入園料が無料なのも、「民と偕に楽しむ公園」ゆえ。庶民に優しい斉昭……遠い江戸時代の殿様を、ぐっと身近に感じます。

まずは、幽玄な「陰の世界」へ

さて、菊池さんの案内でまず向かったのは、偕楽園の正門である好文亭表門(こうぶんていおもてもん)です。
▲別名・黒門とも呼ばれる表門。松のすすと柿の渋で仕上げられたシックな黒が美しい

「偕楽園を見るには、この表門から入り、陰(いん)から陽(よう)へと巡るルートがおすすめです」(菊池さん)

世の中は、すべて相反するものの調和のもとで動いていると、斉昭は考えていました。
まずは日頃の忙しさから解放されて幽遠閑寂な「陰の世界」でゆっくりと心を落ち着かせ、休息をとる。その後現れる「陽の世界」では、詩歌を詠んだり酒を飲んだりして楽しむ。そんな斉昭の強い思いが、このルートには込められているのだそうです。

「園内へはこの門から入りました。『病なき者籠に乗るを許さず』ということで、どんなに偉い人でも、ここで籠や馬から降りました」(菊池さん)

門を一歩くぐると、なんだか空気がひんやりとしています。
その理由はこちら、高く青々と伸びた孟宗(もうそう)竹林です!
▲もともと杉の林だったところへ、斉昭がわざわざ京都から孟宗竹を運ばせたという

まさに壮観!孟宗竹は成長が早いため、4~5年たち色が黄色く変わったものは切り落とし、新しい竹を伸ばすことで、常に青々とした竹林を保っているのだそう。

竹林を抜け、なだらかな勾配のある小道を歩きます。人工的に作り込んだのではなく、自然を最大限に生かしているため、ちょっとした森林浴気分に。
▲紅葉の時期には、木々が赤く染まってため息をつく美しさ
しばらく行くと、泉が現れました。眼病に効くと伝えられた湧き水、「吐玉泉(とぎょくせん)」です。
常陸太田市(ひたちおおたし)の真弓山で採れる「寒水石(かんすいせき)」という大理石をくりぬいた井筒から、水が湧き出すしくみです。斉昭の時代には、この水でお茶をたてていたのだとか。

さらに杉林の中を少し歩くと……
見えてきました!「陽の世界」への入り口、中門(なかもん)です。

「陽の世界」へ導く「好文亭」

門をくぐると、そこには打って変わって明るい世界が広がっていました。陽が当たってぽかぽかと暖かく、まさに「陽の世界」。
「陽の世界」の入り口に位置するのが、園のシンボル「好文亭(こうぶんてい)」です。
▲入館料大人200円、小・中学生100円を入口で払う

斉昭が別邸としてこの地に建てさせた「好文亭」は、木造2層3階建ての本体と木造平屋建ての奥御殿からなる伝統建築です。

水戸藩は全国で唯一、幕府から参勤交代を命じられなかった藩であり、藩主は江戸・小石川藩邸に居住し、不在のまま領地を統治しなければなりませんでした。
斉昭が藩主を務めた15年間のうち、水戸に帰ってきたのはわずか3回。そのうちの1回の間に、弘道館と偕楽園の両方を造ってしまったというのですから、すごい手腕ですよね。

「お殿様がいないから、水戸には天守閣のあるお城がないんです」と菊池さん。
その代わり、ここ好文亭が水戸城の出城(でじろ=本城の他に敵の侵攻を防ぐのに重要な地に物見櫓として築いた城)として使われたともいわれ、建物内には敵の攻撃をかわす備えがいくつも施されているのだとか。
▲手入れの行き届いた「好文亭」庭園

10部屋からなる質素な造りの奥御殿は、藩主の奥方の休み所として使われました。ここでぜひ見ていただきたいのが、各部屋の名前にちなんだ襖絵の数々です。

創建当時の襖絵は戦火で焼失、現在のものは昭和30(1955)年に始まった好文亭復元工事において、東京藝術大学で教鞭をとっていた2人の日本画家、故・須田珙中(きょうちゅう)と故・田中青坪(せいひょう)が8年の歳月をかけて完成させたものです。

その完成から54年後の2017年夏、初めての大掛かりな修復作業が始まりました。ニカワの水溶液で顔料を定着させたあと、襖絵を補強する「裏打紙」の張り替えなどが行われ、10月頃から順次公開されています。
これから訪れる方は、美しくよみがえった襖絵を堪能できますよ!
▲藩主夫人付きの女性たちの詰所として使われた「つつじの間」(修復済)
▲修復中の「萩の間」(2017年11月時点)
こちらも修復中の「桜の間」。京都御所の桜が描かれている(2017年11月時点)
▲「桜の間」の前にある庭には、春と秋に花を咲かせる二季咲桜(にきざきさくら)が!

さて、太鼓橋廊下を渡って本体へ。1階には東塗縁(ひがしぬりえん)と西塗縁(にしぬりえん)という2つの広間があります。斉昭はここへ家臣や領内の庶民らを招いては、詩歌を楽しむ宴や養老の典(敬老の儀式)などの慰労会を催していたのだとか。
▲座敷と濡れ縁との通路、入側(いりがわ)から36畳の大広間・西塗縁を望む

殿様も見た!東南西3面からの絶景

武者控室のある2階を抜けて、いよいよ藩主が使ったという正室「楽寿楼」に上がろうとすると、「階段が何段あるか、数えてみてくださいね」と菊池さん。
1、2、3……と急な階段を数えながら上った先に見えたのは……
じゃーん!!この絶景です!眼下には偕楽園の庭園が。その先には千波湖(せんばこ)が広がっています。まさに殿様のための景観!
▲春には京都御所の「左近桜(さこんのさくら)」の系統の「左近の桜」(写真左奥)や千波湖沿いのソメイヨシノも楽しめる(写真提供:偕楽園)

「偕楽園は、ニューヨークのセントラルパークに次いで世界で2番目に大きい都市公園なんですよ」(菊池さん)
▲江戸時代にはここもすべて千波湖だった。藩主は水戸城のお堀から船で好文亭に出向いたという

こんな広大な園内を眺めるお殿様の部屋「楽寿楼」はというと、こちら……!
あら、質素……。
江戸滞在が長く、資金不足が深刻だったという水戸藩の主らしく、好文亭の中はどこも御三家の殿様の別邸とは思えないほど簡素な造りなのです。

「あの床柱を見てください。節がいくつありますか?」と、菊池さんが薩摩藩第11代藩主・島津斉彬(なりあきら)から贈られたという竹の床柱を指さしました。11節……あっ!たしかさっき上ってきた階段も11段だったような。
「そうなんです。武士という字は11画でしょう?武士の『士』の字は十一と書きますしね」(菊池さん)
素朴で質素な中にもユーモアを忘れない、斉昭らしい部屋です。
▲梅林への小道から振り返ったこの位置が、好文亭を見渡すベストポジション

好文亭を出たところには、園を造るにあたっての斉昭の考え方を記した「偕楽園記の碑」があります。
▲文字はすべて、斉昭直筆!

「この園は藩主の休息や慰安のためだけの施設ではなく、藩に住む多くの人々と楽しみを偕(とも)にしようとするもの」──「偕楽園」の名の由来がしっかりと刻まれています。

枝ぶりに注目!梅林は樹齢100年超えの古木ばかり

「偕楽園記の碑」の北側には約100品種3,000本の梅が植えられた梅林が広がります。
「3万3,000坪の敷地のうち、陰の世界が4分の1、陽の世界が4分の1、そして2分の1が梅林です」(菊池さん)
▲(写真提供:水戸観光コンベンション協会)

斉昭が梅の木を植えさせたのは、春一番に咲く花で領民たちに希望を与え、実を梅干しにして飢饉や軍事の非常食とするためだったと言われています。また梅の木は別名「好文木(こうぶんぼく)」といわれ、「好文亭」の名はこの梅林からきているのです。

毎年2月中旬から3月下旬には「水戸の梅まつり」が開催され、可憐に咲き競う梅の花を見に多くの人が訪れます。
「早咲き」「中咲き」「遅咲き」と長期間にわたって観梅を楽しめるのも、約100品種もの梅の木を持つ偕楽園ならでは。
▲開花期には、白梅、紅梅などさまざまな梅の花が楽しめる。中央の竹林・杉の森が「陰の世界」(写真提供:水戸観光コンベンション協会)

「でも、梅林の見どころは花だけではないんですよ」と菊池さん。「梅というのは、花を見て、香りを嗅ぎ、枝ぶりを見る。枝ぶりを見るにはかえって花のない季節がおすすめです」
なるほど。樹齢100年を超える古木が多い偕楽園、枝ぶりもじっくり堪能したいところ。

あちらの木は四角い囲いがしてありますね。
「四角い竹囲いのされている木は、古木だと言われているんですよ」(菊池さん)
ということは、樹齢100年以上……!? 

うわっ、こっちの木は幹のねじれがすごいですね!それに、なんだか黒っぽい。
「梅の木は古くなると、幹が鉄色に変わっていくんです。そしてなぜか自然とねじれが入る」と菊池さん。

ねじれた幹は、古木の証。通常、梅の木の寿命は長くて50年で、100年以上の古木が今も生き生きと花を咲かせるのは、樹木医をはじめ専門のスタッフによる日々の丹念な手入れの賜物なのだそう(訪れた日も、あちこちで剪定作業が行われていました)。

「水戸の人は正義感が強い反面、頑固で意固地でへそ曲がりが多い。偕楽園の梅がねじれているのはそのためだ、とも言われていますけどね」と菊池さんは笑います。

なにしろ全部で約100品種、その多くが貴重な古木とくれば、一本一本をつい丁寧に眺めてしまいます。それぞれの木にプレートがつけられているので、名前の由来を想像してみるのも楽しいです。
▲梅の木の多くには品種名や花の特徴が書かれたプレートが

なかでも花の形、香り、色などがとくに優れた「白難波(しろなにわ)」「烈公梅(れっこうばい)」「虎の尾(とらのお)」「柳川枝垂(やながわしだれ)」「月影(つきかげ)」「江南所無(こうなんしょむ)」の6品種は、『水戸の六名木』と呼ばれ、六角形の竹垣で囲われているので、ぜひチェックを!
▲六名木の一つ、「虎の尾」
▲2月上旬~3月上旬に開花する「虎の尾」(写真提供:水戸観光コンベンション協会)

おや、こちらの木は幹に穴が開いてしまっています。枯れているのでしょうか?
「いえ、梅の木は皮から養分を吸うので、皮さえ残っていれば生きることができるんです。上のほうにはまだ枝を張っているから、よい花を咲かせますよ」(菊池さん)
こんな状態でもまだ元気に花をつけるなんて、なんと健気な……。

枝ぶりを堪能したら、やっぱり花が見たくなります。2019年の「水戸の梅まつり」は2月16日(土)~3月31日(日)。満開の梅の花の下、野点茶会やひな流し、夜間ライトアップなど、さまざまなイベントも行われるので、ぜひ訪れてみては?

四季折々、いつ訪れても美しい花の公園

また、偕楽園は梅の時期以外にも、春は桜、初夏はツツジや藤、そして秋は萩など、四季折々の花々が見事な姿を見せてくれます。桜、ツツジ、萩は、開花時期に合わせてまつりも開かれますので、こちらもぜひチェックを!
▲春は好文亭前の「左近の桜」が見事(写真提供:偕楽園)
▲4月下旬にはツツジが満開に(写真提供:偕楽園)
▲5月には、藤棚も見頃に(写真提供:偕楽園)
▲秋に満開を迎える萩(写真提供:偕楽園)

水戸土産は「見晴亭」へ

園内を堪能した後は、梅林近くの東門(ひがしもん)前にある「見晴亭(みはらしてい)」へ。数寄屋造りの木造平屋の店内には茨城の銘菓や名産品が並ぶ売店コーナーほか、休憩コーナーや観光パンフレットが揃うインフォメーションスペースもあります。
700点以上の商品の中でも、店長の服部正明(はっとりまさあき)さんがオススメするのが、こちらのキュートなご当地ぬいぐるみ。
▲「黄門さまベア」と「梅ベア」(大2,160円、小1,080円)

「黄門さまベアの足裏には、葵の御紋が刺繍されています。コレクションアイテムなので、このクマを買いに遠くからいらっしゃる方もいますよ」(服部さん)
しっとりふわふわ、夢のような抱き心地です。

また、偕楽園土産で欠かせないのが、梅を使った商品です。
▲「水戸梅酒 一品」(720ml、1,512円)

こちらは2017年の全国梅酒品評会で、147銘柄の中から最高金賞を受賞した梅酒。水戸の老舗、吉久保酒造の日本酒「一品」をベースに和三盆を使い、飲み飽きない味に仕上げているのだそう。ボトルもおしゃれで、お土産に人気の逸品です。
▲創業明治23(1890)年、井熊(いくま)總本家の「水戸の梅」は合成保存料を使わず、自然の味に仕上げています(4個入り432円、8個入り864円)

また、人気ナンバーワンの水戸銘菓といえば「水戸の梅」。明治時代、現在のJR常磐線の水戸~東京間が開通した頃にお土産品として誕生したといわれるこの和菓子、練り白あんを求肥で包み、シソの葉で巻いた形が梅の実に似ていませんか?実際、全体がほんのり梅を思わせる風味。ほかにはない、やみつきになる味です。
▲ほんのり梅の香りがするサブレ生地に梅肉を入れて焼いた「梅さぶれ」(7枚入り、594円)

そのほか、梅の花をかたどった亀じるし製菓の「梅さぶれ」など、偕楽園のお土産にぴったりなお菓子もあるので、ぜひチェックしてみてください。

紅葉の時期に訪れたい「偕楽園もみじ谷」

広大な敷地を誇る偕楽園公園。本園から離れた拡張部にも、見どころはたくさんあります。とくに11月半ばからの紅葉の時期にぜひ訪れてほしいのが、「偕楽園もみじ谷」です。

本園の南門(みなみもん)を出て「梅桜橋」と名付けられた歩道橋を渡り、「徳川博物館通り」を5分ほど歩くと、右手に見えてくるのが「偕楽園もみじ谷」です。
約170本の赤やオレンジに色づいたもみじの木々が、静かな谷を鮮やかに染め上げる光景は、息をのむ美しさです。
また、毎年11月上旬には日没から21時までライトアップも行われます。真っ暗な谷間に赤や黄色の葉が浮かび上がる様子は幻想的!昼間に本園を散策し、食事帰りにライトアップを楽しんでみてはいかがでしょうか?
▲(写真提供:偕楽園)
観梅にしか来たことのなかった偕楽園が、こんなにも見所の多いスポットだったとは……驚きでした。自然の地形と植生を生かした広大な敷地をゆったり歩いていると、おのずと清々しい気分に。一年に何度でも訪れたい、憩いの公園です。

※記事中の料金・価格はすべて税込です
※本記事は2017年取材記事を一部更新したものです
髙松夕佳

髙松夕佳

編集者、ライター。茨城県つくば市のひとり出版社「夕(せき)書房」代表。『家をせおって歩いた』(村上慧著)、『山熊田 YAMAKUMATA』(亀山亮著)、『宮澤賢治 愛のうた』(澤口たまみ著)が好評発売中。ふるさと、茨城の魅力を再発見する日々。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
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