岡倉天心が愛した茨城・五浦の絶景と六角堂、温泉を味わいつくす旅

2018.04.27 更新

険しい岩に白波が砕け散る、まるで日本海のような絶景を楽しめるスポットが関東にもあるんです!それは茨城県北茨城市にある五浦(いづら)海岸。5つもの入江が連なり、断崖絶壁の続くこの地は、日本近代美術の礎を築いた岡倉天心が愛したことでも知られる温泉地。その景色と湯を味わいつくす、おすすめの旅プランをご紹介します。

岸壁すれすれに立つ赤い「六角堂」は、天心の思索の部屋

五浦海岸があるのは、茨城県の最北端のまち、北茨城市。まずは一番の名所、「六角堂」を目指します。JR常磐線・大津港駅よりタクシーに乗って約5分で到着するのですが、途中の「茨城県天心記念五浦美術館」を過ぎたあたりからは、こんな景色が広がります。
▲ゴツゴツした岩と松の木、そして青く澄んだ海が美しい

「六角堂」のある「茨城大学五浦美術文化研究所」へは、この「長屋門」から入場します。
▲歴史的景観として国登録有形文化財に指定されている「長屋門」。屋根は杉皮葺き

中に入る前に、岡倉天心(1863~1913)と五浦海岸の関係を、おさらいしておきましょう。

時は明治時代。若くして文部省に入った天心は、東京美術学校(現・東京藝術大学)の創設や博物館の整備を通して日本の近代化に努めるなど、国際的視野に立って華々しく活躍します。この人がいなければ日本の近代美術の発展はなかったほどの、スゴイ人なんです。

時代の先端を走っていた天心はその後、西洋を追いかけるばかりの近代化の動きに疑問を抱くようになります。伝統を受け継ぎ、自然と一体となった生活の中でこそ生まれる芸術があると、日本美術の新たな地平を切り拓こうとしたのです。
▲インド訪問はアジアへ目を向けるきっかけになった。著書『東洋の理想』の冒頭の一文、「ASIA is one(亜細亜ハ一なり)」の石碑

しかしそんな考えを、周囲は理解しませんでした。近代化著しくなっていた東京で、天心は次第に孤立していきます。

都会を離れた天心が向かったのが、ここ五浦でした。荒々しい岩がそびえるこの景観を気に入って居を構えると同時に、東京美術学校で教えていた横山大観ら画家たちを呼び寄せ、指導したのです。

「茨城大学五浦美術文化研究所」は、ここに住んだ天心の遺族より管理を引き継いでいた岡倉天心偉績顕彰会から移管され、1955(昭和30)年に設立されました。以来60年以上もの間、天心遺跡を守っています。
中に入ると、天心が住んだ「天心邸」が見えてきました。移住当初は古い料亭を住まいとしており、この建物はその料亭の古材を使って造られたのだとか。質素ながらセンスを感じる静かな佇まいです。

さわやかな木立の中を進むと、波の音が近くなってきます。
波音を聞きながらさらに行くと……
見えました!
目の前は太平洋。六角形の赤いお堂「六角堂」は、岸壁すれすれに立っていました。
天心はここで岩に打ち付ける太平洋の荒波を眺めながら思索にふけったといわれています。独自の日本文明論を記した有名な『茶の本』の構想も、ここで練られたのだとか。
▲自ら設計し、大波を見る東屋という意味の「観瀾亭(かんらんてい)」と名付けた

実は現在の「六角堂」は2012年に再建されたばかりの、新しい建物です。2011年3月の東日本大震災の津波で元の建物は流失。茨城大学を中心とした「天心・六角堂復興プロジェクト」の懸命な調査の結果、天心が建てた創建当時の姿で蘇ったのです。今では復興のシンボルとなっています。

建物内は立入禁止のため、ガラス窓から中を覗いてみると……想像以上に小さい!でも大きくとられた窓には五浦の海がいっぱいに広がり、まるで海の上にいるようです。
▲2013年の天心生誕150年を記念し、樹齢150年の杉の木が使われた

何と言っても目の前は、この風景ですからね。
荒々しい岩と崖、そしてそこに打ちつける波。厳しくも美しい大自然を前に、天心は何を思っていたのでしょうか。時を忘れてじっと見入ってしまいました。

横山大観旧別荘跡地に立つ老舗ホテル

さて「六角堂」の絶景を堪能したら、今夜のお宿「五浦観光ホテル 別館 大観荘」へ向かいましょう。ご安心ください、すぐ近くなので。
「六角堂」に向かう途中に見えた、崖の上のココです。
びっくりでしょう?まさに絶景を味わいつくすための宿と言っても過言ではありません。

研究所の入口「長屋門」に戻り、右手の方向に歩くことわずか1分で到着です。
上品で重厚感のあるエントランス。この「五浦観光ホテル 別館 大観荘」はその名の通り、あの日本画の大家、横山大観(1868~1958)の旧別荘跡地に建てられているのだそう。

大観といえば、日本の伝統的な技法と新たなテーマを融合させた数々の大作を通して、《生々流転(せいせいるてん)》や《夜桜》など、新しい絵画を作り出した近代日本を代表する画家です。
▲落ち着いた趣のフロント

チェックインを済ませたら、海の見えるロビーで一休み。華やかな和テイストで統一されていて、ワンランク上のラグジュアリー感があります。
ロビーに飾られた季節ごとの美しいディスプレイをはじめ、廊下や踊り場にさりげなく生花が生けてあったりと、館内のいたるところに細やかな心遣いが感じられ、旅の疲れが癒されます。
壁には旧別荘の名残を伝える、大観直筆の書が。
▲「遠慮めさるな 浮世の影を 花と夢みし 人もある」(生きるのが苦しいこの世、遠い先のことまで気にかけても仕方がない。先にきっとよいことが待っていると夢見る人もここにいる)とは、岡倉天心のことば

ここでは16:30~17:30の間、宿泊客限定の抹茶とお菓子のウェルカムサービス(無料)が受けられますので、ぜひ利用してみてください。
▲お抹茶でホッと一息

どこを見ても絶景!五浦の海と一体化したホテル

一休みしたら元気が出てきました。ちょっと館内を散策してみましょう。
このホテルの一番のおすすめポイントは、いたるところから太平洋のビューが楽しめるということ。

たとえば8階の海側和洋室からは……
目の前に大海原が!!
お次は4階の大広間の窓。ふと見やると……
「六角堂」と岩山、老松のベストビュー!なんと美しい……。
とにかく館内の多くの窓から同様の景色が堪能できるんです。

また、8階にはかつての横山大観旧別荘を移築した「大観記念館」があり、入口に筆や絵皿といった大観の愛用品が展示されています。希望に応じて公開しているので、フロントで尋ねてみてくださいね。
▲中はいくつもの部屋に分かれていて広い。専用の貸切露天風呂つき特別室として利用することもできる。17,280円~税・サ込、1泊2食12名1室利用時の1名分/入湯税別途150円(写真提供:五浦観光ホテル)

絶景露天風呂と五浦の海の味覚でくつろぐ

一通り散策したところで、今夜のお部屋へ。予約したのは一番人気の「海鮮料理プラン」、海側和洋室(15,660円~税・サ込、1泊2食2名1室利用時の1名分/入湯税別途150円)です。
▲(写真提供:五浦観光ホテル)
▲(写真提供:五浦観光ホテル)

リビングと8~10畳の和室にツインベッドのお部屋がついていて広々。もちろん窓からは松林と海が見渡せます。
▲夕食では、近海で獲れた新鮮な魚を使ったお造り、煮魚、揚物、釜飯など四季折々の五浦の味覚を堪能できる(写真提供:五浦観光ホテル)

このほかアワビ、茨城産の3種の高級肉、10~3月限定のアンコウなど、お料理ごとに選べる宿泊プラン「ぐるめプラン」やカニ料理が味わえる「かにづくしプラン」もありますよ。

お腹もいっぱいになった後は、お待ちかねのお風呂といきますか。
茨城県で温泉?と思われるかもしれませんが、こちらの「大観の湯」では源泉掛け流しの天然温泉を楽しめるんです。
お風呂までの渡り廊下がまた風情があり、気分が高まります。
入り口を通り、まずは女性の大浴場へ。
ガラス張りの内側にも大きな湯船がありますが、外にも出られるみたいですね。
わーー!眼前には雄大な太平洋が!これは気持ちいい!お湯はさらっとしていてベタつかず、いつまでも入っていたくなります。
こんなふうに青空のもと入るのも開放感があって最高ですが、夕暮れ時や、昇る朝日に水面が照らされる早朝も格別だろうな……。
▲こちらは男湯の露天風呂。同じく絶景を眺めながらのひとときを楽しめる
▲泉質はナトリウムカルシウム塩化物泉で、疲労回復、冷え性、神経痛などの効能を期待できるそう

湯上がりには雄大な太平洋を眺めながら一杯、いきたくなっちゃいますよね。大丈夫です。大浴場の手前には、こんなテラスと湯上がり処があるんです!
つくづく痒いところに手が届く設備だなあ、このホテルは!

貸切の露天風呂(別料金、45分間2,160円・税込)が2種類用意されているのも、家族やカップルにはうれしいでしょう。
▲貸切露天風呂「椿の湯」
▲貸切露天風呂「浜菊の湯」(バリアフリー)

なお、温泉は日帰りでの利用もできます(中学生以上1,000円、小学生500円・税込)。昼食と入浴のセットプランもあるので、詳しくは公式ホームページをチェックしてみてくださいね。
▲(写真提供:五浦観光ホテル)

翌朝はぜひ早起きを。奇岩に打ち寄せる白波が昇る朝日に照らされる、こんな絶景を楽しむことができます。
▲案内してくれた村田和華子さん(左)と村田知世さん。お二人はいとこで、共に三代目の女将を務める

絶好のロケーションと女将たちの心遣いにあふれた、くつろぎの宿。横山大観ら日本近代美術の先人たちが愛した五浦の海の魅力を堪能できました。

日本美術院の画家たちの魂にふれる

チェックアウト後は、女将に「ホテルからとは反対側の見事な景色が見られますよ」とすすめられた「五浦岬公園」へ行ってみることに。

途中、ホテルのほど近く、「六角堂」の手前には岡倉天心のお墓がありました。なんとも簡素な土饅頭(どまんじゅう)型です。
天心は1913(大正2)年に50歳で亡くなり、東京の染井墓地に埋葬されましたが、辞世の歌「我逝かば 花な手向けそ浜千鳥 呼びかふ声を印にて 落葉に深く埋めてよ 十二万年明月の夜 弔ひ来ん人を松の影」に込められた遺志をくみ、まもなくここ五浦に分骨されたのだそうです。

歩くこと約5分で、「五浦岬公園」に到着しました!
園内は散策路が整備されていて、お散歩にぴったり。ベンチや屋根付きの休憩所もありますよ。
そして展望台から太平洋越しに望む「大観荘」が、こちらです。
赤い六角堂と岩礁に砕け散る白波、緑の松林……まるで一枚の日本画のようです。昨夜あそこに泊まっただなんて、なんだか信じられない……。

断崖や奇岩に打ち寄せる波の音には心地よいリズムがあり、松林をわたる風の音とあいまって、美しいハーモニーを奏でています。この波音は、環境省の「残したい日本の音風景100選」にも認定されているんですよ。

公園は広く、「六角堂」の左側に見えた木造の建物のほうへ行ってみると、「日本美術院研究所」の看板が。
中磯を見下ろす断崖にあるこの建物は、岡倉天心をモデルにした映画「天心」の撮影に使われたロケセットです。東京美術学校を排斥された天心を中心に東京・谷中で創設され、1906(明治39)年、天心によってこの地に移された「日本美術院」を模しているとのこと。
「日本美術院」では、天心とともに五浦に移住した横山大観、菱田春草(ひしだしゅんそう)、下村観山(しもむらかんざん)、木村武山(きむらぶざん)が画業に精進し、多くの代表作を生み出しました。東京と決別し、後に引けない状況の中、断崖絶壁を前にしてひたすら絵に打ち込む彼らの鬼気迫る姿は、まるで修行僧のようだったといいます。
決死の覚悟で精進した彼らの絵が近代日本美術を切り拓いていったかと思うと、絶景も違った緊張感とともに迫ってきます。
東京から遠く離れた茨城の北端で、岡倉天心らの崇高な闘いに思いを馳せつつ、帰路についたのでした。
2018年は横山大観の生誕150年、没後60年にあたります。近くには「茨城県天心記念五浦美術館」もありますので、天心遺跡をめぐりつつ、「日本美術院」の画家たちの作品にも触れてみてはいかがでしょうか?
髙松夕佳

髙松夕佳

編集者、ライター。茨城県つくば市のひとり出版社「夕(せき)書房」代表。『家をせおって歩いた』(村上慧著)、『山熊田 YAMAKUMATA』(亀山亮著)、『宮澤賢治 愛のうた』(澤口たまみ著)、『失われたモノを求めて 不確かさの時代と芸術』(池田剛介著)が好評発売中。ふるさと、茨城の魅力を再発見する日々。

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