【保存版】京都・八坂神社の見どころを徹底解読!美と恋のパワースポットも

2018.06.08

京都の中でも「祇園さん」の呼び名で親しまれ、全国各地から多くの参拝者が訪れる「八坂神社」。東山随一の観光地として知られていますが、その境内に美容と縁結びにまつわるパワースポットがあるのをご存じですか?山のふもとに立ち並ぶお社をめぐり、その奥に広がる憩いの庭「円山公園」を訪ねてみました。

▲四条通に面した西楼門は東山を象徴する建物で国の重要文化財

全国の祇園社の総本社

京都の市街地を東西に貫くメインストリートの一つ、四条通。その東の起点に鎮座する「八坂神社」は全国にある八坂神社や素戔嗚尊(すさのをのみこと)を祀る約2,300の神社の総本社です。古くは祇園感神(かんじん)院、祇園社と呼ばれていたこともあり、花街として知られる祇園の名も、その門前街として栄えたことに由来します。
▲西楼門から東へまっすぐ伸びる四条通。門前の商店街は一年を通じて多くの人でにぎわう

八坂神社の創祀には諸説あり、社伝によると、平安京が造られるよりもさらに古く、656(斉明天皇2)年に朝鮮半島からの使節が朝鮮の神話の舞台となっている牛頭(ごず)山の神をこの地に祀ったことに始まるといわれます。また、一説には876(貞観18)年に南都(奈良)の僧の円如(えんにょ)が御堂に薬師千手などの像を安置したことが始まりともいわれています。
石段を上がり、西楼門をくぐったら、まずは門の左手にある手水舎で手と口を清めます。
身を清め終えたらいよいよ参拝。西楼門を入って正面にあるのは疫(えき)神社。その名の通り疫病除けのお社です。
▲蘇民将来(そみんしょうらい)を祀る疫神社

ここに祀られている蘇民将来は、牛頭天王(ごずてんのう=素戔嗚尊)から疫病を免れる茅(ち)の輪を授けられたという伝承があります。蘇民将来に縁のあるものは疫病にかからないとされ、有名な祇園祭では、粽(ちまき)などに疫病退散を願って「蘇民将来之子孫也」と書かれた札が付けられます。

水と龍にまつわる八坂神社の伝説

疫神社から右手に向かって伸びる参道を進み、太田社、蛭子(えびす)社、大国主社、社務所の前を通りすぎると大きく開けた本殿前に出ます。
▲祇園造と呼ばれる荘厳な本殿

国の重要文化財に指定されている本殿。祀られているのは素戔嗚尊と櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)、八柱御子神(やはしらのみこがみ)の三柱の御祭神。本殿と拝殿を一つの屋根で覆うという建築様式がほかに類を見ないことから祇園造と呼ばれ、現在の建物は1654(承応3)年に徳川四代将軍家綱が再建したものです。
▲本殿の大屋根は檜皮葺きで、大きな反りが美しい

八坂神社にはたくさんの不思議な伝説が伝わっていて、本殿もその一つ。都の人々が語り継ぐ話の中では、この下に大きな池があり、水脈が平安京の西に位置する神泉苑や南の東寺まで続いているというのです。またその池は大地のエネルギーが集まる場所として青龍が棲む「龍穴」になっていて、古くから都を守ってきたといわれてきました。
▲本殿を見上げると、鮮やかな青色の龍の木彫りが

また民間伝承では本殿の東(正面に向かって右)の柱の下で西を向いて強く柏手を打つと、ここだけ大きく反響して聞こえるともいわれています。これは、柱の上に付けられた「龍吼(りゅうぼえ)」と呼ばれる龍の頭の木彫りが柏手に応えて鳴くからとか。
▲散策も、ご利益めぐりも、まずはお参りしてから

二礼二拍手一礼し、きちんと礼拝したあと、試しに龍が吼えてくれるか手を打ってみましたが、たくさんの人の柏手にまぎれて聞こえたような、聞こえなかったような…。

本殿前は参拝者でとても混雑するので、周囲の邪魔にならないよう配慮するのも必要ですね。神様の前でマナー違反は禁物です!
▲奥が本殿で手前が舞殿

本殿前の舞殿では一年を通してさまざまな祭事が行われます。
▲2月の節分祭の舞踊奉納では舞妓・芸妓が華やかに舞う(写真提供:八坂神社)
▲仲秋の名月の日に行われる観月祭。琴や雅楽、舞楽が奉納される(写真提供:八坂神社)

本殿、舞殿の正面には南楼門があり、鳥居をくぐると南に向けて、高台寺、清水寺へと続く道が伸びています。
▲本殿の南側にある南楼門と石鳥居。実は正門は西楼門ではなくこちら

美の神様、その名も「美御前社」へ

境内には、本殿を取り囲むように20社近いお社があり、さまざまな神様が祀られています。

本殿の南東に位置しているのは大神宮(だいじんぐう)社。天照大神(あまてらすおおみかみ)と豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祀られていて、鳥居のかたわらには力水とも呼ばれる御神水が湧きだしています。
▲本殿下の龍穴と同じ水脈の御神水

大神宮社の北側に立つ「忠盛(ただもり)灯籠」にも伝説が残されています。
▲平清盛の父の伝説が残る忠盛灯籠

忠盛とは、平家物語で知られる平清盛の父で、白河上皇に仕える武士でした。上皇が雨の中ここを通りがかったところ、化け物らしき影が横切ります。同行していた忠盛に切り殺すよう命じますが、忠盛がまずは化け物の正体を確かめようと組み伏せてみると、正体はなんと年老いた僧侶でした。危うく僧を殺してしまうところ、忠盛の冷静な判断で難を逃れた上皇は、こののち忠盛を重用し、これが平家の繁栄につながったといわれています。

この灯籠の北側にあるのが「悪王子(あくおうじ)社」。
▲悪王子社には素戔嗚尊の荒魂(あらみたま)が祀られている

「悪」という名前に一瞬どきりとしますが、これは現代で言う悪者、悪役とは違い、強い、勇猛といった意味合い。神様には和やかな「和魂(にぎみたま)」と荒々しい「荒魂」の二つの面があり、ここでは素戔嗚尊の荒魂を祀っています。諸願成就の御利益があるとか。

そして次に見えてきたのが「美御前(うつくしごぜん)社」。その名の通り、美容美徳にご利益があり、舞妓さんや芸妓さんをはじめ、美容・理容業界の人々、そして全国の女性たちが参拝に訪れます。
▲たくさんののぼり旗が立てられた美御前社

ここに祀られているのは、美人の誉れ高い三柱の女神、多岐理毘売命(たぎりびめのみこと)、多岐津比売命(たぎつひめのみこと)、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)。とくに際立つ美人といわれる市杵島比売命は、七福神の弁財天と同じ神として崇められ、さらには美貌の女神とされる吉祥天とも重ねられて、財福、芸能、美貌の神様として信仰されてきました。
▲2、3滴を取って肌につけると美のご利益が!

ここに参拝者が絶えないのは、鳥居の横に湧く「美容水」が霊験あらたかと言われるから。この水を肌につけると、美肌はもとより心から美しく磨かれるといわれ、この御神水を通して心身の清浄、美徳成就、道の開運を祈願します。

境内の奥まったところにありますが、訪れたこの日も湧き水の前には行列が。美の霊水と言われると肌にたくさんつけてみたくなりますが、ここは心の美も磨く場所。欲張らず数滴にして、筆者は「シミ・シワ退散!」をお祈りしてきました。
▲美御前社の奥、本殿北側には、日吉社、刃物神社、祖霊社、厳島社などが並ぶ
▲八坂神社は歌舞伎発祥の地・南座に近いこともあり、絵馬堂にはいくつもの歌舞伎役者の奉納絵馬などが並ぶ

本殿の東から北をまわって、西楼門へ戻り、最初に前を通過してしまっていた蛭子社へお参り。
祀られているのは事代主神(ことしろぬしのかみ)で、七福神の蛭子神と同一視されていることから、海の神、商売の神として信仰されています。社殿は国の重要文化財です。
▲近隣の商店街が奉納した蛭子様は、撫でれば商売繁盛の御利益あり

蛭子社の斜め向かいにある「大国主(おおくにぬし)社」。大国主神(おおくにぬしのかみ)といえば、出雲の神様で俗にいう大黒様。福の神、縁結びの神様として親しまれていますよね。
▲大国主社

因幡の白兎と大国主の伝説にちなみ、兎を模した縁結びの授与品もあります。恋の願い、婚活成功を祈願してみるのもいいかも!
▲お社前に立つ大国主と白うさぎの像
▲本殿前の社務所には、各種お守りが並ぶ

開運や厄除けのお守りのほか、美御前社ゆかりの美のお守りや油とり紙などの授与品もあり、自分の分だけでなく、お土産にする人も多いとか。
▲毎年7月17日に行われる神幸祭では「石段下」と呼ばれる西楼門前に神輿と担ぎ手が集結する(写真提供:八坂神社)

八坂神社といえば日本三大祭に数えられる「祇園祭」がとくに有名で、7月の1カ月間にわたって行われるこの祭では、絢爛豪華な山鉾巡行のほか、17日の夕刻に西楼門の前に三基の神輿が集う神幸祭も見どころの一つです。

また、祇園祭の最終日には鳥居に取り付けられた大きな茅の輪をくぐる夏越祭(なごしさい)も行われます。
▲毎年7月31日の夏越祭では参拝客が大きな茅の輪をくぐって疫病退散を願う(写真提供:八坂神社)

名勝「円山公園」で緑に囲まれひと休み

お社をめぐった後は、せっかくなので八坂神社に隣接する「円山公園」へ。公園全体が文化財として保護されていて、公園ができたのは、なんといまから130年以上も前の1886(明治19)年。
▲円山公園は、国の名勝に指定されている

公園がある一帯は平安時代から風光明媚な地として知られていましたが、明治に入って寺社の土地の多くが官有地とされ、公園整備が進められました。開設後には数百本に及ぶ桜が植樹され、近代を代表する庭師・七代目小川治兵衛(植治)による日本庭園の造園などが行われました。
▲東山のふもとにひろがる水と緑にあふれた公園

ひょうたん池に架かる石橋を渡ると、山側には水の流れと石組が織りなす庭園風景が広がっていて、滝や噴水も配されています。これは関西建築の父とよばれ、明治・大正に活躍した建築家・武田五一と植治によって整備されたものです。

公園は春になると京都随一の花見スポットとしてにぎわい、とくによく知られているのが「祇園枝垂桜」です。
▲公園の中央に植えられた祇園枝垂桜(写真提供:京都市都市緑化協会)

現在の枝垂桜は二代目で、高さ12m、幹回り2.8m、枝張り10mという見応え抜群の巨木。初代の木は樹齢220年を数えるまで人々に親しまれたといい、公園ができるはるか昔から愛されてきた地なんですね。
▲明治末~大正の頃、初代の祇園枝垂桜(写真提供:京都府京都学・歴彩館)

枝垂桜とひょうたん池を中心に、園内には散策路が張り巡らされ、早朝から夕刻までたくさんの人が訪れます。
▲園内には幕末の志士で、京都で命を落とした坂本龍馬・中岡慎太郎の像も

公園の東側は東山に続いていて、枝垂桜から歩いて5分ほどの場所にある展望台では木立の合間から京都市内を望むこともできます。
▲散歩の足でひと休みする人も多い展望台下の東屋

ほかにも園内には京都のフォークソングの聖地ともいわれ、現在でもさまざまな催しが行われる「円山音楽堂」があるほか、西側一帯は市民の森として整備され、緑の中でゆったりとしてひとときを過ごすことができます。
京都の人々から長きにわたって崇敬を集めてきた八坂神社は、やはりご利益、パワースポットの宝庫でした。そして円山公園一帯は、繁華街がすぐそばにありながら、信仰に守られた豊かな自然が今に残る場所。東山山麓は、まさに京都の歴史の深さを体感するのにふさわしい地です。
若林扶美子

若林扶美子

フリーのライター&プランナー。京都をはじめ関西を中心に、雑誌、書籍、PR誌の企画・執筆を手掛け、伝統文化や地域情報などを発信している。6匹の猫とともに滋賀在住。

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