世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」に選定された山口県萩市のスポットを巡る
2015年7月、「明治日本の産業革命遺産」がユネスコ世界文化遺産に登録されました。8県11市にわたる23の構成資産の中でも、近代化の原点と言われているのが山口県萩市内にある5資産です。2016年1月30日には、これらの資産をよりわかりやすく学べる「萩・世界遺産ビジターセンター 学び舎(まなびーや)」もオープン。萩市文化財保護課世界文化遺産室室長の阿武(あんの)宏さんに、萩市内の構成資産について、見どころなどをお聞きしました。

近代化への試行錯誤の痕跡を示す貴重な資産「萩反射炉」

萩(長州)藩は、既に反射炉の操業に成功していた佐賀藩に藩士らを派遣し、洋式鉄製大砲の造り方を教わろうとしたものの、断られてしまいます。そこで、萩(長州)藩は、佐賀藩が欲していた萩(長州)藩が発明した「砲架施風台(ほうかせんぷうだい)」の模型を大工棟梁で藩士の小沢忠右衛門に持たせ、再び佐賀藩に派遣。小沢忠右衛門は反射炉の見学を許され、スケッチをとり、藩に持ち帰ります。このスケッチをもとに、「萩反射炉」は造られたと考えられています。
現在残っている遺構は、煙突にあたる部分で、高さ10.5mの安山岩積み(上方一部煉瓦積み)です。オランダの原書によれば、反射炉の高さは16mですので、萩反射炉は7割程度の規模しかありません。また、萩(長州)藩の古文書には、『安政3年に反射炉の雛形を築いて大砲などの鋳造を試みたが、本式に反射炉を建造することを中止した』という記録が残っており、これらのことから、萩反射炉はスケッチをもとに試作的に築造されたものであるという見方が有力視されています。
「地元の石工の技術によって安山岩による石積みができ、小畑焼の登り窯の技術を活かして上部の煉瓦積みができたと推測できることから、江戸時代の高度な匠の技術があったからこそ、その後の急速な産業化が進んだことを示しているとも言えます。こうした試行錯誤の積み重ねによって、ものづくり大国“日本”が確立されたことを考えると、試作炉ではあるものの、自力による近代化初期の資産として、かなり貴重なものといえるでしょう」と、阿武さん。
地元に伝わる技術が近代化に活かされていたことに、とても深い興味を覚えました。
萩反射炉
山口県萩市椿東4897-7
[料金・時間]見学自由
0838-25-3139(萩市観光課)
貴重な発掘調査の様子も見学できる「恵美須ヶ鼻造船所跡」

ここ「恵美須ヶ鼻(えびすがはな)造船所跡」は、萩(長州)藩が設けた造船所の遺跡。幕末には「丙辰丸(へいしんまる)」「庚申丸(こうしんまる)」という2隻の西洋式木造帆船が建造されたことで知られます。
当時、国内では、伊豆半島の戸田村で、ロシア人海軍将校のプチャーチンが地元の船大工を使って、西洋式木造帆船を建造しており、萩(長州)藩は戸田村に船大工棟梁を派遣。その後、建造に携わった技術者を招き、安政3(1856)年、恵美須ヶ鼻に造船所を建設します。
この年、ロシアの技術によって「丙辰丸」が進水。また、万延元(1860)年、2隻目となる「庚申丸」が進水しますが、このときは、幕府が軍艦の操縦と建造の技術習得のために設立した長崎海軍伝習所でオランダ人教官から教わった技術が用いられました。

「ロシアとオランダという2つの異なる技術による造船を1つの造船所で行った例は他にはなく、また、幕末に建設された帆船の造船所で唯一遺構が確認できる造船所であることが評価され、構成資産となりました。2015年夏から本格的な発掘調査が始まっており、2017年度までの調査期間中(春~秋)は、発掘の様子を見学することができます。貴重な機会ですので、ぜひ見学にお越しください」と、阿武さんが教えてくださいました。
恵美須ヶ鼻造船所跡
山口県萩市椿東5159-14
[料金・時間]見学自由
0838-25-3139(萩市観光課)
産業近代化の礎を築いた吉田松陰の私塾「松下村塾」へ

「松下村塾といえば、維新の志士を育てたことで知られており、政治的なイメージを持たれる方も多いと思いますが、吉田松陰は海防の必要性と、工学教育の重要性を説きました。ペリー艦隊の船(黒船)に乗船を試みたのも“西洋の産業や技術を知りたい”という想いがあったからであり、幕末にヨーロッパに密航留学した伊藤博文をはじめとする5人の藩士『長州ファイブ』にも、吉田松陰の教えが影響を与えています。1850年代から1910年までの約60年間で日本が産業革命を成し遂げた背景には、松下村塾での吉田松陰による教えが、大きく影響しているのです」と、阿武さんは語ります。


塾生だった伊藤博文は、明治政府に工業や造船、鉄道などを推進する「工部(こうぶ)省」を設け、長州ファイブの一人である山尾庸三は東京大学工学部の前身となる「工部大学校」を設置するなど、萩(長州)藩の藩士たちが、後の日本の近代化・産業化の過程で重要な役割を担ったことから、その教えを説いた「松下村塾」が、世界文化遺産の構成資産に選ばれました。
松下村塾(松陰神社)
山口県萩市椿東1537
[料金・時間]見学自由(外観のみ)
0838-22-4643

吉田松陰と松下村塾
-明治の近代化・工業化にはたした役割-
[期間]開催中~2016年10月11日(火)
[時間]9:00~17:00(入館は16:30まで)
[休館日]なし
[入館料]一般500円、中高生250円、小学生100円(いずれも税込)
0838-24-1027(松陰神社宝物殿至誠館)
日本の在来技術が近代化を支えていたことを示す「大板山たたら製鉄遺跡」

「“たたら”というのは、砂鉄を原料に木炭を燃焼させる1000年以上も前からある日本の製鉄技術です。高殿(たかどの)をはじめとする生産遺構が良好な状態で保存されており、日本における近世の製鉄業の展開を理解する上でも貴重な遺跡なんですよ」と、小野会長。

大板山たたら製鉄遺跡
山口県萩市紫福257-5(山地番)
[料金・時間]見学自由
0838-25-3139(萩市観光課)
風情たっぷりの「萩城下町」を散策

ここは、幕末に日本が産業化をめざした当時の地域社会における政治・行政・経済をあらわす資産で、「城跡」「旧上級武家地」「旧町人地」の3地区からなっています。



萩(長州)藩の政治的、経済的、文化的、軍事的な拠点だった「萩城下町」。産業化を試みた幕末の地域社会が有していた江戸時代の伝統と身分制、社会経済構造を非常によく示していることから、構成資産の1つに選ばれています。

萩城下町
山口県萩市南古萩町付近
0838-25-3139(萩市観光課)
2016年1月、「萩・世界遺産ビジターセンター 学び舎」オープン!

製鉄、造船、石炭産業などの重工業分野で西洋の技術を取り入れ、日本が「ものづくり大国」となる基礎を築いた歴史が学べる萩の旅を、楽しんでみませんか?
萩・世界遺産ビジターセンター 学び舎(まなびーや)
旧明倫小学校体育館(山口県萩市江向602 萩市役所前)
[期間]2016年1月30日(土)~2017年2月12日(日)
[時間]9:00~17:00(最終入館16:30)
[休館日]なし
[入場料]大人300円、小・中・高生100円(いずれも税込)
0838-25-1750(萩市観光協会)

寺脇あゆ子
福岡を中心にグルメや旅などを中心に活動するフリーの編集者・ライター。美味しいものがあると聞けば、行かずにはいられないフットワークの軽さが自慢。主な仕事はグルメ情報誌「ソワニエ」、greenz.jpなど。
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