京都観光の定番「保津川下り」は、想像以上のスリルと渓谷美を味わえる!

2018.10.19 更新

嵐山といえば、京都観光では外せないエリアの一つ。その名勝地を終着点に、約2時間の船旅を楽しめるのが「保津川(ほづがわ)下り」です。観光名所・渡月橋のおよそ16km上流の亀岡から船に乗り込めば、嵐山の穏やかで雅やかな趣からは想像もできないような渓谷とダイナミックな風景が広がります。

約400年の歴史を伝える川下り

京の都の北西に位置する丹波の国・亀岡といえば、明智光秀が領主だったことでも知られる山間の城下町。その玄関口であるJR亀岡駅から歩いて約8分という便利なところに、保津川下りの乗船場があります。
▲保津川のほとりに立つ乗船場。無料駐車場も100台完備

保津川下りの歴史は古く、京の豪商・角倉了以(すみのくらりょうい)が木材や薪炭などの丹波地方の産物を都へ送ることを目的に、江戸初期の慶長11(1606)年に産業水路として拓きました。
鉄道や自動車の登場で運輸が陸運に切り替わった後は、四季折々の渓谷美を楽しむ観光船として歴史を綴っています。
▲大正時代、材木を筏に組んで運ぶ保津川の風景(京都府立京都学・歴彩館蔵)

保津川下りの船は定員16人の小型の平底船。そこに3人1組の船頭が乗り込み、激流や巨岩が点在する流れのなかを下っていきます。長い竹竿で巧みに船を操る姿は見どころの一つです。
▲コース中には激しく水しぶきが上がる場所も
▲船頭の河原林洋(かわらばやしひろし)さんは、竿を握って20年以上のベテラン

地元亀岡出身の船頭・河原林洋さんは「地元ならではの歴史ある仕事をしたい」と、サラリーマンをやめてこの世界に入った一人。船頭歴20年以上にもなるベテランですが、それでもまだまだ中堅といったところだそう。
「操船だけでなく、川の形状や季節の変化などの知識と経験を積み、10年たってやっと一人前」。
川や川岸の自然の修繕・保全も船頭の大切な仕事で、最近では海外からの観光客に対応するため、英語や中国語などでの案内もみなさんで勉強しているのだとか。
▲急峻な山々を縫うように川が流れる保津峡

春の桜の季節や秋の紅葉シーズンには、1日に100隻も出航することがあり、体力も求められますが、「400年の歴史と見どころいっぱいの大自然、そして同じ船に乗り合ったみなさんが一体感を楽しんでいただけるよう盛り上げるのも船頭の仕事」と話してくれました。
▲紅葉に染まる保津峡を眺めながらの川下り
▲12月中旬から3月9日までの冬季はお座敷暖房船に。雪景色はまた格別の美しさ

いざ、嵐山に向けて出発!

定期便は朝9時から出航していて、大人4,100円、4歳から小学生は2,700円(いずれも税込)。この日は、朝一番に伺いましたが、すでに乗船を待つ観光客のみなさんでいっぱいです。
▲保津川下り航路マップ。左上にある新保津大橋がスタート地点

新保津大橋の下から船に乗り込み、いよいよ出航!
船のなかはベンチ式の座席が6列並び、1列は3~4人掛けになっています。筆者は15人ほどの方とご一緒することに。左右には水除けのシートが用意されていました。ということは、かなり濡れるのでしょうか…ちょっとドキドキ。
乗船場は亀岡盆地にあるので、まだまだ川幅は広く流れも緩やかです。
▲左の船頭さんが「竿さし」、右の船頭さんが「櫂(かい)ひき」

3人の船頭さんにはそれぞれ役割があり、船首で長い竿を操る「竿さし」は川底や岩に竿をさして、前進させたり方向の調整を行います。木製のオールを漕ぐ「櫂ひき」は、船のエンジン役。そして後方に船の進路を決める「舵とり」がいて、3人の息をあわせることが一番重要なのだとか。
▲川岸に見えるのは10月に行われる「保津の火祭り」で知られる「請田(うけた)神社」

船の操船方法や保津川下りの歴史、周辺の見どころなどがユーモアたっぷりに紹介され、船のなかはいつしか和気あいあいとした雰囲気に。
▲大きな岩や奇妙なかたちの岩を何かに見立てて楽しむのも醍醐味の一つ。船頭さんが色々と紹介してくれる
▲写真中央右は「烏帽子岩」の名で古くから親しまれている

保津川沿いには亀岡と嵐山を結ぶトロッコ列車も走っていて、ときには船と並走することも。川面から見上げてみると、たくさんの人が私たちの船に向かって手を振っています。船の一同もノリノリで、負けじと大きく手を振り返します。
▲保津川沿いに走るトロッコ列車(嵯峨野観光鉄道)

激流と水しぶきがスリル満点

乗船からしばらく穏やかな流れが続いていましたが、スタートして約20分ほどでいよいよ最初の激流エリアに突入です。
▲船首が上下に大きく揺れるなか、まったく態勢を崩さない船頭さん

ここは「小鮎の滝」と呼ばれ、保津川のなかで唯一、滝の名がつく場所。高低差は約2mあり、小さな鮎では遡上してこられないという意味から名付けられたとか。船頭さんたちの間では「怖いの滝」の響きが変化したとも伝わっているそうです。
▲大きな流れをザブンと越えたところで、すごい波しぶきが!
微妙な竿の操作と3人の呼吸があわなければ、岩と岩の狭い間を通り抜けられません。さっきまで冗談を言い合っていた船頭さんたちの顔も真剣で、そのギャップと恰好良さに惚れぼれ。

▲流れが少しゆるやかになったところで、役目を交代

川下りでは、JR山陰本線の橋を5つと、トロッコ列車の橋1つをくぐります。JRはほぼ直進しているので、つまりは川が幾重にもくねくねと蛇行しているということ。火伏(ひぶせ)の神様で知られる愛宕(あたご)山も左に見えたかと思えば、正面に現れたりして、方向感覚が混乱してきます…。
▲船は再び急流へ。「二股の瀬」「朝日の瀬」と呼ばれるポイントへ
▲早い流れのなかでも、的確に竿で船を操る技術はさすが
同じ場所に竿をさすため、いつしか硬い岩にも竿の跡が。江戸の昔から繰り返し船頭さんたちが荷や人を運んできた証なんですね。
▲前に見えるのはトロッコ保津峡駅そばに架かる吊り橋

苔に覆われた「孫六岩」と呼ばれる巨岩があるコース中盤の辺りは、角倉了以が保津川を水路として開削した際、最後まで難所とされた場所。大型重機のない時代、この大岩を孫六という岩師が砕いたことから名前が付けられたとか。激流のなか、岩の切れ目へ最後の一打を入れたものの、孫六は命を落とし、水路のために犠牲になったという悲話も伝わっています。
▲孫六岩は乗船場から約8kmのところにあり、これが見えたらちょうど中間地点

その後もよく見れば、岩のなかには人工的に削られたものもあり、そこに苔が生え、木々が生い茂っている様子を見ると、先人たちの苦労がしのばれます。
▲ときには船が岩をこすりそうなほど近くを通ることも
いよいよ最後の橋をくぐります。
▲再びトロッコ列車に遭遇。乗船場に車を残してきた人は、これに乗って亀岡まで戻ることができる

最後の急流「大瀬」にやってきました。ここは川幅が広いものの、白波の立つ岩場が長く続きます。
ここまで急流のたびに船頭さんが「シートを用意して!」と叫んでくれるので、少々しぶきをかぶる程度でしたが、あえて思い切り濡れるという選択肢ももちろんあり。
▲コース最後の急流「大瀬」
▲スピードに乗って進む船は、たまらない爽快感!

大瀬を過ぎ、緩やかになった流れの先に提灯を掲げた船が。なにやらいい香りが漂っています。
保津川名物の売店船です。ゆっくり横付けされると、船に乗ったままでおでんやみたらし団子を買うことができ、熱々の味を楽しめます。
売店船から遠い席の人には、お客さん同士、人から人へとお金とお皿が行き交います。2時間の川下りの道中、絶叫したり笑ったりを繰り返すなかで生まれた一体感。船のなかは何ともいえない和気あいあいとした雰囲気になっているから不思議です。
▲おでんは玉子、こんにゃく、大根などが入って500円、みたらし団子は一皿3本で300円(いずれも税込)

売店船にさよならをして、船頭さんの遠く向こうに渡月橋が見えてきました。ここまで下ってくると、川は嵐山を遊覧する屋形船や、宿に送り迎えをする船などでにぎやか。
渡月橋の少し上流で、同船した人たちと別れを惜しみながら船を降りました。
船着場を離れていく船頭さんに手を振って、川下に目を向ければすぐ目の前は観光客でにぎわう嵐山のまち。船旅を終えてもまだ昼前なので、あと半日、まだまだあちこち散策が楽しめます!
思っていた以上にスリル満点で、大自然を身近に感じられたこの船旅。思わずシャッターを切りたくなるような絶景、奇景も盛りだくさんで、写真映えすること請け合いです。船頭さんたちに乗せられて(?)みんなで大いに盛り上ることもでき、どこかほっこりと心が温まるような旅の思い出も作ることができました。
若林扶美子

若林扶美子

フリーのライター&プランナー。京都をはじめ関西を中心に、雑誌、書籍、PR誌の企画・執筆を手掛け、伝統文化や地域情報などを発信している。6匹の猫とともに滋賀在住。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。
PAGE TOP