山に囲まれた本格ベンガルカレー店!?長野県駒ケ根市「アンシャンテ」

2018.08.23 更新

長野県駒ケ根市にある「アンシャンテ」では、日本では珍しいベンガルカレーを提供している。青年海外協力隊員としてバングラデシュに赴任していた経歴を持つ店主が、当時の思い出の味を再現すべく、玉ねぎを10時間炒めるなど労力をいとわない。手間ひまをかけて丁寧に作られたベンガルカレーは、遠方からでも足を運ぶ価値がある一皿だ!(by カレー調査隊隊長・井上岳久)

どうも、こんにちは!
カレーの第一人者である井上岳久先生と、一番弟子りかです。私たち2人は「カレー調査隊」として、ぐるたび編集部に届いた耳寄りカレー情報をもとに全国津々浦々を旅しています。

今回は、長野県駒ケ根市で食べられるベンガルカレーのうわさを調査してきました。

山に囲まれた本格ベンガルカレー店!「アンシャンテ」

▲背景に広がるのは中央アルプスの山々

りか「ぐるたび編集部宛てに、こんな調査依頼のメールが届きました」

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長野県駒ケ根市にある「アンシャンテ」というお店では、ベンガルカレーが食べられるそうです。ベンガルカレーとは、どんなカレーでしょうか?またベンガルカレーを提供しているのに、店名はフランス語なのが気になります。どんなお店なのか調査してきてもらえないでしょうか?
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井上先生「お、このお店は今から20年以上前にグルメ雑誌を中心に話題になったお店なんだよ。ちなみにベンガルは、どの辺の地域かわかるかな?」

りか「う~ん、海外の地理にはちょっと疎くて…」

井上先生「やれやれ、それじゃ一番弟子は名乗れないよ!ベンガル地方とは、インド北東部からバングラデシュあたりを指すんだ。15年以上前に一度行ったことがあるんだけど、詳しいことを忘れてしまったし、メニューなども変わっていると思うので、ぜひ調査に行ってみよう!」
ということで、やってきたのはJR飯田線・小町屋駅から徒歩約7分の「アンシャンテ」。白色を基調とした一軒家レストランです。看板には「COFFEE&DINING」と書かれていますが、「CURRY」の文字は見当たりません…。
「いらっしゃいませ!」
出迎えてくれたのは、明るくて上品な雰囲気の小笠原由里子さん。「アンシャンテ」は、小笠原さんご夫婦で経営していて、奥様の由里子さんがホールを、カレーの調理を夫の一博(かずひろ)さんが担当しています。

りか「早速ですが、ベンガルカレーってどんなものでしょうか?」

由里子さん「ベンガルカレーは汁気が少なく、こってりした味わいで、主にナンに合わせて食べるカレーです。イスラム教徒が多い地域で食べられている料理なので、豚肉は使われないのが特徴です」
りか「ベンガルカレーを提供しているのに、なぜ店名はフランス語なのでしょうか?」

由里子さん「元々は、喫茶店として私が立ち上げたお店なんです。だから店名が、フランス語で『初めまして』の意味を表す『アンシャンテ』に。その後、主人と結婚してベンガルカレーを提供するようになりました」
▲ヒーリングミュージックが流れる店内では、アジアン雑貨も販売している

りか「なるほど!でも、なぜベンガルカレーを?」

由里子さん「実は、主人が青年海外協力隊員としてバングラデシュに赴任していたことがあるんです。この話は長くなりますので、続きはカレーを食べてからにしましょうか!」

豪華なセットで優雅にいただくベンガルカレー

店主の経歴も気になるところですが、まずは気になるベンガルカレーをいただきましょう!

「アンシャンテ」はランチ(11:00~12:00)とディナー(15:00~21:00)タイムに営業していて、メニューはランチが2種類。ディナーが、コース料理または「Aセット」「Bセット」など計5種類のメニューから選べます。今回はオードブル(パポール(※)orタンドリーチキン)、サラダ、カレー(人数+1種)、ナン、ライス、ラッシー、デザート、飲み物がセットになった「AセットII」(税込1人2,500円)をオーダー。

※パポールとは…チャナ豆の粉にスパイスを入れて作った薄い煎餅のようなもの
▲「AセットII」(写真はドリンクとデザートが1人前、そのほか2人前)

カレーは10種類の中から好きなものを選べます。今回は、定番の「チキンカレー(ムルギーモシュラ)」と、おそらく日本では「アンシャンテ」でしか食べられないという「エビカレー(チングリーブナ)」、バングラデシュの田舎の家庭料理だという「ナスとトマトカレー(ベグンカリー)」をチョイスしました。

由里子さん「よかったら、焼き立てのナンから召し上がってください!」
井上先生&りか「いっただきまーす!」
▲まずは焼き立てほやほやのナンから

りか「ん~♪アツアツで、小麦のいい香りがします~!甘いのかと思いきや、意外にも塩気が効いていますね」
由里子さん「その塩気は、ギー(※)によるものですね。『アンシャンテ』ではオリジナルのギーとして、少し塩をいれているんです。ナンは小麦粉とギーに加えて、ヨーグルトと卵、牛乳も入っています。これは、主人がバングラデシュで気に入ったお店の味を再現しています。ナンはちぎってから、カレーを挟むようにして食べるのが本場スタイルですよ」

※ギーとは…インド料理でよく使われるバターオイルのこと
▲黙々と真剣に食べる井上先生

りか「…先生?」

井上先生「あ、ごめんごめん。ナンだけでもおいしくって、つい黙々と食べてしまったよ。ナンはどのように焼いているのですか?普通のオーブンでは、こんなに表面をパリっと焼けないだろうと思いまして」

由里子さん「大したものではないんですが、一応特殊なオーブンで焼いています。オーブン内で、風が回るようになっているんです」

井上先生「やっぱり!表面のパリっと感がいいですね」

店主の思い出の味を再現したカレーは、三者三様で甲乙つけられない!

それでは、メインディッシュであるベンガルカレーをいただきましょう!
▲カレーは左から「チキンカレー(ムルギーモシュラ)」「エビカレー(チングリーブナ)」「ナスとトマトカレー(ベグンカリー)」
▲定番の「チキンカレー(ムルギーモシュラ)」。鶏肉は、徳島県の地鶏・阿波尾鶏(あわおどり)のもも肉とむね肉を使用している

井上先生「チキンカレーは玉ねぎが形を成していないほど、煮溶けているね。辛味はあるが、じわ~っと来る感じで心地いいよ。それに、ひと口サイズの鶏肉がゴロっと入っていて食べ応えがあるね!」

由里子さん「チキンカレーは、主人の赴任先だったバングラデシュ北西部のクスティア・ドウラトプールという地域の食堂で食べたカレーを再現しているんです。現地では具のチキンを1個単位で販売していて、汁は売り物ではなかったそうです。そのため、余った汁はどんどん継ぎ足されていき、鶏肉の旨みが詰まった濃厚なソースができあがっていくんです。主人はその汁を無料でもらって食べていたそうですよ」
▲「エビカレー(チングリーブナ)」。エビは殻付きのブラックタイガーを使用

りか「エビカレーは、じっくり炒めた玉ねぎの甘みやトマトの焦げた香ばしさがたまらないです!酸味も効いていますね」

由里子さん「エビカレーは、バングラデシュ南東部のベンガル湾に浮かぶ小さな島で食べられているカレーなんです。主人がたまたまその島に調査で行った時に食べたカレーがおいしくて、宿泊先の料理人に作り方を教わったそうです」

井上先生「このエビカレーはよそでは食べたことがない味わいだよ」
▲「ナスとトマトカレー(ベグンカリー)」。野菜の水分でジューシーな仕上がり

井上先生「ナスとトマトカレーは、野菜の甘みが効いた甘口のカレーだね。その中で、コリアンダーが際立っている」

由里子さん「これはクスティア・ドウラトプールで隣に住んでいた農家のおばさんが作ってくれたカレーを再現しているんです。つまり、田舎の家庭料理ですね」
りか「どのカレーも三者三様で、甲乙つけがたいですよね!それに、カレーごとに店主の思い出が詰まっているのもいいですよね」

井上先生「そうだね。そのおかげで、どれも丁寧に作られているのがわかるよ」
▲デザートには、自家製クリームチーズを。濃厚なクリームチーズの下にはヨーグルトが入っています

職人技を超えた、もはや超人技!こだわりが詰まったカレーの作り方

「アンシャンテ」のベンガルカレーにすっかり魅了された私たち。どうやって、このカレーを作っているのでしょうか。店主の一博さんにお話しを聞いてみました!
▲穏やかな口調で話す小笠原一博さん。わざわざ厨房から出てきてもらいました!

一博さん「チキンカレーは、まず玉ねぎを10時間以上炒め、そこにチリ、ターメリック、コリアンダー、クミンの4種の基本スパイスと、クローブ、カルダモン、ベイリーフ、シナモン、ガラムマサラなどのスパイスを加えます。ある程度なじんだら鶏肉を投入。1度煮込んでから、あえて少し冷まします。そうすることで鶏肉に味が染み込むんです。そして改めてもう1度煮込みます。だから完成までに2日かかるんです」

りか「玉ねぎを10時間も炒めるんですか!?」

一博さんによると、バングラデシュでは長時間も炒めないそうですが、現地の味を再現するために玉ねぎは炭になりそうな寸前までしっかり炒めると言います。だけど、たった10秒でも長く炒めてしまうと炭になってしまい、使い物にならないんだとか。そうすると、炒めた10時間がすべて無駄に…。その見極めが大事とは、まさに職人技。
一博さん「エビカレーは、玉ねぎをある程度炒めてからトマトを入れ、水分が飛んで焦げっぽくなるまで炒めます。スパイスは4種の基本スパイスとガラムマサラだけ。カレーソースが完成してから、エビを投入します。あと隠し味にケチャップを使っていますよ」

井上先生「酸味は何で出しているのでしょうか?タマリンドかなと思ったのですが」

一博さん「あれはトマトの酸味ですよ。日本産ではなく、イタリア産のトマトを使用しているんです。この酸味は日本産のトマトでは出せませんね」
一博さん「最後にナスとトマトカレーの作り方ですが、こちらは玉ねぎを透き通る程度にさっと炒め、そこに4種の基本のスパイスを入れるのですが、特にコリアンダーを多めにしています。その後に、トマトやナスを入れて煮込みます」

ちなみに一博さんは玉ねぎを持っただけで、その玉ねぎの大体の水分量が分かるそう。そして水分量ごとに玉ねぎを仕分け、どのカレーに使うのか決めていると言います。これは職人技というよりも、もはや超人技!
▲キッチンに並べられたスパイス

一博さん「でもカレー作りで一番大事なのは、塩ですね。どのカレーも最後は塩で味を調えるのですが、この加減が難しい。『アンシャンテ』では現在、瀬戸内の塩を使っていますよ」

玉ねぎを持っただけで水分量がわかる一博さんでさえ、塩加減は難しいとは…。カレー作りは奥が深いです!

ベンガルカレーを作り続けるワケとは?

最後に、一博さんの経歴について教えてもらいました。

一博さんが青年海外協力隊員としてバングラデシュに派遣されたのは、1984(昭和59)年。一博さんが28歳の時でした。それまでは大企業の農業機械メーカーの社員として、安定した生活を送っていたと言います。ですが、だんだん自分の人生に疑問を抱き始めるように…。
一博さん「海外ボランティアを目指したのは、自分への挑戦という気持ちのほうが強かったですね。だから2年の任期が終わったら、すぐに帰国するつもりでした。だけどバングラデシュでは生きていくために、わざと我が子の手を火傷させて、物乞いをする母親もいて…。そんな姿を見て、私に何ができるんだろうと考えるようになりました」

その後、任期を1年延長してバングラデシュのために奔走した一博さん。しかし、それ以上の延長は認められず帰国。その後、近所で喫茶店を開いていた由里子さんと出会い、結婚することに。ちなみに新婚旅行はバングラデシュだったそう。
一博さん「バングラデシュのために何ができるだろうと考え、たどり着いた答えがベンガルカレーです。そして1989(昭和64)年から『アンシャンテ』でカレーを提供するようになりました。ですが案の定食べていけなくて。もうダメかな…という時に、たまたま文筆家の藤原新也さんが来店してくれたんです」

『印度放浪』(1972年)などのヒット作を生み出した藤原新也さんが、グルメ雑誌のコラムで「アンシャンテ」を紹介したことをきっかけにブレイク。その後、全国各地からお客さんが来店し始め、今では約30年続く人気店に。また収益の一部をバングラデシュの学校建設費にまわしていると言います。ベンガルカレーを作ることで、バングラデシュの平和を願っているのです。

では井上先生、カレーの評価をお願いします。
井上先生「『アンシャンテ』のカレーチャートはこちら!」
井上先生「珍しいベンガルカレーが食べられるので、オリジナリティは4。塩加減にもこだわっていたので、スパイステクニックは5。なにより、思い出の味を再現するために玉ねぎを10時間炒めるなど、店主のこだわりが見えたのがよかったね!」

りか「はい!それに小笠原ご夫妻の人柄がとても魅力的だと思いました。おいしいベンガルカレーを食べて、ご夫妻といろいろなお話をして、なんだか心が浄化された気分です!」
▲最後は小笠原ご夫妻とパシャリ!

長野県でベンガルカレーを食べるなら、長野県駒ケ根市の「アンシャンテ」へ。
ご協力ありがとうございました!

井上岳久(カレー大學学長/株式会社カレー総合研究所代表)

カレー業界を牽引する、業界の第一人者。横濱カレーミュージアム責任者を経て現職に至る。カレーの文化や歴史、栄養学、地域的特色、レトルトカレーなど、カレー全般に精通。レトルトカレーは全国から2,000種類を収集し試食している。著書に『一億人の大好物 カレーの作り方』『国民食カレーに学ぶもっともわかりやすいマーケティング入門』など多数。

名久井梨香

名久井梨香

フリーライター。毎日カレーを食べるカレー愛好家で、現在はカレーパンも研究している。カレー大學、カレー大学院卒。趣味はカレーとJリーグ。

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