まるで異世界!万博記念公園「太陽の塔」の内部は、岡本太郎の爆発した芸術の宝庫だった

2019.01.02 更新

大阪府吹田市にある「万博記念公園」は、1970(昭和45)年にアジアで初めて開催された日本万国博覧会(通称「大阪万博」)の跡地を整備して造られた、緑豊かな公園です。当時テーマ館の一部として建てられた「太陽の塔」は、芸術家の故・岡本太郎氏の作品。その内部公開が2018年3月に48年ぶりにスタートしました。太陽の塔の中は一体どうなっているのでしょう。さっそくご紹介します。

▲公園中央口から入って、すぐ目の前にある「太陽の塔」

そもそも「太陽の塔」ってなに?

大阪万博を象徴する存在である太陽の塔は、高さ約70m、基底部の直径が約20m、片方の腕の長さが約25m。故・岡本太郎氏が手がけた中で最も巨大な作品です。

大阪万博時にテーマ館の一部として建てられ、閉幕後に撤去予定でしたが、残して欲しいという強い声により免れることに。しかし撤去を前提とした建築だったため、原則内部に入ることはできませんでした。近年、大阪万博のレガシー復活を望む声が高まり、耐震・再生工事を経て2018年3月19日に内部公開が再開されました。
岡本氏の言葉によると、「私のつくったものは、およそモダニズムとは違う。気どった西欧的なかっこよさや、その逆の効果をねらった日本調の気分、ともども蹴とばして、ぼーんと、原始と現代を直結させたような、ベラボーな神殿をぶっ立てた」とのこと。

太陽の塔の外側には、正面に2つと背面に1つ、計3つの顔があります。正面中心にある「太陽の顔」は現在を、頂部の「黄金の顔」は未来を、そして背面の「黒い太陽」は過去を表しているといわれます。
▲太陽の塔の背面に描かれた「黒い太陽」。正面の明るい太陽とは対照的な印象で、「過去である」という以外にもさまざまな解釈がされています
▲塔の下にある、大阪万博開催時の「太陽の塔」の図解レリーフ。当時は故・丹下健三氏が設計した「大屋根」があり、屋根を突き抜けるようにして塔が立っていました

大阪万博の会期中は、太陽の塔を中心とした3つのテーマ「過去・現在・未来」を表すテーマ館でした。岡本氏が大阪万博のために手がけた作品の他にも、世界中から集められた作品が展示されていました。

太陽の塔へ入るには、「事前予約」が必要

太陽の塔の内部見学には、あらかじめオフィシャルサイトでの予約が必要です。予約開始は見学希望日の4ヵ月前からで、時間指定の先着順での受付です。1回の予約で最大6人まで予約可能。見学希望者が多く、直前の予約は取りづらくなっているようです。予定日が決まったら早めに予約しましょう。入場料は高校生以上700円、小中学生300円、小学生未満無料(ともに税込、別途自然文化園の入園料が必要)です。

なお、内部は階段を上がる順路になっているので、歩きやすい靴がベスト。車椅子の人や4歳未満の乳幼児などは、エレベーターを利用して見学できます。
▲1970(昭和45)年当時のままの中央口のゲート。自動改札機を通り公園内へ

太陽の塔は、大阪モノレール・万博記念公園駅で下車して徒歩約10分の万博記念公園南側にある自然文化園中央口ゲートから入園すると、目の前に現れます。入園料は大人250円、小・中学生70円(ともに税込、自然文化園・日本庭園共通)。
▲太陽の塔があるのは、四季折々の花や植物が楽しめる「自然文化園」エリア

太陽の塔の前に広がる芝生の周囲を回り、塔の裏側へ向かいます。内部見学コースの入口は、塔の裏側にあるスロープを下ったところにあります。
▲スロープか、スロープに沿ってある階段を下ります
▲入口は、地上から一段下がった1階フロアにあります

「地底の太陽」の迫力に、度肝を抜かれる

内部は係員の誘導に従って進み、見どころで説明があります。予約時間になったら出発です。
※現在、一部のエリアで写真撮影が可能。詳しくはホームページをご確認ください。
▲ずらりと並ぶ絵が見えてきます。岡本氏が描いた、太陽の塔のデッサン

1967(昭和42)年初夏、青山の岡本氏のアトリエに大阪万博の協会事務総長が訪れ、「テーマ展示のプロデューサーをお願いしたい」と打診しました。これが太陽の塔制作のきっかけです。

ガイドさんによると、岡本氏はすぐに承諾しなかったそうですが、正式に引き受ける同年7月7日以前から、デッサンに取りかかったようです。内部に展示されているデッサンの中には、1967年6月の日付が記されたものも。約3ヵ月後の9月頃に、現在の太陽の塔の形がまとまりました。
▲試行錯誤の跡がうかがえるデッサンの数々が、時系列で並びます
▲デッサン画が並ぶ壁の反対側の壁の窓。外には「太陽の顔」と「黄金の顔」が

廊下を進むと、横に広い空間に出ました。そこには横幅が約11mにもなるコロナ(太陽の周りに見える外層大気のこと)が表現され、その中央に直径約3mの「地底の太陽」がどっしりと居座っています。
▲「地底の太陽」。当時のものは失われてしまい、現在のものは一般公開のため当時の資料を元に、新たに繊維強化プラスチックで制作されました
▲地底の太陽を中心に仮面や神像が。これらは大阪万博当時に世界各地から集められたもので、現在展示されているのはその一部です

地底の太陽をスクリーンに、当時の映像をはじめとする映像をプロジェクションマッピングで映し出すことで、岡本氏が大阪万博当時に表現した「過去:根源の世界」の「いのり」の世界を再現しています。
迫力ある地底の太陽と、数々の神像や仮面。次々と変化する映像や、繰り広げられる神秘的な音楽も相まって、思いもよらない不思議な世界がつくられています。岡本氏の「芸術は呪術である」という言葉が、まさにぴったり。
さらに進むと、もっと広くて大きな空間が待っていました!

想像を超える異界、目の前の「生命の樹」に何だこれは!?と驚く

上へ上へと伸びる、枝分かれした樹のようなものが。これは「生命の樹」という、太陽の塔内部の象徴的な作品です。
▲見た瞬間、誰もが呆気にとられる「生命の樹」

塔の内部を、下から上に向かって貫く「生命の樹」。そこにさまざまな生物のオブジェが、枝の上に乗っていたり絡みついたりするように飾られています。大阪万博当時は33種292体の生物模型がありましたが、現在は33種183体が展示されています。

樹の根元に配置されているのはアメーバなどの原生生物。そこから上に向かって三葉虫や魚類、恐竜、そして人類が。生命の進化の過程を表しているのです。
▲生命の源であるアメーバなどの原生生物。岡本氏は「単細胞生物こそすばらしい」と、生物の中でも特に重要視していたそう
▲樹の周囲を巡る階段を、進化の過程を見ながら上ります。まるで私たちも一緒に進化していくよう
時々かかっている、生物を紹介するプレートは当時のものです。プレートの上には、古生代を生きて今は絶滅した三葉虫が。その隣には、現代のイカに似たオルトセラスペルキドウムの姿も。多くの古代生物たちがあちこちに見られ、その鮮やかな色とユニークな姿に、驚きとため息の連続です。
▲巻貝やオーム貝、魚類の姿も見えてきました。古生代の生物は、海の中で進化したことがよくわかります
▲階段も中盤に差しかかって、生物が海から陸に上がってきた時代に突入。右上にいる茶色い生物は、体長6mにもなったという大型両生類のマストドンザウルス
▲頭上を見上げると、生物が両生類から爬虫類へ進化し、同時に大型化していく様子がわかります
▲右上にいるエダフォザウルスは、哺乳類の祖先に近いといわれる草食竜。中央にいるのは生きている当時、全長22mにもなったというブロントザウルス

「一般公開に向け、他の生物は下に降ろして修理したのですが、ブロントザウルスだけは48年間、生命の樹から一度も降りたことがないんです」とガイドさん。

なお、塔の内部では、大阪万博当時と同じ不思議な音楽が静かに響いています。これは故・黛(まゆずみ)敏郎氏が作曲した『生命の讃歌』。本当に異世界を漂っているような、そんな感覚になります。
▲壁の凹凸は、音響効果を上げるための仕掛けなのだそう。岡本氏いわく、これは「脳の襞(ひだ)」なのだとか

恐竜の時代が終わり、マンモスやゴリラが見えてきました。
▲おや?ゴリラの頭が、なんだか歪んで見えます
▲展示されているゴリラは大阪万博時に製作されたもので、当時は電気でアゴを動かしていたそうです。約50年という時の流れを表現するためにと、欠損した頭部は復元しないまま展示

最上階まで上がって来たのに、まだ人の姿が見えないと思った頃、ようやく人類の姿が!するとガイドさんが教えてくれました。
「実は、こちらは今の私たちと同じ、ホモ・サピエンスではありません」
▲2万年前に絶滅したといわれる、ヒト属のネアンデルタール人です
▲さらにその上、高さ約41mの生命の樹の最上部にいる生物はクロマニョン人

肌の質感まで丁寧に作り込まれたネアンデルタール人とクロマニョン人。「岡本氏は、厳しい世界を生き抜くためにさまざまな道具を創り出し、ラスコーの洞窟に生き生きした野生生物の壁画を残した彼らと比べ、『人類は全然進歩していないじゃないか』と言ったそうです。だから、私たちホモ・サピエンスをこの樹に登場させなかったのです」とガイドさん。
▲樹の最上部は「太陽の空間」。そこへ樹の先端部が突き刺さっています。見ていると引き込まれそう
▲「太陽の空間」について、岡本氏は「太陽は人間生命の根源だ 惜しみなく光と熱をふりそそぐこの神聖な核 われわれは猛烈な祭によって太陽と交歓し その燃えるエネルギーにこたえる」とコメントしています
▲太陽の塔の右腕を、内側から眺めます。鉄の骨組みがすごいです。大阪万博当時はエスカレーターが設置され、腕の先端から外の大屋根へ出られました

約30分間の内部見学はここで終了。バックヤードにあたる階段で下まで下りていきます。途中にあるパネル展示で、太陽の塔をさらに深く知ることができます。
▲当時の建設工事中の写真や、岡本氏を撮った写真が展示されています
▲こちらは、今回の一般公開に向けた再生工事の様子です

外から眺めていても十分に迫力ある太陽の塔。内部に入ると、芸術家・岡本太郎氏の爆発的な才能をさらに体感することができました。そして、彼がなぜこのような作品を生み出したのか、もっと知りたくなりました。

ミュージアムショップにも、太陽の塔がいっぱい!

▲ここ以外では入手しにくいグッズがたくさん並びます

内部見学の後は、岡本氏の作品をモチーフにしたグッズが並ぶミュージアムショップをご紹介しましょう。ミュージアムショップは、入館した地下1階フロアの入口横にあります。
▲顔が異なる3つ折りクリアケース。すべて購入する人も珍しくないそう(各300円・税込)
▲マスキングテープは7種類あるそう(各650円・税込)
▲おすすめはネックストラップ(1,300円・税込)
▲内部公開を機にデザインされたロゴが入っているグッズは、ネックストラップだけだそうです
▲デスク周りに太陽の塔のミニチュアをさり気なく(550円・税込)
▲中に「生命の樹」まで描かれたマグカップ(2,380円・税込)
▲女子にうれしい、さりげなくも存在感のあるエコバッグ(1,300円・税込)

万博記念公園内にある、おすすめの施設をご紹介

大阪万博では、日本各地や世界各国から6,421万人が訪れ、展示の数々に魅了されました。その当時の様子を伝えるのが、園の東にある「EXPO’70パビリオン」です。
▲EXPO’70パビリオン。大阪万博当時は鉄鋼館だった施設を利用し、2010年3月13日にオープンしました

当時の鉄鋼館のテーマは「鉄の歌」で、展示作品の中には鉄を使った芸術的な楽器もあったそう。館内のホール「スペースシアター」では、当時の最新音響技術が導入され、1,008個のスピーカーから流れる音楽とレーザー光線を使ったショーが繰り広げられました。
▲ホール「スペースシアター」(現在はガラス越しの見学のみ)。パビリオン内には大阪万博のコンパニオンの制服やパビリオンの縮尺模型などの展示も
また園内にある「国立民族学博物館」は、1977(昭和52)年の開館以来「みんぱく」と呼ばれ親しまれています。世界各地を対象に民族学、文化人類学の調査・研究を行っている、世界でも最大級の民族学博物館です。
▲世界各地から集められた、数多くの民族資料が展示されています
▲オセアニアエリアの展示。広大な海を移動しながら暮らした人々を紹介しています

内部には、研究や展示物についてより詳しく知ることができる「探究ひろば」をはじめ、世界のさまざまな地域で暮らす人びとの生活や儀礼、芸能などを、同館の研究者が撮影・編集したオリジナルの映像を通して視聴できるビデオテークが。世界の工芸品や書籍を販売するミュージアムショップや、各国の民族料理が楽しめるレストランも併設されています。
園内北側一帯には、日本庭園が広がっています。大阪万博時に日本政府出展施設として、日本の造園技術の粋を集めて造られました。広さ26haの庭園の中には渓流や池があり、水と緑の調和が美しい憩いの空間です(大人250円、小・中学生70円 ※ともに税込、自然文化園・日本庭園共通)。
▲心字池(しんじいけ)は、上から見ると草書体の「心」という文字の形を成しています。周りの散歩道を巡り、石組みや名木クロマツなどを観賞できます
▲「木漏れ日の滝」。秋には力強い水の流れと燃えるような紅葉の赤が映え、美しくも力強い景観を楽しめます

いかがでしたか。大阪万博の閉幕後に取り壊される予定だった「太陽の塔」。他のパビリオンが予定通り取り壊される中、50年近く経った現在も同じ場所に堂々と立ち続けているのです。今、私たちが「太陽の塔」を見上げることができるのは、奇跡に近いことなのかもしれません。
國松珠実

國松珠実

大阪エリアの女性ライターズオフィス「おふぃす・ともとも」所属。人と話すのが好きで店舗や企業取材を得意とする。また旅行好きが高じて世界遺産検定1級を持っている。 編集/株式会社くらしさ

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