京都・西陣を代表する「京料理 萬重」で、料理と前田青邨、榊原紫峰、堀木エリ子など日本近現代美術を堪能

2019.05.22 更新

京都・西陣の旦那衆の厳しい目に育てられてきた料亭「京料理 萬重(まんしげ)」。こちらの各部屋には、美術館にも匹敵する日本近現代の数々の名作が飾られています。季節を映し出す懐石料理に趣を感じることはもちろん、ここでしか出合えない芸術にも触れる――そんな、美術好きにぴったりのプランをご紹介します。

春は桜、夏は竹林、秋は紅葉――京都の四季折々の風景は格別です。そして自然だけではなく、調度品にも季節を表しているのが京都人のなんとも風流なところ。織物で有名な西陣の料亭「京料理 萬重」(以下、萬重)の20部屋ある個室には、美術館と見まごうほどの価値ある芸術品が季節に合わせて掛け替えられ、訪れた人の目を楽しませているんだそう。

今回はそんな貴重な作品を鑑賞することができ、さらに季節感のある美しい懐石料理もいただける、五感を潤す贅沢なプランを体験します。
こちらのプランは、京都料理界を代表する若主人たちが設立した「京都料理芽生(めばえ)会」と、飲食店情報メディア「ぐるなび」による“本物の京都体験”をコンセプトとした共同プロジェクト「KYOTO365」の特別プラン。あらためて食文化を学ぶ&味わう機会を提供する、「KYOTO365」の持続的な取り組みのひとつです。

陰陽師・安倍晴明公の「晴明神社」を訪ね、不思議な力を感じてみよう

プランは平日は13時から、土曜・日曜・祝日は17時から始まるので、その前に少し散策をすることに。萬重から徒歩10分ほどの場所にあるのが「晴明神社」。小説や、狂言師の野村萬斎さんが演じた映画で一躍その名を知られた、陰陽師(おんみょうじ)の安倍晴明(あべのせいめい)公を祀っています。
そちらへ向かうときに渡っておきたいのが「一条戻橋(いちじょうもどりばし)」です。
▲一条戻橋へはJR京都駅から市バスで30分ほど、「一条戻橋、晴明神社前」下車

延喜18(918)年、漢学者であった三善清行(みよしきよゆき)が亡くなったため、修行に出ていた息子・浄蔵(じょうぞう)は急いで京都へ戻ってきます。葬儀の列が一条通りにあるこの橋を渡っていたちょうどその時に、追いついた浄蔵が棺に泣きすがってお経を唱えると、なんと清行が蘇生したのです。生き返った、つまり魂が戻ってきたという逸話から、戻橋と呼ばれるようになったといわれています。

また、安倍晴明公が式神(しきがみ/陰陽師が使っている鬼神)をこの橋のたもとに隠していたとの伝説もある、とても神秘的な場所なのです。
一条戻橋を渡り、徒歩3分ほどで晴明神社に到着。一の鳥居には晴明公の社紋(しゃもん/神社を表す紋章)である星のマークの「晴明桔梗」が掲げられています。
五芒星(ごぼうせい)とも呼ばれるこの社紋を見ると、「晴明神社に来た!」と実感します。一般的に神社の鳥居には神社の名前や祀っている神様の名前を掲げるもので、晴明神社のように社紋を掲げているのは全国的にもとても珍しいそうです。
▲二の鳥居をくぐると、晴明公が念力で湧かせたといわれる今も現役の井戸や、晴明公の像がある。そして一番奥には、晴明桔梗が随所にあしらわれた本殿が立つ

平日でもたくさんの観光客が訪れていて、晴明公の人気の高さを実感します。ですが、人が多くても境内にはどこか心地よい緊張感が流れています。もしかしたら、晴明公の神秘的なパワーが今なお残っているのかもしれません。

「野菜ソムリエ」の手による、素材本来の滋味が染みわたる懐石料理

そろそろおなかもすいてきて、ちょうどいい時間にもなりました。萬重へ向かいましょう。美しい格子の重厚な町家に背筋が伸びます。平安時代から続く絹織物の聖地・西陣で、昭和12(1937)年に創業したこちらは、周囲の旦那衆の厳しい舌に育てられてきました。
ほのかにともる照明が風情を演出する石畳を抜けると、玄関では素晴らしい作品がお出迎え。
▲前田青邨(まえだせいそん/明治18[1885]年~ 昭和52[1977]年)の「富士」。正月から春にかけて、玄関を入った正面の壁に飾られている

富士山の白と青のコントラスト、母性を感じるような山肌の描線にうっとりと見入ってしまいます。ですが、美術鑑賞を始める前にまずはお料理をいただき、四季を感じましょう。
▲数寄屋造りの店内や四季を彩る庭園も必見。1階と2階では目に映る庭の趣も変化する

大小20室ある個室のなかの1室で、お食事をいただきます。
お料理のコースは全部で9品です(料理内容は季節により変更あり)。うかがったのは2月末。ちょうど冬から春になろうとしている時季でした。
萬重若主人の田村圭吾(たむらけいご)さんが、腕を振るってくださいます。田村さんは幼いころから家業を手伝い、その後各地でも修業を重ねました。海外での料理経験も豊富で、和食の無形文化遺産への登録記念のフランス外務省晩餐会、ハワイで現地料理人などと700人のチャリティパーティー、ミラノ万博にも参加されたそうです。
▲先付:左から菜種の白和えと竹の子の木の芽あえ。竹の子はシャキッ、白和えはふんわりと、それぞれの食感の違いが愉しい

田村さんは野菜・果物の専門的な知識を身につけた人だけが合格できる「野菜ソムリエ」の資格を持ち、「野菜ソムリエ京都」を立ち上げた、野菜のエキスパートです。この日のお料理の野菜にも、その目利きが行き届いています。
▲八寸:小鉢(ワサビの花のおひたし、子持ち昆布)と、左から稲荷、エビ、百合根、竹の子の田楽、蕗の東寺巻き、おたふく豆、諸子南蛮漬(もろこなんばんづけ)。器は瓦に金箔を貼ったもの

「毎朝市場へ出向き、父は魚、私は野菜を選んでいます。買う必要がない日でも、日々変化する野菜の顔を見ることが大切なんです。素材の味は季節だけでなく、その日の天候などでも刻々と違います」(田村さん)
▲向付:鯛、マグロ、甘エビの造り
▲椀物:雪中水菜の吸い物。やさしい口あたりながら、しっかりと出汁の旨みを感じる
特筆したいのが焚合(たきあわせ)。萬重の名物料理でもある鯛のあら焚きです。
初代が考案し、お客さんから「あれないの?」とリクエストが何度も入り定番になった逸品は、表面にはコクのある甘いタレが絡み、中身はふんわりとした優しい口あたりです。
こちらは一年を通してコースのなかに入っているので、必ずいただけるのも嬉しいポイントです。

「このプランでは食べやすく、上身と野菜の焚合にしております」(田村さん)
▲酢の物:ホタテ、丸大根の酢漬け。濃厚な黄身酢がホタテの甘みを引き立てる
▲蒸物:かぶら蒸し、葛餡かけ。中にはフルッと濃厚なゴマ豆腐が潜んでいる
▲御飯、小吸い物、香物。香物(白菜、水菜、日野菜の漬物)は自家製
▲水物:季節のフルーツ。イチゴと伊予柑のほかに林檎コンポートと柚子ジュレ掛けときなこのムースも

どのお料理も滋味深く、素材の味が丁寧に身体の中に染みわたっていきました。食べ終わったときには田村さんのお料理への想いに感じ入り、「幸せだなぁ」との思いが沸き上がります。

「初代である祖父は“料理をどれほどきれいに飾っても、美味しくないとお客様には完食していただけない”といつも言っていました。“いじりすぎることなく素材を大切に料理することこそが、お客様に喜んでいただけることだ“という祖父の言葉を大事にしています」(田村さん)

店内を飾る名作との出合いは、一期一会

幸福を感じる食事を終えたら、次はいよいよ美術鑑賞ツアーです。各部屋に飾られた日本近現代の美術品を説明していただきながら巡ります。
この日、店内を案内してくださったのはマネージャーの吉川(よしかわ)さん。16歳から萬重に勤め、各部屋の美術品を選ばれています。(田村さんがご不在時は、吉川さんのご案内になります)

「初代が特に美術品を愛好し、近現代の日本人作家のものを中心に数多く収集しました。その中から季節や節句、祭事にあわせ飾り替えをしています」(吉川さん)

数多く所蔵しているので、今年の春に飾られたものを、来年の春にも見られるとはかぎりません。まさに一期一会、今日はどんな名作と出合えるのでしょう。
前田青邨の「富士」が飾られていた玄関には、現代日本画家の重鎮である上村淳之(うえむらあつし/昭和8[1933]年~)の四季を描いた「風雪月花」シリーズのなかの「雪」も掲げられています。

「季節に合わせて、3月からは『花』に掛け替える予定です」(吉川さん)
奥の大広間へ向かう途中には、榊原紫峰(さかきばらしほう/明治20[1887]~昭和46[1971]年)の大作が壁一面を覆っています。仲睦まじい鹿の親子の様子、ふわっと柔らかそうな毛並みがとてもやさしい気持ちを呼び起こします。昭和5(1930)年、ローマで開催された日本美術展に出品されたこともある作品。

ちなみに榊原紫峰宅はかつて萬重から車で10分ほどのところにあり、仕出しを届けることもあったとか。そんな裏話をうかがえるのも楽しいですね。
ひな祭りが近い時季だったこともあり、床の間にはひな人形が飾られていました。でもちょっと不思議な感じがしませんか?見慣れている女雛と、男雛の座る位置が逆の気がしました。でもこれは「京雛(きょうびな)」といって、内裏雛(だいりびな)の正式な並びなのです。
掛け軸も、同じ並びで描かれていますね。

「もともと宮中内裏での天皇陛下と皇后陛下の並び方を模したもので、夫は太陽の昇る東(向かって右)、妻は西(向かって左)に座っていました。大正天皇が即位されたときに、西洋の慣例に倣い洋装の天皇陛下が皇后陛下の向かって左に立たれたことから、ひな人形の並びも変化したともいわれています」(吉川さん)
和紙デザイナーの堀木エリ子作品も、萬重の各所を照らしています。
1階にある10人まで利用できる個室では、ゆったりと波打つ和紙が、悠久の時の流れを感じさせるかのようです。テーブルに映りこんだ模様も趣がありますね。堀木作品で電飾を用いたのは、これが初めてだとか。まず室内の作品以外の照明を落とし、浮かび上がる和紙の味わいを鑑賞しながらお茶を飲み、その後点灯する。そんな宴の始まりを、この部屋では演出することもあるそうです。
▲堀木作品の向かいには金島桂華(かなしまけいか/明治25[1892]~昭和49[1974]年)の梅の絵が。梅は特に季節を象徴するものなので、1~1カ月半しか飾られない
▲2階でも、堀木作品が大広間の雰囲気を作り上げている
▲1階とはまた違う波形に見入ってしまう
▲別の広間の、シャンデリアのような電飾も堀木作品だ。もともと萬重で使われていた電灯の枠組みに合わせて和紙をデザイン。モダンとレトロの両方を兼ね備えた佇まい
▲美術鑑賞ツアーは平日は昼食後に、土曜・日曜・祝日は夕食前に行われる。各時間一組限定なので、じっくり作品と向き合える

この日には出合うことができませんでしたが、東山魁夷(ひがしやまかいい/明治41[1908]~平成11[1999]年)や平山郁夫(ひらやまいくお/昭和5[1930]~平成21[2009]年)など、日本を代表する画家たちの作品も萬重にはあるのだそう。
貴重な芸術品を鑑賞できるプランについて、田村さんは「日本の美術品はもともと、美術館ではなく床の間や家の壁に飾られるために制作されたものです。ぜひ日本で生まれた本物の魅力を、本来の形で知っていただきたいです」とその思いを語ります。

「本来の形という意味では、“食”もそうです。今では日常のなかに西洋文化が当たり前のように根づいてしまいました。外国の方とコミュニケーションをとる時にも、日本の文化について語れない人が増えました。“衣食住”において“衣住”はもはや、かつての日本には戻ることはできないでしょう。でも“食”だけは、日本らしさを残すことができると思います」(田村さん)

“芸術”と“食”が融合したこのプランは、ふだんは忘れかけていた、自国の文化への誇りを思いださせてくれるものでした。旅が終わっても、この思いはいつまでも心に宿る、大切なものになるでしょう。

撮影:久保田狐庵
竹中式子

竹中式子

フリーの編集者兼ライター。京都・伏見育ち。東京の出版社で16年間、漫画やライフスタイル誌の編集に関わったのち退職。そのまま台湾遊学という、一種典型的なアラフォー女性の道を歩みました。台湾では美味しいもの探しの日々を満喫。帰国後は伏見の水と清酒を飲みながら、久々に身近になった京都の文化を勉強中です。

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