湯河原にある登録有形文化財の温泉旅館「上野屋」はまるで迷路!「傷の湯」で体と心の傷を癒す旅

2019.03.06 更新

「湯河原」は古くから湯治場として栄え、夏目漱石や芥川龍之介など多くの文人も逗留した温泉地。「傷の湯」といわれる温泉を求めて、いまもなお多くの人が訪れます。なかでも「源泉 上野屋」は江戸時代から湯宿をはじめたと伝えられ、湯河原でもっとも古い歴史がある温泉旅館です。ジブリ映画に出てくるようなレトロな館内に一歩足を踏み入れると、迷路のような空間が広がっていました。

迷路のような登録有形文化財認定の館内

「源泉 上野屋」(以下、上野屋)へは、JR湯河原駅からバスかタクシーで向かいます。バスで向かう場合は「不動滝・奥湯河原行き」に乗り、温泉場中央バス停で降りて50mほど歩きます。
▲上野屋へ到着。趣のある建物と立派な松の木々が視界に飛び込んでくる
▲丸に桔梗の家紋の下には、棟木(むなぎ)や桁(けた)を隠す装飾「懸魚(げぎょ)」が懸けられ、鶴が美しく舞っている

上野屋は江戸時代に創業しました。その昔、水戸光圀公も訪れたと伝えられ、水戸光圀公から贈られた重箱と矢立てが大切に保管されています。現在の館主である室伏常夫さんは明治になってから6代目です(明治以前は不明)。
▲明治36(1903)年の湯河原付近の絵地図。この頃は今よりもっと温泉旅館があった。もちろん上野屋も載っている
▲玄関を入って右手にある「談話室」。昭和のはじめ頃は、玄関脇に洋間を配置することが流行っていた

創業時(江戸時代)の建物は残っていませんが、現在の建物は本館、別館、玄関棟の3つの棟がつながっています。本館は昭和5(1930)年、別館は大正12(1923)年、玄関棟は昭和11(1936)年に建造し、現代に合わせて改修を重ねてきました。平成22(2010)年には、湯河原の旅館で初めて登録有形文化財に認定されました。
▲玄関棟と本館をつなぐ、館内でいちばん長い廊下

館内は廊下や階段が入り組んでいて、まるで迷路のよう!筆者は方向音痴なので、さっき通った廊下や上った階段がどこにあったかわからなくなってしまいました。でも、これこそが上野屋の醍醐味。館内をぐるぐると散策することで、魅力をたくさん発見できます。
▲階段の先にまた階段
▲黒松造りの廊下。奥は楠の階段。照明の明かりに照らされた木肌が美しい

壁に丸窓があったり水車の歯車が使われていたり、客室の入り口に屋根があったり、その屋根に矢羽を表現した飾りがあったり……。凝った意匠の数々を楽しめます。これらは改修当時に、大工さんや室伏さんのおじい様である4代目が手がけたそう。宿泊客を楽しませようとした思いや遊び心が伝わってきます。

※急な階段もあるので、足が悪い方や高齢の方は注意が必要です。

ひと部屋ずつ意匠が異なる客室

客室は大きく「和室十畳 温泉・トイレ付」「和室十畳 トイレ付」「和室八~十畳トイレなし」の3タイプにわかれます。「和室十畳 温泉・トイレ付」は3部屋、「和室十畳 トイレ付」は8部屋、「和室八~十畳トイレなし」は5部屋他2部屋と、全部で18部屋あり、すべての部屋の間取りや意匠が異なっています。

客室には名前ではなく、番号がふられています。今回、宿泊したのは「8番」。「和室十畳 温泉・トイレ付」のなかでも、いちばん意匠が豪華な客室です(大人2名1室1泊2食付19,440円~)。玄関前の茶庭風のたたきには飛び石が敷かれており、特別感が漂っています。
▲床に敷かれた大きな石をゆっくりと踏みしめて入る。天井は竹皮を編んだ網代(あじろ)天井  

十畳の部屋は広々としています。そして思っていたより天井が高い。他の客室も同様です。天井を高くすると柱を太くしなければならず、建設当時(古くは大正時代)はお金がかかったようですが、お客様が過ごしやすいようにと高く造られたそうです。

窓からは盆栽造りの松が眺められます。
▲テレビや冷蔵庫、無線LANも完備している

床の間の上部にちょっと気になるものを発見!木造の屋根がつけられ、部屋全体をぎゅっと引き締めています。これは4代目の手によるもので、他の多くの客室にもつけられているそうです。
▲こういった意匠ひとつひとつも上野屋らしさを演出している

重厚感がある黒色の天井は神代杉。4代目が山の沢から掘り起こしたのだそう。なんと小田原城にも寄進して、城門付近の板壁に使われているのだとか!客室前の天井と入ってすぐの部屋の天井は網代天井なので、天井だけでも徹底したこだわりを感じます。
   
そして、部屋付きの温泉は伊豆石湯縁のお風呂。源泉かけ流しで、源泉熱湯と源泉冷まし湯の蛇口があります。浴槽の内側は豆砂利の洗い出し仕上げがされており、肌に触れるざらざらが気持ちよい。好きなときに好きなだけ湯に浸かれるので、贅沢な気分になれます。
▲寝風呂風に湯に浸かれるようにと浴槽の縁に木の枕が置かれている

今回は特別にほかの客室も見せていただきました。

「25番」も「和室十畳 温泉・トイレ付」の客室です(大人2名1室1泊2食付19,440円~)。
▲奥の欄間には、壁を楕円にくり抜いて天然木をあしらった凝った意匠がある。床の間には立派な掛け軸も  

部屋付の小庭に、湯桶を持った夫婦狸の焼き物が居心地よさそうに置かれています。足湯「仄幸(そくさい)の湯」に飾るために近くの陶芸工房から譲り受けましたが、この庭にピッタリ収まったのでそのまま置くことにしたのだそう。
▲温泉帰りなのか、手に湯桶をもち、気持ちよさそうな顔をしている

湯河原温泉は狸が発見したという説があります。そのため、館内のさまざまなところに狸が置かれているんですよ。
▲客室内なのに温泉へのアプローチにはのれんが掛けられており、ワクワク感が高まる!こちらの温泉は桧風呂

「33番」は「和室十畳 トイレ付」の客室です(大人2名1室1泊2食付15,120円~、素泊まり9,720円~)。
▲和の落ち着いた雰囲気でくつろぎやすい

十畳を囲むように回り廊下があり、風情たっぷり。窓からは庭や、本館と別館をつなぐ廊下が眺められます。

3部屋は共通して、入った瞬間にぱあっと明るい印象がしました。その理由は、床の間に置かれた生け花。週に1回ほどお花の先生に来て生けていただいているとのこと。

トイレなしの客室(大人2名1室1泊2食付14,040円~、素泊まり8,640円~)も、部屋の近くにトイレ(ウォシュレット付き)や洗面所があるので安心です。

傷を癒してくれる、4種類の源泉かけ流し温泉

上野屋には敷地内に2本の源泉があります(現在は1本のみ使用)。温泉は、貸切りの露天風呂「洗心(せんしん)の湯」と入れ替え制の内風呂「六瓢(むびょう)の湯」の2つあります。
▲源泉かけ流しでぜいたくな気分

泉質は、ナトリウム・カルシウム―塩化物・硫酸塩泉。ナトリウムは温熱効果と保温効果に優れており、新陳代謝を早めるため、傷や手術後の回復を促すといわれています。カルシウムは鎮静効果や美肌効果を期待できます。そのため「傷の湯」といわれており、日清・日露戦争や太平洋戦争の際には負傷者たちが療養に訪れたそうです。泉温が82度と高温なのも特徴です。

貸切りの露天風呂「洗心の湯」の浴場は、「藤木」と「千歳」の2種類あります。「藤木」は藤木川、「千歳」は千歳川という湯河原を流れる川から名前がついています。
  
貸切りなので、家族や友人とのんびりと湯に浸かれるのが嬉しい。(宿泊客が多い日はフロントで要予約。宿泊者は無料。)
▲「藤木」。広々としていて開放感がある
▲「千歳」。青々と茂った緑も楽しめる

入れ替え制の内風呂「六瓢の湯」の浴場は、「桧風呂」と「御影石風呂」の2種類あり、朝と夕で男女入れ替え制です。

「瓢」はひょうたんの意味です。ひょうたんは古来より縁起のよいものとして愛されているから、とのことで名づけたそう。上野屋のシンボルにもなっており、のれんや浴衣などにもひょうたんのかわいい絵柄が描かれています。「六瓢」には「無病」の意味も込められています。
▲「桧風呂」。素朴な雰囲気がよい感じ
▲ひょうたんから湯が出ている。湯に含まれるカルシウムが固まった白い粒がびっしり

「六瓢の湯」は昭和60(1985)年に改築しました。室伏さんは改築前に、どうしたら心地よい温泉になるかを調べるために、東北の有名な温泉地や湯治場を巡ったそうです。そこで見たのは温泉が人々の生活の一部になっていて、客同士の会話が弾んでいる光景。
  
室伏さんは、上野屋の温泉も長く入浴できて、客同士の会話も楽しめるようにしたいと思い、湯縁を広くして腰かけられるようにしたり、半身浴が出来る腰掛けを兼ねたステップを設けました。手すりも完備しているので、高齢の方でも安心して入浴できます。
▲「御影石風呂」。右手の浴槽の湯は43.5度と高温

温泉はすべて源泉かけ流し。湯は透きとおっていて、肌ざわりはなめらか。ゆったりと湯に浸かってると、なんだか体の傷も心の傷も癒されてくるようです……。

「洗心の湯」は15時~22時、翌朝7時~9時まで、「六瓢の湯」は15時~翌9時まで利用できます。「六瓢の湯」は平休日(土曜やGW、お盆、お正月を除く)の14時~18時まで立ち寄り湯が可能です(1,000円、入湯税込み)。

湯河原の山々を眺めながら浸かれる足湯

さらに、本館の最上階5階には天空足湯「仄幸(そくさい)の湯」があります。迷路のような館内を歩きまわり、階段をいくつも上った先にあるので、たどり着いたときに達成感を味わえますよ。

足湯に浸かりながら、城山など湯河原の山々を眺められるのでとっても気持ちよい!ちなみに、昔は山から猿が湯に浸かりに下りて来ちゃうこともあったそう。
▲すべて桧造り!
▲夜は22時頃まで利用できるので、夜景を楽しめる(写真提供:源泉 上野屋)

隣には昭和初期につくられた客室を改築した「湯上り処」があります。
ここで鳥のさえずりや風が揺らす葉音に耳をすませていると、時間がゆったりと流れているよう……。夏目漱石の本でも持ち込んで、読書をしたくなります。
▲景色を眺められて居心地がよいため、室伏さんいちばんのお気に入りの場所なのだそう

地元の食材を使った、手の込んだ会席料理

食事は、朝食も夕食も「お食事処」でいただきます。
▲客室ごとに仕切りやのれんがあるのが嬉しい

料理は会席料理。地元でとれた魚介や野菜を多く使っており、月ごとにメニューが変わります。

まず美しい飾りつけに心がふわっと浮き立ちます。口に運ぶと、どれも繊細で奥深く、ひと口ひと口がとにかくおいしい!思わず口元がほころびます。見た目だけでなく、味もていねいに作られていることが伝わってくる料理の数々です。
▲取材した2月の「おすすめ会席」。中央から左まわりに、食前酒の梅酒、魚介と野菜たっぷりの旬菜盛、旬のお造り、山菜と白魚の淡雪(あわゆき)鍋、白子豆腐、サワラの奉書焼(ほうしょやき)、里芋と筍の子供煮、いちごのムース、若筍のお吸い物。これにご飯もついて、全10品
▲この日の旬菜盛。金箔がのったふぐ皮の煮こごりは絶品!

料金をプラスすれば「お刺身盛合せ」や「金目鯛煮付け」、「豚ロースしゃぶ」、「黒毛和牛のしゃぶ」が付いたコースに変更できます。
▲美しい上野屋の夜景にうっとり!

1泊2日で温泉で体と心の傷が癒され、迷路のような館内を存分に楽しみました。そして細かな意匠や心配り、おいしい食事に、300年以上の歴史と関わってきた方々の思いを感じられ、大満足の旅となりました。ぜひ湯河原最古の温泉旅館の上野屋へ、人々から愛される魅力を体験しに訪れてみてください。
※記事内の料金・価格はすべて税込です(入湯税は別)

撮影:舛元清香
桑沢香里

桑沢香里

編集者、ライター。出版・編集プロダクションのデコに所属。雑誌、書籍、小冊子、ウェブ媒体の編集・執筆などを手がける。編集を担当した本に『わたしらしさのメイク』『おとなのヘアケア読本』(ともに技術評論社)、『劇団四季ミュージカルCATSのすべて』(光文社)、『大相撲手帳』(東京書籍)、『大相撲語辞典』(誠文堂新光社)などがある。

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