京都・亀岡の宗蓮寺 本堂で1日1組限定「坐禅+精進料理」体験。おつかれさまな私への、ごほうび時間

2019.01.28 更新

京都・嵐山方面からトロッコ列車に乗ってトコトコと。車窓から四季折々の風情を楽しみながらたどりつくのは「トロッコ亀岡駅」。さて、では次は船着き場へ向かい、保津川下りを楽しもうか――そんな定番観光コースの合間にぜひ取り入れたい、1日1組限定というなんとも贅沢な「坐禅+精進料理」体験が、素朴で心温まる亀岡の地にありました。

こちらのコースは、京都料理界を代表する若主人たちが設立した「京都料理芽生(めばえ)会」と、飲食店情報メディア「ぐるなび」による“本物の京都体験”をコンセプトとした共同プロジェクト「KYOTO365」の特別プラン。あらためて食文化を学ぶ&味わう機会を提供する、「KYOTO365」の持続的な取り組みのひとつです。

“今この瞬間”を愛おしむ、坐禅に挑戦

「坐禅+精進料理」コースを体験できるのは、亀岡市の「曹洞宗 正法山 宗蓮寺(そうれんじ)」(以下、宗蓮寺)。京都市街では見られない広々と抜けるような空、そして畑に囲まれたのどかな高台にあるお寺が、日常にお疲れモードの私たちを迎えてくれました。最寄り駅のトロッコ亀岡駅、JR馬堀駅からは距離がありますが、このコースでは2つの駅どちらからでも送迎をお願いできるので安心です。
宗蓮寺の歴史は、元和元(1615)年までさかのぼります。豊臣家の家臣である栗山伊豫(いよ)が亀岡へ逃げのび、この地で出家しお堂を構えたことが始まりとされています。その後、安永5(1776)年に曹洞宗宗蓮寺と改宗・改名。約400年間、亀岡を見守り続けてきました。
▲今回は仲良し2人組で体験します

境内に入るとあたたかな日差しが満ちており、心もほっこり。京都市街の寺社とはまた違い、ふんわりとした穏やかな空気を感じます。
▲昭和49(1974)年に新築した、本堂と庫裡(くり)

ご本尊の阿弥陀如来仏が見守る本堂へ、19代目住職の尾松大士(おまつたいし)さんが笑顔で迎え入れてくれました。とても朗らかな佇まいで、門をくぐった時に感じたあたたかさは、ご住職から醸しだされているのかもしれないと思いました。
そんなご住職に導かれ、さっそく40分間の坐禅体験の始まりです。
「忙しい」を言い訳にしたくはないけれど、頭がいっぱいになって自分のことがよく見えない日々。落ち着きのない心身を坐禅で浄化したいと、期待が高まります。
最初にご住職による般若心経の読経です。本堂にお経が響きわたると、それまでのあたたかな空気のなかに凛とした緊張感が流れます。それにしてもご住職の声のなんて素敵なこと!音の高低差がおなかへじわりと届いてから、身体中に染みてゆきます。お経ってこんなに美しいものなのですね。
読経が終わると次は講和に。坐禅の歴史や、その意味についてお話ししてくださいます。坐禅というと「無にならなきゃ」と思いがちですが、そんな必要はないとご住職はおっしゃいます。

「坐禅とは、自分が仏の姿になるということ。無になる、悟るという目的を持たず、“今”という時間を大切にしてください」(尾松住職)

日常は雑念にあふれていますが、そこから自分を解放する――難しそうですが、今の自分に必要な時間なのだと身が引き締まります。
鼻と頭と背を結ぶようにピンと背筋を伸ばす、目線は斜め45度下へ、手の組み方、足の組み方なども丁寧に教えてくださいます。
坐禅での定番、肩をたたいていただく警策(きょうさく)の受け方も学べば、いよいよ本番です。
服装は自由ですが、足を組むので、ふんわりとしたスカートやパンツスタイルのほうがより適しています。タイトスカートでも正座で対応できます。
お庭に向かって座っていると、「言われた通りできているかな」……なんて雑念だらけ。それがしだいに頭が動いているのか、動いていないのかよくわからないボーッとした状態に。「この感覚か!?」っと、おっとまたもや雑念が。
なかなか雑念を取り払えない筆者と友人。「警策とは励ましです」ということで、合唱しながら斜め45度前に傾いて、励ましをお願いしました。警策が振り下ろされると、パシーンと乾いた音が本堂に響きわたります。それほど痛く感じないのは、手加減してくださったからでしょうか。うん、なんだかすっきりしました。
本コースの基本は「坐禅」ですが、「写経」に変更することもできます。今回は特別にこちらも体験させていただきました。
写経は願掛けの意味もあるので、ふたりとも迷わず「恋愛成就」をお願いしちゃいました。

「ありがとう」の心が芽生える、食材の皮まで無駄にしないお料理たち

心が浄化されたら、次は身体のなかもきれいにしましょう。お待ちかねの精進料理のお弁当と椀物が本堂に運ばれてきます。
ふたを開けると「え?これは本当に精進料理?」とにわかには信じられない、色とりどりの美しいお料理が並びます(季節によって食材の変更あり)。実は、精進料理はお坊さんが召し上がる質素で地味な食事、というイメージがありました。でもこちら、肉も魚もいっさい使用されていないのに、なんて華やかなのでしょう。

精進料理とは、ただ野菜だけで作ればいいというものではなく、「食材すべてを無駄にすることなく使い切る。食材に感謝する」という精神こそがいちばん重要だそう。この日のお弁当にもその心から生まれた創意工夫にあふれていました。
たとえば、飛竜頭(ひりょうず)と冬至南京の炊き合わせ。飛竜頭には金時人参やレンコンが混ぜ込まれています。実はこれ、人参の皮と、お弁当箱右上の酢レンコンを花形にするときに余った部分を使用しているのです。
▲ハタケシメジとかぶらのご飯。しっかりめの味付けで箸がすすみます
▲もっちりとした食感がくせになる胡麻豆腐。冬は黒豆、春は赤豆、夏は青豆と季節によって豆を変えて季節感を演出
▲海老芋の皮のチップス。京野菜の代表格である海老芋は、通常皮は捨ててしまうもの。だが素揚げにするとカリカリとした食感が心地いい、香ばしいチップスに変身
取材時の12月はあたたかなかぶら蒸しの椀物。炊き込みご飯で使用したかぶらの皮、炊き合わせの飾り人参を切ったときに余った部分を使用。昆布と椎茸の軸からとった出汁と、かぶらの甘みがしっかり味わえました。

亀岡のみずみずしい野菜の価値を上げる――それが私の生きる道!

精進料理をつくっているのは「京料理 松正」の4代目、小笹正義(おざさまさよし)さんです。小笹さんは京都の老舗料亭「木乃婦(きのぶ)」で京料理を3年間学んだのち、実家に戻り若主人となりました。その端正な顔立ちを眺めるのも、目の保養、心の栄養に!?
▲宗蓮寺から車で5分ほどの距離にある松正の門構え。横にはご近所の方が営むかぶら畑が広がる。このかぶらを、お店でも使用している

「昭和11(1936)年に曾祖父が中京区西院で魚屋を創業。その後、祖父と父が仕出しと寿司の店を始めました。当時の西院は工場が多く、弁当の需要が高かったんです。そして約40年前に亀岡のこの地に出合い移転。庭付き一軒家の店を構えました。当店の名物でもあるしだれ桜は移転してから約10年後に植えたものです。この桜を楽しみに、春にお越しになるお客様もたいへん多くなってまいりました。そこで座敷を設け、仕出しだけではなく、会席も始めるようになったんです」(小笹さん)
▲松正の個室から満開のしだれ桜をのぞむ。まさに絶景

2015-2016年に開催された京都料理芽生会の勉強会がきっかけで、精進料理に興味を持ったという小笹さん。さらに亀岡の農家の方々との出会いが、関心をよりいっそう深く導いたそうです。
▲歴史ある仕出し店だけあって、盛り付けは美しく、椀物はその場であたたかく仕上げる

「勉強会の直後に、亀岡の地方紙『楠木新聞』で、地元の農家をまわるコーナー連載を担当することになったんです。お話を聞くにつけ、農家のご苦労がとても身に染みるようになりました。」

「松正のすぐ横はかぶら畑です。野菜の直売所もこのあたりにはたくさんあるので、市場に卸されるものより私はワンテンポ早く手に入れることができます。天気と野菜の水分量は関係しますが、収穫した日の空を見て、野菜の特長を知ったうえで調理できるのも、この環境のおかげです。」

「そんな亀岡のみずみずしい野菜の価値を上げるのが、亀岡に生まれ育ち、この地で包丁を握る料理人の仕事。それが私の生きる道!――その想いにかられていくなかで、余すことなく食材を大切に使う精進料理は、その価値を上げる最たる手法だと気づいたんです」(小笹さん)。
お料理をいただきながら、小笹さんとご住職が、精進料理のあり方についてお話してくださいます。どのような工夫がこのお弁当に詰まっているのか、そして小笹さんの亀岡と精進料理への想いをうかがうと、より格別な味わいになって身体にじっくり染みこむようです。
食材ひとつひとつに対して「ありがとうございます」「すべていただきますね」という、普段の食事では感じたことのない気持ちが自然に沸きあがるんです。心なしかご本尊もにっこり微笑んでくださっているような……。

幼なじみがタッグを組んで亀岡の良さを伝える

宗蓮寺での「坐禅+精進料理」体験コースが実現できたのは、小笹さんとご住職の深いご縁から。実はおふたり、小学生からの幼なじみなのです。

「私が小笹(おざさ)でご住職が尾松(おまつ)。名簿順で並んだときに前後になったのが出会いで、小学校で一番初めにできた友人です」(小笹さん)。

「お寺は365日休みなしですから、家族旅行なんてできません。行くあてもなく、ひとりで夏休みを過ごしている私を、小笹さんご家族が海へ連れていってくださったこともありました。もう30年来の付き合いになりますね」(尾松住職)。

そんなおふたりですから、阿吽の呼吸でわかりあっている様子がなんともほほえましいのです。
「観光客は、トロッコ亀岡駅にはたくさんいらっしゃいます。でも食事となると、多くの方が嵐山まで戻ってしまうことに歯がゆさを感じてきました。亀岡は、京都市街では味わえない新鮮な滋味にあふれているのに、それを知らないままお帰りになられるのが本当に残念で。宗蓮寺の素朴であたたかな佇まいも、亀岡だからこそです。ぜひみなさんにこの地で食事を楽しんでほしいと、私からご住職にお声をかけて、この体験コースづくりを相談しました」(小笹さん)。

仏さまをとても近しく感じながらの約2時間をすごしたのち、筆者と友人が顔を見合わせると、なんだかお互いすっきりとした表情。こうした穏やかな空間と時間に身を置くことが、筆者たちには必要だったのだと実感しました。
1日1組貸し切りなので、ご住職と小笹さんをひとり占めできるのも嬉しいポイントのひとつ。悶々とした日常から解放されたいと思ったり、心の安らぎを手に入れたかったり。人であふれかえる市街から抜けだして、もうひとつの京都を体験してみませんか?

撮影:久保田狐庵
竹中式子

竹中式子

フリーの編集者兼ライター。京都・伏見育ち。東京の出版社で16年間、漫画やライフスタイル誌の編集に関わったのち退職。そのまま台湾遊学という、一種典型的なアラフォー女性の道を歩みました。台湾では美味しいもの探しの日々を満喫。帰国後は伏見の水と清酒を飲みながら、久々に身近になった京都の文化を勉強中です。

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