鳥取城跡・久松公園の「仁風閣」は文明開化の象徴?白亜の洋館がスゴすぎる!

2019.07.23 更新

鳥取県に旅行するなら「鳥取砂丘」は外せない観光地ですよね。じゃ、他にはどこ行く……?ってなったときにおすすめしたいのが「鳥取城跡・久松(きゅうしょう)公園」。砂丘と同じ鳥取市内にあるので、ついでに回るにはもってこいの場所です。そう思って取材に出かけてみると、意外や意外。いい意味で予想を裏切る見どころ満載のスポットでした。これは“ついで”ではなく、わざわざ行くべき名所!そんな「鳥取城跡・久松公園」の魅力を紹介します。

市民の憩いの場「久松公園」は鳥取城跡の中

鳥取城跡があるのは鳥取県鳥取市の中心部。JR鳥取駅からはバスで5分ほどの便利な場所です。その一部に市民の憩いの場になっている「久松公園」や、一番の見どころである「仁風閣(じんぷうかく)」があります。
▲豊臣秀吉の「兵糧攻め」でも知られる鳥取城があった場所

鳥取城と言えば、秀吉の「兵糧攻め」が有名です。「鳥取の渇え殺し」とも言われていて鳥取市民には黒歴史のようなものですが、歴史好きには戦国史に残る戦いとして語られています。関ヶ原の戦い以降は池田長吉(いけだながよし)・光政(みつまさ)が城主となり、近世の城郭に改修されました。
▲鳥取城跡の一部を整備した「久松公園」

鳥取城跡の堀に架かった石橋を渡ると、すぐ右手に広い公園がありました。春は桜、秋には紅葉の名所として全国各地からたくさんの人々が訪れ、市民の憩いの場になっています。そして、そのすぐ横には仁風閣の姿も見えます。

仁風閣は映画『るろうに剣心』のロケ地、そして……!

▲仁風閣の入口。鉄製の門扉にも趣がある

門からは正面に白亜の洋館が見えます。これが国の重要文化財にも指定されている「仁風閣」。玄関の前に松が植えられているのは、おそらく玄関の目隠しのためでしょう。
▲遠目からも品を感じるまさに豪邸

仁風閣は2012年に公開された映画『るろうに剣心』のロケ地として登場した豪邸で、モダンな佇まいをした国の重要文化財。そのくらいの予備知識しかありませんでしたが、今回は、いつ、誰が、何のために建てたのかなど、バックボーンも詳しく見ていきたいと思います。
▲青い空や緑の芝生に外壁の白が映える

仁風閣へ向かう通路には白い砂利が敷き詰められ、芝生や松がモダンな佇まいを演出しています。
▲仁風閣の玄関。中は土足厳禁なので、ここで靴を脱ぐ

では、さっそく仁風閣の中に入ってみましょう。建物の内部は観覧料(税込150円)が必要ですが、門を入って周囲を見学するだけなら無料です。

まずは仁風閣の概要を知るため1階の見学から

▲学芸員の佐古(さこ)健太朗さん

今回は取材ということもあり、玄関で学芸員の佐古さんが出迎えてくれました。仁風閣は一般の人でも事前に申し込んでおけば、スタッフに館内を案内してもらうことも可能です。ただし、繁忙期や諸事情でいつでも、というわけではないので、まずは相談してみてくださいね。
▲全国的にもたいへん珍しい螺旋(らせん)階段

仁風閣は外観からも分かるように2階建て。さっそく一般の見学ルートに沿って1階の部屋から……、と思っていたら順路とは逆方向へ。
「まずは、こちらの高さ4mもある螺旋階段をご覧ください。現在でも作るのが難しいと言われる支柱のない構造で、当時の職人さんたちの優れた技術が見てとれます」と、佐古さん。
▲手摺りなどに施された装飾も必見

階段の材料は硬いケヤキを使っているそうで、湾曲した形状に削られた側板の「ささら桁(げた)」が全体を支える珍しい構造です。手摺りや支柱にも手の込んだ細工が施されています。この螺旋階段は保存のため足を踏み入れることはできませんが、見学の際は見逃せませんよ。
▲1階は鳥取藩や藩主・池田家の歴史などを紹介する史料館になっている

仁風閣が建てられたのは明治40(1907)年。時の皇太子(後の大正天皇)が山陰行啓される際の宿舎として建てたそうです。1階は当時のままの間取りで、仁風閣に関する資料の展示室になっています。
▲1階には様々な展示品が並ぶ

宿舎というから国費で建てたのかと思ったら、ある人の自腹でした。そのある人こそが池田仲博(なかひろ)侯爵。仲博侯は鳥取池田家の第14代当主で、徳川慶喜の五男。貴族院議員も務めた立派な人物です。
▲1階の部屋は主に従者や世話役などが使用した

仁風閣の建築費は当時の金額で約44,000円。今なら軽くウン億円という大金を地元のためにポンと出したそうです。ちなみに、その頃の鳥取市の年間予算は約50,000円だったそうですから、やはりお殿様の家系は一般家庭とレベルが違いますね。
▲仲博侯や鳥取池田家と徳川家との繋がりも詳しく紹介

こちらは「随員控室」で、皇太子のお伴をされていた方々の部屋。暖炉があり、1階ではいちばん広い部屋です。仁風閣は皇太子の宿舎として使われた後、県の迎賓館や市の公会堂、県立科学博物館などに転用されていたそうですが、熱心な仁風閣保護運動もあり今の状態に復元。一般公開は昭和51(1976)年でしたが、昭和48(1973)年には国の重要文化財に指定されています。
▲鳥取城の歴史や出土品も

仁風閣は鳥取城跡の一部に立っているということもあり、鳥取城で使われていた瓦や変遷を記した古地図なども展示されています。これら1階の展示品は一部撮影禁止になっていますが、わざわざ足を運んでも見る価値があるものばかりですよ。
▲明治の灯りを感じることができる

建物ばかりに気を取られてしまいそうですが、館内の照明も展示物のひとつ。鳥取県で初めて電灯を取り入れたのも仁風閣で、エジソンが発明した電球を復元して使用しているそうです。
「山陰本線が鳥取まで延長されたのも仁風閣が完成した年なんです。鳥取にとって、皇太子の行啓がどれほどの一大事だったかが想像できますし、鳥取の文明開化のきっかけになったことは間違いないでしょう」と、佐古さん。
▲2階へはじゅうたんが敷かれた広い階段で

先ほどの螺旋階段は従者や使用人が使っていたもので、皇太子や大切な客人は玄関の横にあるこの階段を使っていたそうです。こちらも重厚感のある木製で、中央部分には見るからに豪華そうなじゅうたん。2階には皇太子が滞在された部屋が残されているとのこと。期待が高まりますね。

豪華さだけじゃない!本物の品格が漂う独特の空気感

▲2階に上がると「仁風閣」の立派な書が出迎えてくれる

では、お待ちかねの2階へと上がると、まずは大きなホールに掲げられた「仁風閣」の書が目に飛び込んできます。
「こちらは皇太子の行啓に随行された当時の海軍大将・東郷平八郎(とうごうへいはちろう)の直筆で、仁風閣の命名も東郷平八郎によるものなんです」と、佐古さん。

筆さばきからは人柄を表すような力強さと聡明さを感じますね。しっかりと「明治四十年五月 東郷書」という文字も読み取ることができます。
▲こちらが時の皇太子が滞在された場所

さっそく、順路に沿って各室を見学させてもらいましょう。左が「御寝室」で、右が「御座(ござ)所」。いずれも宿舎として使用された当時のままの名称です。
▲和洋折衷の御寝室

御寝室はその名の通り寝室です。館内では唯一の畳敷きで、暖炉があり、壁紙やカーテンは上品な色でまとめられています。
▲御座所は最大の見どころ

続いては、皇太子が居室として使用された御座所。暖炉やカーテンボックスには細かな意匠が施され、シャンデリアもほかの部屋より電球の数が多く、ひときわ豪華です。
「マントルピース(暖炉飾り)にはイギリス製のタイルが用いられています。椅子やソファ、テーブルも当時のものが残されているんですよ」と、佐古さん。
▲部屋の外からでも格式の高さを感じる

電気や電灯が珍しかった時代だけに、昼は自然光だけでも充分なほどに採光が得られるようになっています。
御寝室や御座所は出入り口などから撮影は自由なのですが、内部は立入禁止。でも、その場でしか感じることができない気品や優雅さが漂い、存在感は格別。皆さんにもぜひ、この独特な趣を感じてもらいたいです。
▲大広間のような「謁見(えっけん)所」

続いて案内してもらったのが、御座所と間続きになった「謁見所」。こちらは客人が皇太子と面会されるときに使った部屋で、2階ではいちばん広い部屋です。
▲天井の高さにも驚く

この謁見所に限らず、部屋やホールはどこも天井の高さが4m近くもあり、面積以上に広さを感じます。当時の人の身長を考えると、とんでもなく開放感があったでしょうね。一方、部屋のドアはノブの位置が現代のものより低いのが対照的でした。
▲リゾートホテルのようなサンルームも

謁見所からは白で統一されたサンルームに出ることができます。竣工当時は窓のないベランダになっていたそうですが、数年後にサンルームに改装されたそうです。
▲手作り感の残る歪んだガラス窓からは庭を見渡せる

サンルームは建物の裏にあるため、広い庭を一望することができます。ガラスの一部は当時のもので、少し波打ったような歪みが印象的。そして、この庭が映画『るろうに剣心』のクライマックスの撮影に使われた場所です。
▲各種ロケの様子を紹介するパネル展示

仁風閣がロケに使われたのは『るろうに剣心』だけでなく、平成元(1989)年公開の映画『舞姫』など、数々の映画やドラマ、CMに起用されています。

和と洋の対比が絵になり過ぎる庭

▲シンメトリーが印象的な、庭から見る仁風閣の佇まい

仁風閣を設計したのは、赤坂離宮や京都国立博物館などの有名建築を設計し、当時の宮廷建築の第一人者と言われた片山東熊(かたやまとうくま)工学博士。シンメトリーの外観は片山博士の設計に多く見られる手法で、庭からは螺旋階段がある尖塔が隠れるため、完全なシンメトリーに見えます。
▲鳥取城の石垣も見える

広い芝生には椅子やテーブルが置かれ、憩いの場になっています。仁風閣と城山の緑のコントラストも美しいですね。
▲江戸時代後期に造営された「宝隆院(ほうりゅういん)庭園」

仁風閣と芝生の広場を挟んだ反対側には日本庭園もあります。これは、最後の鳥取藩主となった12代・池田慶徳(よしのり)が先代の未亡人のために造営したもので、「宝隆院」というのはその未亡人の名前です。
▲池に映る仁風閣も風流

池泉回遊式の庭園で、ここから仁風閣を望むと和と洋がひとつの画面に収まります。明治時代初期の時代設定だった『るろうに剣心』にはピッタリの撮影場所ですよね。そして、最近ではJR西日本のCMで印象に残った人も多いのでは?
▲庭園の隅には茶室「宝扇庵(ほうせんあん)」も

茶室では不定期にお茶会が催され、個人やグループで貸し切って使用することもできます。
▲春は桜の名所に

仁風閣の横にある久松公園は、桜のお花見シーズンには多くの人で賑わいます。ピンクの花に彩られた白亜の洋館もまた美しいですね。そして、秋には紅葉の名所にも。これも雅やかで、見応えがありそうです。

鳥取城跡もぜひ歩いてみよう

▲「とっとり観光ガイド友の会」の詰所

久松公園の入口には、仁風閣や鳥取城跡をガイドしてくれる「とっとり観光ガイド友の会」の詰所があります。
▲友の会の会長、竹内努さん(左)

基本的には年間を通し予約制の有料(1時間10人まで/合計税込2,000円~)ですが、時期によって土・日曜、祝日は無料ガイドも行っています。詳しくは「鳥取市観光コンベンション協会」のホームページでご確認ください。
▲「鳥取城跡は見応えありますよ」と竹内さん

今回、ガイドはお願いしませんでしたが、竹内さんに見どころを教えてもらって、鳥取城跡を歩いてみました。
▲鳥取城跡から望む仁風閣

戦国時代に築かれた山城の鳥取城は中世から近世に至る多様な城の姿を残し、城マニアからは「城郭の博物館」と呼ばれる名城。天守などの建造物は残っていませんが、少し上っただけで仁風閣や鳥取市内を見渡すことができます。
▲国内唯一とされる球状の石垣も

中でも特徴的なのが、天球丸(てんきゅうまる)の「巻石垣(まきいしがき)」。背後の崩れそうになった石垣を補強するために作られたもので、国内唯一とされるユニークな石垣。ここを目当てに来る観光客も少なくないそうです。
▲復元された全長約37mの木造アーチ橋も

堀には2018年10月にアーチ橋の「擬宝珠(ぎぼし)橋」が復元されました。周辺の登城路や太鼓御門なども整備中で、2023年の完成を目指しているそうです。今後は観光客も増えそうですね。
▲土曜の17:30〜21:00は仁風閣をライトアップ

鳥取城跡・久松公園を一日取材させてもらいましたが、仁風閣の素晴らしさは言うまでもなく、規模や時代背景など知れば知るほど魅力にあふれた場所でした。鳥取の旅には欠かせない観光スポットだと思いますので、ぜひ皆さんも足を運んでくださいね。
廣段武

廣段武

企画から取材、撮影、製作、編集までこなすフリーランス集団「エディトリアルワークス」主宰。グルメレポートの翌日に大学病院の最先端治療を取材する振り幅の大きさと「NO!」と言わ(え?)ないフレキシブルな対応力に定評。広島を拠点に山陽・山陰・四国をフィールドとして東奔西走。クラシックカメラを語ると熱い。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。
PAGE TOP