出雲(島根県・安来市)の鍛冶職人が伝える「鉄の街道」おだやかな時間、凛とした空気

2020.03.27 更新

映画「もののけ姫」の“タタラ場”でのシーンのモデルにもなったといわれる「たたら製鉄」。砂鉄と炭を交互に入れること三昼夜。そこで生まれる鉄は鉧(けら)と言われ、日本刀の原料をはじめ、中世から近世まで日本の鉄文化を支えました。そして島根県奥出雲地方を中心とした中国山地で営まれてきたこの伝統的な技法は、今でも日本の鉄づくりの源流とされています。

▲日々炎に向き合う小藤さん

「遠い昔から日々の暮らしに寄り添うように、この地には今もたたらがそこかしこに息づいているんです」。たたら製鉄を司る村下(むらげ)の家系を継ぐ鍛治職人の小藤宗相さん(島根県安来市広瀬町布部)のこんな言葉に導かれ、秘められた魅力を見つけに、小藤さんの案内で静かな山あいの街道を巡ってきました。
▲鍛冶工房弘光 11代目 小藤宗相(しゅうすけ)さん

鉄の守護 金屋子神を祀る「金屋子神社」の総本社

「素敵なところですよ」と最初に誘(いざな)われたのは、金屋子(かなやご)神社(安来市広瀬町西比田)です。「たたら製鉄はここに祀られている金屋子神によって伝えられたといわれています。鉄って男性的なイメージがありますが、実はこの神様は女性なんですよ。不思議でしょ」と小藤さんは笑って話します。
最盛期には全国のおよそ8割の鉄がこの地でつくられていました。長い歴史の中でその伝統と技法を守ってきたたたら師たちをはじめ、製鉄・治金・鍛冶など鉄に関わる産業に従事する人々からこの金屋子神は今なお信仰を集め続けています。元日や春秋の例大祭には、全国各地から多くの関係者が参拝に訪れるそうです。
「今日1日は、ゆっくりとこの地域の背景を見ていただこうと思います」
▲奥深い参道沿いに連なる棚田

金屋子神と向き合い心の中の声を聴く

小藤さんは元日や春秋の例大祭などの節目だけでなく、新しい仕事に取り組む時、ものづくりの中で自分の心に迷いが生まれた時、金屋子神の声を聴きに参拝するそう。
「僕らのようなつくり手はみんな同じように感じているはずですが、無から有を生み出す時、そこには単純に技術だけではなく、目に見えない想いや力が必要です。その感度を高めるために、時々こうしてここに来るんです」
普段は閉じられている社殿ですが、事前にお願いをすれば開けていただけるとのこと。
また神社に隣接する金屋子神話民俗館には、たたら製鉄の様子や信仰文化、金屋子神の詳しい解説などが展示されています。

たたら製鉄が育んだお米、そば

参拝の後は、安来港に向けて「鉄の街道」を北上します。山あいに広く開かれた棚田の風景です。「たたらに必要な大量の砂鉄や木炭を採取するためにこのあたり一帯の山々が切り崩されました。それによって生まれた土地を棚田に再生し、仁多米などの良質のお米や蕎麦を生産する循環型のモデルがこの地では自然に形作られました」
▲良質なお米が育つ西比田の棚田

たたら製鉄が、今を生きる人々の暮らしに息づいている。おだやかなこの風景。背景の一端に触れた気がしました。
▲地元で作られたお米のパック

伝承を身近に感じる「野だたらと椿の里」

次に立ち寄ったのは別名「白椿湖」と呼ばれる布部ダムです。このダム湖に架けられた吊り橋は中国地方最長で、周辺は「野だたらと椿の里」として遊歩道も整備され、白ツバキを中心に約2000本のツバキや四季折々の景色が楽しめます。
▲中ノ島へ渡る吊り橋

白椿湖の由来は、周囲1.5mにもなる白椿の巨木「川奥白椿」で、『まんが日本昔話』にも鍛冶屋さんとこの白椿の精霊を題材にした物語が出てきます。散策を楽しんだ後は、つり橋近くの「白椿ハウス」で昼食を。人気は、たたらの恵み、地元産そばを使った手打ちそば。出雲地方独特の割子や釜揚げで味わえ、四季折々の素材を使った付け合わせや山菜おこわもファンが多い逸品です。
▲人気の割子そば定食は700円(税込)

布部/宿場町 鍛冶工房弘光 暮らしとともにある鍛治

小藤さんの工房へ向かいます。金屋子神社から車で20分、安来市広瀬町布部です。
街道の宿場町として、往時は芝居小屋や旅籠、検番などが立ち並び、たたらが操業された昭和20年の終戦までにぎわったそう。街中にはそのレトロな建物が今も残っています。通りの中ほどにあるのが小藤さんの工房「鍛冶工房弘光」。「かじや」の額と、鍛鉄の行灯が目印です。
「たたらには千年を超す歴史の中で培われてきた先人の知恵とものづくりの本質があります。表に見えないもの、背景。その背景にこそ価値があると感じていたから、父も自分も続けてこられたのだと思います。幹や根がしっかりしていなければ枝や葉をひろげ花を咲かせることはできません。そのアイデンティティをいつまでも大切にしていたいです」
▲ギャラリー空間

いま主に手がけているのは、暮らしに彩りを添えるさまざまな道具やインテリア。次々と新しい作品を生み出し、地元の作り手たちとも積極的にコラボレーションした壁掛けフックは、今春発売予定ですが、すでに予約が相次ぐ人気商品になっています。
「鉄で作られたものは間違いなく僕の人生より長く残ります。だからこそ、目の前のお客様、オーダーひとつひとつに満足していただけるものをつくりたいと思うんです」
▲陶器と組み合わせたフック(右下)

作品が作られる空間。100年以上前に建てられた工房

まるでタイムスリップしたかのような不思議な空間です。聞こえるのは川の流れる音と、鳥のさえずり。「夏は暑くて、冬は寒いんですが、だからこそ五感が研ぎ澄まされる気がします。
四季のうつろいもより実感できますよ」と小藤さんは言います。
良い作品ができるように炉の周りには、しめ縄が張り巡らされています。
神棚に祀られた金屋子神に見守られ、真っ赤に熱した鉄を鍛えます。「鉄は熱いうちに打て」ということわざがありますが、その元となったのがこの「鍛造」の工程です。
▲張り巡らされたしめ縄

鉄を熱する温度は炎の色を見て判断するそう。昔ながらの炭火の調整は経験に裏打ちされた技術。炎と響く鎚音。間近で見ると、その迫力に圧倒されます。
また、職人さんの仕事場に入らせてもらって気付いたのは、火バシと呼ばれるやっとこなど多種多彩の道具が数多く並んでいること。
▲鎚を振るう小藤さん

「ウチでは道具も自分たちでつくっているんです。作品によってその道具を使い分けますから、作品の数だけ多くなります」と小藤さん。全国各地の職人さんからも道具の製作オーダーや修理の依頼が入るといい、「鍛冶屋さんは様々な職人さんの道具も守っていました。廃業すると困る人が多いので頑張らないといけないです」。職人さんのために、という心意気を感じました。
▲火バシの数々。よく使うものは持ち手の部分が光っています

鉄の作品づくりに挑戦

ここで鍛造の工程を体験させていただけることになりました。
元々体験用の施設ではなく、職人さんの神聖な仕事場に立たせてもらえる、貴重な機会です。小さな燭台をつくります。
▲良い作品が生み出せるようにと、金屋子神が祀られた神棚にお祈り

「平らな素材を熱しては鍛えを繰り返し、丸いお皿にしていきます。どこをどう叩けば、形が変わるかイメージしてみましょう」
▲平らな丸い鋼板を熱しては鎚でたたき、カーブを打ち出していきます

冷めると成形できないのでスピード勝負なのですが、素材を鋏む道具の扱いに一苦労。無心に打ち鍛える作業を繰り返すうちに、しだいに曲線が現れてきました。普段は入ることのできない工房で、色々と説明を聞きながらの本格的な鍛冶の体験はまるで違う世界に飛び込んだよう。
▲熱いうちに打て

「作品を見ると、人となりが分かりますよ。おおざっぱに見えて実は几帳面で繊細なところがあるとか、その逆とか」と、小藤さんは作業を見守りながら話してくれました。
▲右が鍛えた後に焼成仕上げをしたもの

自分で手をかけた作品はとても愛おしく感じられ、普段の暮らしのアクセントになる作品を
こうして手に入れることができたことは本当に素晴らしい体験でした。
作り手の顔が見えるものを、次の代、またその次の代へとずっと受け継いでいく。使い手として、そんな風に大切にできるものを持つこと、受け継ぐことはとても素敵なことだと感じました。

完成した燭台に蝋燭を灯す

灯りをともすと、鎚の跡も色合いも、また違った表情を見せてくれます。ぜひ、多くの人に体験してみてほしいと思いました。

月山富田城跡 戦国の覇権争う難攻不落の山城

最後の目的地への途中、月山富田城跡に立ち寄ります。
本丸のあった山頂からは、広瀬町の街並みを一望できます。晴れた日は遠く中国山地、安来平野から中海、島根半島も望め、往時に思いをはせてみるのもいいかもしれません。
▲月山富田城跡の風景

豊かな自然に囲まれた、山陰の名湯 さぎの湯荘

鍛冶体験の緊張をほぐしに、美味しい食事と温泉へ。
その昔、白鷺が湧き出る湯で傷を癒したといういわれのある創業110年の「さぎの湯荘」。戦国時代の尼子氏をはじめ、歴代藩主の御殿湯として栄えたことでも知られています。
横山大観と日本庭園で有名な足立美術館から徒歩1分。源泉かけ流しの大浴場に日帰りで入れ、露天風呂付き客室も人気です。鍛冶体験の後は温泉で汗を流して、ゆっくりと余韻に浸ります。
▲源泉かけ流しの温泉

小藤さんのおすすめは古民家を移築改装したゲストスペースの別邸「鷺泉」と、蔵を改装した離れの宿「田の蔵」「野の蔵」。
部屋の随所に鉄の燭台、行灯、花器などがしつらえてあり、暮らしの中に作品がしっくりとけ込んでいます。
▲別邸「鷺泉」 落ち着いたエントランスが迎えてくれる

お客様を温かくお迎えするおもてなしが細部に。ルームキーは小藤さんの工房で1つずつ心をこめて作られた鉄のリングを使用。使い込むほどにつやと味わいが増していきます。
▲鉄のキーリング

離れの宿に飾られている行燈は、工房での印象とはまた異なったモダンな作品。
露天風呂の魅力をより引き立てます。山々の豊かな自然に囲まれながら、夜の星空の下、行燈の空間の中で浸かるお風呂は格別です。
▲露天風呂を照らす行灯

「さぎの湯荘」島根の旬の食材を使った会席料理

食事は島根が誇る仁多米をはじめ、山陰でとれた野菜や新鮮な海の幸、「しまね和牛」等、ここでしか味わうことのできない四季折々の会席料理をいただくことができます。まさに至福の時間。
▲「さぎの湯荘」特別会席 ※料理写真はイメージです

日本庭園を眺めながら静かで落ち着いた空間。燭台の火が灯され、食事シーンを盛り立てます。
▲小藤さん作品。鉄の皿で料理を提供することも

年間通して楽しめる「しまね和牛」や、季節によって変わる山陰の幸、また郷土料理も好評。山陰を旅する喜びを感じていただけます。
▲とろけるようにジューシーな「しまね和牛」

食通たちを虜にする炊き立ての仁多米は、ふっくらとした甘みが噛むほどに口の中に広がります。山から溶け出したミネラル分が豊富な水で育ち、昼夜の温度差がある山地の気候により栄養を多く含んだ美味しいお米です。
▲たたらによって生まれた上質なお米 仁多米

食事を終えて離れの部屋に戻ると表札はまた違う表情に。
ゆったりとした時の流れ。炎と向き合う真剣勝負の凛とした時間。手仕事によって感じる日々の暮らし。手仕事が結ぶご縁。普段の暮らしでは気づくことができない価値を心から感じられ、今日は得難いひとときを過ごすことができました。
▲「田の蔵」 錆び加工を施した鉄製の表札。小藤さん作
駆け足で探った「鉄の街道」の背景。地元を知り尽くす小藤さんのご案内で、文字通りその奥深さを肌で感じる「プレミアムな旅」。近くにはまだまだ沢山の見どころがあるとか。今度は泊まりでゆっくりと巡りたい。そう思わせてくれる一日旅となりました。

撮影:大田勇気 一部写真提供:安来市役所
山陰中央新報社 ビジネスプロデュース局

山陰中央新報社 ビジネスプロデュース局

山陰最大の発行部数を誇る地方新聞社。明治15(1882)年に山陰新聞として創刊して以来、地域に暮らす人々に寄り添い、日々の営みを伝え、支える存在であろう、と努めている。製作技術がいかに革新されようと、その信念をしっかり受け継ぎ、情報を発信している。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

関連エリア

PAGE TOP