山口県萩市の銘菓、「光國本店」の「夏蜜柑丸漬」。味も見た目も別格の存在感!

2015.10.11

城下町としての面影を色濃く残す山口県萩市。萩の特産品・夏みかんを使った菓子の製造・販売を最初に手がけた「光國(みつくに)本店」の名物は、なんといっても「夏蜜柑丸漬」。見た目のインパクトもさることながら、風味豊かな味わいもまた鮮烈です。

厚い皮の中にたっぷりの果汁を湛えた果肉は、甘酸っぱくさわやかな味わい――。くどすぎない上品な甘さと豊かな風味、萩の夏みかんは数ある柑橘類の中でも万人向けというよりも“オトナ向け”といえるのかもしれません。

そんな夏みかんを使った菓子の製造・販売を萩で初めて手がけたのが、「光國本店」。安政5(1858)年から店を構える老舗です。
▲城下町の面影を残す細い路地に佇む「光國本店」
いまでは全国区となった知名度も含めて、数ある夏みかん菓子のなかでも、もはや別格の存在感を放つ「夏蜜柑丸漬」や、光國本店の看板商品である「萩乃薫(はぎのかおり)」のように肉厚な“皮”だけにスポットをあてた菓子が存在するのは、夏みかんの生産地である萩ならでは。

柑橘特有のほろ苦さを美味へと生まれ変わらせる技術は、夏みかんを知り尽くした職人だけがなせる技といえます。

100年分の味を濃縮、“凄味”際立つ「夏蜜柑丸漬」

今回訪れた「光國本店」を全国に知らしめることとなった「夏蜜柑丸漬」は3代目・光國義太郎の手によって大正5(1916)年に誕生します。
▲現在は品薄のため「夏蜜柑丸漬」は当面1人1個限りでの販売。1個1,188円(税込)
「父はとにかく好奇心旺盛で新しいもの好き。インパクトある新商品を作りたいという一心だったと思います。皮の美味しさを知り尽くしていたからこそ、加工に適さない実の部分はすべて取り除くという大胆な製法にたどり着けたのでは」と、4代目女将の光國良子さん。
▲接客を中心的にこなす女将の光國良子さん
「夏蜜柑丸漬」の総工程は5日。2晩かけてアクを取り除いた皮を糖蜜で煮込み、実がくり抜かれた底部の穴から、夏みかん風味の白あんを練り上げた羊羹を流し込みます。羊羹が固まり、味が全体的に馴染むのを待ってできあがり。

皮を煮込む糖蜜は、誕生当時から継ぎ足しで使われており、100年分の夏みかんのエキスが溶け込んだ独特の旨みはもはや「凄味」と表現して良いのかも。

現在も、当時と変わらない製法が守られ、良子さんの夫で4代目の光國仁志さんと5代目の義仁(よしと)さんを中心に、毎日一つ一つ手作業で製造されています。

「一つの枝に実った実がすべて同じということはありません。大きさ、形、皮の厚さなどそれぞれに個性があり、それを見極めながらの丁寧な作業が必要。手作りにこだわる理由はここにあります」

ご主人曰く、ごくまれに出会う“べっぴんさん”の丸漬は“嫁にやる”のが惜しいそう。

丸のままの夏みかんそのものという見た目のインパクトと、それに決して負けていない洗練された味。今や「夏蜜柑丸漬」を求めて開店前に行列ができるのは当たり前の光景で、開店後早々でなければまず入手不可能という「幻の菓子」となっています。
▲取材中も観光客を中心に来客がひっきりなし

幕末創業、夏みかん菓子の元祖「光國本店」

萩で夏みかんの栽培が始まった明治9(1876)年、菓子の素材としていち早くその価値を見いだし、商品化に向けて研究を重ねていたのが、「光國本店」の初代・光國作右衛門(さくえもん)です。

市販に向けて試行錯誤を繰り返すこと4年、明治13(1880)年に同店の看板商品「萩乃薫」は誕生します。

丁寧にアク抜きをした夏みかんの皮を細切りにし、糖蜜で煮込んでグラニュー糖を表面に塗すという製造工程は、現在でも変わらずすべて手作業で、細かな製法はもちろん企業秘密。

程よいほろ苦さと甘みの調和、作右衛門が苦心の末に編み出した見事な味わいは、地元の人にとっては懐かしくもある郷土の自慢といえます。
▲「萩乃薫」箱入(大)1,836円(税込)手前から「萩乃薫」「琥珀かん」「青切り」
夏みかんは、夏から秋にかけてが成長途上のタイミングで、果実はまだ橙色ではなくカボスのような深い緑色。「萩乃薫」の箱入りにはこの期間限定でのお楽しみがあります。

通常は、水飴と寒天で作られる、実の形をした夏みかん風味の「琥珀かん」との2種セットですが、9月から11月の間だけ若い実の一部分(ヘタ下と底)を使用した「青切り」が加わり3種セットに。

夏みかん菓子としてはまさに「珍味」といえる、究極にフレッシュなおまけが一緒に味わえます。

なお、同店には全国にファンを持つ逸品がもう一つ、それは「夏みかんマーマレード」。
▲“大人買い”も珍しくない「マーマレード」
「丸漬」同様に添加物は一切使われず、すべて手作りによって丁寧に仕上げられています。
クセになるようなほのかな苦味と優しく上品な甘さ、その絶妙な味わいにファンの多さも納得できます。

店頭に並ぶのは毎年12月から翌年の8月までで、予約対応も同期間のみ。収穫期に合わせた限定生産で、一度に大量購入する人も少なくないそう。

「夏蜜柑丸漬」の生みの親・義太郎が、昭和初期に製法を学んで独自に改良を重ねた特製マーマレード。12月が待ち遠しいですね。

産地としての再生に向けて

夏みかんの原木は萩市に隣接する長門市の青海島で江戸時代中期(一説に1722年ごろ)に発見されました。江戸時代後期(19世紀初めごろ)には、萩の町においても種を蒔いたり料理に使ったりしていたなどと記録に登場するようになります。

そして、明治から大正時代にかけて、萩産の夏みかんは県内生産量の9割を占め、全国でも最大の規模を誇っていました。
▲現在も、城下町の至る所で夏みかんの木が見られます
ところが、昭和40年代にピークを迎えた後は、県外各地での栽培地が増えたり、グレープフルーツの輸入が自由化されたり、さらには甘さの増した新品種が開発されたりと、逆風の連続。1万5,000t近くもあった生産量は、近年では1,000t未満まで減少しています。
▲夏みかん以外にも約10種の柑橘が植えられている「かんきつ公園」
ただし、明るい兆しがあるのも事実で、産地として再生に向けた取り組みが始まっています。生産者支援に向けた環境整備の他に、2002年には県民や観光客向けに城下町の中に「かんきつ公園」も整備されました。

また、萩では「夏みかんまつり」「大茶会」「萩焼まつり」など、四季を通じて魅力的なイベントが目白押し。

さらに、2015年夏、「萩城下町」「萩反射炉」「松下村塾」「恵美須ヶ鼻造船所跡」「大板山たたら製鉄遺跡」が、「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に登録されました。
▲「城下町」全体が世界文化遺産に
全国へ萩をアピールする旗手として、大きな知名度を得ている「光國本店」の「夏蜜柑丸漬」には、期待もかかります。

幻の夏みかん菓子「夏蜜柑丸漬」や郷土の自慢である「萩乃薫」などを求めに、観光都市として旬の輝きを増しつつある「夏みかんの故郷・萩」へ、ぜひ足を運んでみませんか?
兼行太一朗

兼行太一朗

記者兼営業として、地元山口の地域情報紙に14年間勤務。退職後はNPO法人大路小路ひと・まちづくりネットワークに籍を置き、守護大名大内氏や幕末における歴史資源の取材に携わる。同時にフリーライターとして活動しながら、たまに農業も。自称ネコ写真家。(編集/株式会社くらしさ)

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

こちらもおすすめ

もっと見る
PAGE TOP