本物より難しい?おいしそう?食品サンプルの聖地・郡上八幡で、10年ぶりの天ぷらづくりに挑戦だ

2015.11.09

レストランの店先に並ぶ食品サンプルを、わくわくしながら眺めた記憶は、誰にでもあるのではないだろうか。時には「見本の方がおいしそうだった…」とまで思わせるほど、精巧に作られた食品サンプル。実はそのほとんどが、郡上八幡(岐阜県)で生産されている。食べられないからこそ面白い、食品サンプルづくり。さあ、袖をまくってアレ・キュイジーヌ!

水面に浮かんだロウの花、一輪
すべてはそこからはじまった

郡上八幡は取り立てて、飲食業が盛んな町ではない。にもかかわらず、なぜ国内生産シェアトップを誇る食品サンプルの一大産地となったか。その由来をたどると、一人の男にたどり着く。
岩崎 瀧三(いわさき たきぞう 1895年~ 1965年)。郡上八幡に生を受け、一代で食品サンプルの産業化を果たした「サンプル王」だ。生家は今も、吉田川のほとりに残されている。
▲宙に浮いたフォークに絡みつく麺。今まさに頬張らんとする瞬間を捉え食欲を煽るこの技法が、郡上八幡産食品サンプルの真骨頂
その瀧三。もともとマネキンづくりを手掛けるなど、手先の器用な人物として定評があった。それを見込んだのが、昭和初期に流行り始めたデパートの食堂。当時はまだ、集客の手段として写真を気軽に使える時代ではない。しかし、絵ではリアリティに欠ける。かといって実物の料理は、「おいしそう」に見える時間が限られた。
人々を惹き付け食堂へと誘う料理模型を、どうにかしてつくれないか。
困り果てたデパートの担当者が、瀧三の元に相談を持ちかけたのが始まりだった。
▲可憐に咲くロウの花。サンプルづくりの体験中、あなたもきっと目にするだろう
もともと料理模型、あるいは食品模型と呼ばれていた食品サンプル。その誕生は大正末期もしくは昭和初期と言われるものの、正確な事は分かっていない。明確な製造方法は定まっておらず、器用者の瀧三もさすがに思案に暮れた。
そんなある日。近所の神社に詣でた瀧三はふと、防火用の水にしたたる蝋燭の滴に目をとめた。水面に落ちた瞬間、美しく咲くロウの花。低温でも自在に姿を変えられるロウとの出会いが、食品サンプル開発へとつながった。
▲宮ヶ瀬橋のたもとに立地する「さんぷる工房」は、築150年以上の「町屋造り」を改築したもの
瀧三が初めて食品サンプルを完成させてからから80余年。素材はロウから樹脂へと変化したが、昔ながらの製法でサンプルづくりを体験できるのが「さんぷる工房」だ。
設立したのは、館長である兼山 勝治氏。瀧三が創業したいわさきグループで、13年間サンプルづくりに腕をふるった人物だ。
郡上八幡が世界に誇る食品サンプルを、もっと多くの人に知って、楽しんでほしい。そう考え、日本で初となる「食品サンプルづくりを体験できる観光施設」として1991年にオープンした。以来、毎年4万人以上が「さんぷる工房」で食品サンプルづくりを体験している。
店内に入ってまず目に飛び込むのは、ミニチュアの食品サンプルをあしらったマグネットやキーホルダーなど。小さいながらもリアリティは原寸サイズと変わらず、あれこれ目移りしてしまう。
さらに圧巻なのは、原寸食品サンプルの数々。若い世代は物珍しさから、我々世代は懐かしさから歓声が上がる。
奥の工房では、実際の商品づくりを見学できる。この日は、ホットケーキの焼き目をエアブラシで表現する、細かな作業が続いていた。ひとつひとつ手作り、けれど品質にムラはない。これぞ、職人技である。

天ぷらは、10年以上揚げてません
そんな私も大丈夫でしょうか

サンプルづくり体験には、「カップアイス(税別900円)」「スイーツタルト(税別900円)」と女子っぽいメニューが並ぶが、団塊ジュニアの私が選んだのはやはり王道の「天ぷら(税別1,200円)」。館長の兼山さんにも、「いい選択です」と褒められた。
というのも天ぷらづくりには、実際の食品サンプルづくりと同じ技術が求められる。難易度は高いがその分、面白さもたっぷり味わえるのだ。
しかし、人間ドックでコレステロール値が高いと診断されて以来、油断ちをしている私。天ぷらなど、10年以上揚げていない。おいしい天ぷらのコツって、なんだっけ?と頭を抱える私に、救いの手を差し伸べてくれるエプロン姿の天使、ならぬ本日の講師が常平 杏梨(つねひら あんり)さん。入社2年目の23歳、あどけないようでいて、技術は確かな生粋の郡上娘である。
まずは、杏梨先生の実演から。寸胴鍋に入ったパンプキンスープのような液体が、天ぷらの衣となるロウ。温度は60度~80度ほどで、火傷するほど熱くはない。いかにも美味しそうだが、言うまでもなく飲むことはできない。
実演の具材はエビ。そして具材にはすべて、裏表がある。エビは、縞模様のある方が表だ。利き手にロウが入った紙コップ、反対の手に裏側を上にしたエビ。これがサンプルづくりスタンバイの姿勢である。
ぬるま湯の中に、胸の高さからロウを垂らす。この時、高い位置から細く垂らすことが、衣をサクサクにするコツだとか。
薬指と中指で器用にエビを挟み持つ杏梨先生、まるで手裏剣を構える女忍のようでカッコイイ。
まずジグザクにロウを垂らす。大きさの目安は、具材の輪郭より少し大きめ。続いて隙間を埋めるようにロウを垂らす。ボトボト垂らし過ぎれば、衣が厚くベタっとする。かといって不足すれば、天ぷらが素揚げになってしまう。実物同様サンプルも、天ぷらは衣が命だ。
衣の中央にそっと、尻尾を持ってエビを置く。その上からロウを垂らし、衣とエビを接着させたら、静かにぬるま湯をかける。湯の温度は30度ほどなので、ロウはまだ粘土のように柔らかい。
表に返し、周囲の衣を折り込むようにして形を整えたら、完成まであと一歩。そっと隣の冷水に移し、ロウを完全に冷やし固めればもう完成である。
ここまで、3分かかったかどうか。その鮮やかな手つきと言ったら、まったく嫁にしたいほどだ。とか、鼻の下を伸ばしている場合ではない。いよいよ10年ぶりの天ぷらだが、まともな姿で完成するのか、ものすごく確信が持てない。そもそも10年前だって、人並みに天ぷらを揚げられたかどうか、その記憶すらアヤシイ。
気を取り直し、まずは具材を3種類選ぶ。エビ、カボチャ、サツマイモ、シイタケなど天ぷらネタがずらりと並んで、ちょっとしたママゴト気分。王道のエビはマストアイテム、後は色どりを考慮し大葉とナスを選択。
練習も兼ね、最初につくるのは「大葉の天ぷら」。水にロウを垂らすだけのこと、と思いきや、これがなかなか難しい。落ちてくるロウの勢いで、水面で固体化したロウはゆらゆら動く。それを追いかけながらロウを垂らすのは、動き回るキャンバスに筆を走らせるのに近い。
その結果できあがった衣は、目を閉じて描いたってもう少しまともになるだろう、というくらい、まったく大葉の形に似ていない。
大丈夫ですよー、という杏梨先生の優しい言葉に気を取り直し、葉脈のない裏側を上にして大葉を乗せたら、上からロウを追加。
天ぷらに手を添えたら、ぬるま湯を優しくかけロウを固める。この時まだロウは柔らかいため、添える手に力を入れ過ぎれば衣がつぶれる。そうっと、ですよと杏梨先生に何度もアドバイスいただいたにもかかわらず、左中指の先に衣がつぶれる確かな感触があった。
そして表に返せば大葉、というより、具のないかき揚げの完成である。この姿、かなりヘコむ。これではとても、嫁にいけない。しょげかえる私に、杏梨先生はどこまでも優しい。
まだ最初ですからねー、次はもっと上手にできますよー。
そうだ、まだ私にはナスとエビがある。添えものの大葉がみっともなくたって、メインの具材がきれいに揚がれば、たいがいのアラは隠されるものだ。
天ぷらの衣は厚すぎず、薄すぎず。ところどころ、具材が透けて見えることが食品サンプルづくりの鉄則。ナスこそは、きれいな紫の実をチラ見させるぞ、と心に決め、右手にロウ・左手に具材の姿勢でスタンバイ。
ころっとした小ナスは、衣のサイズも小さい。だから大葉の時より、少し気持ちに余裕を持ってロウを垂らす。
出来上がったナスの天ぷら。言い訳をするつもりはないが、大葉よりは衣にサクサク感がある。そして目を凝らせば、ナスの紫が透けて見える。でも、これではまだ揚げ玉のカタマリ。次はいよいよ本命のエビだと言うのに大丈夫なのか、いかにも不安である。
ロウは高い位置から、糸のように細く。神妙な面持ちでロウを垂らしているが、本物の天ぷらだって、こんな真剣に揚げはしない。
気のせいか、衣の縁がそれまでより繊細なラインを描いている、ような気がする。杏梨先生から「今度はきれいにできてますよ」と褒めていただき、思わず心のシッポをブンブン振ってしまうが、まだ気は抜けない。衣を壊さないよう、そうっとエビを置く。
形を整え、心臓をバクバク言わせながら表に返せば、エビの天ぷらの完成。衣に躍動感があって、悪くないんじゃないか、と自分を納得させるのもまた人生である。
こちらが本日の天ぷら3品。額縁効果を狙って素敵な器に盛り付けてみたが、やっぱりあんまり見栄えは変わらない。
むしろ、お持ち帰り用のフードパックに入れた方が、まだしも「らしく」見える。やはり、分相応というのは大切である。
しかし、自らを省みることも大切。思い切って、杏梨先生作「エビの天ぷら」と並べてみることにした。
左が私、右が杏梨先生。お断りしておくと、具材のエビは同形・同サイズ、衣に使ったロウも同質・同色。なのになぜ、こんなに姿形が違うのか…。
最後にもう1品、オマケのレタスづくりに挑戦。レタスには、天ぷらとは異なる技法が求められる。
まずは、芯の部分となる白いロウと、葉の部分である緑のロウを、境目のグラデーションに気をつけながら水面に広げる。この作業は難しいので、杏梨先生が引き受けて下さる。
そしてここからは、スピード勝負。芯の部分を持ったら、全体をブワっと引き伸ばしながら沈め、沈めながら全体を左右に揺らす。こうすることで、薄い葉のフワフワ感と、レタスならではのシワ感が生まれる。
だが引き上げてみると、そこに現れたのは薄っぺらなハクサイ、あるいは捨て忘れたフェイスマスク。我ながら、唖然とする。
しかし、まだ工程は半ば。葉先の部分は切って丸めたらレタスの結球部分に。白い部分は餃子の口を閉じる要領で寄せ、よりレタスの芯らしく。これをキュッと優しくまるめたら…
ほうら、レタスの完成。自画自賛ではなく、通りかかった奥さまたちからも、スゴイと歓声の上がる仕上がりになった。
所詮、私は百姓。天ぷらより、野菜作りに向いている。
わずか30分ほどの体験だったが、天ぷらづくりを忘れた大人も、思わず童心に返るひと時だった。
用いるのは、ロウと水。ありふれた材料だが、本物同様に技を追求するからこそ、郡上八幡の食品サンプルは「本物よりもおいしそう」の境地に達するのだろう。

最後に一つ注意だが、ロウで作られた食品サンプルは高温に弱い。観光中、車内に置いたままにすると溶けて形が崩れるのでご注意。ご自宅でも、一日中陽のあたる窓辺などには飾らない方がいい。
ちなみに我が家では、持ち帰った天ぷらをフードパックに入れたままテーブルの上に置いたら、母が冷蔵庫に入れていた。
船坂文子

船坂文子

農家・ライター。本籍地は生まれた時から飛騨。情報誌出版社にて15年間、人材・旅行領域の広告・編集記事作成に従事。若い頃から「田舎に帰って百姓になる」が口癖で、退職後は農業大学校での研修を経て就農。一畝の畑を耕し野菜を販売する傍ら、ライターとしても活動。「人」を通して物事を伝えることを心がけている。

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