大阪下町の代表・生野が生んだもうひとつの焼肉「まつりや」のちりとり鍋

2016.01.04 更新

コリアンタウンで知られる大阪の生野(いくの)。地元大阪では「生野に行くこと」は、すなわち「焼肉・ホルモンを食べに行くこと」となる。その焼肉、コンロで焼いてタレをつけて食べるおなじみの方法ではなく、「ちりとり鍋」というユニークな名前で知られる鉄板焼きがある。その「ちりとり鍋発祥の店」の兄弟店がミナミにあって、グルメを呼んでいる。

▲外観ですでに「おいしい口」になる

名物「ちりとり鍋」とは何?

▲赤バックの白文字が、手練れの雰囲気かつウマそう

縁の付いた四角い鉄板で、牛の赤身やホルモン、玉ネギ、ネギを甘辛いタレで焼きながら食べる。
オリジナルは大阪の下町・生野にある「万才橋」であり、この店はその創業者の次男、三男がやっている店だ。
▲材料を入れる直前に、鍋の紙ナプキンを外す
▲この店の店主・中山さん兄弟。厨房をお兄さん、ホールを弟さんが担当

「ちりとり鍋」というのはちょっとインパクトありすぎの呼び方かも知れないが、この店がミナミに出店した10数年前、地元誌の編集者が記事にそう書いて、広く認知された焼肉・ホルモン料理だ。

一番の特徴である鉄板は、昭和34(1959)年頃にこの「まつりや」の店主・中山由夫(よしお)さんのお父さんが、近所の町工場の溶接工に頼んでつくってもらったものだ。
▲鉄板を折り曲げて四方を丁寧に溶接している。両方に取っ手もつけられている。「ものづくりの下町」生野の職人技だ

当時、生野にはたくさんの焼肉店があって、「地元の自慢」になっていたが、そんな激戦区にあって、従来の焼肉・ホルモン(焼く)にすき焼き感覚(煮る)のおいしさをつけ加えたようなこの「ちりとり鍋」が一世を風靡した。

当初は空き地に建てた簡易な建物の店で、一人前30円。料理に特別な名前はなく、近所の人は「30円の鉄板焼きを食べに行こや」などと言っていたそうだ。

その「ちりとり鍋」がミナミのど真ん中、それもデパートなど老舗の店が並ぶ心斎橋エリアにやって来たのが2001年のこと。
「鉄板から具も味付けも何もかもオリジナルのまま持ってきて」、店名は毎日お祭りのように賑わうようにと「まつりや」と命名した。

それがミナミの街人に大ブレイク。ルーツとなる生野の「万才橋」を凌ぐ人気となっている。

キモ焼きから始まり、うどん、ご飯で締める

どの店も真似ようとしても出せない「ちりとり鍋」の味は、オリジナルの食材やタレをつくる調味料とレシピにある。
とくにタレは醤油、砂糖、味噌、ゴマ、ゴマ油、唐辛子と単純だが、「親父が一体どこでこんなん集めてきたんやろ」というレアなものばかり。
それをかたくなに取り寄せて使い続け、秘伝のレシピに則ってつくる。

メニューの基本は、上ミノ、バラ、ハラミの「まつり盛」(780円)と、テッチャン、赤セン、センマイといったホルモン系の「ヘルシー盛」(580円)の2種。
ここにロース(950円)やツラミ(680円)やウルテ(580円)など、好みの赤身やホルモンを加えたり、途中追加で注文する。

食べ方は簡単だが、またユニーク。
まずほとんどの人が注文する「キモ焼」から始める。
タレとキモだけが鉄板に並べられて出てくる。
焦げないようにあくまでも弱火で焼く。
熱が通るとキモの周りや表面が白っぽくなるとともに、タレがとろりとからんでくる。そこをすかさずパクリ。
レアゆえに驚くほどクセや匂いがない。「おっ、うまい」と歓声が上がること必至。
▲火の調節など、もちろん面倒見てくれる
キモが食べ終わると一旦鉄板が引かれて、今度は醤油ベースの「まつり盛」と味噌ベースの「ヘルシー盛」の登場と相なる。
どさっと盛られて出てくるが、これも弱火が基本。
じわじわと肉やホルモンの脂、旨みがタレに溶け出し、玉ネギにそれが移った頃(うまいんですわ甘くて)からが食べ時だ。
濃い味つけだがあっさりとしていて、ビールや焼酎に合うこと合うこと。
▲辛さが足りなかったら唐辛子味噌を鍋の縁にとって、溶かしながら調整する
▲センマイのミシっとした歯ごたえがまた違うアクセントに
▲「サッポロラガーや!」。ビール好きの友人はご満悦
▲テッチャンを噛みしめると甘さが……幸せなホルモンの時間

食べ終わるとうどんかご飯。
今回はうどんで、白いうどんにタレが絡まり茶色に染まってきたら生卵を投入。混ぜて火を止める。
先ほどまでの肉やホルモンの旨みを全部吸い取って超濃厚な味だが、しょっぱさ辛さ加減が抜群。
▲白、黄、赤茶のたまらんトリコロール
▲この写真で編集者全員、パブロフの犬と化していた
▲どんなにウマいお好み焼き屋の「卵入り焼きうどん」も負ける
▲白飯もほしくなってきた
▲ここはもうビールではなく、焼酎の水割りですわなぁ

この「ちりとり鍋」の鉄板は、今や道具屋筋のプロ向け調理道具店でも扱われるようになり、大阪はもちろん京都や神戸でもいろんな店が競うようにアレンジして出しているが、やはり元祖は一歩抜きん出ている。
「ホルモン鉄鍋」「ちりとり焼き」などといった名称で出している店もあるが、焼肉とも鍋料理とも趣が違う、大阪・生野が生んだ昭和の偉大な発明である。
▲開け閉めで文字が擦り切れた取っ手が繁盛ぶりを物語る

※価格は全て税別
江弘毅

江弘毅

編集者。京阪神エルマガジン社時代に雑誌『ミーツ・リージョナル』を立ち上げ、12年間編集長を務める。著書『街場の大阪論』(新潮文庫)、 『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『飲み食い世界一の大阪』(ミシマ社)など、主に大阪の街や食についての著書多数。最新刊は7月15日発売の『濃い味、うす味、街のあじ。』(140B)。編集出版集団 140B取締役編集責任者。

※本記事の情報は取材時点のものであり、情報の正確性を保証するものではございません。最新の情報は直接取材先へお問い合わせください。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。

こちらもおすすめ

もっと見る

関連エリア

PAGE TOP