「東洋のマチュピチュ」と名高い、産業遺産を巡る旅へ

2015.11.10

愛媛県新居浜市。かつて、日本三大銅山の一つに数えられていた「別子(べっし)銅山」には、閉山して42年経つ今も、歴史を物語る遺構の数々が残っています。重厚な花崗岩造りの貯鉱庫、苔むした石積みの壁…。その幻想的な風景から“東洋のマチュピチュ”と呼ばれ、人気を集めています。

赤石山系

最盛期には3,800人もの人が暮らした山の町

「四国の屋根」と称される石鎚山系の東端・赤石山系。その一つ「銅山越(どうざんこえ)」の一帯にあったのが、日本三大銅山の一つ「別子銅山」です。今の新居浜市の発展に大きく影響を与え、一時期は世界最高の生銅量を誇っていました。

現在、“東洋のマチュピチュ”とも呼ばれている東平(とうなる)エリアは、大正5年(1916年)から昭和5年(1930年)まで、別子銅山の採鉱本部が置かれていた地域。標高約750メートルの山中に、全盛期には3,800人もの人が暮らしており、社宅はもちろん、学校、郵便局、娯楽場まであったそうです。その東平エリア、昨今の産業遺産ブームにより人気が再燃!注目を集めています。
マイントピア別子
まずは、銅山越の麓・端出場(はでば)にある観光施設「マイントピア別子」へ。別子銅山の最後の採掘本部が置かれていた場所に建つこの施設は、別子銅山の歴史を体験しながら学べるアミューズメントパークです。

ここから、目的の「東平」までは、細い山道を車で登るか、登山道を歩くしかありません。「マイカーで行く人もいるけど、場所によっては何十メートルも山道をバックせないかんよ」と事前に聞いていた私。自分の運転スキルに一抹の不安がよぎったため、ここから出ている定期観光バスを利用することにしました(笑)。
観光バス
▲マイントピア別子定期観光バス/11:00・13:00発/所要時間約2時間/実施期間4月~11月/中学生以上1,200円、3歳~小学生600円(ともに税込)/最小催行人数5名

バスに乗り込み、いざ出発!すれ違うことさえままならない細い山道をぐんぐん登っていくツアーバス。「ギャー!さっきのカーブ、車幅ギリギリやった(汗)。マイカーで来てたらどうなっていたか…」と胸をなでおろします。道中、ツアーガイドの井上さんが、別子銅山の歴史についていろいろと教えてくれました。
ガイドの井上さん
「今でこそ車がありますが、当時は、鉱石を運ぶ索道(リフト)のみ。人間の移動は基本徒歩でした。現在の登山道を約2時間かけて登っていたんですよ」。文明の利器に感謝しつつ、30分ほどうねうねした山道を進むと、整備された広い駐車場へと到着。ここからは徒歩で遺構を巡ります。まずは「東平歴史資料館」で、鉱山の町として賑わった東平の往時の生活文化や銅山のことについて教えてもらいます。
東平歴史資料館
▲坑道を連想させるつくりになっている「東平歴史資料館」
当時の社宅の写真
▲銅山最盛期の社宅の様子
社宅の模型
こちらは当時の社宅の模型。山肌に貼りつくように建てられた家々から飛び出ている棒は、なんと物干し竿。洗濯物を干すスペースがないため、このような造りになっていたそうです。そして家賃はなんと月額1円!現在のレートに直しても数千円程度と、かなりの格安物件だったよう(笑)。

いろいろ勉強したあとは、いよいよお目当ての遺構巡りに。

まるで天空都市!石造りの遺構に大興奮

小マンプ
「東平歴史資料館」のすぐそばにある「小マンプ」は、東平の電車乗り場から第三通洞へむけての坑道にあるトンネルの一つ。石造りのトンネル内には、当時使われていた鉱山運搬機器が展示されています。

そして、東平を代表する産業遺産として有名な「東平貯鉱庫跡」へ。まずは、採鉱本部のあった駐車場から貯鉱庫跡を見下ろします。
駐車場から遺構を見下ろす
「うーーーーーわーーーーーー!!」見てください、この絶景を!山肌に沿って石造りの遺構がそびえ立つ様は、まさに天空都市!“東洋のマチュピチュ”と呼ばれるのも納得です。はるか向こうには、新居浜の街が広がっています。かつてここで暮らしていた人たちも、こうやって発展していく町を誇らしく眺めていたんだろうなぁ。
写真手前の煉瓦造りの四角い部屋が鉱石を一時保管する「東平貯鉱庫跡」。山側に建っているのが「東平索道停車場跡」です。リフトによって運ばれた鉱石や生活用品、郵便物が、この索道停車場で荷卸しされていました。そして、この山中で採られた銅が麓に運ばれ、世界各地へと送られていました。
重厚な花崗岩造りの建物から芽吹く若葉、風雨にさらされた煉瓦、錆びて赤茶けてしまった鉄筋…。閉山して42年経つ今も、静かに鼓動しているようです。産業遺産の魅力を改めて感じました。
マイン工房
駐車場からさらに登ったところには、かつて保安本部として使われていた赤煉瓦の建物が。現在は銅版レリーフの手づくり体験ができる「東平マイン工房」として、活用されています。一緒にツアーに参加していたご夫婦は、銅版でつくったしおりをお土産に購入されていました。

と、ツアーで巡るのはここまで。「東平歴史資料館」から西へとのびる渓谷遊歩道を行くと、「火薬庫跡」や「第三通洞」、「変電所跡」なども見られるそう。「もっとたっぷり産業遺産を楽しみたい!」という方は、ぜひマイカーで訪れてみてください。運転には十分注意してくださいね(笑)。

最後の採鉱本部があった端出場へ

さて、出発地に戻った私は、「マイントピア別子」内を探索することに。こちらの敷地内にも多数の遺構が残されているんです。
旧発電所
マイントピア本館のテラスから見える西洋建築は、別子銅山の原動力として活躍していた「旧水力発電所」。当時日本一を誇った落差597メートルの水力を利用して、国内最大級の3,000キロワットの発電を行っていたそうです。西洋映画に出てきそうな雰囲気です。歌手・水樹奈々さんのミュージックビデオの撮影ロケ地としても使われたそうですよ。
第四通洞
本館を通り過ぎ、足谷川を渡ると見えてくるのが物資運搬用のトンネル「第四通洞」。長さ4,600メートルにおよぶ別子銅山の大動脈です。暗いトンネル内からは常に冷気が吹き出しています。耳をすませば、削岩機の音や労働者の息遣いが聞こえてきそう…。
閉鎖された橋
▲今は使われていない「第四通洞」へと続く鉄橋

さらに遊歩道を進むと右手に見えてくるのが、国の登録有形文化財に指定されている「打除鉄橋」です。実は、別子銅山は明治26年(1893年)、日本で最初の山岳鉱山鉄道が導入された場所。現在は、当時の蒸気機関車を82%に縮小した電車「別子1号」が、マイントピア本館2階の「端出場駅」から観光坑道「体験型遊パーク」まで運行しています。週末ともなれば産業遺産好きだけでなく、鉄道好きも数多く訪れるそうですよ。
打除鉄橋と別子1号
▲「打除鉄橋」と「別子1号」

かつてこの町の産業をささえていた別子銅山。歴史を物語る遺構の数々を巡りにぜひ訪れてみてください。12月~3月は積雪のため、東平地域への道路が通行止めになるのでご注意を。
伊藤秀美

伊藤秀美

愛媛生まれ、愛媛育ちの編集者。地元の出版社でタウン情報誌、女性誌の編集を経て、旅雑誌「四国旅マガジンGajA」の編集長に。食べること・飲むこと・自然の中で遊ぶことが大好きで、不便さや田舎っぷりもひっくるめて四国を愛している。リサーチ(仕事)と称し、年中、四国中をふらふらしている。

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