白川郷に行ったなら、日本一の鍋「すったて鍋」を食べるべし。鍋食い隊と行く、幸せスイッチグルメの旅
合掌造りばかりが有名な白川郷(岐阜県)。だが人の営みがある以上、そこには必ず独自の食文化が発達する。それを活かし誕生したのが、「白川郷平瀬温泉 飛騨牛すったて鍋」。この鍋を、単なるご当地グルメと侮ってはいけない。全国の強豪ご当地鍋が参戦することで有名な「ニッポン全国鍋合戦」に、初参戦にして初優勝を果たした恐るべき鍋なのだ。いったいそれは、いかなる料理なのか。すったて鍋を開発した「白川郷鍋食い隊」の隊員と共に、探索の旅に出た。

合掌造りだけが白川郷じゃない
雪の下から生まれた、新しい希望と誇り
2014年1月26日。埼玉県で開催される「第10回ニッポン全国鍋合戦」に出場した「白川郷平瀬温泉 飛騨牛すったて鍋」が、並みいる強豪を引き離し優勝したという知らせが届いたのだ。
1995年に世界遺産登録された際は大々的に報道され、誰もが白川郷の名を知ることになった。しかしその後、白川郷がニュースで取り上げられるテーマは、どぶろく祭り、合掌造りが水のカーテンで包まれる秋の一斉放水、そして冬のライトアップと、ほぼ毎年同じ。しかもその扱いは年々小さくなり、ニュースバリューは失われていった。
そんな中でのニッポン全国鍋合戦優勝は、久しぶりに白川郷の名を全国にとどろかせた。何よりも、「白川郷の財産は合掌造りだけ」と思い込んでいた白川村民に、驚きと自信を与えた。

「すったて」とは、水に浸した大豆を摺りつぶしたもの。これに味噌や醤油を加えた出汁を混ぜ、いただくのが「すったて汁」。報恩講や仏事・慶事など、盛夏を除けばいつでも食されてきた汁物で、今も食卓に並ぶ白川郷のソウルフードだ。
この「すったて」をベースに新たなご当地料理を開発し、広く全国の人に味わってほしい。合掌造りだけじゃない白川郷の魅力を、もっと多くの人に知ってほしい。そんな思いで活動を続けてきたのが、「白川郷鍋食い隊」。そのメンバーは、地元の旅館・飲食店関係者だけでなく、主婦や建設関係者など、観光業とはおよそ縁のない人々も含まれている。
今回はその鍋食い隊から若手のエース、高橋 淳さんにご協力いただき、お勧めの「すったて鍋」を食べに行くことにした。

元々、一生を東京で過ごすつもりはなく、一生WEBディレクターでもないと感じていた高橋さん。過疎化・少子化・高齢化に苦しむ地方の「現在」を変えることが、日本の「未来」を救うことになると、27歳で地域おこし協力隊への転職を決めた。
赴任して2年なのだが、人口1,700人と小さな白川村は見知り合うのも早い。大柄で愛らしい目をした若者を、息子とも孫とも思って可愛がるご婦人たちは多いことだろう。ご案内いただいた「喫茶 おお松」の大松 美枝子さんも、そんなご婦人の一人だ。
「喫茶 おお松」は、合掌造り集落から車で20分ほど。世界遺産に最も近い温泉地として知られる平瀬温泉のほど近くにある。近隣の住民から20年に渡り愛され続ける小さな喫茶店で、美枝子さんがずっと1人で切り盛りしている。
白川郷に行かなければ食べられない
「すったて鍋」、三つの理由
しかし「すったて鍋」は、白川郷に行かなければ食べられない。しかも提供店の多くは、冬季限定。マーケティングという観点から見れば、これほど拡販しづらい商材はないだろう。
だが、この「行かなければ食べられない」理由にこそ、「すったて鍋」が全国一となった美味さの秘訣がある。美枝子さんの「すったて鍋」づくりをご紹介しながら、その理由を解き明かそう。

大豆を摺り潰すだけ、だったら自分でもつくれそう、と考えるのは浅はかだ。「すったて」で一番難しいのはこの「摺り」の技で、早すぎれば目が粗く味も落ちる。ゆっくり丁寧に摺るのがコツなのだが、じゃあどの程度ゆっくり?と言われても数値化は難しい。数百年に及ぶ白川郷の歴史が生み出した技、そうそう簡単に真似られるはずがないのだ。
その「すったて」。一口いただいたところ、ほのかに甘い大豆の味が広がる。白川郷では、白和えなどに用いることもあるそうだ。
大豆と水のほか、保存料など雑味の元凶となる物質を一切加えない「すったて」は、現代の流通技術をもってしても日持ちがしない。これが、「行かなければ食べられない」第一の理由。「すったて」には、冷凍もチルドもない。温めればいいだけの、手軽なお取り寄せグルメではないのだ。

何もそれは、名のある名水を使うということではない。蛇口から出てくる普通の水、それが十分おいしい白川郷。高橋さんも以前はペットボトルの水を飲んでいたが、白川村に住むようになってから、蛇口の水がおいしくて仕方ない。だからなのか、カレーでもハンバーグでも、白川村で料理されたものは、とにかく何でもウマイと言う。
「喫茶 おお松」の場合、同じ蛇口の水でも水源が特別。それが写真の「霧立ちの水」だ。

今も多くの人が「霧立ちの水」を汲みに訪れるが、「喫茶 おお松」は直接引き込み、蛇口をひねれば神秘の水が出てくる。美枝子さんの肌が70歳を過ぎているとは思えないほどツヤピカなのは、そういう理由なのかもしれない。

「すったて汁」の時代から、「すったて」は煮立たせたら終わり、と言われてきた。大豆のたんぱく質が凝固してしまい、一気に食味が悪くなるのだ。とはいえ、ぬるい食事ほどマズイものはない。決して煮立たせることなく、アツアツの鍋に仕上げるためには、時間をかけて火にかけつつ、常に誰か一人は様子を見ていなければならない。
数量限定で提供する店舗が多いのも、「すったて鍋の見守り要員」を確保しなければ調理できないことが理由の一つ。たとえ食材すべてを調達できたとしても、鍋の命である「あたため」の過程で素人は大失敗する。だから本当に美味しい「すったて鍋」を食べたければ、白川郷に行く以外ないのだ。

汁によく絡むよう、部位は薄くスライスした肩ロースを使用。さっとボイルして余分な油を落としたら、提供する直前に軽く焼いて飛騨牛の香りを際立たせる。あっちからもこっちからもいい匂いがして、思わず厨房で小躍りしたくなるほどだった。
「すったて鍋」に必須の食材、二つ目は根菜類でニンジン・ダイコン・ゴボウ。「喫茶 おお松」では、この根菜類が隠し味として一役買っている。
実は「すったて」が入る前、お願いしてベースの味噌汁を一口飲ませていただいた。すると自家製の味噌と出汁だけでなく、ほんのり根菜の香りがする。不思議に思って尋ねると、美枝子さんは出汁をつくる際、野菜の茹で汁を使っているそうだ。
もともと野菜の味は水と空気と土に左右されるが、わけても土の影響を強く受けるのが根菜類だ。白川郷の土で育った根菜は、のっぺりした都会の野菜と違い、匂いだけでも強烈に存在を主張してくる。その根菜の旨味をたっぷり含んだ茹で汁を使っているから、ベースの味噌汁だけでたまらなく美味い。

しかし、白川村のきくらげは違う。肉厚ぷりぷりで、どっしり存在感がある。美枝子さんが特別に、出汁で味付けしたきくらげを「すったて」で和えたものを食べさせてくれたが、何と言いうかもう、十分に主役を張れる逸材だ。完全に、きくらげのイメージが変わった。むしろ、これまでの非礼を詫びたくなる心境だった。
そのほか、ネギなど青物が各店舗オリジナルでアレンジされ、すったて鍋は完成する。年間を通して「すったて鍋」を提供する「喫茶 おお松」では、春は山菜のコゴミが彩りを添えるそうだ。

「飛騨牛」と銘打ってはあるが、飛騨牛を引き立てるために他の食材が存在するのではない。白川郷の人と山と土と空気と水が育てた「すったて」・野菜・きくらげ・味噌、そして飛騨牛。雪深い白川郷で人々が生きてゆくのに欠かせなかったすべてを、一つ所に凝縮させたのが「すったて鍋」であり、このひと椀には白川郷の魂が宿っている。

味噌・醤油に始まり豆腐・納豆など、現在のように肉食の習慣が一般的でなかった日本人は、古来から貴重なタンパク源として大豆を食してきた。だから大豆の香りは、日本人のDNAに組み込まれた幸せスイッチのボタンなのだろう。一口いただいただけで、訳もないのに楽しくなってきた。

2014年の優勝に続き、大会の名称が「ニッポン全国鍋グランプリ」と改まった2015年には準優勝を果たした「すったて鍋」は、現在も鍋食い隊による改良と進化が続けられている。課題のひとつは「鍋=冬季」に限定されない、年間を通じ「白川郷らしさ」が伝わる「すったてグルメ」の開発。様々な試行錯誤を重ね、「すったてフェスタ」という村民から募ったレシピの試食会も行っているそうだ。
「すったて鍋」に続く新たなご当地すったてグルメが誕生するのも、そう遠い日ではないだろう。

地域活性って何だろうね、と高橋さんと話していたら、美枝子さんが一言、「ヨメをもらって子供を産むのが、その土地に根付くってこと。それが地域活性ってものでしょ」とおっしゃった。たぶん、それが正解なのだ。
若者が安心して結婚し、子供を産み育てられる場所であること。そのためには働く場所が必要だ。企業誘致が難しい地方の村にとって、観光業はそのための有効な手段であり、「すったて鍋」も雇用を生み出すことを目的に開発された。
嫁取りの予定は未定だが、高橋さんは若者が安心して子育てできる白川村を目指し奮闘している。こういう29歳がいるかぎり、日本の未来はそんなに暗くないんじゃないか、と私は思う。
喫茶 おお松
岐阜県大野郡白川村平瀬126-41
[営業時間]10:00~18:00
[定休日]水曜日
[すったて鍋]木・金・土曜は予約不要、数量限定につき売切れ次第終了。
※その他曜日は事前に要予約。
05769-5-2118
「白川郷平瀬温泉 飛騨牛すったて鍋」提供店
詳細・お問い合わせは、リンク先をご確認ください。

船坂文子
農家・ライター。本籍地は生まれた時から飛騨。情報誌出版社にて15年間、人材・旅行領域の広告・編集記事作成に従事。若い頃から「田舎に帰って百姓になる」が口癖で、退職後は農業大学校での研修を経て就農。一畝の畑を耕し野菜を販売する傍ら、ライターとしても活動。「人」を通して物事を伝えることを心がけている。
また、本記事に記載されている写真や本文の無断転載・無断使用を禁止いたします。
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