絶品「米沢牛」!「すき焼き 登起波」で至福のひととき

2015.12.08 更新

全国屈指のブランド牛「米沢牛」。松阪牛、神戸牛、近江牛と並び、世界に通じるブランドとして地位を確立しています。米沢牛として認められるのは、米沢市のある山形県置賜地方の3市5町で米沢牛銘柄推進協議会が認定した飼育者が、登録された牛舎で18カ月以上継続して飼育した、黒毛和種の未経産雌牛または去勢牛だけ。今回は、そんな厳しい基準を満たした米沢牛を堪能できる「お食事処 すき焼き登起波(ときわ)」を訪ねました。

米沢牛のはじまりは一人の“恩人”

全国的に米沢牛が知られることになったのは、明治初期のこと。安永5(1776)年に米沢藩九代藩主上杉鷹山が開いた藩校、興譲館(現山形県立米沢興譲館高等学校)に招かれた一人の英語教師が米沢牛の価値を見出し、文明開化真っ只中だった横浜にその味を紹介しました。
▲江戸時代屈指の名君、上杉鷹山公は米沢の誇り!

彼の名は、チャールズ・ヘンリー・ダラス。当時、米沢では四つ足の動物は食べないとされていましたが、故郷を懐かしんだダラスが雇っていたコックの万吉に牛肉を調理させて食べたのが食用としての米沢牛の始まりです。ダラスはあまりのおいしさにびっくり!

明治8(1875)年、ダラスが四年の任期を終えて米沢を離れる際に、生きた一頭の牛を「米沢のおみやげ」として横浜に連れて帰って友人たちに振舞ったところ、そのおいしさが評判となりました。これがきっかけとなり、米沢牛のおいしさは全国に広まっていったのです。
この功績により、米沢の人たちはダラスを“恩人”として讃えています。
▲“恩人”ダラスの功績が書かれている石碑

120年以上続く、米沢でいちばん古い「牛肉店」

明治27(1894)年。初代尾﨑庄吉が「登起波牛肉店」を創業。米沢でいちばん古い「牛肉店」として、現在は五代目となる尾﨑仁さんが120年以上続くのれんを守り続けています。
今回はそんな老舗店の極上米沢牛を味わうべく、本店2階にある「お食事処 すき焼き登起波」へ。
▲力強い「米沢牛」ののぼりが目印
▲食事は落ち着いた部屋でゆっくりと

「すき焼きからお願いします!」
さっそく看板メニューのすき焼きからいただくことに。
▲すき焼き(特選ロース/ごはん、漬物、お味噌汁付)8,600円(税込)
※写真は二名分

いよいよ最高ランク(A-5)の「特選ロース」すき焼きの材料が登場!
きれいにサシが入った霜降り肉は、目利きの五代目が選び抜いた極上の肉です。

「お食事処 すき焼き登起波」は米沢牛枝肉市場に直接の買参権を持ち、尾﨑さん自らが競り落としています。選ぶ条件は、肥育日数、やわらかな肉質、霜降り度、照りや手で触ると融けるほど良質に仕上がった脂など。いくつもの条件をクリアし、尾﨑さんの目に適ったものだけが“登起波ブランド”になるのです。

また、「お食事処 すき焼き登起波」では、米沢牛の未経産の雌牛だけを選ぶことが代々引き継がれてきたということにも並々ならぬこだわりを感じます。
もちろん、具材も地元で採れた新鮮野菜ばかり。

「当店では玉ねぎを使うんですよ。」と話してくれたのは、店長の小林悦子さん。
採りたて玉ねぎの甘みと割り下との相性がぴったり。玉ねぎを加えることでまろやかな味わいになります。
木くらげやタケノコを入れるのも“登起波流”。様々な食感が愉しめるすき焼きです。

順番にこだわる登起波流の食べ方と秘伝の割り下

登起波流の焼き方は、鉄鍋に玉ねぎを敷き詰めて牛肉を載せ、すき焼きの割り下をかけます。
その後に、木くらげ、豆腐、えのき等を入れます。
肉から焼くのが一般的なすき焼きの食べ方だと思って、小林さんに尋ねると
「玉ねぎの上にお肉を載せて焼くのが登起波流なんです。お肉を触らないほうが深みが出ますので。」
肉は焼き過ぎず、野菜には肉と割り下の旨みがしみ込む絶妙のタイミングで味わうことができるのが“登起波流”なのです。
▲調理は店長の小林さんにお任せ!

「割り下には、お味噌も入っているんですよ。」
地元の醸造蔵でつくった醤油に、東北地方の国産大豆だけを使って地元でつくった味噌を隠し味にした秘伝の割り下。創業以来守られてきた独自の味です。

「ん~早く食べたい!」
▲すぐに肉の色が変わってきました
▲赤みがほとんど無くなった頃が食べ時
▲玉子は地元の養鶏場で育てたもの。鶏の餌に紅花を混ぜて食べさせています
▲出来上がりました!お肉が切れないよう慎重に取り出して
▲お肉に玉子がとろ~り
▲最高級のお肉を目の前に、自然と顔がほころびます

香りにそそられながら、玉子を絡めて口の中に入れると、とろけるほどの柔らかさと肉の旨みに、一瞬ことばを無くしてしまいました。肉にしみ込んだ醤油と味噌の風味がジューシーな肉汁とともに、じゅわっと口いっぱいに広がります。
▲木くらげの食感が愉しい
▲具材の中にはタケノコまで
「有難いことに、遠くからわざわざ飛行機を使って、日帰りで食べに来られる方もいらっしゃいます。実際食べてみて美味しさを実感していただければ幸いです。」

米沢牛の美味しさのヒミツ

米沢牛がどうしてこんなに美味しいのか…それには朝と夕、そして夏と冬の寒暖の差が激しい、この地方特有の気象条件が関係しています。

また、西吾妻山や飯豊山に囲まれた置賜地方は、冬になると日本海からのミネラルを含んだ雪が降り積もり、田畑の作物に恵みをもたらしてくれます。

山々から流れ出る雪解け水や飼料となる良質の稲ワラなど豊かな自然を強い味方につけ、経験と卓越した肥育技術で血統の確かな仔牛を愛情いっぱいにじっくりと育てあげていく…それが米沢牛の美味しさのヒミツなのです。

酒粕と地味噌を熟成させ、特選米沢牛を漬け込んだ「登起波漬」

多彩な牛肉料理を提供する「お食事処 すき焼き登起波」では「登起波漬」もオススメです!
米どころでもある米沢では古くからの蔵元が存在し、美味しい日本酒が造られてきました。地元の味噌をベースに特選銘醸の酒粕を混ぜて熟成させ、その中に米沢牛を漬け込んだ「登起波漬」は明治後期に二代目の尾﨑世禄(おざきせろく)が考案したもの。
大正元(1912)年の創製以来、昭和天皇への献上、宮内庁のお買い上げ品としてもその名が知られるようになりました。味噌と酒粕の風味が良く、酒の肴やご飯のお供にピッタリの逸品です。
▲登起波漬(単品100g)は2,000円(税込)
▲しっかり味がしみ込んでいます
▲大正14年皇太子殿下(昭和天皇)御来県時の記録
▲広く、明るい店内
豊かな自然環境と生産者たちの卓越した肥育技術、そして本物の“味”を伝える老舗のこだわり。

一人の外国人によって始まった米沢牛の歴史は、妥協を許さない地元の人たちによって守り続けられています。
佐藤昌子

佐藤昌子

エディター&ライター。山形県知事認可法人アトリエ・ミューズ企業組合専務理事。山形県内を中心にタウン誌、フリーペーパーや企業広報誌等ジャンル問わず、印刷物の企画、取材・編集の仕事を手掛ける傍ら、モデルハウスのディスプレイやリメイク等『気持ちの良い暮らし方』も提案している。

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