日本人ならキャビアも茶漬けだ。チョウザメ棲む奥飛騨温泉郷で実現する、国産フレッシュキャビアまんぷく旅

2015.10.23 更新

キャビアといえばロシア産が有名だが、実は岐阜の、しかも山深い奥飛騨温泉郷で生産されたキャビアが今、一流シェフたちに愛用されている。奥飛騨だからこそ実現したこのキャビア。もう輸入モノには満足できなくなる覚悟で食べに行こう。

奥飛騨温泉郷(岐阜県高山市)でキャビアと聞いてまず思い浮かぶのは、「キャビアって、海のものでは?」という疑問ではないだろうか。
チョウザメの卵であるキャビア。サメと言うからにはチョウザメも海の魚、と思い込んでいたが、実はチョウザメの多くは淡水魚。そして、サメの仲間ではない。
早く食べたいと気持ちは急くが、おいしいものをいただくためには回り道も必要。まずはチョウザメの正体を知るため、養殖場の見学に向かった。

太陽光は完全シャットアウト
奥飛騨のチョウザメは、深窓の令嬢なのである

養殖場を見学させていただいたのは、国産フレッシュキャビア「奥飛騨キャビア」を生産する「株式会社 焼岳(やけだけ)すっぽん」。社名が示す通り、祖業はスッポンの養殖。チョウザメの養殖に挑戦し始めたのは、7年前のこと。二匹のチョウザメから始まった事業は今、採卵可能な成魚だけでも1,500匹以上にまで拡大している。
今回は、最初のチョウザメと同期入社、飼育歴が最も長い下川さんに養殖の様子をご説明いただいた。
奥飛騨温泉郷を流れる川沿いに並ぶ数棟の建物。特に看板らしいものは見当たらないが、ここにチョウザメは棲んでいる。
建物の中では25mプールほどの水槽がいくつかに仕切られ、年数別にチョウザメが飼育されているそうだ。
まず入ったのは、3年目のチョウザメ水槽がある建物。厳重に施錠された重い扉が開くと、中は完全な暗闇、何も見えない。じつはここのチョウザメ、太陽光を一切浴びずに生きる日焼け知らずのお嬢様なのだ。
照明のスイッチが入ると、1mにも満たないが、それでも明らかにチョウザメと分かる魚影が泳いでいる。しかし驚くのは、水底の砂粒まで透けて見える水の清冽さだ。
実は太陽光を遮断するのも藻の繁殖を防ぎ、チョウザメが育つ「水」の清浄さを保つため。淡水魚であるチョウザメから採取されるキャビア、その味は「水のうまさ」によって決まる。だからこそ「焼岳すっぽん」では、水の管理に苦心を重ねてきた。
養殖場のすぐ隣を流れる高原川は、天然のミネラルウォーターが流れているようなもの。このあたりに、ペットボトルの水を買い求める住民はまずいない。しかし、チョウザメが育つのはこの川の水でもないのだ。
冬の厳しい奥飛騨、季節によってはチョウザメにとって冷たすぎるほど川の水温は下がる。激しい雨の後は山の土砂が流入し、何より水温が一定ではない。そこで「焼岳すっぽん」では、不純物に汚染されることのない地下水を汲み上げ、そのまま水槽に注いでいる。水温は年間を通じ14度前後。夏場でも川の水より少し温かい。
お願いして一口飲ませていただいたところ、あきらかに甘い。高級と言われるミネラルウォーターよりも、ずっとおいしい。こんな水で育ったチョウザメから採れるキャビア、いったいどんな味がするのか。期待は膨らむばかりであった。
さて、そのチョウザメ。前述の通りサメの仲間ではない。チョウザメ科チョウザメ目という独立した種で、3億年前から生息する古代魚の一種である。上から見た姿がサメに似ており、また背中のウロコが蝶の形に見えることから「蝶鮫」と名付けられたそうだ。
サメではないので、噛むことはない。というか、そもそも歯がない。そう聞くと、顔つきもむしろナマズに似ていると思えなくもない。
写真は、なぜか背泳ぎを始め歯のない口をアピールするチョウザメ。エサの食べ方はこの口をぱくぱく、どちらかと言えば金魚か鯉に近い。下川さんの気配を感じ、エサのおねだりを始めたようだ。そう考えるとかわいい、気もするが、どうにも人面に見えてちょっとコワイ…。
そして次は、成魚の棲む建物へ。「焼岳すっぽん」で現在飼育しているのは、ベステル、シベリアチョウザメ、ロシアチョウザメ、シロチョウザメなど6種類。大きなものだと、体長1.7mまで成長するそうだ。
品種により差はあるが、チョウザメは成魚になるまで7年を要する。卵を持つのは、8~9年目。キャビアを得られるまで、ほぼ10年の歳月を待たねばならない。黒いダイヤ、そう称される理由も、こうした所にあるのだろう。
有り難い魚、サメではない、そう分かっていても、やはり大きいチョウザメは迫力がある。頭の中で、有名なサメ映画のBGMが回る。
噛まないから大丈夫ですよ、という下川さんも入社当初、プールに入ってチョウザメを掴めと言われた時は、さすがに腰が引けたそうだ。しかし、歯はないと知ってからは平然としたもので、特別に採卵間近の成魚を捕獲していただいた。
むしろナマズ、そう思い込もうとしても、やはり迫力の面構え。指を伸ばす度胸はなかった。しかしそんなチョウザメ、勢いよくプールを泳ぎ回ってうっかり壁に激突、気を失ったりする。そんな時は下川さんもさすがに少し慌てるが、やがて正気を取り戻し、何事もなかったかのように泳ぎ始めるそうだ。けっこう、オッチョコチョイのひょうきん者である。
チョウザメは、環境さえ管理できればさほど手のかからない魚、と下川さんと共に働く高桑さん(上写真)は言う。とはいえ養殖を始めた当初は苦労続きで、稚魚が全滅してしまったこともあるそうだ。
しかし、ある経営者は言った。世の中に失敗というものはない。チャレンジしているうちは失敗はない。あきらめた時が失敗である。
あきらめない人々がいたからこそ「奥飛騨キャビア」は誕生し、私たちは今日いただくことができる。その味は、世界から注目を浴びるレストラン「NOBU TOKYO」のオーナーシェフ・松久信幸氏も絶賛するほどだ。

日本人として断言しよう
「キャビアは白い飯にこそ合う」

輸入キャビアを食べて正直、魚っぽい塩の味しかしない、そう感じた方も少なくないだろう。はるばる海を越えて運ばれる輸入キャビアは、保存のため多量の塩に漬け込まれる。その塩分濃度は一般に8%以上と言われるが、国産である「奥飛騨キャビア」は半分以下の3.5%。それだけに、キャビア本来の味がきちんと楽しめるのが最大の特徴だ。
そして言うまでもなく「本来の味」とは、清らかな水で育ったチョウザメの卵の味。それは、輸入キャビアからは考えもつかない味わいだった。
奥飛騨温泉郷に宿泊すると、夕食に「奥飛騨キャビア」をオーダーできる宿も数軒ある。しかし、夜まで待てないグルメさんのため、ランチでキャビアを堪能できる場所がある。それが、「奥飛騨ガーデンホテル焼岳」。3日前までに電話で予約すれば、夕食の別注料理として提供されるメニューを、レストランでいただくことができる(レストラン営業時間内、定休日を除く)。
まずは、「キャビアナン(税抜9,000円)」。キャビアと言えばクラッカーがポピュラーだが、シェフがお休みでなければナンでいただくのが「奥飛騨ガーデンホテル焼岳」流。というのもこのレストラン、インド人シェフが腕をふるう本場のカレーが評判のお店でもあるからだ。
ふわふわのナンに囲まれ鎮座するキャビア、実に30g。2~3人でシェアしても十分な量だ。3人なら10gで1人3,000円、コスパも非常に高い。
庶民ゆえ、こんなにごっそりキャビアをすくったことはない。ふるふるしながらナンにのせ、思い切って一口でいただくと、口の中に広がるのは微かな塩と、豊かな卵の風味。魚の臭みなど、まったくない。これだけ大量にいただくと、とろり卵白の食感まで口に広がる。
ナンの甘みとキャビアの塩気がまた絶妙、しかも柔らかく包み込まれるから、余すところなくキャビアを全卵いただける。キャビアにはナンだと、海外のセレブにも教えてあげたい。
日本では卵ばかりが珍重されるチョウザメだが、世界的にはその肉も高級食材として愛されている。西洋では「ロイヤルフィッシュ」、中国では「煌魚(エンペラーフィッシュ)」と呼ばれ、古くは王侯貴族しか食すことができなかった。現代でもヨーロッパでは、チョウザメ料理がなければ三ツ星レストランとして認められないそうだ。
そんなチョウザメのお肉、産地だからこそ新鮮な刺身でいただけるのが「チョウザメの刺身盛合せ(税抜3,500円)」。長良川で育った海なし県人として、川魚には少々うるさいのだが、初めていただくチョウザメの刺身はむしろ、上等な鯛のようだった。
川魚はドロ臭いから嫌いという人もいるが、地下深くから汲み上げた清浄な水で育ったチョウザメの肉に臭みは一切ない。壁に激突するくらい元気に泳ぐからか、非常に引き締まった身の歯ごたえは独特。にもかかわらず、脂がたっぷりのって甘みがある。
顔はあんなだけど、身は白く美しい。さすがに深窓のお嬢様だ。
一番のお勧めは、「キャビアのお茶漬け(税抜5,000円)」。お米の国で育った人間だからか、おいしいものは白飯に合う、という鉄則はやはり正しいと言わざるを得ない。
岐阜県産のお米に、たっぷりのったキャビア15g。ここに、鰹と昆布から丁寧に引いた出汁をかけていただく。するとキャビアの塩気に誘われ、出汁の甘みが引き出される。
誰が主役ということではなく、米・出汁・キャビアの三位一体がとにかく絶妙。お米の国に生まれて良かった、「奥飛騨キャビア」のある国に生まれて良かった。文字通り、腹の底からそう感じる一品だった。
おいしいものを食べると人は幸せな気分になるものだか、郷土を誇る気持ちまで芽生えるのは、ちょっとないかもしれない。


飛騨の山奥、きれいな水の中を泳ぐチョウザメがいる。顔はコワイが愛嬌モノで、里人に見守られながら大きく育つ。そうして得られた卵を料理人が大切に調理し、「奥飛騨キャビア」となる。
単に高級食材を堪能するだけでなく、めぐる命を実感する旅。大切な人と一緒に、ぜひ出かけてほしい。
船坂文子

船坂文子

農家・ライター。本籍地は生まれた時から飛騨。情報誌出版社にて15年間、人材・旅行領域の広告・編集記事作成に従事。若い頃から「田舎に帰って百姓になる」が口癖で、退職後は農業大学校での研修を経て就農。一畝の畑を耕し野菜を販売する傍ら、ライターとしても活動。「人」を通して物事を伝えることを心がけている。

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